24 彼の思い出(6)

24 彼の思い出(6)


その日の朝は、快晴だった。

少し寒いけれど、地下鉄からの階段を上がり事務所のエレベーターに乗り込む。

昨日スタートした学園ドラマに出演した、日向さんの弟分真田君の書き込みが、

色々とネットを賑わせているだろう。

彼の励みになるようなことが書いてあったら、コピーしてマネージャーに手渡そう。

ファンの声ほど、力になるものはないのだから。


「おはようございます」

「あ、おはよう、前島さん。ねぇ、真田君の評判上々よ。
これから期待したいって声が結構入ってる」

「うわぁ、本当ですか? 見たいです。あ、あった、あった」


嬉しい書き込みの数々に、佐藤さんも私も自然と笑顔になった。

これでまた真田君に仕事が増えると、米原さんはますます忙しくなる。

いい男達に囲まれて若返ることが出来ると、笑顔になるのがすぐに想像出来た。


「懐かしいな……。日向君の時も、こうだったなって」

「昼のドラマですよね」

「そうそう」


日向さんが昼のドラマでデビューしたことは、

以前、『ひよどり姉妹』さんに聞いた覚えがある。

真面目な性格に、これから絶対に伸びてくる俳優だと思い、

色々と力になってくれた。


「真田君も、日向さんのようになりますかね」

「なるといいよね」


週のスタートは、明るい気持ちで、始まった。

新聞を綴じ、メールなどを整理し、ファンレターなどもわけていく。

お昼を少し過ぎたそんな時間に、事務所の扉が開き、米原さんが飛び込んできた。


「米原さん、どうしたんですか?」

「あ、史香、田沢君よ、田沢君」

「田沢さん? 今、ロスですよ」

「わかってるわよ!」


慌てて入ってきた米原さんの手には、出来たての雑誌が握られていて、

そのまま向こうの都合も考えず、田沢さんの携帯に事務所から電話をかける。


「もしもし……田沢君? ちょっと、『woman』にやられた。何よこれ。Mって誰?」


米原さんは、大興奮状態のまま、ロスにいる田沢さんと連絡を取った。

私には、何が起きたのかしばらくわからなかったが、

どうも女性週刊誌『woman』に、日向さんの記事が載ったと言うことらしい。


「記事の内容を言えば淳平はわかるの? なんだか大学時代の彼女だって書いてある。
まさかここで来るとは思わなかったわよ。写真も出てるってば、
淳平とその女が二人で寝転がって撮っている写真」


記事は、日向さんの大学時代のことらしく、米原さんは雑誌を広げ、

電話口で、田沢さんに向かって内容を語りだした。


「そう、だって、淳平上半身裸よ、裸。相手はTシャツ着ている。
全身? ううん、全身は映っていないけれど、元彼女が語るってことになっているから、
これじゃ、それなりの写真だと思われても、しかたないんだけど。
エ? それなりって何かって……何言ってるのよ、男と女の写真でしょうが!
もっと細かく聞きたいの? ん?」


大学時代の彼女が、日向さんとの思い出を語っているというものだが、

米原さんの言うとおり、横に貼ってある写真は、

取りようによっては意味深に見える。

写真だけを見れば、そこまで考えないのだろうが、

ぴったりとくっついて笑っている二人の笑顔。

女性の方は目隠しがされ、ハッキリした顔はわからないが、

記事を読んでから見れば、これをベッドで撮ったと思う可能性はあるかもしれない。



しかも、映っているのは日向さんと彼女だけだ。



どうも、記事を書いたのはフリーのライターで、

写真は元彼女だと言う、ご本人の売込みらしく、

日向さんがロケでロスに行くことがわかっていて、否定できない日程を選び、

記事をぶつけてきたのだろうと、米原さんは分析する。


「参ったなぁ……、畑山のことなんて、笑っている場合じゃないわ。
とにかく、もう製本されていて、書店に並ぶ手前だから、どうしようもない。
写真だけ送るから、淳平にどういうものなのか、確認して! 頼むわよ!」





