1 未来の選択

1 未来の選択



『努力してみますって、言いましたよね』

『まぁ、最初から期待したこっちが悪いんだな』


突然、自分の影が見えなくなった。

どこからかあふれてきた雲が、月を思い切り隠してしまう。


「はぁ……」


本日、6月22日水曜日、明日は確か、秋用のパンフレットが出来たことを、

お得意様に連絡しないとならないな。

どこかお薦めを決めていかないと、無駄話に付き合わされそうだし。



今の自分が、まだ高校生だと言うのなら、

明日の夕日に向かって走り、『再起』を誓うかも知れない。

嫌なことがあったら川に向かって叫び、街の立て看板を蹴り飛ばし、

世の中が間違っていると、突っぱねてみるかも知れない。



『なんだ、こんなものしか出せないの?』

『もう少しサービスしなさいよ、他に行くわよ!』



少ない金額しか出せないくせに、そういう客に限って希望だけは最上級だ。

『この業界』が苦しいと、あちこちの報道で知っているから強気なのか、

だったらいいですよと、何度口にしかけたことか。

それでも……結果が出なければ、

上司から白い目で見られるのは客ではなく俺の方で。



この業界に入って、4年目に入った。

今のところ、目立った出世コースには乗れそうもないし。

『恋』も『仕事』も中途半端なまま、ただ、時だけが重なり続け、

気がつけば座る席が、どんどんと端に行くような……





こんな人生で、いいのだろうか……





駅を出て、信号のない横断歩道を渡ろうとすると、

明らかにスピード違反と思える車が目の前に迫ってきた。

おいおい、その速度は問題がないか? 歩行者が横断歩道前にいるんだぞ。

そっちが止まるのが常識だろう。

こっちがもう少し気づくのが遅かったら……



……遅かったら



強い光を、第三者的に見ていたはずの俺の体は、

後ろから飛んできた弾丸らしきものに押され、

スピード違反の車の前に向かって、意志とは関係なく飛び出していた。





聞こえるのは周りの悲鳴と、救急車の音。





なんだこれ、俺、死んだの?





いや、ちょっと待て。こんなことで人って死ぬのか? 痛みも辛さもないんだぞ……





……あ、そうか、だから死んだのか。

感覚がないって、そういうことだもんな。





『借りっぱなしのDVD』も、『予約してあった携帯の新機種』も、

誰かがどうにかするだろう。

だって俺、もう……




「ちょっとあんた、いつまで横になっているんだい」




誰だこいつ。真っ白な衣装に、真っ白の頭。

妙な杖なんて持っているけれど、どこかの客引きか?


「あんた、私の言うことが聞こえてないのかい」

「いえ、聞こえていますけれど」

「だったらさっさと起きなよ。まだ、完全に死んだわけじゃないんだしさ」


完全? 完全に死んでいないってどういう表現だよ、だったら俺は……


「俺はどうなっているんですか。痛くも辛くもないんですよ、事故に遭ったのに、
体のどこも痛くないなんて、おかしいでしょ」

「おかしいさ、おかしいから早く決めて、戻ってもらおうと思っているんだろうが」

「戻る?」


白い杖を持った老婆は、その杖をグルグルと動かし、床に穴を開けた。

そう言われて見たらこの床、妙に柔らかいし、

たとえて言うのなら、そう『雲の上』にいるような……


「ほら、下を見てごらん、あれが本当のあんただよ」

「本当の俺?」


大きな救急病院の処置室に、色々な医療器具を取り付けられ、

明らかに大変そうな俺が横たわっていた。医師や看護師達の声が飛び交い、

まさしく『医療ドラマ』で見るような、そんな雰囲気がプンプンする。


「あんたはね、大きな事故に遭ったんだ。まぁ、細かく言うのなら、
隣の女が慌てて飛び込んでしまったために、巻き添えを食ったわけだけれど……」

「隣の女?」


老婆が言うように、その俺の隣には、確かに女性が横たわっていた。

同じように医療器具が取り付けられ、同じように医師や看護師が右往左往している。


「まぁ、このままじゃ死ぬだろうね、二人とも……。打ち所が悪かったんだよ、
あぁもう、時間の問題だ」

「ちょっと何言っているんだよ、そんなこと、ここであんたが勝手に決めるのか」

「勝手に決めているわけじゃないよ、
そういう状況にしてしまったのはあんたたちだろうが」


あんたたちって、どうして見も知らずの女と、運命を共にしなければならないんだ。

全く、あいつが突っ込んでこなければ、俺は車の存在にも気づいていたわけだし……


「だから私は、先に選択権をやるんだよ、あんたに!」

「選択権?」


この老婆、俺の考えていることが読めているのか?


「期限は半年、その中で『本当の幸せ』を見つけること。
くぅ……懐かしいね、このフレーズ」

「『本当の幸せ』? 懐かしい? なんだよそれ」

「なんだよって、そんなこと説明できるはずがないじゃないか。
『幸せ』っていうのはね、人によって違うんだよ。聞くものじゃないのさ」


なんだ、なんだ、これは。そんな哲学的なことを条件にされて、

はいそうですか……って飲めるはずないだろうが。


「そんなものムリだ。どうだって解釈できるし、なんとでも言える」

「ムリ? やる前からあんたは諦めるんだね、もう下に戻りたくないんだね」

「いや、そうじゃないけれど……」

「おかしいねぇ、景気が悪くなって、近頃の人間は根性まで無くなったのか……
はぁ……先が思いやられるよ」


この老婆、どこの所属だ。『雲の上』にいるあんたが、人間界を嘆いてどうする。


「何年か前にはいたんだよ、ちゃんと『本当の幸せ』を掴んだ女が。
今や素敵なだんな様と、二人の子供に恵まれて幸せになっている。
出来ない、無理だなんて、諦めているようじゃ……」


