TRUTH 【微笑みの裏】

TRUTH 【微笑みの裏】

TRUTH 【微笑みの裏】



PCの画面に映る『窪田千波』さんは、フルートを片手に持ち、

どこか恥ずかしそうな笑みを浮かべている。

それは、柚希が私に見せてくれる笑顔に似ていて、

二人が本当に従兄弟なのだと語っていた。


あの夜、彼女が何をしに来たのか、細かいことはわからないが、

あのホテルには『カルチャールーム』と呼ばれる会議室的な部屋がいくつかあり、

小さな団体が借り切って、イベントをやることは確かにあった。

あの店で飲んでいるときも、そんな仲間の集まりを、何度か見かけたこともある。





享年25歳





私より2つ年下だった彼女は、リンパ関係の腫瘍で亡くなった。





25……。今の柚希の年齢に近い。





あの時、すでに死期を予感し、二度と会うことはないことを知っていたのだろうか。

深みから這い上がろうと、新たな場所への思いに必死だった私を、

どんな想いを持ち、全てを受け入れたのだろうか。





もう……

確かめることも、聞くことも出来ない。





イベントの打ち合わせのため『トワレ』に向かうと、

フルートをそばに置きながら、翠に言われたのか、データを打ち込む愛梨さんがいた。

それにしてもつまらなそうに仕事をしている。

これは経営者の娘だから許されるのだろうが、もし、新入社員だとしたら、

そくクビになる可能性が高い。

柚希が手にし、千波さんのことを知った『チケット』を返そうと、

後ろから肩を叩いてみた。


「あ……森住さん、先日はありがとうございました」


愛梨さんの表情がクルリと変わった。

こんな愛嬌のあるところが、憎めないところなのだけれど。


「いや、そんなことはいいんだ。愛梨さん、これ、お返ししようと思って」

「チケット……ですか?」

「この日はイベントの準備日にあたってしまって。
私の方からスタッフに、休暇を取れとは言えないからね、立場上。
人数確保の手伝いが出来ず、申し訳ない」

「あ、そうなんですか」


『窪田千波』さんは、愛梨さんの大学の先輩だと、以前聞いたことを思いだし、

今さら知っても仕方のないことだと想いながらも、

つい、どんな女性だったのかと問いかけた。


「直接お会いしたことはないんです。
でも、千波さんが演奏しているビデオは見たことがあって。
大学を優秀な成績で卒業して、契約をしたいと言った楽団もあったようですけど、
そのスタイルは受け入れずに、活動をされていたんですよ。
結婚も決まっていたのに、病気で亡くなったので、結局は叶いませんでしたけど……」




結婚……




あの日、どこかつかみどころのない表情のまま、

飲み干せない酒を置き過ごした時間は、

やはり、あきらめの時間だったのだろう。

彼女にも彼女なりの人生があったのだと、今さらながら知ることになった。





「それ、本当なのか?」

「そうみたい。取引会社の契約問題がまた出てきたようで、
支払いが予定通りに進んでいないんだって。アメリカは契約の国でしょう。
山内社長もそこを信用して手を組んだのでしょうけど、相手はもっとワルだった」