誰にだって『恋』はある。





過ぎてしまった過去とはいえ、本人が写真を出してきたという事実に、

私は日向さんの心が、畑山さんのように傷つかなければいいがと思いながら、

週刊誌に載った、過去の笑顔を見た。


「はぁ……どうして週の始めからこんなことに頭を悩ませるのよ、全く」


佐藤さんは米原さんにお茶を入れ、放り出された雑誌の横へ置いた。

米原さんはありがとうと声をかけ、冷ましながら口をつける。


「畑山宗也と高原あずみの過去を『女性ウィーク』が特集したでしょ。
2大女性誌の『woman』が追うように書き立てないから、おかしいなとは思ったのよ。
まさか、淳平の方へ矛先が向くとは、私も考えてなかったわ」


日向さんは大学時代、仲間と短編映画を撮ったことがあった。

その仲間の一人が、今回写真を出した女性のMさんらしい。

二人の仲のよさが見て取れるような写真に、

質の悪い紙に印刷されている日向さんの笑顔が、とても悲しく思えた。


「どうして写真なんて売り込んだんですかね。別に、不倫していた話しでもないし、
ごく普通に学生同士が付き合っていたって内容ですよ、これ」


見開きでページ数としては2枚、一気に読めてしまうくらいの内容だった。

その中に写真が3枚も載っていて、1枚が二人で寝転ぶ写真、

もう1枚がその頃の日向さんがカメラらしきものを持ち、何かを叫んでいる写真、

そして、最後の1枚は、膝を抱えて座り込んでいて、

手にビールの缶を持っている写真だった。


「まぁね、記事の内容によると、彼女のうちに淳平が入り浸っていたって書いてあるから、
半分同棲していたとでも言いたいんでしょ。いくらもらったんだか知らないけど。
問題は最後の文章よ、彼との約束があるんです……で終了、次回へ続く! なんて、
これじゃ、もっと重要なことが起きるみたいじゃないの」


