29 海のような人

29 海のような人




聖は、多恵の下りてきたエレベーターに背を向けると、階段へ向かった。

こうして会社に堂々と姿を見せ、周りに新谷家の社員がついているところを見ると、

すでに海人の気持ちは決まっていて、

もう、迷いはないのかもしれないと思ってしまう。

聖は、やり場のない心の動きを止めようと、手に持ったポーチを握りしめる。


「聖さん……」


聖がその声に振り向くと、立っていたのは航だった。

手には小さな箱を持ち、何やら仕事をしているように見え、

聖は、多恵を意識する心を振り払うように、それは何かと問いかける。


「あぁ、これは『森崎店』の隣に貸し倉庫を作ることになって、その資料です。
『天神通り店』の改革案が進みだしたら、他の店舗も、
何か出来ないかと色々考えるようになってきて、おかげで忙しくなりました」


航は箱の中に入っている模型を見せ、作るのにまる1日かかったと笑った。

聖は、その模型に軽く触れ、航の器用さにあらためて気付く。


「そうなんだ。思っていた通りだった。航さん、行動力ある」

「いや、僕じゃなくて、お店で働く人たちが、やっと動き出したんですよ。
僕はその道筋を、少し広くしているだけです」

「ねぇ……」

「はい」

「倉庫関係のことなら、私も少しは自信があるんだけど、
ちょっとお手伝いしてもいいかしら」


突然の聖の申し出に、航は断る理由が見つからず、軽く頷くことになった。

航から小さな箱を取り上げた聖は、背を向けたエレベーターに戻り、

少し前の出来事など、何も知らない航と一緒に乗り込んだ。





「いいんですか? こんなところで油を売っていて」

「いいのよ、今はあまり忙しくないから」


航は自分についてきた聖が、手伝うと言ったわりに、

どこか上の空になっていることに気づき、何かあったのかと問いかけた。

はじめは何もないと突っぱねていたが、手直しをしている航に部品を手渡し、

ちょっと聞いたんだけどと切り出していく。


「ねぇ……海人。見合いするんだって?」

「見合い? いや、僕は知らないけど……」

「そう……。航さんには内緒なのね、相変わらず叔父様も海人も」


聖は、加納家の末娘と、海人の間で見合いが進んでいるのだと、

哲夫から聞いたとおりに航へ話をした。

航はその話を聞きながら、部品を取り付けていく。


「で、海人の気持ちは、聞いたの?」

「誰が?」

「聖さんが……」


聖の心が揺れているのだろうと思った航は、ここで意地を張るより、

直接聞いたほうがいいとアドバイスする。


「私が何を聞くの? 見合いをするのかって?」

「うん。本人に聞くのが一番正しい情報だし……気になるんだろ?」


聖はたいして気にしてないと言いながら、一つの部品を手に持ち黙ってしまう。

航は、海人はどういうつもりなのだろうかと、黙ってしまった聖を見ながら考えた。





『コッピア』での約束から1週間後、

友海と航は天野家の車に乗り込み、海へ向かった。

昨日まで雨が降っていたのに、目を開けたら快晴になっていて、

初めは濡れていた車体も、風を切って走るうちに、だんだんと乾いていく。


「『芽咲海岸店』、結局、売ることになったんだ」

「そうなんですか」


航は、色々と調べて、利用価値を示してみたが、和彦と海人の決定は覆らず、

店は今年いっぱいで閉めることになったことを語り、

店長は決まったことだから仕方がないと諦めの表情を見せたが、

気持ちとしてはまだ続けたかったのだろうと、悔しそうな顔をする。


「それでも、決まったことなら、
きちんと生かしてもらえるようにチェックしないとね。
飯田さんのご両親が持っていた土地のように、取り上げるだけで、
次が決まらないなんてひどすぎる。荒れていく土地を見るのは、
それを大事にしてきた人にしてみたら悲しいだけだ」