この提携話がマスコミに明らかになった時、真知子さんも危うさを指摘していたが、

それが現実味を帯びたものになったと、翠からの情報が入った。

そういえば、以前会った時の菜穂子は、口数も少なく、

あれから誘いの電話もかからなくなった。

もしかしたらすでに会社の傾きに気付きながら、それを公にするわけにもいかず、

悩みの中にいたのだろうかと、横顔を思い浮かべる。


「聡に連絡はないの?」

「ないよ、菜穂子の性格はわかっているだろう」

「……まぁ、そうだけど」


同じ店で競い合った仲とはいえ、すでに人生は別の方角を向いている。

私達には、大きなものが崩れていくことを、支えることなど出来はしない。

それでも、あれだけ菜穂子を嫌いだと言っていた翠が、

責めるような言葉を口にしないところを見ると、

思っているよりも状況は深刻なのかもしれない。


「聡、イベント、よろしくね」

「あぁ……」


翠は会場の見取り図を広げ、気になる話を振りきるように、

近付く大きなイベントに心を向けた。





『トワレ』での打ち合わせを終え、私はあるホテルへと急いだ。

買い物を済ませた柚希からメールが入り、待ちあわせ場所へ向かう。

夜景の見える小さなバーのカウンターで、ストラップに触れながら下を向いている。

その横顔がこちらに動いた時、私の脳裏に浮かんだのは、あの日の千波さんだった。



カクテルを前にしながら、飲むことなく、ただ、時を待つような……

あの……



そんな小さな迷いは、私が到着したことに気付いた柚希の微笑みに、かき消される。

もう、あの人は亡くなったのだ。そう想い一度目を閉じ、息を吸い込んだ。


「どうしたの? なんだか驚いたような顔をしたから」

「柚希が見つけた店だって言うから、どのような店かと思って。
こんな素敵な場所を知っているなんて、怪しいな」

「怪しい?」

「誰に連れてきてもらっているのか……」

「ひどい……」


柚希の髪は、また少し長くなった。

以前は、まとめ方が難しいと悩んでいたが、今では短時間であれこれ変化をつけ、

扱いもうまくなった。黒髪のつやを見ながら、自分の指に絡みつく姿を想像する。

そんな私の指に、隣に座る柚希の指が自然と触れた。


「雑誌で見て素敵なお店だと思ったの。でも、一人で来るのは嫌だったから」

「……わかっている」


私は耳元に唇を寄せ、少しすねたような柚希の機嫌を取り戻す。

目の前のカクテルはぼんやりと赤い色をつけ、細かい泡が上へと向かっていた。

柚希はそのグラスを指で挟み、口元へ運ぶと、艶やかに光る唇を、

そっと縁に寄せ少しだけ口に含んだ。


「少し甘めだけど……美味しい」

「そう……」


柚希はそれからしばらくグラスをじっと見つめ、

気に入ったと言いながらも、飲み進めることをしなかった。

私は大きめの氷を入れ軽く揺らすと、バーボンの香りを楽しみながら飲んでみる。


「飲まないの?」

「……もう少し、ここにいたいの。
飲んでしまったら、家に帰らないとならなくなる」


広がる夜景は宝石のように輝き、世の中の不況など関係がないように見えた。

柚希はまたグラスを持ち上げ、そっと口をつける。

そのグラスの向こうに、見覚えのある男女が姿を見せた。


この店の奥には、個室のように仕切られた場所があり、

そこから出てきたのは、以前、商品のパンフレットを寄こした八坂君と菜穂子だった。

菜穂子は酔っているのか、歩き方がどこかふらついている。


翠の話では、会社の状況は思わしくないはずで、

それでも、派手に飲み歩くような生活をする菜穂子の気持ちが理解できず、

気付かれないように横を向く。

幸い、通り道とは外れた場所に座っていたため、このまま何事もなかったかのように、

通りすぎられるものだとそう思っていた。


「あ……森住さん、森住さんじゃないですか?」


菜穂子は気付くことなく進んだのに、私の姿に気付いたのは、隣にいた八坂君だった。

あまり気の利くタイプには見えなかったが、無視するわけにもいかず、頭を下げる。

彼は、酔った菜穂子の扱いに困っていたのか、私が頭を下げた瞬間、

少し安堵の表情を見せた。私は柚希と絡めた指を外し、彼女の膝を軽く叩く。

黙って下を向いていればいい……。そんな合図だった。


「こんばんは、こちらにいらしたのなら、一緒に飲めばよかったですね」

「いえ……」

「……あら……聡。珍しいじゃない、ひとり……」


菜穂子は、私がひとりで飲んでいたのかと言いかけて、

隣に座る柚希の方へ視線を向けた。

ドライな関係になって何年も過ぎたはずなのに、その視線は冷たく柚希を刺していく。


「帰ろうと思ったけど、一緒に飲もうかな……もう一度」

「あ、じゃぁ、僕は……」

「八坂君ももちろん一緒に飲むでしょ」


二人がどんな関係になっているのかわからないが、

関わっていいプラスになるとは思えず、私はあえて菜穂子が嫌がる話題を振った。


「こんなことをしていていいのか? 今、大変な時なんだろ」

「……ん?」


菜穂子の目は、発言をする私ではなく、グラスに視線を向けたまま、

黙っている柚希に照準が合っている。誰に遠慮などすることもない。

私はもう、菜穂子のものではなく、柚希と同じ時を過ごすことを、隠す必要もなかった。


「申し訳ないが、もう店を出ようと思っていたので。また、機会があったら……」

「あ……森住さん」


せっかく気に入ったカクテルを残さなければならないのは柚希に悪い気もしたが、

これ以上、菜穂子に関わる気にもなれず、私は席を立った。

柚希は八坂君と菜穂子に頭を下げ、その横をすり抜ける。




「聡……、もう思い出の人を探すのは、諦めたの?」




その発言に、思わず足を止めた。

柚希と初めて会った日のことを、そう言えば菜穂子に語った覚えがある。




「いこう……」


