君に愛を語るとき …… 18 約束

18 約束


律子は言われた通り椅子に座り、目の前の父親の顔を見た。その表情から、

話される内容を読み取ろうとするが、父は下を向き、新聞を取る。


「日曜日、店を休むことにした。山室君を呼びなさい」


思いがけない言葉に、驚く律子。そして、すぐに気持ちはその後のことを考えだし、

不安が頭をよぎっていく。


「どうして柊を呼ぶの? 何か言うつもりなら呼ばないから……」


自分を支えてくれた柊に、これ以上辛い思いはさせたくないと、

律子は強い口調でそう言った。


「お前の就職祝いなんだ。呼びなさい」


父はそれだけを律子に告げ黙ってしまう。しばらく何も言わずに座っていたが、

手に持った新聞をテーブルに置き、結局、部屋を出てしまった。

どこにも険はなく穏やかな表情だった父親。

足音が小さくなっていく方向を見ながら、律子は小さくため息をついた。


「エ……」


律子は部屋へ戻り、すぐに柊へ連絡を入れた。柊は律子からその話を聞き、

一瞬緊張したが、すぐにわかったと返事をする。


「大丈夫? 柊……」


柊を心配する律子の声に、わざと明るい声を出す。


「今さら、何を言われたって慣れちゃったよ」


どんな話しをされるのかはわからないが、初めて向こうからくれたアプローチだった。

自分たちの気持ちは伝わっているのだから。柊はそう思いながら律子との電話を切った。





そして、日曜日。手みやげを持った柊は、約束された店の方へ先に顔を出す。


「いらっしゃい、山室君。お休みなのに、悪いわね」


いつものように、出迎えてくれる母親の隣には、エプロンをして、

料理を手伝っている律子がいた。どこか不安そうに柊を見る。


「どうした?」


律子はただ首を横に振り、柊から手みやげを受け取っていく。

柊はそんな律子の頭をポンポンと二度軽く叩き、心配ないよ……と合図を送った。


「山室君、中に入ってって……」


柊は母親に頭を下げ、言われるまま居間へ向かっていく。

畳の匂いのする和室に、律子の父と向かい合うように座る柊。何秒かの沈黙のあと、

ゆっくりと父親は話し始めた。


「律子は中学生の時、短距離の選手として県大会に出場したりしてね。
親をそれなりに楽しませてくれた子だった。
もちろん、オリンピックなど出られるはずもないんだが。それでも将来は、
子供達に体を動かす楽しさを教えたいと言うのが夢だった。あの事故にあうまでは……」


二人が出会ったあの事故。柊は黙ったまま聞いている。


「事故の後、状況説明など何度も聞いて、君に責任を問えないことは分かっていた。
ただ、誰かに責任を追わせないと、父親として、耐えられなかった。
ただあの場所を歩いていた娘だけ、どうしてこんな思いをさせられるのかと……」


その思いは柊にも痛いほど理解できた。『いっそ自分なら……』。

泣いていた彼女を見た時、柊自身そう思ったのだから。ここに座る律子の父親も、

同じように、辛い日々を過ごして来たのだろう。


「昔以上に娘を守りたいという気持ちだけ強くなったが、
それが律子にはかえって苦痛だったようだ。リハビリを頑張っている生活を見ながら、
自分が娘の力になっているんだと勘違いしていたんだな」


どこか寂しそうに、語り続ける父親。曇りガラスの引き戸の向こうには、

心配そうに立って話を聞いている律子の姿が映っている。


「子供は、いつまでも、父親の背中を追いかけてはくれないものだな……。
病院で、私の人生を変えたのは君を奪おうとするお父さんだと言われたのは、
本当にショックで……いや、それよりも律子を無理矢理つかんだ手を、
山室君、君に剥がされた方が、辛かったかな……」


律子の父は、その時のことを思い出しているように、左腕に触れる。


「まだ、あの時の君の力の感覚が、腕に残っているよ」

「すみません、失礼なことをして……」


興奮して、思いきりつかみあげた父親の腕。勢いとはいえ、失礼なことをしたと、

柊は頭をさげ、謝罪した。


「謝らなくていい。責めている訳じゃない。君の力強さを腕に感じたあの時、
あぁ……これから律子は、この腕に守られていくのか……と、初めて思った。
父親としての私の役目は、終わったんだな……と……」