米原さんは、写真に映るMさんの顔を指で弾きながら、

湯飲みに入っていたお茶を飲み干した。


「米原さん、真田君評判よかったですよ。今も、書き込みを見ていたんです」

「ん? あ、そうでしょ! そうなのよ。
今日はこのことで、気分よく仕事に入るはずだったのに……もう、『woman』め!」





佐藤さんが、米原さんの気分転換にと真田君の話を振ったが、

『woman』の記事がショックだった米原さんは、結局ここで愚痴るだけ愚痴り、

次の仕事へ向かった。


「米原さん、あんなにブツブツ言っていたけど、あれだけ愚痴れたら、
十分ストレス解消しているわよね」

「そうですよね」


佐藤さんは米原さんの湯飲みを流しに下げながら、そう言った。

今、私に背中を向けている佐藤さんは、

私が日向さんとお付き合いしていることは知らない。

私は、過去のことだと思いながらも、つい雑誌に目を向けてしまう。



私の知らない頃の日向さん。



わかっているけれど、心の中は騒がしく、そこにいる人に焼き餅を焼く私がいた。



ダメだな……こんな気持ちじゃ。

日向さんはもっと、ショックなはずなのに。



ロスにいる日向さんに、その後、写真の事実を確認したところ、

合成ではないことがわかったが、本当はこの写真がもっと大きなもので、

他に3名ほどの仲間が一緒に映っていたという事実がわかる。

佐藤さんが社長とMMBへ出かけた後、仕事を終えた米原さんが戻り、

私は田沢さんから聞いた内容を、そのまま告げた。


「そう……やはり細工写真か。問題はどこが後ろで操ったかよね。
サウンドプロかと思ったけど、そうじゃないみたいだし……」

「サウンドプロって畑山さんのですか?」


米原さんは、畑山さんの記事が出たことで、

サウンドプロダクションが日向さんに対して、

嫌がらせをしたのかと思ったらしいが、すぐに出所はわからなかった。





こんな、平凡を絵に描いたような私にも、懐かしく思える恋はある。

その当時好きだった人と一緒に撮った写真だってあるし、手紙だって書いた。

でも、それはもう過去のもので、それが公になることなどありえないけれど、

日向さんはこんな形で過去をあらわにされてしまい、

今頃どんな気持ちでいるだろうかと心配になる。


「あ、そうそう。朝は佐藤さんがいたから、あえて言わなかったけれど、
いい? 史香。これは過去だからね。どんなにこの女が淳平に思いを持っていても、
過去に二人がどんな付き合いをしていても、過去は過去」

「わかってます」

「本当? それならいいけど」


米原さんはそういうと、私の頭を軽く叩き、笑顔を見せてくれた。

こんなふうに気をつかってもらえて、本当に嬉しかった。

年齢は母に近いけれど、米原さんは大きなお姉さん。





私にも、日向さんにも……。





日向さんから電話があったのは、記事が出た次の日だった。

私はあえてそのことには触れずに、撮影が順調なのか、

体調は大丈夫なのかと問いかける。


「うん、天気にも恵まれて、撮影も予定通りに進んでいる」

「そうなんですか、お土産と話を待ってますからね」

「うん……」


元気な日向さんの声、あの記事が出て嬉しいわけはないけれど、

そんなことには負けない気持ちで、頑張ってくれているのだろう。


「なぁ、史香……」

「はい」

「話さないほうがいいか?」

「エ……」

「牧原さんのこと、何も言わないほうがいい?」





日向さんは私のことを気にしている……。





それがこの一言で、痛いくらいに伝わった。

聞きたくないのなら、何も話さないと言われ、

私は気にしてませんからと、明るく笑ってみせる。


「そうか……」


日向さんはどうなんだろう。話してしまったほうが楽なんだろうか。

もしかしたら、あの記事の内容を信じるよりも、直接聞いてあげたほうが、

私も日向さんもスッキリするかもしれない。


「あの……映画のお仲間さん……なんですよね」


聞かないと言ったのに質問している私がおかしいのか、

受話器の向こうで日向さんが笑い出した。

そう、何を言われたって過去のことだ、大きな心で聞き流してみせる。


「うん、一つ年上の先輩なんだ。映画好きが集まった同好会のメンバーでさ。
彼女のアパートが大学に一番近かったから、僕も仲間も、しょっちゅう泊まっていた。
田沢さんからの説明でも聞いただろうけれど、あの写真は本当はもっと大きくて、
作品完成を記念して撮ったものなんだ。だから、実際には僕たちの他に3人映っている。
上半身が裸なのは、小道具に色を塗ったりしていて、シャツが汚れてしまったからで、
他のメンバーもみんな男は裸なんだ。でも、記事の都合上切り取られたんだろ」


日向さんの話は、牧原さんにとどまらず、

学生時代に熱中したミニフィルムのことへ広がった。

元々、裏方になりたくて仕事をし始めたこともあって、

映像の編集や、演出方法にも興味があるのだと話し続ける。


そう、あの雑誌の記事に載っていた、日向さんがカメラを持っている写真も、

すごく熱中しているその気持ちが、確かに伝わってきた。

だからこそ、そんな思い出を、こんな形で表現されてしまったことが、

辛く感じてしまう。


「今は俳優をして楽しいし、これからも続けて生きたいと思うけれど、
いつか映画関係の仕事をしてみたいなって思いもあるんだ……」

「はい……」



よかった……。



このことで、日向さんが嫌な思いをしているのではと心配したけれど、大丈夫そうだ。

私はカレンダーの日付に丸をつけ、会えるその日を待つことにした。






25 彼の思い出(7)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

非公開コメント

あ~ヤキモキ

写真を細工するなんて!!!(`0´)

