25 彼の思い出(7)

25 彼の思い出(7)


雑誌『woman』の記事が出てから、ネットにも多少の書き込みがあり、

中には、『あんな女が趣味なのか、がっかり』などのコメントも残されたが、

思ったほどの騒ぎにはならず、

田沢さんもあらためて会見などする必要もないと判断した。

日向さんがロケから帰国する時には、

多少取材陣のマイクを向けられるだろうが、

まぁ、なんとかなるだろうという雰囲気が、事務所内にも漂い始める。


「淳平、連絡くれたの? さすがに早いねぇ」

「はい。日向さん元気そうでしたし、どういう理由なのかはわからないけれど、
こんなことをした彼女の方が、実は傷ついているんじゃないかって気にしてました」

「ほぉ……。余裕だ。でも、横で田沢君はイライラしていたと思うけどね。
畑山宗也に続いて、消しゴムで消してしまいたい人ランキングに飛び込んだと思うよ、
この牧原さんって人」

「エ……あはは……そうですね」


米原さんはそう言うと、携帯の時間を確かめた。

今日は午後から、真田君の衣装を決める、打ち合わせがあるらしい。


「うん……、私もさ、突然のことで驚いたから騒いだけれど、
まぁ、でもこんなこと珍しいとはいえないのよ。
よくあるでしょ、ネットでも、過去の男や女が、いろいろと写真をUPして、
問題になること」

「はい」

「恋の思い出なんて、綺麗なままにしておけばいいのに、
そこにお金を出されると変わっちゃうのかな。なんだか悲しい人たちだよね」

「そうですね……」


そう言われてみれば、先月も、たしかどこかの局アナウンサーが、

プライベート写真を元彼に発表され、マスコミを賑わせたことがあった。


牧原さんの記事を読んでいけば、自分が日向さんと仲間だったことが誇らしく、

これからも頑張って欲しいというような内容で、陥れようという意図は見えない。

でも、だとしたら、写真など公開せずに、応援してくれたらいいことで、

一方的に表現されてしまうと、受けるほうは慌ててしまう。


日向さんの記事が出たことを、いくつかのワイドショー番組が

コーナーで紹介したこともあったが、内容として膨らまなかったのか軽く流され、

さらに2日が過ぎた。





しかし、今回の写真が、なぜ出てきたのか。

裏で笑っている人たちの思惑が明らかになったのは、その次の日で、

この記事が全く関係ないところから、日向さんの仕事に影響を及ぼしてしまう。

私は、そんな事務所内の騒ぎなど何も知らずに、いつものように出社した。


「『clear』のCMがダメになった?」

「そうだって。昨日、スポンサーから今回は別の方にお願いすることにしたって、
連絡が入ったの。ほぼ決まっていたはずだったでしょ、驚いちゃった」


私より早く出社した佐藤さんが、

清涼飲料メーカー『clear』、宣伝部長からの電話を取った。

夏に向けて日向さんをCMキャラクターにという話があったが、

今回は見送られたと言う。


「何か、問題が起きたんですか?」

「あの写真よ、ほら『woman』に掲載された。
日向君、ビールの缶を持っている写真があったでしょ。
手に持っていた缶は『clear』のライバル会社のものだったの」

