TRUTH 【疑念と嫉妬】

TRUTH 【疑念と嫉妬】

TRUTH 【疑念と嫉妬】



それほど大きくはない黒い箱に、『窪田千波』さんのフルートが入っていた。

柚希は銀色に光る3つの管を取り出し、それぞれについて説明し始める。

こちらに向けた一つの部品が、部屋のライトに反射し、眩しい光を放った。


「頭部、腹部、足部ってそれぞれに名前がついているの。
このキーを押さえながら組み立ててしまうと壊れやすいから……こうして……」


なぜここで組み立てようとするのか、

どうして、『窪田千波』さんを想像させるようなことをするのか、

柚希の心が見えなかった。

私は立ち上がり、柚希に背を向けると、コーヒーメーカーの電源を入れる。


「ねぇ、森住さん。チーちゃんの後輩さんを知っているんでしょ。
よかったらこれ、渡してもらえない?」

「……渡す?」

「うん。伯母がね、こうしてしまい込んでいるだけじゃ、
フルートがかわいそうだって。チーちゃんを知っている人に、
音を出して欲しいってそう言うの」


その柚希の言葉に、張り詰めていた糸がプツリと切れた気がした。

愛梨さんは彼女の意志を継ぎ活動しているのだから、

愛用していたフルートだったら、喜んで受け取るだろう。


「でも、思い出があるんじゃないのか? ご両親にも、柚希にも……」


若くして亡くなった娘の残した『フルート』。

親ならば手放したくないと思うのが普通だと、つい余計な一言を付け足した。

柚希は出来上がったフルートに軽く唇をつけ、音を出す。

完璧とは言えない音だが、生で聴く音色には、確かな響きがあった。


「伯母は、チーちゃんが幼い頃に練習していたフルートを残しておきたいって。
亡くなる前に吹いていたものを見るのは、どこか切ないみたい。
私にもどうかって言ってくれたんだけど、私は……ちゃんと別のものをもらってる」

「別のもの?」


柚希は小さく頷くと、組み立てたフルートをまた丁寧に外し始めた。

1つになった楽器は、また3つの管に戻る。


「私、チーちゃんに人生をもらったから……」


そういった柚希の目が、数メートル前に立つ私を捕らえた。

訴えかけるような目に、気持ちが追いつかず、

カップを取り出そうと後ろを向き、そのまっすぐな瞳から逃れようとする。


「一緒に行ってもらった海、覚えているでしょ。
チーちゃんとは幼い頃に何度か出かけたんだけど……私はあの場所で、
チーちゃんから人生を受け取ったの」


柚希と初めて心の奥を語り合った場所。

あの場所は、千波さんと柚希にとっても、思い出の場所だったらしい。


「私、当時高校生で、何も将来のことなど見えないまま、
漠然とスタイリストになりたいんだって、話したことがあって。
チーちゃんはもう、自分には時間が残っていないことも知っていて、
それでも、私を励ましてくれた。
柚希には、本当なら歩むはずの私の未来をあげるって……」