たちが悪いよね~~。
こういうことって芸能プロってありそう。
って思えてくるから・・・ああ腹が立つ。

しかも売り込む方も売り込み方だよね。
相手が有名人になった途端。自分の出番がやって来たとばかり
出張るんだから。

素人は素人らしく・・・

今回の事でも史香はなんかどっと構えてるように思えたのは
やっぱり繋がりだよね。

淳平のことがちゃんと信じられるから何でも聞いてあげられるんだよね。

淳平の思い出

『彼』の思い出は、畑山さんだけじゃなくて、『淳平』もあったんですね。

史香も淳平もお互いを思い合える余裕が出てきましたね。
少々のことでは揺らがない強さも感じます。

淳平もどこかのだれかのように映画を作る側にも興味があるんですね~

淳平、早く帰ってきてね~(^-^)ノ
史香だけじゃなくて、私も待ってます~♪

怖いわ~

自分の大事な思い出を商品にして・・・
それは誰かが傷つくだけでなく、自分もいつか傷つく。

女優としてデビューしたい、とか思っているのかな?

こんな話、本当にありそう。
週刊誌だって見てきたような嘘書くしね。怖いわ~

でも淳平は大丈夫そうだね。自分のことより史香の心配するところが優しい。

こっちへ来ました

tyatyaさん、こんばんは

>たちが悪いよね~~。
 こういうことって芸能プロってありそう。
 って思えてくるから・・・ああ腹が立つ。

ありそうに見えた?
それは嬉しいぞ。
このお話のポイントは、『芸能界』を
いかに、あるように見せるか! だしね。

>史香はなんかどっと構えてるように思えたのは
 やっぱり繋がりだよね。

おろおろしていた史香も、
少しずつ、強くなっているようです。
米原さんたちの力も、
大きいんだよね。

さて、急に騒がしくなった淳平の周り、
宗也のように、苦々しく相手の動向を
見ていくのか
それとも?
ということで、次回へ続きます。

映画が好きなんです

れいもんさん、こんばんは

>『彼』の思い出は、畑山さんだけじゃなくて、
 『淳平』もあったんですね。

はい、そうなんです。
芸能人を知っているってだけで、
自慢したくなる気持ちも、わかるんですけど。
さて、これがどう展開するのか、
それは次回へ続きます。

>淳平もどこかのだれかのように
 映画を作る側にも興味があるんですね~

そうみたいですね、
なんか書きやすかったし(笑)

うんうん、待っててねれいもんさん。
次回は淳平、戻ってくるからね!

成長してるかな

yonyonさん、こんばんは

>こんな話、本当にありそう。
 週刊誌だって見てきたような嘘書くしね。怖いわ~

本当にありそう?
うふふ……。そこ、メチャクチャ嬉しいんだけど。

週刊誌もね、1を100にしちゃうし、
インタビューも、受け方によっては、
イメージ全然違うからね。

怖いわぁ……

>でも淳平は大丈夫そうだね。
 自分のことより史香の心配するところが優しい。

うん、色々と経験しながら
二人が成長する、お話だからね。

哀しいね~

彼の思い出・・
今度は淳平だったのね~

写真でも証言でも、いろいろ細工しては
何でも意味ありげに感じるように作り変えちゃうんだよね

学生時代の美しい思い出を汚されたようで
本当に哀しくなっちゃったよ

でもさすがはいろんな事を乗り越えてきた二人^^
電話での会話でも深い信頼で結ばれた強い絆を感じました。

彼との約束があるなんて意味深な言葉で締めくくられた記事は
次週も続くようで嫌な感じだけど
今の二人ならきっと大丈夫だね!

あっちからこっちへ

パウワウちゃん、こんにちは

>今度は淳平だったのね~

そうなんですよ、畑山のことがあり、
次は淳平……。

史香にしては、嬉しいことではないけれど、
でも、『恋』は誰にでもあること。
色々なことを乗り越え、
二人は強くなりました。

さて、この記事はどう続くのか、
それは次回へ!