12 その後、どう? 【12-2】


【12-2】


ビルがあった街並みは、だんだんと木々が増えてくる。

そこまでキャッチボールの様に続いていた会話が、止まっていた。

駅名が車内に流れ、互いに『もう着くのか』という表情で、線路の先を見る。

通勤時間の1時間が、短いなと感じるのは、祥吾にとって初めてのことだった。


「今日……『かをり』に寄らせてもらおうかな、初めて……」


時間的にもちょうど良さそうだと、祥吾は話す。


「あ……本当ですか?」


ひかりは『それならば自分も』と言おうとしたが、言葉が止まる。

祥吾が行きにくくなるのではないかと考えたが、

華絵ちゃんならフォローしてくれるだろうと思い、気持ちを優先する。


「私も行って……いいですか?」


祥吾にとっても、ひかりの反応は『予定通り』だった。

『初めて行く』ということを話せば、

ひかりが気を遣って付き合ってくれるのではないかとそう考えた。

祥吾は『もちろん』とその提案を受け入れる。


「電話します、それなら」


ひかりは携帯を取り出すと、お店の状態を聞いてみると言い始めた。


「もし混んでいたり、深く酔ったお客様がいたら、最上さんがゆっくり食べられないし」

「そんな面倒そうなお客様もいるんだ」

「時々です。常連さんは楽しい方が多いですよ。一緒にカラオケ歌ったり」


電車は駅に到着する。

ひかりはホームに降りると、『かをり』の番号を回す。

祥吾はひかりと華絵の会話を聞きながら、何気なく携帯を持つ。

福岡を離れてから一度も連絡をしてこなかった『唯』の名前が、

新しい連絡の場所に、印をつけていた。

頭の中は何も考えていないのに、指が勝手にその印を開く。



『佐竹先生と会いました。今更と言われるかもしれないけれど、
あなたに会って話がしたい。来週、『フェラル』の担当者と会うため、
また、東京に2日います』



「最上さん」


ひかりの声に、祥吾は携帯を閉じる。


「うん」

「大丈夫だそうです。今日は面倒そうなお客様はいないって」


ひかりは『行きましょう』と笑顔で歩き出す。

祥吾もそれに続き改札を出ると、同じ方向に向かって歩き始めた。





「こんばんは」

「いらっしゃい」


二人で揃って『かをり』に入ると、華絵はカウンターに並ぶように言った。

一番左に祥吾が座り、その隣にひかりが座る。


「先日不動産屋さんと来ていた、あなたが最上さんでしたか」

「はい」


華絵は、カウンターから出てくると、『ひかりがお世話になります』と頭を下げる。

祥吾は一度立ち上がり、『いいえ』とそれに合わせて返礼した。

ひかりは『そういうことなの』という視線を、華絵に送る。

華絵は『任せておきなさい』という顔を見せ、小鉢を2つ出してくれた。


「そうですか、ご実家は浜松」

「はい」


祥吾は実家が浜松にあること、大学から東京に出たため、

一人暮らしも結構経ちますと話す。


「静岡は温暖だと聞きますし、海も山もあっていいですよね」

「そうですね」


祥吾は小鉢料理を食べながら、帰ろうと思えば帰れるのだけれど、

つい面倒になってと話す。


「まぁ、そう言わずに。帰れるときには帰ってあげた方がいいですよ。
親って、いくつになっても子供がかわいいものだし。ねぇ、ひかり」

「うちは特別でしょう。あ、そうだ、実家から大きなオーブンレンジが届けられて、
置き場所考えるのに大変だったの」


ひかりはそういうと、食べ終えた小鉢を華絵に戻す。


「使ったの?」

「……1回」

「あら……」


華絵はそう言いながら笑い出す。

ひかりは『そこまで笑わないでよ』と祥吾の表情が気になり、ちらっと横を向く。


「ごめん、ごめん」


華絵は、祥吾の前にあるおちょこに、スッとお酒を注ぐ。

祥吾は、『すみません』と言い、口をつけた。


「ひかりが生まれるまで、姉は何度か流産して大変だったんです。
一人っ子で、つい甘やかしてしまって。今年、27だというのに、
料理も家事も一人前とはとても言えないものですから、焦っているんですよね」


華絵は、『最先端』を与えたら、どうにかなると思ったらしいですと、

ひかりの両親が取った行動を説明する。

ひかりは祥吾の前で、さらに恥の上乗せをしなくてもと華絵を見る。


「さっきも言っていたよな、一人っ子って」

「はい」


祥吾は日本酒を飲みながら、ひかりの色々な姿を思い返していく。

ひかりの明るいところ、人に好かれるところを考え、

きっと浅井家の両親は楽しい人たちだろうと思い口元が動いた。

それからも華絵の手料理を食べ進め、適当にお酒を受けながら、

祥吾はひかりの楽しそうな表情を見続ける。

『かをり』での1時間は、祥吾にとってもひかりにとっても、あっという間の時間だった。



「では……」

「本当に大丈夫か」

「大丈夫ですよ、お酒もそれほど飲んでいませんし、まだまだ人通りもありますし」


ひかりはそう言った後、クスクスと笑い出す。


「なんで笑うんだ」

「最上さんこそ、大丈夫ですか。少し顔が赤いです」


ひかりは『華絵ちゃんは酔わせるのがうまいんですよ』と言いながら、

肩にかけたバッグのひもを、しっかりとかけ直す。


「まぁ、少し酔った気はするけれど、俺は大丈夫だよ、ここだし」


祥吾は指を上に向ける。


「そうですね、そういえば」


ひかりは『また来週』と頭を下げた。


【12-3】



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