30 縛られた心

30 縛られた心




週が明け、海人は『芽咲海岸店』売却の最終打ち合わせを終え、

本社に戻る途中、鳴り出した携帯を通話状態にする。


「もしもし、何?」

「あ、専務。もうじき戻られますか? 加納多恵さんがお見えなのですが」


その言葉を聞き、ウインカーを出すと、海人は車を道の端に止めた。

あと20分もすれば本社へ戻れるかもしれないが、

アクセルを、そのまま踏もうという気持ちが無くなってしまう。

この間も、近くに用事があったからという理由で突然本社に来られ、

また今日も、こうして勝手にやってくる。

父、和彦は、積極的な多恵にご機嫌だったが、振り回される海人にしてみたら、

どこか納得のいかない出来事だった。


「申し訳ないけれど、今日はすぐに戻れないんだ。
別件で寄る場所があるからと、そう伝えてもらえないか」

「別件ですか?」

「……『天神通り店』へ寄ることになっているから」


咄嗟の言葉だった。あの店の改革は、航が勝手にしていることで、

別に確認したいわけではないが、今、このまま本社へ戻る気持ちになれなかった。

時間つぶしのためだと、海人は方向を変え、車を『天神通り店』へと走らせた。





海人が店へ着くと、商店街の新しい会長になった文具店店主と、

店長やチーフの馬場が、もうじきオープンの垂れ幕を取り付けている最中だった。

洗車と駐車を兼ねた場所は、商店街で2000円以上の買い物をすると、

サービスカードがもらえる仕組みになっている。


「専務、わざわざありがとうございます」

「いや……」


店長の溝口は、海人がこのために店を訪れたのだと勘違いし、声をかけた。

雑巾を干している場所には美鈴がいて、柿下や他のメンバーは、

給油の場所に立ち、お客様の相手をしている。

あの生意気なパート、友海の姿だけが見当たらない。


「飯田さんは、どこに行ったんだ」

「あ……飯田さんなら、休憩中でして」

「休憩中?」





友海はその頃、休憩を取り、食事を済ませると土手に寝転び空を見ていた。

この計画が上手く進み始め、航は忙しくなった。

それでも友海は、あさってのオープンには、顔を見せてくれるだろうと、

流れる雲を追いかける。

すでに『天神商店街』との打ち合わせも済んでいて、

どう動いていくのかが楽しみだと思いながら、

秋の日差しがもたらす心地よさに、少しずつ目が閉じ始める。



あの日、触れた唇の感覚が、友海の思い出の中から、少しだけ顔を出した。


「ここが休憩所か」


声が聞こえ視線を横に向けると、立っていたのは航ではなく、海人だった。

友海は背中を起こし、何しに来たんだろうかと少し怪訝そうな顔をする。


「準備は順調なようだな」

「はい……」


友海は、改革など興味がないはずの海人に何か聞かれ、ついつい身構えた。

ここまで来て、まだ何か文句を言うのだろうかと思いながら、

自分から余計なことを言わないようにと、口を閉じる。


「なぁ……」

「なんですか」

「お前、アイツに謝ったのか」


アイツとは晴弘のことだった。

友海の身に、何が起きたのかを知らない海人からすると、

あれだけこじれていた商店街との状況が、

急に回復したことが納得できないのだろう。


「成島さんが、解決してくれました」

「航が?」

「はい……。私は、謝罪なんてしていません」

「謝りもしないで、相手が折れるなんて、ありえないだろう」


海人の目は、何を隠しているのかを知ろうとしていた。

友海はその視線から外れるように、線路の向こうを見続ける。


「きちんと対応してくれただけです」


それしか言いようがなかった。

具体的なことなど語るつもりもないし、あの事件が無関係ではないにせよ、

商店街の人たちの気持ちを、航がしっかりつかんだことは間違いない。

