23 彼の思い出(5)

23 彼の思い出(5)


私は、サラリーマン達がごったがえす車内で、

半分押しつぶされそうになる体をなんとか支え、中刷り広告へ目を向ける。

本日発売の女性誌には、高原さんの結婚を祝う特集記事が組まれていたが、

隣に広告を出した週刊誌には、驚くようなタイトルが大きく目立っていた。



『魔性の女 高原あずみ』



畑山さんが少しだけ語ってくれた二人の付き合いを、

マスコミはどれくらい知っているのだろう。

私は駅を下りると、すぐ隣にある書店でその雑誌を買い、部屋まで戻った。

バッグから携帯を取りだし、いつ鳴りだしてもいいように横に置き、

袋から雑誌を取り出すと、グラビアページなどを飛ばし、記事を探す。



その記事によると、畑山さんと高原さんは、

現役を引退した高原さんが、あるお笑い芸人のトーク番組で

アシスタントに起用されたことから知り合った。

始めは仲間何人かで、楽しく食事をするような付き合いだったが、

それが真剣な交際に発展し、二人は将来まで考えるようになったと言う。


しかし、高原さんは政府の『確定申告』ポスターに起用され、

その縁で政治家の次男と知り合うことになり、両方との付き合いを続けた結果、

将来の安定を選んだのだと書いてあった。


この情報は、誰がどこから流したものなのだろう。

今日、畑山さんから聞いたことが事実だとすると、ここに書いてあることも、

まんざら嘘ではないはずだ。

それにしても、本当に身近に話を聞いていた人間でなければわからないような

エピソードに、芸能人が普通でいることの難しさを痛感してしまう。





普通でいることって……とっても難しい。





その時、私の携帯に、待ちに待ったメールの印がついた。

雑誌に触れていた手を離し、携帯を取ろうとすると、慌てすぎたのか床に落ちた。

すぐに拾い上げ、中身を確認する。



『僕が納得出来るような説明を返信で 制限時間30分』



日向さんからのメールは、まるで試験問題のように、一文のみが書いてあった。

挨拶もなければ、冗談も絵文字もないどこか無愛想な内容に、

やはり中途半端な私の態度を、怒っているのだとそう思えた。

それはそうだろう。何しろ、内緒で出かけて、いきなり引きずり込まれたのだ。

何をどう信用しろと、言えばいいんだろう。


私はすぐに返信のマークを押し、まずは状況説明を打ち込んでいくが、

気持ちばかりが焦ってしまって、心の中にある想いの半分も伝えられなくなる。

読んでみても意味がわからず、クリアのマークを押しては文章を消し、

また打ち込んでは悩み、そして消してしまう。



『制限時間30分』



日向さんは今、電話には出られない場所にいるのだろうか。

そう思っても、つい、自分の指が通話開始のボタンを押しそうになる。



『今、どこにいるんですか? 会いたいです』



ルール違反かもしれないけれど、結局、この文章しか打てなかった。

私の混乱した気持ちなど知らないメールマークは、

ふわふわと雲のように画面を動き、そして消える。


部屋の前の廊下を、誰かが歩く音がしたが、その音は止まることなく通り過ぎ、

カチャカチャと、隣の人が鍵を開ける音がして、また静かになった。

一瞬、日向さんがここへ来てくれたのかと思った私の淡い期待は、

ため息をともに消えていく。


雑誌の入っていた袋に、ボールペンで日向さんの名前を書き、

その下に『会いたい』と書いてみた。

一つだけでは物足りず、『会いたい』だけが、いくつもいくつも増えていく。


5分くらいその静けさの中に漂っていると、外に車の止まる音がして、

それと同時にメールが届いた。私はすぐに携帯を開け文面を確認する。



『こんばんは』



日向さんのメールは、たったこれだけだった。

私はすぐに立ち上がり、カーテンを開けると窓の外を見る。

アパートの横にある大きな木の隣に、深々と帽子を被った日向さんが立っていて、

少しだけ顔を上げてこちらを見ると、左手を軽く挙げ、手を振ってくれた。



そうか……。タクシーに乗っていたんだ。

だから制限時間が30分だったんだ……

私は、そんな日向さんのからくりがわかり、自然と笑顔になった。



「『赤鼻探偵』のロケが早く終了したんだ。タクシーに乗って解散したんだけど、
この時間ならこっちに向かう時間があると思って、途中でタクシーを降りて乗り換えた。
そうしたらさ、今の運転手さんが、『なんだかテレビに出ている俳優に似ているね』って」