「エ……」

「もちろん、その当時は学生だし、何を持っていても問題ないのだけれど、
ちょうどこの記事が表に出てしまって、イメージがって……」


結局、『clear』のキャンペーンCMは、

男性誌モデルとして急上昇中の、樫倉英吾が選ばれた。

彼の事務所は、業界でも強引な手法を取ることで有名なところだ。

所属していたタレントと、契約がうまくいかなくなり、

いくつか裁判も起こされていると、聞いたことがある。


「樫倉英吾のことは、田沢さんも気にしてたのよね、ちょっと」

「そうなんですか」

「これが、写真と何も関係ないのならいいけど……」


佐藤さんの意味深な言葉に、

私は事務所の隅に放り投げられたままの雑誌を、あらためて見た。



こんなふうに、普通に笑っている日向さんの写真。

それが、日向さん自身を、苦しめることになるなんて……。





そして……『woman』の記事の続きが、明らかになった。





前回、いかにも意味ありげで、続きがありそうな終わり方だったが、

その続きは、牧原さんに日向さんが『プロポーズ』をしたというものだった。

学生同士のノリだったと、軽く流しているが、

彼女自身が少しだけ揺れ、あのときに自分が生き方を考えていればよかったのかと、

文章を終えている。


「なんだか、この女。自己陶酔状態なのかしら」

「自己陶酔?」

「私は、あの日向淳平に告白させたことがあるんだって、そう言いたいんでしょ。
しかも、断ってはいないから、あれからどうしたのか、
彼に気持ちを聞いてみたいだなんて……」


米原さんは、どこかのフリーライターに、適当なお金をもらったのだろうと、

記事が特集された『woman』をゴミ箱に押し込んだ。


「こんなくだらない記事のおかげで、
こっちがどれくらいの損害をこうむったと思っているんだか、
全く、会えるものなら会って、一発ひっぱたいてやりたいくらいよ。
いい年の女が、何をやっているんだって!」