時間はかかったかもしれないが、

少しずつこちらの案に賛同してくれる店が出ていたことも、事実だった。

友海は、あの事件がなかったとしても、いずれこのような方向へ動いたはずだと、

自分自身を納得させる。

海人は何も言わないまま、友海から少し離れた場所に、腰かけた。


「スーツ、汚れますよ」

「そんなに……航がいいか……」


いつも、上からものを言うような海人が、小さく、自信なさげにそうつぶやいた。

友海はそらしていた目を、思わず向けてしまう。


「……なら、みんな航だけ信じて生きていけばいい」


川の向こうから電車が1台近づき、ガタゴトと音を立てながら通り過ぎていく。

友海は、海人の寂しそうな横顔を感じながら、横に置いてあった袋を手に取った。





聖が書類を受け取り戻ってくると、また多恵の姿を見つけることになった。

和彦の秘書が隣にしっかりとつき、何やら説明をしながら歩いている。

そばに海人の姿は見えなかったが、

自分がここにいることが当たり前のように歩く多恵の姿に、

聖は居場所を失ったような感覚に襲われた。

聖が下りたエレベーター前で、多恵と和彦の秘書も次を待つことになる。


「何度も足を運ばせてしまって……」

「いえ……お忙しいのは当然ですから」


聞こえてきた言葉に、聖は海人が本社にいないのだとそう思った。

見合いの話がどうなっているのか、

海人に直接聞いた方がいいと航から言われたものの、結局、言い出せずにいる。

そんな聖の前に、時計を気にしながら歩く航が姿を見せた。

隣のエレベーターが到着し、多恵達と一緒に乗り込もうとする。


「ねぇ、どこへ行くの?」

「あぁ……聖さんか。急に腕をつかむから誰かと思ったら。
これから『天神通り店』へ行くんだ。明日、洗車場のオープンで、
最終準備が出来ているのか、確認しに行かないといけないから」

「私も行く……」

「は?」


聖は航の答えを待たずに、強引に一緒のエレベーターに乗り込んだ。

同じエレベーターには、航と聖のやりとりに自然と視線を向けた多恵も乗っている。


「専務が戻られましたら、連絡を……」

「いえ、私の方からまた、ご連絡させていただきますので」


航は多恵の雰囲気や、隣の秘書との会話から、

この女性が海人の相手なのではないかと、すぐにそう思った。

聖は、反対を向いたままエレベーターの隅に立ち、多恵を視線に入れようとしない。

航は、まだ海人との話は進んでいないのだと悟り、二人の間で軽く息を吐いた。





「ねぇ、どうして一緒に戻ってきたの?」

「わからない、勝手に一人で土手に来て、勝手についてきたんだもの」

「ふーん」


海人は友海の休憩が終了すると、友海の後を追うようにスタンドへ戻った。

自動販売機の前にある椅子に座り、

じっと友海や美鈴が働いている姿を目で追っている。


「やりにくいなぁ、専務の監視付きって」

「全くもう……」


海人の態度に何も言えない馬場や柿下の横を通り過ぎ、

友海は奥へ入ると、一番隅のロッカーを開けた。

そこには以前、『天神通り店』で働いた航の残したユニフォームが入っている。

それをハンガーから取り、一度ほこりを払うようにすると海人のところへ向かう。


「何?」

「そこにいるだけなら、これを着て店に立ったらどうですか?」

「飯田さん」


レジで計算をしていた店長の溝口は、何を言っているのかと友海を止めようとする。

友海はそれにひるむことなく、ユニフォームを前へ突き出した。

海人は一度だけ視線を向けたが、すぐに無視するように前を見る。


「専務が座っている席は、お客様のものです。
缶ジュースを買うこともなく、座っているのは迷惑です。
この状態は、営業妨害ですよ。誰かと待ち合わせなのなら、奥でお待ちください。
そうでないのなら、一緒に外で立ってみたらどうですか?」