「で……」


ここに来ることを、誰かに見られていたとしたら、

今度は日向さんの身に、あれこれ降りかかるのではないかと、つい心配になる。


「あぁ……よく言われるんですよ、でも違うんですって言ったら、
そうだよね、ちょっと似ていると思ったけど、よく見たら、目が違うってそう言ってた」


日向さんはそう言いながら、両方の目を人差し指で下げ、

まるでアカンベーをするような仕草を見せた。


「ならよかった……」

「うん……」


よかった……。

日向さんをあまり知らない運転手さんで。

少しだけ緊張した思いをふっと吐き出してみる。


「それにしても驚きました。まさか、来てくれるなんて思わなかったし……」

「驚かせたのはどっちだよ、史香。
今日、廊下で宗也と話し込んでいるのを見かけた時は、一瞬、本当に焦ったんだぞ」

「あ……」



そうでした。

何も言わずに勝手に行動して、鉢合わせしてしまった時の衝撃は、

確かに、今のハプニングなんかの比ではなかった気がします。



「さて、史香の気持ちも落ち着いたみたいだし、聞かせてもらおうじゃないか、
僕が納得出来るように」

「はい」


私は、エレベーターの中で、畑山さんからポーチを渡されたこと、

そのポーチの中に、高原さんとのプリクラが残っていて、

それを日向さんに話してしまうと、畑山さんの秘密を勝手にバラしてしまうようで

気が引けてしまったことなど、昨日からの流れを、全て隠すことなく語り続けた。


「そうか……。それじゃ、宗也も驚かされたってことなんだな」

「はい、半年前まで仲良くしていたのに、急に裏切られたら寂しいですよね」


半年前のことなんて、まだ鮮明に覚えている。

畑山さんからしたら、幸せの絶頂から、突き落とされたような気持ちだったのだろう。


「まぁね。でも、あいつも、アシスタントの子とかに平気で声をかけたりして、
高原さんを怒らせたのが理由だって言っているスタッフもいたよ。
そうやって場を和ませるのも、宗也らしいといえばらしいんだけど」


そういえば、保坂さんが勝手にスタジオへ行ったとき、

なんだか、軽いノリで女の子と話していた畑山さんのことを思い出した。



そうだった。

ついつい、今日の表情だけに囚われていたけれど、

あの人の態度にも、問題が無かったのかと言えば、そうでもない気がしてくる。


「じゃぁ、自業自得ってことですか?」

「まぁ、そう言ったらかわいそうだけどな」


日向さんはそう言うと楽しそうに笑った。

よかった……やはり、何度も返すメールより、声だけの電話より、

息づかいや、表情のわかる、こんな状態が一番しっくりくる。


「で、楽屋で何言われたんだよ、宗也に」

「あ……そうそう、そうです。
匂いがしないけど、もしかしたら淳平と付き合っているんじゃないかって、
畑山さんに言われました。もちろん、違いますって演技しましたけど」

「匂い?」

「あ……あの、私から男の人を誘う匂いがしないそうです。
ようは色気がないって言いたいんですよ、きっと」

「ふーん、ハッキリ言ってやれば良かったのに、そうですよ! って」


日向さん、なんと大胆な提案をするんですか。

私は、畑山さんが、日向さんの秘密を知ったら、週刊誌に売り込むと言ったことも、

しっかりと付け加えた。


「あいつは言わないよ」

「……言わない? どうしてですか?」

「言わないよ。宗也の周りのスタッフが知ったのならわからないけれど、
あいつは知っても黙っている気がする」


なんだかその、日向さんの反応は、私にとって意外だった。

二人が仲良く話しているところを見たこともないし、

今までもどちらかと言えば、嫌っていると思っていた。


「日向さんって、畑山さんを嫌っているんだと、そう思っていました」

「ん? うーん……嫌うって感情はないかな」

「どうしてですか? ライバルでしょ?」


畑山さんと比べられたりしたこともあったし、二人のどちらかでCMを言われ、

結局競り負けたこともある。田沢さんは今すぐ消しゴムで消してやりたいと、

叫んでいたこともあった。


「周りはそう思っているんだろうけど、僕にはそれだけじゃない気がして。
あいつがいるから頑張れる気もするし、あいつがいなかったら、向上する気持ちも、
持てなかった気もするし……いや、だからと言って、
個人的に親しくしようとは思わないけどね」


