22 彼の思い出(4)

22 彼の思い出(4)


昨日、突然止まってしまったエレベーターの中で、

畑山さんは偶然一緒になった私に、ポーチを押しつけた。

そのポーチの中には、同じく昨日、政治家の御曹司と婚約会見をした

高原あずみさんと撮ったプリクラが入っていて、

噂になっていた交際が、本当のことだという証拠になった。


そんな思い出や憎しみもごちゃまぜになっているポーチをもらって使うほど、

さすがに無神経にはなれず、私は畑山さんのスケジュールを確認し、

今日も『オレンジスタジオ』へやってきた。



ただ、返せばいい、それで全てがおしまい!



その予定だったのに、日向さんの撮影スケジュールも、しっかりチェックしたのに、

撮影に遅れた北原豪さんのおかげで、畑山さんと何やらひそひそと話す姿を、

一番見られたくない日向さんに、しっかりと見られてしまった。

しかも、呼び止められたのに、返事をすることなく、畑山さんに腕を引かれ、

なぜか控え室に入れられてしまう。



どうしよう……。



私、ここから無事に出ることが出来ても、その後、心が無事にいられるだろうか。


「そうか……プリクラまで戻して寄こしたのか。さすがに必死だな」

「あの……」

「なぁ、これ、どこか週刊誌に持って行こうか。
私はスポーツを辞めてから、やっと恋をすることが出来ましたなんて言っている、
悪魔のような女に、一泡吹かせてやることが出来るかもしれない」

「畑山さん……」


畑山さんはそう言いながらもプリクラを手に取り、ほんの一瞬、寂しそうな顔をした。

強がりから出たセリフだってことは、私にもわかる。

昨日見た、プリクラの笑顔は、畑山さんの心が素直に出ていたのだから。


畑山さんは目の前でビリビリとプリクラを破き始め、

そばにあったティッシュを何枚かつかみ、その残骸をグルグルと丸めていく。


「前島さんって、たしか淳平の事務所だったよね」

「はい、そうです」

「真面目なんだな、こんなものを見つけて、何もしないで戻しに来るなんて。
もし、俺が淳平の秘密を握ったら、間違いなくマスコミに売りつけるけど」


畑山さんはそう言うと、丸めたティッシュをそのままゴミ箱に投げた。

壁に当たったティッシュ玉は、しっかりゴミ箱に入る。


「どうしてここに返しに来た」

「どうしてって、これが畑山さんのだからです」

「だって、昨日、やるって言ったでしょ」

「でも……」

「でも?」


ポーチを戻しに来た私の方が、どうして質問攻めにあうのだろう。

これ以上、時間を取るのなら、監禁罪で訴えますからね。

訴え方……わからないんですけど。


「これでも、そんなに抜けた人間だとは、自分で思っていなかったけど、
いつの間にか二股かけられていたんだよな。
あのプリクラを撮ってからすぐ、別れてくれって言われて、
で、いきなり婚約会見だ。女は恐ろしい……」


高原あずみさんは、畑山さんと今回の婚約者と、しっかり二股をかけていた。

将来設計を考えた結果、選んだのはあちらだったのだろう。


「選択するのはもちろん自由だけれど、信用していた人の気持ちなんて、
何も考えてないんだな。手紙とこのポーチがいきなり届いて、
中を開けたら、今まであげたものが全て入ってた。
でも、まさかプリクラまで返してくるとは、予想外だったけど」


畑山さんは、扉に寄りかかったまま、首にかけているタオルで目を隠した。

私はそれをじっと見ていることが出来ずに、下を向く。


「そうか……、あのまま、『赤鼻探偵』のプレゼントに出していたら、
何も知らない素人さんのところに、プリクラが行ったことになるんだな。
危ない、危ない。戸部が勝手に切り上げて、
撮影スタッフを帰してしまったのがよかったんだ……」


