28 思いを重ねて

28 思いを重ねて




友海は事件以来、天野家の世話になっていた。

澄香は事件の翌日、すぐ業者と連絡を取り、ベランダへ出る窓に防犯ブザーをつけ、

そして、道路に自動販売機を設置した業者にも連絡をいれると、

少し場所をずらすようにと申し入れた。

事件から5日目を迎えた今日、その作業が完了する。


「叔母さんがこれだけ素早く動けるなんて、何か起こりそうな気がするな」

「あら、航、失礼ね。だって、二度とこんなことがあったら嫌でしょ。
大家としては当然のことをしたまでです」

「大家ねぇ……そんなに責任感のある叔母さん、初めてだよ」

「航!」


二人の会話に、友海も自然と笑顔になった。

出来上がった料理をテーブルに置き、箸をそろえていく。


「でもね、友海ちゃん。よく考えてみたんだけど、
もしなんなら、私、不動産屋さんにかけ合うけど、どう?」

「かけ合う?」

「だって、防犯ブザーをつけても、販売機をずらしても、嫌な想いは残ってるでしょ。
あの部屋に帰るのが嫌だったら、同じ家賃で住めるような場所、
探してもらうことにするけど」


友海が航の方に視線を向けると、航も同じように目を合わせた。

確かに、また部屋を暗くした後、思い出したくないような記憶が蘇るかもしれない。

しかし、友海にとっては、それを乗り越えてでもここにいたい理由があった。


「大家さん……」

「何?」

「このまま私、ここに住み続けてもいいですか?」

「友海ちゃん……」

「私、ここから離れたくないんです」


友海はそういうと、答えを求めるように航を見た。

航は少しだけ口元をゆるめ、納得したように小さく頷く。


「叔母さん、別の場所に行ったら、
そっちで飯田さんが悪いことにならないかって、心配するんじゃないの?」

「……そうかしら」

「そうだよ、ここにいれば、僕と叔母さんが、飯田さんの力になってやれる。
彼女も、その方がきっと落ち着けるんだ、そうだろ?」


友海は航の言葉に素直に頷き、澄香は二人の間に流れる心地よい空気を感じ、

それならばそれでいいんだけど、と、笑って見せた。





事件から1週間後、友海は天野家から、元の部屋へ戻ることになった。

この日のために一日休みを取った友海と航は、新しい気持ちになるようにと

部屋の模様替えを実行する。


「あのさ……。昨日、あいつから連絡があったんだ」


たんすを動かしながら、航はさりなげく晴弘達の状況を語りだした。

晴弘は、お茶問屋仲間の店に、修行という形で勤めに出ることとなり、

寝具店の翔太も、祖父母が暮らす九州へ行くことになった。


「野々宮園の会長、僕があいつに話をしているのを、聞いていたようなんだ。
だから商店街の会長も辞めたし、うちの計画にも何も言っては来ない。
自分の息子だけれど、手を焼かせていたのもあったんだろう。
今度ばかりは、あいつも覚悟を決めたはずだ。で、もう一人の男も、
田舎に戻ったらしい。結局、謝罪に来ることもなかったけど、
まぁ、約束どおり出て行ったから、それでいいことにしてもらえないかな」


友海は額縁のガラスがなくなった『碧い海の絵』に触れながら一度だけ頷いた。

もう、過去を振り返ったり、こだわったりするのはやめたのだ。

航は、友海の手の中にあった額縁を、スッと抜き取っていく。


「さて、部屋が整ったら、額縁を買いに行かないと」

「あ……私も行きます」

「うん……」


掃除機をかけ、汚れの残ったところをふき取り、

澄んだ空気をたくさん部屋へ送り作業を終えた。

二人は天野家の車に乗り込み、航はまず『コッピア』へ顔を出す。


「いらっしゃ……おっと、なんだよ、二人で仲良く登場?」

「そうそう……」


友海は啓太郎に頭を下げ、目の前のカウンターに座った。

航もすぐその横に並び、ブレンドを2つ注文する。


「なんだよ、航。40歳独身男の俺に、自慢しようと二人で来たわけ? 
そういう挑発的な弟は認めないぞ」

「何言ってるんだよ。結婚しようと思えば、すぐに出来るくせに、
しないのは啓ちゃんだろうが。逃げられても知らないぞ」


二人の軽い会話を聞きながら、友海は店の壁を見た。

以前かけてあった絵は、いくつかが変わっている。


「絵、変えたんですか?」

「ん? あぁ、季節が変わったしね。これでも、成島一樹の絵は、
結構持っているんだ。いや、ここにいる航に借りているんだけど……正確には」

「保存する場所も結構とるからさ、啓ちゃんに頼んで、かけてもらっているんだ。
絵は見てもらってこそ、輝く気がするから。
しまってあるだけだと、色も沈みそうだろ。
父さんも、そのほうがきっといいと思っているはずだし」