どっちに転ぶかわからない場所で、ふらふらしているけれど、

でも、いなくなると重しがなくなったような、気が抜けたような気持ちになる存在。

そんなたとえも、直接聞いているからか、とてもわかる気がする。


「それにしても……匂いがないねぇ……」


日向さんの左手が、そっと私の首筋に触れ、うなじに指が届く。

ゾクッとした感覚から、そして向けられた目から、視線がそらせなくなった。


「失礼なヤツだな……宗也は」

「あ……あの……」


指が触れた場所に、日向さんの唇が優しく跡を残した。

たったそれだけのことなのに、心臓のドキドキが倍速になっていく。


「史香は、こんなにも優しい香りがするのにな……」


優しい香り……

私のことを、そう表現してくれたことがとても嬉しくて、

そばに来てくれた日向さんの肩に左手を乗せた。


「一番、大好きな香り……」

「……本当?」


もし、本当に、そんな優しい香りがするのなら、それは……





相手があなただから……





何も光るところなんてない私でも、ほんの少しだけ光って見えるのかもしれません。

そう伝えたくて少し顔を横に向けたら、日向さんの顔がそこにあって、

勇気を持って寄せた唇は、しっかりと重なった。


私は日向さんに腕を引かれ、あらためてベッドに腰かけた。

今、この瞬間が幸せであるように、明日もあさってもこうしていたい。


「史香……」

「はい……」

「こんな態度を取ると、物足りなく感じるのかな」

「……物足りない? って……」


私の体は、日向さんに導かれるように横になり、小さな視界の中には、

その瞳しか入らなくなる。日向さんの両手に抱え込まれ、私がちょこんとおさまった。


「意外に日向さんってドライなんだって、そう思ってない?」

「ドライとは思わないですけど……」

「思わない……けど? 畑山さんと二人きりでいたのに、
焼き餅くらい焼いてくれって?」


日向さんはキスする寸前の距離でそう語ると、

そのまま私の答えを聞くことなく、唇を塞いでしまった。

軽く触れる合図のようなキスは、何度か繰り返される度、少しずつ深くなる。

包んでくれた大きな手は力強く、私の自由な動きを許そうとはしない。



まるで、この小さな空間から、抜け出すことは認めない……と言っているように。





あ、そうか……そうなんですね。

私にはわかります。



本当は、焼き餅……たくさん焼いてくれたんだ。



だから……。





なんだか、少しだけ嬉しくて、くすぐったくて、

そんな日向さんをもっと感じていたくて、

私の彷徨った手は、求めた指に触れ、自然に重なっていく。





ここからは、言葉じゃない……時間。





畑山さんにエレベーターの中で抱き締められた時、見せてくれた一瞬の怒った顔も、

今日、スタジオの廊下で見せてくれた、驚きの顔も、

そして今、見せてくれるその素顔も、私の大事な日向さん。


あなたが耳元で『愛してる』と言ってくれるから、何倍も寄り添いたくなって、

私の方が、もっともっと愛しているんだよと、伝えたくなるんです。




日向さん……





私の『愛してる』をあなたに返すから、だから、ギュッと……抱きしめてください。

あなたのところから、どこにも動けないように……。





幸せな気持ちが……ずっと、ずっと、続きますように……







日向さんは、それから2日後、『相良家の人々』のロケで、

田沢さんと二人、ロサンゼルスに向かって出発した。

畑山さんの恋の思い出は、ほろ苦く……。

騒動に巻き込まれた私は、やっと落ち着いた日々を迎える……





はずだった……






24 彼の思い出(6)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

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又か?

『魔性の女・・』上手く隠したつもりでも、誰かがどこかで見ている。

最近サッカー選手のデートを、ツイッターで呟いたホテル従業員がいた。
プライベートを大事にしようと選んだ高級ホテルでのこと・・・
有名人だからってこれでは堪らない。

畑山さんもどこからか漏れたのね。
でも身から出た錆かも知れないと思えば反省するかな?

顔を見てちゃんと話せば誤解は直ぐ解ける。
なのに・・・なんなの~~~~一体。

>はずだった・・・
イヤン意味深。気になる!気になる!

焼き餅^^

うふふ、ずい分冷静に振舞ってた淳平だけど
試験問題みたいなメールからも
かなり焼き餅焼いてたのが伝わってくるようだわ^^

誤解を解くには
どんな文章を書き連ねるより
やっぱり会って、ちゃんと顔を見て話すのが一番だよね!

素敵な仲直りができて
本当に良かった^^v
・・・・けど・・・・
そう簡単に落ち着いた日々は来ないのね~~(>_<)

あぁ~次なる試練は何??・・・心配だよ~~

何がおこるのぉ~?

そうかぁこうなったか

>『僕が納得出来るような説明を返信で 制限時間30分』

これツボだなぁ。
今、療養中のアノ俳優さんも言いそうだもの。
妄想族としては嬉しい限りです(笑)

人気俳優さんとの恋は、なかなか大変ですね
ガンバレ史香!
オバチャンは応援してるぞ!