柊は父親の顔をしっかりと見た。この世で、一生彼女を無条件に、愛し続けてくれる人。

自分よりもさらに深く、そして強く……。


「君に辛いことを言って済まなかった。許してほしい……」


律子の父親は、そう言うと、柊の方を向いた。


「いえ、いいんです。僕の方こそ、隠れたままで、騙すようなことをして、
申し訳ありませんでした」


扉の向こうにいた律子は、その話を聞き終えると、何も言わないまま、

食事の支度へ戻って行った。





律子の子供の頃を楽しそうに語る母親に、時々聞きたくなくて耳を塞ぐ律子。

そんな律子の耳を両手ではがし、笑っている柊。そして、父親は口数は少なかったが、

食べ切れないくらい料理を振る舞ってくれた。


「ごちそうさまでした」


分かり合えてからの時間は、あっという間に過ぎていった。挨拶を交わし、

駅に向かい始める柊。


「柊!」


その声に柊が振り返ると、サンダルを履き、玄関から出てきた律子がいた。


「……おやすみ」


柊は少し微笑みながら、律子に軽く手を振った。





そして、季節は7月。梅雨の合間の晴れた日曜日、

以前から律子のリクエストがあったリニューアルされた水族館へ向かう二人。


「うわぁ……すごい、何匹いるんだろう」


大きな水槽に、体ごとくっつきそうになりながら見ている律子。


「200匹くらいだって……」


その後ろから、冷静に答える柊。


「エ? 数えたの? 柊」


あっという間に答えを出した柊を、律子は不思議そうに見る。


「そこのボードに書いてあった。律子は水槽ばかり見てるから気付かないんだよ。
この水槽が、どんな海のどんな状況をまねて作ってあるのか。色々とためになるのに……」


そう指摘されて、初めて律子は横目でボードの存在を確かめる。柊の言うとおり、

そのボードには細かい解説が書かれていた。


「いいの、得意分野は別の方が。それに私、数学頭じゃないもん」

「関係ないのに、数学は……」


律子は悔しいのか、一人で次の水槽へ向かっていく。

柊は中でキラキラ光りながら泳ぎ続ける魚たちを見た。

色鮮やかで豪快に泳ぐものもいれば、下の方をゆっくりマイぺースに泳ぐのもいる。

魚にも性格はあるんだろうか……。そんなことを考えながら、腕を組む。


ふと視線を横へ向けると、次の水槽の説明ボードとにらめっこをしている律子が見えた。


「……ったく」


素直じゃない律子の態度に、柊は少し呆れながら足早にそこへ向かう。

そして律子が見ていたボードを両手で隠した。


「あ……」


二人は顔を見合わせ笑いあっていた。


夕焼けを見ながら駅へ向かう二人。電車の近づく気配に、

階段を駆け上がっていく他の客達。急いではいたものの、あと一歩のところで乗り切れず、

ホームに二人を残したまま、電車は離れて行った。


「あーぁ、行っちゃった。もう!」


律子は悔しそうに電車を目で追っている。そんな時、つい見てしまう自分の右足。


「そんなに悔しい?」


柊は律子の後ろからそう問いかけた。


「目の前で行かれたら、悔しいじゃない。悔しくないの? 柊は……」

「……次は何分後?」


柊の問いかけに律子は時刻表を確認する。


「15分後」


柊は納得したように頷き、夕焼けが僅かに残っている海の方を向いた。


「乗り遅れたおかげで、律子と15分長く一緒にいられるよ」

「……」

「急いで行くことが、全ていいとは限らない」


そう言うと柊は律子の方を向いた。柊の右腕に自分の腕をからめた律子が嬉しそうに笑う。


「そうか、私たち得したんだね」

「うん……」


夕日は水平線に吸い込まれて行くように見え、オレンジ色の空が、

少しずつ小さくなっていく。


「ねぇ、柊……」

「ん?」

「夕焼けが綺麗に見えるのは、また明日も必ず太陽が昇って来るって、
約束されているからだよね」

「エ?」

「もし、二度と太陽が昇らないのだとしたら、この色は悲しすぎるもの」


柊は一度その夕焼けの色を自分の目で確かめた。確かに、もの悲しく、寂しい気もする色。

そして律子の方を向くと、まっすぐに海を見つめる彼女の目が、潤んでいるのがわかった。


「お父さんに反対されてから、いつも『さよなら』を言うのが怖かった。
もしかしたら本当に会えなくなるんじゃないだろうかって。
……でもね、この間は辛くなかったの。また会えることがわかっていたから」