何年か前にも、こんな出来事があったというのか。

で、その人は『本当の幸せ』を掴んだ……


「どうするんだね……」


老婆の目が、俺を見る。

だとしたら、ただの嫌がらせではないと言うことなのか。


「わかったよやるよ、生き残るにはそれしかないんだろ」

「そうだよ、そう言っているじゃないか、だから頑張りなさい。それと……」

「まだあるの?」

「いや、あんたはそれでいいよ、でも、あの隣の女が生き残るには……」

「ちょっと待て! 隣の女と俺は、たまたまこうなっただけで、
向こうの人生まで背負わされたらたまらないんだけど」


そうだ、冗談じゃない。事故に巻き込まれたのだってあいつのせいだ。

それをまだ、関わっていくなんて、そんなバカな話があるか。

普通は二度と顔も見たくない相手だろうが。


「それなら、あんたは選択権を放棄するんだね」

「放棄? いや、そんなことは言ってないですけど」

「この事故は2人が絡んでいるんだ、人生選択を別々には出来ないよ。
あんたが条件を引き受けないのなら、この記憶を取り消して、あの子の魂をここへ呼ぶ」


白い杖を持った老婆は、あの隣で寝ている女に、同じようなことを迫ると言い始めた。

だとすると、俺の人生の延長戦は、あの女が握るわけ?


「ダメだ! それはダメ!」


あいつが自分勝手な女だったら、人のことなんて知らないと突っぱねるやつだったら、

いや、十分そういう素質はあるだろう。

だって、見ず知らずの俺をすでに事故へ巻き込んだわけだし……

そんな女に、人生を操られたらたまらない。


「わかった、俺が選択権を持つ。で、もう一つの条件ってなんだよ」

「やる気があるのなら、最初からそういいなよ、もう、めんどくさいねぇ……」



……ったく、これが俗にいう『神様』なのか?

もう少し神様っていうのは、厳かなものだろうが。

ここが『雲の上』でなければ、一発殴りたいところだ。



「条件はね、あの女が前向きに生きていくように変えること」

「『前向き』? あの女を? なんだよそれ。あの人、前向きじゃないの?
まさか自殺でもしようとした?」


老婆は真剣な俺の顔をチラリと見たあと、『個人情報は教えられない』とそっぽを向いた。

完全にからかわれているとしか思えないな、これ。


「で、あの女は『前向き』にならなかったらどうなるんだよ」


つい、そんな質問をしてしまった。

悪いことが起きたらどうするのか考えるのは、仕事の病気かもしれないが。


「それは、ここへ戻って来てもらうしかないね」

「ようは死ぬってことだよな」

「そうとも言うねぇ」


そうとしか言わないって!


「俺は『本当の幸せ』を探す、であいつは『前向きになる』。これが条件ってことか」

「イエス!」



欧米か……



「あのねぇ、あんたなんだか文句がありそうに言っているけれど、あの状態なんだよ、
それを助かるかも知れない可能性を見いだしているんだからさ、
もう少し感謝の顔をしてくれないのかね」

「何言っているんだよ、この状況で感謝の顔なんて出来ないって」

「ほら、時間だ、時間!」

「おい、おいってば!」



目の前が一瞬で真っ暗になり、今まで感じていたような心地よさは一気に消えた。

体中が痛くなり、呼吸が苦しい。

それでも……





なぜか、自分が生きているのだと言うことは、実感出来る。





「先生、意識レベルが戻ってきました!」

「よし、峠は越しそうだ」


俺の人生と、見ず知らずの女の人生を賭けた『半年』が、強制的にスタートした。





約束の日が来るまで、あと……182日


2 再会の時

半年後の『リミット』、宏登が ↓ マークのような幽霊にならないように……(笑)
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コメント

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懐かしい!

>約束の日が来るまで、あと……○日

く~~懐かしい台詞だ~!

そうそう、ちゃんと自分で幸せ見つけた咲ちゃんて子が居るんだよ。
お前も頑張れ!

もう一人の人生も背負っちゃうのは厳しいかもしれないが、
ケ・セラ・セラ。前向きに!!!(アハ^^)

あの雲が帰ってきました

yonyonさん、こんばんは

>そうそう、ちゃんと自分で幸せ見つけた咲ちゃんて子が居るんだよ。
 お前も頑張れ!

はい、咲の頃から、ずっとyonyonさんにはお世話になっています。
今回も、頼りなさそうな宏登を、応援してやって下さい。

あの雲が帰ってきました

拍手コメントさん、こんばんは

>リミット、全て読んでいます。

ありがとうございます。
今でも、読み返してくれる方がいて、本当に嬉しいです。
ぜひ、宏登も応援してやって下さい。

うん、懐かしいね!

こんにちは^^

懐かしい老婆の登場に、思わずニヤッとしました!
ちょっと口が悪くて、嫌味な物言いが憎めない^^

これから連載を楽しませていただきます。

いろんなトラブルがあったのね(大変だったね・・)
で、新作はこちら!
更新、楽しみに待ってます^^/

そうなのよ、トラブったのです

なでしこちゃん、こんばんは
お返事が遅くなりました。

懐かしいフレーズでしょ(笑)
まぁ、トラブルはあったけれど、また書き始めました。
最初は力が抜けたけどね。

今年は、この作品で終わりそうです。