ポットの沸騰完了サインが聞こえ、私が米原さんにお茶を入れようと立ち上がると、

事務所の電話が鳴ったため、先に受話器を上げた。

新しい記事を読んだファンからのものかと、少しだけ構えてみる。


「もしもし……もしもし?」


相手はすぐに名乗ることなく、携帯からなのか、多少の雑音が耳に届く。

私は、何度か呼びかけ、相手の反応を待った。

少しすると聞きなれない声が聞こえ、用件を聞き返してみると、

その相手が、日向さんとの写真を提出した、牧原佐奈子さんであることがわかった。


「あ……あの……」


私の戸惑いぶりに、米原さんは口パクで『誰?』と問いかけた。

私は声を出すことが出来ず、雑誌の押し込まれたゴミ箱を指し、

相手が牧原さんだと合図する。

米原さんは驚いたのか、大きく口をあけ、ペンたてから赤いマジックを取ると、

ゴミ箱から雑誌を拾い、表紙の上に思い切り『なんなのよ!』と書きなぐった。





『会いたい?』

「はい、日向さんに会って、謝りたいって、そう電話を」

『今さら、謝るってどういうことだ』


牧原さんは、働いていた場所で、偶然マスコミの人と会い、

つい自分が日向さんと学生時代仲間だったことを話したら、

それがこんな形の掲載になってしまったと、受話器越しに何度も謝ってくれた。


でも、本来謝ってもらうのは私ではなく日向さんなので、

私は田沢さんに連絡をし、どう対応したらいいのか聞くことにした。





日向さんと仲間だったことを、つい話してしまった気持ちは、よくわかる……。

だって、自慢したくなる人だもの……。





『掲載してから謝罪もないだろうって、殴りたいところだけどな、
まだ、何かを仕掛けてくると困るし、米原さんとでも一度会ってもらえるか』

「私がですか?」

『史香が電話を受けたんだろ』

「そうですけど」


そう言われてしまえばそうだけれど、過去だとわかっていても、

日向さんの思い出の中に入っていくのには、ちょっと抵抗があった。

次に会った時、ナイショの写真でも見せられたら、さすがにショックかもしれないし。


「何、史香。田沢君、なんだって?」

「あ……私と米原さんに、牧原さんと会ってくれないかって」

「私? 私がいくの?」


どうして私が行くことになるのよと、米原さんはブツブツ言いながら、

それでも手帳を広げて、空いている時間を探し始めた。


『何、もぞもぞ言ってるんだよ、淳平を会わせるわけにはいかないだろ』

「そうなんですけど……」


あらためて感じることだけれど、田沢さんの声って大きすぎる。

長く聞いていることが出来なくなるから、ついつい押し切られてしまう。

頭の中にどんどん入り込んできて、他のことを追い出してしまう迫力。

この人は、マネージャーをするために、生まれてきたのだろう。



もし、この職業をしないのなら、

魚河岸にでもいって、競りでもしたほうがいいような……



『行くんだろ、史香!』

「わかりました、私、会います!」


結局、田沢さんに押し切られ、米原さんと二人で、牧原さんと会うことになった。





気分が重たくなるところ……だけれど、

それから2日後、予定より日向さんの帰国が早まり、会えることになったとわかると、

心の中にふわふわ浮いていた不安の雲は、一気に吹き飛んだ。





女心など、こんなものなのだ。





「田沢さんの声かぁ、それは言えてるな」

「私、気づきましたよ。みなさんあのスピーカーにやられちゃうんです」

「『赤鼻探偵』のプロデューサーも、田沢さんの『無理です』には、
力があるって笑っていた」

「……ありそう」


二人並んで座ると、隙間を埋めたい私は肩がぴったりくっつく距離に体を寄せる。

このぬくもりが、本当にあったかい。

どんなに寒い冬でも、きっとポカポカでいられる気がする。


「史香……」


日向さんの声が聞こえ、顔が横を向いた。

久しぶりに会えたんだもの、優しいキスを待とうと自然に目を閉じる。



あと1秒後……



きっと、ふわりと優しいキスが……



「おい! おいってば!」

「はい?」

「なんで目を閉じるんだよ。手を見てって」


日向さんは私の目の前で両手を動かし、なにやら手話のようなことをした。

私はその動きを目で追い、言われるままにマネをする。





うわぁ……恥ずかしい。キスじゃなかった。





「これ、手話なんだ。彼女が教えてくれた」

「牧原さんがですか?」

「あぁ……。ご両親が福祉の仕事をしていて、手話も上手だった。
今のは、『お元気ですか、あなたとの日々は、懐かしい思い出です』って言っているんだ」



『あなたとの日々は、懐かしい思い出』



日向さんは、私に何度も手話を教えてくれた。

今度会ったときに、牧原さんに伝えて欲しいということなのだろう。

直接会えないけれど、気持ちだけは伝えようとしている日向さんの優しさに答えたくて、

私は必死に手話を覚えた。


「ごめんな、こんなことを頼んだりして。
でも、牧原さんにもきっと、何かがあると思うんだ」

「はい……」

「きっと……」


日向さんの言葉は、そこで止まってしまった。

私はもう一度、教えてもらった手話の動きを練習してみる。


「必ず、伝えますからね、これ」

「うん。……頼むな、史香」


私が待っていた日向さんの優しいキスは、それから1秒後、ちゃんと届けられた。

頼むと繰り返した日向さんは、私に申し訳ないとそう思ってくれている。

そんな気持ちだけで、心はちゃんと落ち着いた。





『久しぶりだね』のキスに……

『史香、お願いします』のキスが重なって。

で、これは『おまけ』のキス?





ん? 思っていたよりも……

もっと、もっと……

情熱的なんですけど。





日向さん、せっかく覚えた手話が、

頭の中から全部飛んでいきそう……です。






26 彼の思い出(8)


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コメント

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余裕と優しさ

手話で気持ちを伝えてほしいだなんて~
優しい淳平。そのプレゼンターが史香なら問題なしですね。

それにしても、手に持っていたビールに目を付けたのかあ~
足を引っ張ろうとする人たちがどこに潜んでいて
どんな手を使ってくるのか分からないんですね@@
怖い世界だ。。

最後のキスは甘いですね~♪

実際にあってどうなるのかな~気になります。

信じて・・

どこに落とし穴があるか・・・
ゲイノウジンも大変だ。過去を穿り返され、
手に持つ物で振り分けられ、何時足元をすくわれるか、戦々恐々だ。
でもそれでも止められないのは、仕事が好きなんだろうね。誇りを持っているんだろう。

「少しでも人に笑顔を届けたい」そんな気持ち。

妻になる人は覚悟がいるね。
淳平なら信じて付いて行けるかな?