昨日、このポーチも急遽プレゼントに出そうとした畑山さんは、

撮影スタジオにスタッフを待たせ、自分だけ楽屋に戻って来た。

そしてあらためてスタジオに向かおうとして、エレベーターに乗り、

私と一緒になったのだ。


「これ、本当に使わない?」

「いいです」


畑山さんが高原さんにあげたものを、何も考えずに使えるほど、

無神経な人間ではないので、ここはしっかりと断り、首を横に振る。


「そうだよな……」


畑山さんはそう言うと、ポーチを鏡の方へ放り投げ、扉の側から離れた。

楽屋の椅子に腰を下ろし、視線をこちらに向けてくる。

任務完了した私は逆に立ち上がり、頭を下げた。

1秒でも早くここを出て、日向さんのところにダッシュしなければ。


「なぁ……」

「はい……」


なぜだろう。用事は済んだはずなのに、畑山さんがこちらに近付いてくる。

この威圧感はどこから来るのかわからないけれど、

右からも左からも抜けることが出来ずに後ずさりする。

何歩か下がっていくと、後ろの壁にぶつかり、それ以上動けなくなった。

私の顔を挟むように、畑山さんの両手が壁へ伸び、

前後左右、どこにも私の逃げ場はなくなってしまう。


「匂いがないんだよな」


ゆっくりと畑山さんの顔が近付いてきた。

何? 近付いたって、匂いなんてしませんよ。

キスするわけでもないから、目を閉じるのも変だし、

いざとなったら、頭突きでもして逃げるしかないのだろうか。


「前島さん、付き合っている男いるでしょう」

「エ……」


畑山さんの顔が、間違えて動けば触れそうな場所にまで近付いた。

私は間違えても触れないないように下を向く。

あの……こんなところで宣言するのもなんなのですが、

私は、日向さんしか受け付けません。間違っても触らないでください。


「匂いがしない」

「あの、昨日も言ってましたけど、匂いって何ですか」


あぁ、私ったら何を言ってるんだろう。

黙っていなければならないのに、匂い、匂いって言われて、

ついつい冷静さを失っている。


「男を誘おうとする、匂い。もしかしてさ……」


目の前にいる畑山さんの口元が少しだけ上がった。日向さんとは違うけれど、

確かに目にも力があるし、どこか引き込まれるような力がある……





……気がする。





あぁ、言葉の続きがあるのなら、早く言って欲しい。

セリフをためてドキドキさせるのは、ドラマだけで十分なんですけど。


「相手は……淳平?」


この人は、なんなんだろう。私は出来る限り、冷静な顔のまま小さく息を吐いた。

女優でもなんでもないのに、人気俳優を目の前にして、

名演技をしなければならないなんて。


「冗談にもならないことを言わないでください。日向はうちのタレントです。
どうしてそんな発想になるのか……」

「冗談かな……。ここへ入る前にあいつ、君がいたこと、ひどく驚いていたけど」


頑張れ、負けるな私!

こんな誘導尋問に、屈してはいけない。

まだまだスタッフとしてはたまごだけれど、

ここはなんとしても日向さんを守らなくては……。



畑山さん、週刊誌に売り込むって言ってるし!