「そうですね……」


二人の前にカップが置かれ、航は何もいれずに、口をつけた。

友海は砂糖を1杯入れると、スプーンで軽くかき混ぜる。


「あ、そうそう、啓ちゃん。近くに額縁を売っている場所知らない? 
ちょっと欲しいんだけど、どこに行っていいのかわからなくてさ」

「額縁? サイズはどれだ。少しなら空いているのが店の奥にあるけど、
見てみるか?」

「あ、本当?」


航は友海の背中をポンと軽く叩き、啓太郎と一緒に店の奥へ入った。

コーヒー豆や伝票が置いてある奥に、確かにいくつかの額縁が綺麗に並んでいる。


「気分で変えたりするんだけど、とりあえず今のところ使う予定もないし、
もしなんなら、持って行けばいい」

「いいの? 本当に」

「あぁ……」


航は友海といくつかの額縁を取り出し、サイズのあったものを持ち帰ることにした。

啓太郎の楽しい話に付き合い、外へ出てみると、陽はすでに傾き始める。


「さすがに秋だし、陽が落ちるのが早くなったな」

「うん……」


二人は車に乗り部屋へ戻ると、テーブルに置いたままになっていた

『碧い海の絵』を新しい額縁に入れた。色も形も似たようなものだったので、

以前と変わらないイメージのままに、ほっとする。


「もう少し、色々と早く終わったら、飯田さんにお願いするところだったけど」

「お願い?」

「あぁ。君がこの絵を見て思い出した、海の場所を見てみたくなって」


友海が生まれ、両親と笑い声の中育った、あの幼い日々。

それを思い出させる海、航はその思い出の場所を、尋ねてみたかったと

絵を壁にかけながらそうつぶやいた。

土地を手放し、何度か不動産屋にかけあうために訪れたこともあったが、

友海もここ何年か、行ってはいない。


「それとも、思い出したくないから、行きたくない?」

「いえ……」


友海は、一人で行くのは嫌だったが、隣に航がいてくれるのなら、

自分もいってみたい気があると打ち明ける。


「本当? じゃぁ、休みをあわせよう。飯田さんの次の休みはいつ?」


友海はバッグから手帳を取り出し、自分のスケジュールを確認した。

航はそれを見ながら、いくつかの候補を出し、

こちらからまた連絡をすると付け加えた。





今回の模様替えで、友海のベッドは航の部屋がある壁の方へ移動した。

まだ、電気を消して寝ることは出来なかったが、

それでも壁の向こうに航がいると思うだけで、気持ちが落ち着いた。

また、大きな音を出せば、彼は必ず自分を助けてくれる。

人に助けてもらうことが嫌で、突っぱねてきたくせに、

航に対してだけは素直になれる自分に、友海は顔が火照る気がして鏡を見る。

たいした化粧などせずにいた頬に触れると、

こんなふうに自分のことを気にし始めたことに、どこか気恥ずかしく下を向いた。





友海の気持ちが、だんだんと明るい方へ向くのとは逆に、

聖は仕事をしながら、気づくと携帯を握り締める日々を送っていた。

何度か海人の番号を回そうとしたが、結局、そのまま連絡を取れずにいる。

古川議員と新谷家の結びつきは、年々強くなる一方で、

そこから勧められた縁を、海人が断ることがあるだろうかと考える。



『彼と、『住野運輸』をやっていく気持ちにはならないか?』



航が好きなのかどうかと聞かれても、まだ、よくわからなかった。

しかし、男としても、経営者としての魅力も、

航の方が上であると言った父、哲夫の言葉は理解できた。


「すみません、先に休憩に入ってもいいですか?」

「あ、どうぞ」


聖はたまには気分を変えて、少し離れた場所でランチでもしようと、

扉を開け廊下に出て、吹き抜けのある場所から下を見た。

ちょうどエレベーターに向かおうとする人が見え、その中に一人の女性が見える。

隣に立つ男性は、海人の父、和彦の秘書で、何度も頭を下げながら歩いていく。



『加納多恵さん、古川家の秘書をずっと仕切っている加納家の末娘さんだ』



聖は、その女性の存在が気になり、

上がってくるエレベーター前で、扉が開くのを待った。

ゆっくりと扉は開き、中から和彦の秘書とその女性が出てきて、

聖に気づくと軽く会釈をする。


「ごめんなさい、お仕事中なのに、何もご連絡を差し上げないで。
でも、近くまで来たものですから」

「いえ……、専務はじきに戻るはずですので」

「はい……」


聖は、一瞬、見ただけだったが、視線を向けた時の表情に、芯の強さを感じ取り、

あの女性が海人の見合い相手なのだと、去っていく背中をじっと見つめ続けた。





29 海のような人
<photo:tricot>

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コメント

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近い存在に

航と友海がグッと近くなった。

一つ一つ乗り越えて、その存在を確かなものに。

それとは逆に聖は・・・
聞いているだけの存在と、実際その姿を目にしてしまうと
心乱れますね。

航と海人を比べてるわけでは無いだろうけど複雑な心境?

近くと、遠くと

yonyonさん、こんばんは!

>航と友海がグッと近くなった。

はい、日々を重ねて、二人は近くなってます。
それに比べて、近かったはずの、
海人と聖は、どこかギクシャクしたものに。
近すぎると、今さらムードが
出てしまうものなのかも。

多恵の存在が、
何を動かしていくのか、
もうしばらく、おつきあいください。

海人は?

航と友海がだんだんいい感じになってきましたね。

知らないところに引っ越すよりも澄香さんと
“航”の近くにいるのが何よりです。

今度は聖だんがピンチ?
彼女は航の実力や人柄は分かっていても
好きっていう気持ちはそれだけじゃないですもんね。

見合いの相手は
>芯の強さ
を持った人なんですね。
ちょっと手ごわそう。-"-

海人はどう行動するのか?
海人だって聖の事は特別だよね。

ついつい

tyatyaさん、こんばんは!

>見合いの相手は
 >芯の強さを持った人なんですね。

はい、そうなんです。
多恵は、ただのお嬢さんじゃないのです。
これはもう少しすると、
わかるんですけどね。

海人と聖、
近すぎてついついすれ違っている。
これが航と友海にまで
影響してくるのか……

お話はもう少し続きます。