しっかり結ばれてる二人♪

淳平と史香の絆が今はしっかりと結ばれてて安心♪
と思ったのも束の間。。

今度は何が起こるんだい?!

史香。。あなたもなかなか大変です。

続きがまた・・・

>ふわふわと雲のように画面を動き、そして消える。
ももんたさんの携帯メールって↑なの?^m^

て思えるほどリアル。

淳平ってどんな時でもポーカーフェイスなのね~。
それを理解するのもたいへんだわ。

史香だからこそ、素直に素直に、受けとめられるんだね。


>はずだった……
の一文字に。これは!!なんだね!!
と思わず飛びついちゃいました。

気にしてね!

拍手コメントさん、こんばんは!

>気になって気になって

ありがとう。
気にしてもらえて嬉しいな。
楽しみにしてもらえているのが、
私にとって、一番のエネルギーになります。

さて、何が起きるのでしょう。
このお話のタイトルは

『彼の思い出』

次は、どの彼……なのか、
それは次回、わかりますよ。

有名人も休みたい

yonyonさん、こんばんは!

>『魔性の女・・』上手く隠したつもりでも、
 誰かがどこかで見ている。

見ていたようですね。
うまくやったな……という人達も
いるでしょう。
先日の話、あれはダメだよね。
あんなことされたら、
本当に有名人は、気持ちが休まらなくなる。

>イヤン意味深。気になる!気になる!

気にして、気にして!
今回のタイトルは

『彼の思い出』

だからね!

淳平もドキドキ

パウワウちゃん、こんばんは!

>誤解を解くには
 どんな文章を書き連ねるより
 やっぱり会って、ちゃんと顔を見て話すのが一番だよね!

そうそう、前回の教訓から、
やはり、会わないとダメなんだと、
気付いた二人のようです。

淳平、冷静に見せているけれど、実は……だったようで(笑)

さて次なる試練。
タイトルの

『彼の思い出』

から、想像してみてね

嬉しい!

拍手コメントさん、こんばんは!

>ハートフルが今一番のお気に入りです。

ありがとう!
気に入ってもらえて、嬉しいです。
どんなところが気にいってもらえているのかな。
淳平のキャラ?
それとも史香のドジぶり?(笑)

これからも、楽しんでください。

ツボ……バンザイ!

ヒャンスさん、こんばんは!

>>『僕が納得出来るような説明を返信で 制限時間30分』
 これツボだなぁ。

おぉ! ツボですか?
私も、結構こういうところ、ツボです。
こんなふうに言われたら……と、
妄想族ですよ、同じく(笑)

相手が普通の人じゃないからね。
史香の苦悩は続きます。
でも、愛されてますから、幸せでしょう、きっと。

応援、よろしくね。

俳優の彼女

れいもんさん、こんばんは!

>今度は何が起こるんだい?!

終わりだと思ったでしょ。
うふふ……そうではなかったのです。
このエピソードのタイトルは

『彼の思い出』

なので、どうなるのか、予想してみてください。

人気俳優を彼に持った史香。
そりゃ大変なのです。
愛されてますけどね(笑)

ふわりふわりだったよ

tyatyaさん、こんばんは!

>>ふわふわと雲のように画面を動き、そして消える。
 ももんたさんの携帯メールって↑なの?^m^

あ、以前持っていた機種のメール印は、
そうでしたよ。
雲だったかどうだか忘れたけれど、
なんだかふわふわ浮いて、消えてました(笑)

リアル?
嬉しいな、その言葉。

>>はずだった……
の一文字に。これは!!なんだね!!
と思わず飛びついちゃいました。

あはは……なんでしょうね。
今回のタイトルは

『彼の思い出』

ですから。
次はどこの彼なのか、
想像しながらお待ちください。

繋がったよ♪

コメントはお久しぶりです^^;
でも、ずっと読んでました!

といいつつ・・・途中で話が繋がらなくて、「どこ?どこ?」と作者さんに訴えて(笑) 頂いたヒントをもとに探したら、「彼の思い出」の1の後半が抜けてましたヨン><
(きっと、読んでる途中で用事でも入ってそのままだったのかも^^;)

余裕のある振りの日向さんも、心の奥は必死なんだよね~♪
決して見せない態度がポロッと見えたとき、女心はキュンとなるのでしょう。

で・・・気になる最後の一文
そろそろUPでしょうか?

お待ちしております^^

順番にね

なでしこちゃん、こんにちは。
迷子状態、出口が見つかってよかったわ。

>決して見せない態度がポロッと見えたとき、
 女心はキュンとなるのでしょう。

そう、なるのでしょう。
いや、なるのです(笑)

あっちもこっちもありますので、
順番、順番……です(笑)