「別仕事があったんです。でも、このポーチを返さないとならなかったので、
事務所に内緒でここへ来ました。だからじゃないですか?」

「ふーん……」


聞くなら、なんでも聞いてこい。

私はそんな気持ちで、胸を張って見せた。

そんな小さな勇気が通用したのか、畑山さんは両手を離し、扉までの道を開けてくれる。

今度こそチャンスを逃してはならないと、私はすぐにドアノブをつかんだ。


「ポーチ、ありがとな」


背中越しに畑山さんの声が響き、私は軽く頭を下げやっと楽屋を出た。

廊下には誰もいない。急いで曲がり角まで戻っても、

歩いているのはトランシーバーを片手に持ったスタッフだけ。





日向さんの姿は、どこにも見あたらない。





3階へ下り、日向さんの楽屋を尋ねたが、スタジオに入ってしまったのか、

田沢さんの姿も見えなかった。

事務所の佐藤さんには、すぐに戻るようなことを言ってしまったため、

撮影終了までここに立っているわけにはいかない。

私は携帯を取りだし、少しでも気持ちが伝わるように、

両手でしっかり日向さんにメールを打つと、そのまま『オレンジスタジオ』を後にした。





「保坂君! 君は本当に筋がいいねって、もう大森先生が絶賛なんです」

「そうなんだ、よかったね」


事務所に戻って早速現れたのは、

大森先生のところで楽しい時間を過ごしてきた保坂さんだった。

最初の頃はサボることばかり考えていたのに、

近頃は先生と意気投合しているからなのか、レッスンにも気合が入っている。

なんでもやる気になってくれるのは嬉しいが、

彼女の場合、それを飛び越すところまで気持ちが広がり、ちょっと大変だ。


「ねぇ、前島さん。私、何かオーデションとか受けられませんか?」
いきなり主役とは言いません。でも、友達の役とか……あ、そうそう、ライバルでも」


ほら来た、ほら来た。

話し相手が私だからいいけれど、相手が田沢さんだったら、今頃、

雷くらい大きな声で、怒鳴られているところだからね。


「まだでしょ。保坂さんは正式契約じゃないし、
どんなオーディションでもOKってわけにはいかないのです」

「うーん……今、ノッテいるのになぁ。才能が埋もれちゃいます」


私は保坂さんが嘆いている間も携帯を広げ、

何度もメールの印が入っていないかを確認した。

スタジオ撮影が遅れて始まったとはいえ、もう、メールくらい読めるはずだ。

私の意志とは関係ない出来事だったけれど、

畑山さんに内緒で会いに行ったといえば行ったわけで、

呼び止めたのに、引きずり込まれた状況に、怒ってしまったのだろうか。



……会いたい



怒られるかもしれないけれど、それでも顔が見たいし、声が聞きたい。

会えたらきっと、絶対にちゃんとわかってもらえるはずなのに。

メールや電話じゃ、うまく伝えられない気がする。



いや、そうじゃない。



昨日の電話で、全て日向さんにだけは話しておけばよかったんだ。

そうすれば、こんなにハラハラしなくても済んだのに。

返すのは私が返したとしても、日向さんだって話をしておけば、

どんな状況でも安心して見てくれたはず。畑山さんに怪しまれることもなかった。

何でも話そうって、部屋で思い出のケーキを半分にしたのに。





あぁ……もう、自分が情けない。





保坂さんが自由な出世理論を披露した後も、携帯にメールが届くことはなく、

私は何度も溜息をつきながら仕事を終え、佐藤さんと別れの挨拶を交わし、

部屋へ向かって歩き出した。


重たい、重たい足を、一歩ずつ地下鉄に向けていく。

空に光る月も、どこかにごっているように見え、視線は下ばかりになった。






23 彼の思い出(5)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

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よくやった!

こんばんは

よくのりきった!史香ちゃん。
うつむいたまま帰路に着いたけど
顔を上げると淳平君が待っていたりして?

次回も楽しみにしています^^

淳平の声が聴きたい

ももんたさん、プチお久です。^^

そうか~迫られちゃったのね。^^
でも畑山さんて本当にナイーブだったのね。傷ついちゃったのね。

確かに女の方がしたたかなんだよね。

畑山さん結構、勘が鋭い。
このままライバルになっちゃうのかな。^m^

さぁ、淳平は勘違いしたまま?
こんな時の保坂さんのテンションはやっぱりちょっと疲れるね。

鋭い畑山さん

軽い男に見られがちの畑山さんだけど
付き合った相手には案外一途なんだね・・

それなのに、彼女ときたら二股のあげく将来を見越して
政治家の御曹司と婚約とは(>_<) 本当に~恐い、恐い

何とかうまく誤魔化して控え室から脱出できた史香ちゃんだけど、
さすがに鋭い畑山さん♪
淳平との事、まだ納得してないような気がするなぁ~

連絡の取れない淳平は今頃どうしてるんだろう
少しでも早く顔を見てきちんと話をしたいよね。。。

考えるな、動け!

二股はきつかったけど、見返してやればいい!政治家の御曹司なんか無い負けないくらい。
ガンガン主役張って、淳平にもいい刺激になるのでは?

ってその刺激ならいいけど・・・・
又見られた(><)

誤解は直ぐに解かないと、後になればなるほど言い訳じみて、理解されない。
メールを待つんじゃなくて、邪魔になってもいいから電話しろ!
携帯が無い時代に青春していた私。
私なら走って(元陸上部)会いに行くぞ!

続きはどうかな?

ヒャンスさん、こんばんは!

>うつむいたまま帰路に着いたけど
 顔を上げると淳平君が待っていたりして?

あはは……ヒャンスさんは、そう想像するんだね。
さて、淳平は、笑ってくれるのか、
怒ってさらにこじれるのか……

次回も、遊びに来てね!

女はしたたかだよね

tyatyaさん、こんばんは!

>確かに女の方がしたたかなんだよね。

はい、そこはそう思っています。
女の方がメソメソしそうだけれど、
実はドライで、男の方が引きずりそう……

そんなところでしょうか。

>畑山さん結構、勘が鋭い。

演技をする人って、人の表情とかに
敏感な気がします。
だから、史香に対する淳平の声に、
反応したのかもしれません。

さて、連絡の取れない淳平、
どう出るでしょうか。

繊細な畑山

パウワウちゃん、こんばんは!

>軽い男に見られがちの畑山さんだけど
 付き合った相手には案外一途なんだね・・

うん、そうだったみたい。
畑山は見かけよりも繊細なのかもね。

それに比べて高原あずみさんは、
したたかな女性です。

>連絡の取れない淳平は今頃どうしてるんだろう

はい、そちらについては次回。
怒るのか、笑うのか。
はたまた別事件でも発生か?

運動部!

yonyonさん、こんばんは!

>二股はきつかったけど、見返してやればいい!

そうそう、逃がしたなんとか……だよね。
畑山にも、頑張ってもらいましょう。

>又見られた(><)
 誤解は直ぐに解かないと、
 後になればなるほど言い訳じみて、理解されない。

その通りです。
さて、史香はどうするのか、
連絡のない淳平は、どんな態度に出るのか、
少々お待ちを。

陸上部かぁ……
私、背が小さいのにバレー部だったわ(笑)