海人は友海の持っていたユニフォームを見ながら、幼い頃のことを思い出した。

祖父に連れてこられた店では、このユニフォームを着て動く社員たちが

とても素敵に思え、将来自分もこんなふうに店に立ちたいと

帰りの車で夢を語ったのだ。



『海人……。お前は、もっともっと、楽しい仕事が出来るんだ』



祖父はそう言いながら、幼かった海人の頭を、愛しそうに何度もなででくれた。


「専務、申し訳ありません、飯田さんが……」

「いい」


そういうと、友海の手からユニフォームを取り、海人は奥へ向かう。

友海は、何か苦しんでいるように見える海人の背中を、じっと見つめるだけだった。





31 存在のない存在
<photo:tricot>

いつも読んでくれてありがとう!
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント

韓ドラのようだぁ・・(^m^)


    こんにちは!!

 お久しぶりです(^_^;)

しばらくはこそっと陰から読んで
そのままこそっと帰ってました(>_<)

さて、最近「碧い海のように」を読んで
なんか韓ドラみたいだ・・うふふとほくそ笑んでいます。

海人も聖も親父さんが政略結婚を目論んでいて
しかも聖のお父さんてば、自分の叶わなかった想いを
娘で遂げようなんて・・・。

さぁ、か中の4人が友海の働く『天神通り店』での鉢合わせ!

聖は海人は真意を聞けるのか?

そして友海と航は?

次回までのお楽しみ・・・ですね!(^^)!

   では、また・・・(^.^)/~~~

四角関係?

多恵さん、中々の人物のようで・・・

逃げてしまう海人、自分から断れない・・・かな?やっぱり。
政略結婚なんて時代錯誤的ですが、あるのでしょうね。

社長が会社より政治に興味を持ったら、その会社の将来は??

鉢合わせするだろうね。その時聖は海人は?

そう見える?

mamanさん、こんにちは。
おぉ、そういえばちょっぴりおひさです。

読んで帰って……OKですよ。
でも、たまに顔出してね!

>なんか韓ドラみたいだ・・うふふとほくそ笑んでいます。

本当? 嫌いじゃなければ、
そのままおつきあいくださいませ。
今までは、友海の過去がわからず、
それでも、少しずつ心を開いていく二人が
テーマでしたけど、
ここからガラリ! と話が変わります。

でも、つながりはあるけどね。

さて、4人は鉢合わせをして、
どうなるのか……

そうそう、お楽しみ、お楽しみ(笑)

さてさて

yonyonさん、こんにちは

>多恵さん、中々の人物のようで・・・

はい、はい。
長い間、政治家の秘書をしてきた家庭の娘ですので、
なにかと根性もすわっております。

>政略結婚なんて時代錯誤的ですが、あるのでしょうね。

うーん、親ってずるいところもあって、
出来たら『いいご縁』という気持ちは、
どこでもある気がします。

いいご縁……っていうのは、
親にとってというところも、あったりしてね。

さて、4人のその後は。
あっちでも、こっちでも、
いつもコメントありがとう

海人も悩んでますね

ももんたさん、こんばんは。

多恵さん、なかなかはっきりというか積極的というか。
こういう彼女が押せ押せムードできたら
やっぱり引いちゃいますよね。海人でなくてお。

政略結婚、社会的に立場のある人は結婚を会社のため
というと悲しいね。

海人もまだまだ自分の気持ちを伝えられないようだし・・・

さて、海人にも何かあると知ってしまった友海は
まさか・・・航との中が複雑になる?ってことはないよね。^m

全てがビジネス

tyatyaさん、こんばんは!

>政略結婚、社会的に立場のある人は結婚を会社のため
というと悲しいね。

悲しいね。
政略だと思うか、見合いだと思うか、
それぞれまた、感覚も状況の差もあるだろうけれど、
海人と多恵の場合は、ちょっとねぇ……

さてさて、4人はどんな運命を辿るのか、
航との仲がこじれるのか……
うふふ……それはまだまだこれからです。