95 心の星空

95 心の星空



田ノ倉さんだ……

昨日、あんなことがあったから、ちょっと顔は見づらいけど。



「こんばんは」

「こんばんは……」


田ノ倉さんの視線が、私から下へ動く。

下?


「飯島さんも、それを見に……」


それ? あぁ、この本。

そうか、田ノ倉さんが見ようと思っていたんだ、だからはみ出て……


「すみません、どうぞ、私はなんとなく見てしまって。仕事で使うんですよね」

「いえ、いいんです。僕も仕事とは言えないので……」



田ノ倉さんの笑顔、なんだか久しぶりに見た気がする。

体も元通りになったみたいですね。



「あ、そうだ、昨日は驚かせてすみませんでした。
僕が金網のところにいたので……」

「あ、いえ、あれは私の勘違いです。
こちらこそ、慌てて廊下を汚しました、すみません」


忘れてしまった過去のことじゃなくて、私の現在の話。

なんだかみっともないところを見られたけれど、それでも、会話が出来て嬉しい。

田ノ倉さん、私の方を見ながら、口元を緩めている。

なんだろう、何かおかしいのかな、私。


「何か……」

「あ、違います、ごめんなさい。そうじゃなくて、
昨日、飯島さんが真剣な顔をして屋上へ飛び出てきて、
金網を僕がのぼるのではないかと心配してくれたけれど、
下から見えた僕は、そんなに切羽詰った顔をしていたのかな……と、
なんだかおかしくなって」


笑うところじゃないですよねと言いながら、田ノ倉さんは何度も謝ってくれた。

確かに、昨日は恥ずかしかったけれど、でも……


「そうですよね、私、慌て者なんです。だからいつも菅沢さんに怒られてばっかりで」

「怒られてばかりなんですか」

「はい、常に怒られています」


まぁ、ほとんどは私が悪いんですけど。



「あいつは口で言うほどの半分も、怒っていないと思いますよ」



菅沢さんが短気だとか、すぐに怒るという話をすると、

そう、以前も田ノ倉さんはそんなふうに、私を励ましてくれた。



飯島さんは、そのままでいい……

そんな優しい言葉を、何度もかけてもらった。



懐かしい……



「……それじゃ、私」

「飯島さん」


本を田ノ倉さんに手渡し、資料室を出ようとした私を呼び止めてくれた。

なんだろう、何か思い出しましたか?


「もう一つ、お礼を言いたくて」

「お礼?」

「はい、『ケ・セラ・セラ』です」



『ケ・セラ・セラ』



「あの言葉を聞いて、気持ちが楽になりました。
考えて悩むよりも、今を楽しまなければいけないって、そう思えるようになったので。
自分の命が助かって、怪我も治ってきた。その幸運を感謝すべきだと。
こう思えるようになったお礼を、お会いしたら言おうと思っていたのに、なかなか……」





『ケ・セラ・セラ』





過去を思い出せず、イライラを募らせていた田ノ倉さんに、私がかけた言葉。

気に入ってくれたんだ。


「余計なおせっかいかと思いましたが、そう言ってもらえたら嬉しいです」


以前、跡取りになることが嫌だと嘆いた田ノ倉さんに、私が言ったのも、

『ケ・セラ・セラ』だった。

人生なるようになると思った方が、結果として上手く行くことが多い。


「私の……亡くなった父が、よくそう言ってくれたんです」

「お父さんが……」




……そう、あのときも、この話をしましたよね。




「その本の中に出てくるような、山の景色と一緒に見える空や、
たくさんの星たちを見ると、亡くなった父を思い出せるので、
それで見ていました」




まだ、あの記憶は戻っていないようだけれど、

でも、同じように聞いてくれたことが、私は嬉しかった。

また、こうしてお話ができるなんて……思っていなかったし。


「……偶然……かな」


田ノ倉さんは『日本の空』を広げて、

最初はある漫画家さんが書いた『うろこ雲』のデッサンが気になり、

この本を開けたことを語ってくれた。


「そうしたら、僕もこの『星空』が気になったんです」

「星空……」

「はい」


田ノ倉さんが開いてくれたページには、日本の各地で見られる星空が特集されていた。

その中でとりわけ大きく掲載されているのが、あの日に見たような星空。


「冬は空気が澄んでいるので、星が綺麗に見えるのだそうです。
この星空のページを見ていたら、なぜだかわからないけれど、気持ちが落ち着いてきて、
何か仕事で難しいことが起きても、それを受け止められるようになりました」


田ノ倉さんは、この星空を見たくて、時々資料室へ顔を出し、

気持ちを落ち着かせるのだと語ってくれた。

記憶はまだ、元通りにはなっていない。


でも……敦美おばさんが言っていたように、

田ノ倉さんが『大切なもの』として、あの日のことを心の奥にしまってくれているから、

だから、この星空を見て、落ち着けるのかもしれない。



あの日の記憶は……

今もちゃんと、田ノ倉さんを励ましているんだ。



「私も……同じです。この空に励まされています」





私は……

今でも、あなたが好きです……





星空のページを開いている田ノ倉さんの横顔に、

私は心の声だけを、しっかりと向かわせた。



96 恋愛再生



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コメント

非公開コメント

記憶はいつ戻る?

菅沢さんに元カノ現るか~
これが和ちゃんにどんな影響を与えるか?
もう与えちゃってるかな~^^;

テラスの君の記憶は戻るのか?
心の奥底にある、大事にしているもの
少しずつ、少しずつでもいいから
和ちゃんのもとへ戻してあげて。。。

日付が空いてしまって……

yokanさん、こんばんは

>テラスの君の記憶は戻るのか?

データ保存のトラブルがなければ、
本来11月くらいに連載していたはずの内容なので、
ずいぶん間が空いてしまって、
諒の記憶の空白も、長いイメージですよね。

少しずつヒントらしきものが散らばり始めて、
どうなのかなぁ……
なんて思いつつ、もう少しお付き合いください。