「はい……」


航の言葉に、友海は窓から見える海の方へ目を向けた。

あの土地も、すぐにホテルでも建ち、新しい世界が出来上がっていたら、

これまで悔しい思いをすることはなかっただろう。

こんなふうに戻ってくるのは久しぶりだった。

友海は気持ちの整理がつかないまま、日々の生活に明け暮れ、

大好きな海へ来ることすら忘れていた。

白く見える波が何度も打ち寄せ、また去っていく。





二人を乗せた車が、友海の育った場所へ到着したのは、お昼少し前のことだった。

広い空き地に車を止め、二人が車外へ出ると、すぐに海の香りが鼻に届く。


「海って感じがするよ。ここからは見えないのに」

「すぐに見えますよ、こっちです」


友海は一度大きく背伸びをすると、そのまままっすぐに進みだした。

嬉しそうな友海の後を追い、航も自然の景色を楽しんでいく。

二人が車を止めた場所から100メートルくらい進むと、

下へ降りていける細い道が見え、

その右側にある空き地に停車している、別の車が見えた。

車内には一人の男性が座っていて、航はその見覚えある顔に思わず足を止める。


運転席で何かメモを取り、携帯を広げているのは、

古川議員の政策秘書、佐原だった。

直接話しをしたことがあるわけではないが、朝戸に連れて行かれたパーティーで、

見かけたことがあった。

鋭い目に、右アゴの下にある大きなほくろ。

特徴ある風貌は、間違えることはないくらい、存在感がある。

佐原は、前を歩く航に気付かずに、携帯の番号を押し始めた。


「成島さん、どうしたんですか? こっちですよ」

「あぁ……」


地元でもない場所で、何をしているんだろうかと、航は思いながらも、

前へ進む友海を追いかけ、少しずつ海の方へ降りていく。

木の陰になっていた景色は、だんだんと二人の前に姿をあらわした。

下を見ると、小さな砂浜があり、岩に囲まれた姿は、

どこかプライベートビーチのようにも見える。

少し離れた場所には、大きな窓を持つ店らしき建物が見え、

壁は真っ白に塗られていた。


「ここ?」

「そのつもりだったんですけど、あの建物も以前はなかったし、
目の前の建物も、あんな屋根ではなくて、それに……」

「どうした?」

「いえ……なんだか、全然別の場所みたいに見えてきて……」


もっと昔のイメージを残してくれていると思った景色は、

友海の思い出のものとは、すっかり変わっていた。

思わず下を向く友海に、航はそれは仕方がないと笑顔を見せる。


「素敵な場所には、みんな住みたくなるんだよ。たずねてみたら景色が綺麗で、
それならここで暮らしてみたいと思っても、別におかしくなんてないし……。
変わることは悪いことじゃない。
うん……。でも、確かに海の雰囲気は似ているんじゃないかな」


航は両手で囲みを作り、

そこから見える景色を、手で作ったキャンバスの中に入れた。

友海はそんな航の姿を見ながら、幼い頃の思い出を蘇らせる。


「そうか……飯田さんはここで育ったのか」

「はい……」


いつまでも海で遊んでいると、この場所から母が呼んでくれたこと、

怒られてこの場所へ来て、膝を抱えて泣いたこと、

景色は変わっても、変わらない波の音に、友海は黙ってしまう。



言葉のない二人に、波の音だけが届く。


「今だから言うけど、あの絵が見つかった時、本当に嬉しかったんだ。
父が母を想い、初めて描いた絵だったし。
でも、正直に言えば、捨てられたんだとそう思っていた」

「おじいさんに?」

「あぁ……。結局、祖父には一度も会うことがなかった。
僕が生まれたことも、登志子おばさんから聞いて知っていただろうに、
会いにきてくれることもなかったし……。でも、もうそれはいいんだ。
父と母は、全てを捨てて自由を得たんだから。
あの絵が見つかったのは、そんな状況でも頑張り続けた父と母を、
きっと神様が認めてくれたんだって、そう思った。でも、一番嬉しかったのは……」


友海が横を向くと、航は真剣な顔をしたまま視線を合わせた。


「君が……あの絵を見つけてくれたこと。
あの絵を素敵だと思って、買ってくれたことだった。
誰も認めてはくれなかった二人を、君だけは認めてくれた……そんな気がして」