人柄だね。

いやはや、どこまでも史香ちゃんは健気だな。
それに、この牧原さんにもなにか事情がある
感じですし。
私なら、ちょとやさぐれてひねくれた女に仕立てちゃう所だけど、元カノ?という微妙な立場の登場人物にも、実はこんな背景があるんだよという含みを持たせている。ももんたさんの人柄が出てますね。

それでは、また。
またまた寒くなってきたから、体に気をつけて。

愛しい人

れいもんさん、こんばんは!

>手話で気持ちを伝えてほしいだなんて~
 優しい淳平。

学生時代の、楽しい思い出を知っている人ですしね。
大嫌いになったというのではなくて、
自然に会わなくなった……わけで。

芸能界はわからないところです。
今日も、『そんなことがあるんだ』の話を、
ある番組で、芸人さんがしてました。
(また、ネタがあった! と思った私)

>最後のキスは甘いですね~♪

自分のために、一生懸命な史香。
淳平は、愛しくて仕方がないのでしょう……
甘くなっちゃうのさ(笑)

応えたくなるのかも

yonyonさん、こんばんは!

>ゲイノウジンも大変だ。過去を穿り返され、
 手に持つ物で振り分けられ、
 何時足元をすくわれるか、戦々恐々だ。

週刊誌、芸能誌などで、日々、ネタ探しの私です。
色々とあるようですよ、見えないところで。
でも、頑張ってしまうのは、
そうそうyonyonさんの言うとおり、
好きなんだろうね。

『頑張って!』なんて、声援してもらえるのは、
この世界だけでしょう。

>「少しでも人に笑顔を届けたい」そんな気持ち。

うん、うん、そういう気持ち

人はいろいろ

ヒャンスさん、こんばんは!

>いやはや、どこまでも史香ちゃんは健気だな。

はい、健気なのです。
なので、淳平にとっては、
愛しくて仕方がない存在なのでしょう。

>私なら、ちょとやさぐれてひねくれた女に
 仕立てちゃう所だけど、元カノ?という
 微妙な立場の登場人物にも、
 実はこんな背景があるんだよという含みを持たせている。
 ももんたさんの人柄が出てますね。

そ、そんなお恥ずかしいです。
でも、人には色々な面があると思うし、
悪い人間も、角度を変えると、
また、違ったところが出てくるような……。

そんなことばかり考えているから、
長くなるのです、話が(笑)

そちらも寒いでしょうね。
ヒャンスさんも、気をつけて下さい。

淳平の優しさ

ももんたさん、こんばんは。

芸能界って裏にいろいろあるもんなんですね~。

たった一枚の写真でもずいぶん効力を持っているものなんですね。
もしかしてあの写真を買い取って仕掛けたのはライバル事務所?
何て事まで考えてしまいました。

直接会えない淳平の伝言を昔教えてもらった手話で伝えるなんて
きっと牧原さんもいいひとだったんですね。

そのことを分かっているから淳平も心のこもったメッセージを伝えるんですね。

その真相は!

tyatyaさん、こんばんは

>芸能界って裏にいろいろあるもんなんですね~。

あるようですね。
なんだろう、スポーツのように、
基準や点数があるわけではないので、
どうにでもなるところもあるし、
どうにもならないところもあるし……

>もしかしてあの写真を買い取って仕掛けたのは
 ライバル事務所? 何て事まで考えてしまいました。

おぉ! tyatyaさんはそう読んだんですね、
その真相は、これからわかります。
淳平の思いをのせた手話。
ちゃんと史香は、伝えられるのか!

てなことで、続きます。