せっかく、楽しもうとした夜景も、菜穂子のおかげで、嫌な想いしか残らなかった。

ホテルのロビーへ向かい、そしてタクシーに乗り込む。

そこまで来て初めて、隣に座る柚希の表情が気になった。


「悪かった、変な去り際になってしまって」

「ううん……」


菜穂子の発言をどう思ったのか、一番聞きたかったのはそこなのに、

それ以上柚希に問いかける気持ちにはなれなかった。







柚希がもし……

あの日のことを……

『窪田千波』さんとのことを知ったら、どう思うだろう。







自分の死に直面している人を、その日限りの『恋の相手』にした事実を、

今さら知られたくはない……





タクシーの中で、『緑山南店』のことを楽しそうに語る柚希の声は、

半分くらいしか私の心に届かなかった。





『トワレ』とのイベントは成功に終わった。

柚希たちのシャンプーの実践も好評で、中には名刺を持ち、店を訪れてくれる客もいた。

何度もこなす試験より、お客様から届く生の声がスタッフの自信につながり、

柚希は以前よりももっと、積極的に仕事をこなすようになった。


「瀬口さんから、褒められたの」

「ふーん……何を?」

「動きに余裕が出来たって。来月には少しずつカットの方も経験させてもらえるみたい」

「そう……」


私達の関係は、あれからもうまくいっていた。

柚希は今日も仕事を終えて部屋へ立ち寄り、一日の出来事を嬉しそうに語る。

時々、妙に甘えてはこちらの様子をうかがうような目をするようになり、

仕事だけではなく、色々な面で、柚希の余裕を感じる。


「あ……そうそう、これ、持ってきたの」


大きな袋から取り出したのは黒い箱で、その留め金を外すと、

そこに入っていたのは『フルート』だった。

柚希は分かれているパーツを手に取り、目の前で組み立てていく。

一つ部品が組み上がる度に、私の鼓動は速まった。


「これ……チーちゃんのなんです」


なぜ柚希がこれをここへ持ってきたのか、どうして目の前で組み立てているのか、

私の中で、色々な感情が巡っては消えていく。





柚希、君は……気付いているのか。

あの日の出来事を……。






【疑念と嫉妬】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

非公開コメント

大人の女性

森住さん、菜穂子に会ってはどきっ
柚希にフルート見せられてはどきっ
心臓に悪いです。

柚希はいつか知ることになるのだろうけど
あにょ、もう知っているのか
そのとき、どうするのかなあ。。

タイトルの『微笑みの裏』っていうのも怖い。。

森住さんの周りには、いろんな大人の女性がいて
柚希だけは、なんかこうきらきらしてる純粋な女の子でしたが
柚希もだんだん大人の女性になってきたのかなあ。。

森住さん気分でドキドキして待ちます~

女は変わるよ

れいもんさん、こんばんは

>森住さん、菜穂子に会ってはどきっ
 柚希にフルート見せられてはどきっ
 心臓に悪いです。

柚希にとって、森住はどう映っているんでしょうね。
年齢が離れているからこそ、
そこは気になるところでしょう。

『微笑みの裏』怖いですか?

それは嬉しい(笑)


>柚希もだんだん大人の女性になってきたのかなあ。。

うーん……
子どもじゃないよね、だって、森住の相手だもん。
(って、答えになってないかな?)

これから、物語の核心部分に迫ります。
スタートさせてから1年が経とうとしています。
あぁ……長いよね(笑)

私も怖い・・

音楽家としての将来も嘱望されていて
結婚も決まっていた・・・そんな矢先の病気だったのかな

そんなふうにあの夜の千波さんの事を考えながら、一話めを読み返してたら
とても哀しい気持ちになってしまいました。

そしてそんな千波さんを、姉のように慕っていただろう柚希ちゃん・・・

森住さんが自分と良く似た人と思い出があることは知ってるんだよね
やっぱり何か気付いているのかしら?

『微笑みの裏』っていうタイトル、私も怖いよ~~~

千波の事実

パウワウちゃん、こんばんは

>そんなふうにあの夜の千波さんの事を考えながら、
 一話めを読み返してたら
 とても哀しい気持ちになってしまいました。

うん……
1話だけのイメージと、ここまで来てのイメージと、
きっと違うんだろうね。
千波にも、千波の人生がありました。

さて、そうそう、森住。
千波のことを知ったがゆえに、
柚希へ向ける想いも、
ついつい『裏』を考えることに。

>『微笑みの裏』っていうタイトル、私も怖いよ~~~

怖い? それは、それは(笑)
どちらかというと、まったり続けてきたので、
ここらへんで、グイグイ行かないとね。

もう少し頑張ります。

繋がった過去・・・

こちらにコメントを残すのは久しぶりです。
でもね、ずーっと読んでたのよ~!(と、一応言っておく^m^)

微笑みの裏・・・誰しもそんな裏側を持っているのかなと読みながら思いました。

見えてきた「窪田千波」の姿
すごく大人に見えた彼女は25歳だったのね。
若くして、いろんなことを整理しなければいけなかったのだと思うと、彼女の大人びた顔も理解できるかも。

柚希は何もかも知っていて森住に興味を持ったのかな、最初は興味本位で彼に関わって・・・
なんて、思うほど、柚希の行動には余裕があるような。

これからもついていきます!
二週間に一回の更新、待ってるね~^^

裏か表か?

なでしこちゃん、こんばんは!
大丈夫、読んでくれていることは、ちゃんとわかってるよ!
コメントは、気にせずに。

>微笑みの裏・・・誰しもそんな裏側を
 持っているのかなと読みながら思いました。

見えているものに裏があるかどうか、
見ている方の感じ方も、あるでしょうね。

さて、柚希は知っているのか、知らないのか。
それはもう少しおつきあいお願いします。

2週間に1度、頑張りますよ!