航の言葉に、啓太郎が言っていたことが、本当だったのだと、

友海は速くなる鼓動を落ち着けるため、しっかりと息を吸い込んでいく。


「今日、ここへ来たかったのは、この景色を見たかっただけじゃないんだ。
父が母を『海のような人だ』と言ったように、
僕にとっては、君がこの海のような人だと……そう言いたくて」

「私が、海?」

「うん……。時には意地を張って、誰も寄せ付けない、
そう、まるで冷たい冬の海のようなところがあるけれど、
その中に隠れている君は、とっても気持ちが大きくて、
色々なものを包み込む強さがある。外が台風でも嵐でも、
海の中が……いつも穏やかなように……」


友海は航の隣に立ちながら、聞こえてくるセリフをじっと聞いた。

大好きな海のようだと言われ、嬉しいような、

くすぐったいような不思議な感覚が、自分を覆っていく。


「君の言葉に頷く自分と、それに負けずに頑張ろうとする自分がいる。
時々、あまりの強さにくじけそうにもなるんだけど、それでもまた会いたくなって、
その『海』の中に、自分を漂わせてみたくなる。君と、一緒にいたいとそう……」


航は友海の腕を引くと、そのまましっかりと抱きしめた。

友海は突然の出来事に、返事が出来ないままだったが、それでも航に腕を回す。

高鳴っている鼓動が聞かれても構わない、

自分の気持ちも同じことが伝わればそれでいい。


友海は、いつも強がりばかりで、気の利いたことが言えない代わりに、

精一杯、思いを受け止めようと手を伸ばす。





全てを信じ、そして、受け入れてくれる人。

迷い、苦しむときには、力を貸してくれる人。





航は友海の腕の力に、フッ……と息を漏らした。

思わず顔をあげた友海に、航は優しく口付ける。

波の音は、二人の思いを揺らしながら、

それでも優しく祝福している拍手のように、何度も、何度も、繰り返された。





30 縛られた心
<photo:tricot>

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コメント

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海その愛

多恵を見たくない、聖の海人に対する思いそのままのような気がする。
だからちゃんと聞かなくてはいけない。でも聞けない。
女心かな?

この物語のもう一つのテーマ”女”
会社を継ぐのが女であってもいいのでは?

佐原の動向が気になりますね~

航が友海抱く『海』のイメージ。
父と母を思い出させてくれる海。
海に抱かれたいと願う気持ちかな。

心中はいかに

yonyonさん、こんばんは!
『海その愛』だなんて、加山さん?(笑)

>多恵を見たくない、
 聖の海人に対する思いそのままのような気がする。

そうそう、気になるからこそ、
見たくないんだよね。
でも、近すぎるし、今さら……だから、
聞きたくても聞けない。

>この物語のもう一つのテーマ”女”

おぉ!
色々なタイプの女性が、出てますからね。
航の母と、海人の母も、
姉妹でありながら、全く違った生き方をしているし……

さて、航と友海。
このまま穏やかな海……でいられたら
いいのですが。

いい雰囲気

ももんたさん、こんばんは。

聖と多恵のご対面。
聖は相当なショックのようですね。

本人に確かめるのが一番いいのだけど、それができないのが女心だよね。
聖は会社の事もあるし、そう言う立場の女性って好きなようにふるまえないのかしらね。


さてさて、航と友海はいい雰囲気♥
生まれ故郷の海にもいけて、友海には少し勇気のいることだったのかな?
航の力強い言葉が、勇気づけてくれるように思います。


ところでところで、佐原は何か不穏な動きしてますね。
またこれからひと波乱。起こりそうだね。

佐原……の目的は?

tyatyaさん、こんばんは

>本人に確かめるのが一番いいのだけど、
 それができないのが女心だよね。

女心でもあるし、
聖はいつも海人に物を言う立場だったので、
聞き出しにくいのでしょう。

それに比べて、いい雰囲気の友海と航。
友海の心の寂しさに、気付いた航と、
その気持ちに応えようと決めた友海。

しかし、佐原

>またこれからひと波乱。起こりそうだね。

はい!
彼の名前は、覚えておいてください。