律子の家から帰る時、『おやすみ』と言った彼女の顔は、確かに優しいものだった。

柊は律子の頬を軽く指でつつく。


「……」


横を向いた律子に、柊はそっと口づけた。



『君を愛してる……』



夕焼けはその日最後の光で、二人を包み込んでいた。





地下を走っていた電車が地上へ出る。刻んでいた音が変わり、柊は顔を上げた。

空はすっかり暗くなり、乗る前に見た夕日は消えている。


車内が明るいから見えないが、

あの空には、明日の晴れを約束する星が光っているのだろうと、柊は思っていた。



『星に願いを……か……』

『あ、知ってる? 私、この曲が好きなの』



律子とかわしたそんな会話をふと思い出す。柊は少しだけ笑みを浮かべ、

隣に視線を動かした。

律子は柊の肩に頭を乗せ、眠っている。

起こそうと動かした左手だったが触れる寸前に手を止めた。


事故という最悪の条件の中、出会った律子。互いの気持ちが計りきれず、

傷つきそうになったこともあった。


会えなくなった日が、想いを募らせ、初めて唇に触れた時の、震える感覚を思い出す。


彼女の深い傷を知り、そばにおいた日。互いのことしか見えなくなって、

周りとの温度差に気付いた時。


それでも求めたのは、彼女との時間だけだった。そんな1年半が、浮かんでは消えていく。


無防備な律子の寝顔を、飽きるくらい見られる日は、いつになるのだろう。


まだ先なのか、すぐに来るのか……。

柊は一度深呼吸をすると、律子の手を軽く叩く。


「律子。もう駅に着くよ、起きないと……」


その声にゆっくり目を開ける律子。


「エ? もう着くの? ……やだ、すっかり寝てた」


そう言いながら、律子は目を押さえ、首を軽く動かした。

そして電車はホームに入り、停車の準備をし始める。駅には乗り込んでくる客達が、

ドアの開くのを待っている。


「律子、寝ぼけてホームと電車の間に落ちるなよ」


柊はそう言いながら立ち上がった。


「落ちたら柊が拾って!」


律子もそう言いながら、同じように立ち上がる。


律子の手を握り電車を降りる柊。

柊は、その手を握り返してくる力を感じながら歩き出していた。



『君を起こさなくてもいい日が来るまで、また明日も一緒に……』



そんなふうに思いながら……。








『君に愛を語るとき』 にお付き合いありがとうございました……

はじめて読んだという方、感想をいただけたら、嬉しいです。





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コメント

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拍手コメントさんへ!

コメントありがとうございます。

サイダー、【again】が終わり次第、こちらに移すつもりですが、
もう一度読みたいと思ってもらえるなんて……とっても嬉しいです。

君に……も、私には思い入れの強い作品なので、ぜひ、こちらでも楽しんでください。

ここには、私の作品しかないので、一気に読めますからね。
これからも、よろしくお願いします!
お時間があったら、【S&B】も読んでみてね!

涙涙の一気読み!

(T-T)
ももんたさんどうしてこんな物語書けるんだろう。
涙が止まりませんー(T-T)
すごいよー
こんな重いテーマを足を地に着けた話にして
ちゃんと夢ばかりじゃなくて現実的な
恋愛がすごくリアルで泣けてきて・・・

すごくいいお話でした。

急ぐことだけがいいこととは限らない

この言葉が好きです。
私はどうしても慌てふためく方で
疲れ果てて撃沈しちゃうから・・・

一気読み、ありがとう!

ヒカルさん、こんばんは!
一気読みしたんですか? 大変だったでしょ……


>涙が止まりませんー(T-T)

また、ティッシュで拭いたのかな? 
ウサギのおめめになりませんでした?


>こんな重いテーマを足を地に着けた話にして

そうですね、出会いは重いです。柊に罪はなくても、一見、加害者と被害者ですからね。
私は医療関係者ではないので、リハビリのことも、あまり深くは書けませんでしたが、
それでも、みなさんにはそれなりに感じていただけたようで、
ヒカルさんにも受け入れてもらえて、とっても嬉しいです。

急ぐことだけが……

このセリフは私も大好きです。ものは考えよう、そう思っています。
つい、焦ったり、人より前へ出たいと思ったりしがちですもんね。

最後まで読んでくれて、ありがとう。
お仕事はお休みになったのかな?

あ、そうそう、教えていただいたこと、出来ました!
ご指導、ありがとう!

楽しんでね

キッコさん、はじめまして。

一気に読んでくださったんですね。ありがとうございます。
気持ちが暖かくなってもらえたら、こちらとしても嬉しいです。

こちらこそ、これからもお付き合い、よろしくお願いします。
声を出してくれて、ありがとう!