コーヒーの香りが部屋の中に漂い始め、その香りが少しずつ私の心に沈んでいく。

今まで、気になり続けていた人の話だったはずなのに、

今は、その名前を聞くことが辛く、その深い香りが、

息づかいまで支配するような気さえした。


「やり残したこともあったんだろうな……って、私……」

「柚希……」

「何?」

「そのフルートを、あのチケットをくれた人に渡せばいいんだね」


自分からこの漂う空気を断ち切るしかないとそう思った。

柚希が彼女の話をする度に、何か心の奥底をのぞかれるような、そんな気分になる。


「……あ、ごめんなさい。私、つい……。
チーちゃんのことを覚えていてくれる人も少なくなって、
なんだか久しぶりにあのチケットを見たら、嬉しかったの」


柚希は私の表情に気付いたのか、慌ててフルートをしまい始めた。

大事にしていたものなのだろう。

もう、何年も眠っていたはずなのに、輝きは今でも残っている。


「コーヒー……飲むだろ」

「うん……」


柚希はそれぞれの部品をしっかりとしまい、蓋を閉じると、金具を上げた。

少し汚れた部分があったのか、そばにあったティッシュを取り、軽く拭き取る。


「森住さん」

「ん?」


真っ白なカップにできたてのコーヒーを入れ、声の方向へ振り返る。




「忘れないでね……」




そう言って私を見た柚希の目が、また沈めた想いを浮かび上がらせた。





皮肉なもので、それからすぐに『フルート』を愛梨さんに渡そうと、

翠へ連絡を入れたが、渡したい相手が友達と旅行に出かけてしまい、1週間が経った。

気まぐれなお嬢様の東京への帰還はまだわからないままで、

望んでいないものが、部屋にただポツンと残される。



『柚希に渡した人生……』



あの日、君をその日限りの相手にした私が、時を経て、今、柚希の肌に触れている。

互いのことなど何も語らないまま抱き合った時間は、君にとって何が残ったのだろうか。

無造作に置かれたテレビのリモコンが気になり、

フルートのケースを少しだけ右に動かした。

その瞬間、また、腹部に痛みが走る。

おそらくいつものように、ほんの数分乗り切ればいいのだと、

右手で強く押さえてみるが、その日の痛みはなかなか引かない。


「クッ……」


体を小さくしながら腰を下ろすと、10年以上前に同じような光景を、

どこかで見た記憶が蘇ってきた。





父だ……





学校の教員をしながら、趣味の釣りを愛していた父が、

時々こうして痛みをこらえていた姿が、ぼんやりと浮かんでくる。

母は医者へ行くように何度も声をかけ、私や姉はどうしたらいいのかわからず、

脂汗をかく父の背中を、何度もさすった。



『父さん! 父さんってば』



父はいつも無理に作った笑顔を見せ、決まって私の頭をグッと強く押さえた。

父は強く、優しく、いつでもそばにいるものだと、そう疑わなかったあの日。



傷みの取れた腹部から、右手を剥がし天井を見ると、

大きなライトだけが、何もかも知っているように、光を送っていた。





「うーん……」

「どうですか」

「思っていたよりも、膨らんでいますね。
これはすぐにでも手術で取り除いた方がよさそうです」

「すぐに……ですか」

「はい。腫瘍はどう変化するかわかりません。すぐに取り除きましょう」


医師はレントゲンを見ながら、あっさりとそう説明した。

検査入院から始まって、手術をし、完全な回復を遂げるまで、

少なくとも2ヶ月程度かかるらしく、その場での決断が出来なかった。

まだ、やりたいこともあるし、現場を離れたくはない。


「森住さん、お仕事を気にされることもわかりますが、
何よりも大切なのは、ご自身の体じゃないですか?」

「そうですね」


最後のセリフを言われ、スケジュールの調整をしますと答えることしか出来ず、

会計を済ませ、中庭を通り抜け駅へと向かう。

端にあるベンチに腰掛けた男性は、遠くを見つめたまま、動くこともなく、

どうしようもない運命に、ただ身を任せているように思えた。





それから3日後、リフレッシュを越えた休暇を取り終えた愛梨さんが、

『トワレ』へ顔を出した。

新製品のパッケージ作りに関わったのだと嬉しそうに語り、

翠はこれでも少し、仕事をするようになったと笑っている。


「これ、本当に『窪田千波』さんのフルートなんですね」


「あぁ……。うちのアシスタントが彼女の従兄弟で、
私が愛梨さんのチケットを持っていたことから、縁があるなら……と。
どう? もらってもらえる?」

「もらえるだなんて、私達にとっては、最高のプレゼントです」


愛梨さんは嬉しそうにケースを開け、愛しそうに一つ一つの部品に触れた。

また、新たな演奏活動の計画もあり、メンバー達にぜひ見せたいと、

ケースに入っている小さな布で、部品の曇りを拭き取った。





これで、解放される……





そう思ったのも束の間、柚希はまた、あらたなものを運び入れた。

フルートを受け取ってくれたことを喜んだ千波さんのご両親が、

楽譜や衣装まで提供したいと言い出したのだ。


「これね、『トゥインクルホール』のコンサートで着たものなのよ。私、見に行ったの」


柚希は鮮やかなブルーのドレスを自分にあて、私の方を見ながら微笑んだ。

その衣装は、『窪田千波』さんの名前をインターネットで調べたとき、

彼女が身につけていたものと同じものだった。


「あ、そうそう。これ……このイヤリング、大きめのパールが入っていて、
チーちゃんのお気に入りだったんだ。これも一緒に……」


柚希は目の前で自分の耳にイヤリングをつけた。

私の方をちらりと見ると、その姿がよく見えるように、耳にかかった髪を軽く動かす。


「あ、でも、これはあげるのよそうかな。私にも似合うでしょ? ねぇ……」





彼女だった……。

いや、彼女であるはずもないのに、あの日のことが蘇る。


ホテルの部屋へ入り、乱暴に抱き締めた後、引きちぎるように外したイヤリングが、

今、また私の前で光を見せている。


「やめなさい、柚希」

「エ……」

「君の従兄弟だから、そう思って黙っていたけれど、
こう、亡くなった人の話ばかりされると、気持ちが重くなる」


もっと言葉を選べたかのかもしれない。それでも、そんな余裕が私にはなかった。

柚希は柚希であればいいわけで、彼女の面影を、重ねて欲しくはない。





もう……

思い出したくない。





「ごめんなさい。チーちゃんのことを話せる人なんて、もういないと思っていたから、
あのチケットで、なんだか懐かしくなって……つい……」

「いや……」


何を焦っているのだろう。柚希があの日のことなど知るわけはない。

今、この夜のことなど、想像出来るはずもないのだ。

向けた私の背中に柚希が触れ、両手を回してきた。


「怒ってしまったの?」

「いや……」

「でも、なんだか辛そうな顔をしている」


怒るはずなどなかった。

私は返事の代わりに柚希を引き寄せ、強く唇をあわせる。

彼女の溜息ごと抱きかかえ、重なる影を引きはがすように、

苦痛と快感の狭間を漂わせる。



柚希の背中を見つめ、サイドボードに映る曲線を描く素肌と、

彼女のうつろな目を確認し、吐き出す息にあわせるように、自らを押し当てた。

左手は、柚希をなぞるようにすりあげ、当たり前のように柔らかな場所を探し出す。

柚希のつま先には自然と力が入り、両手はさらに下を強くつかんだ。



汗ばむ背中に軽く舌を置くと、言葉にはならない声が耳に届く。

もっと優しく、唇に私を重ね、愛していると告げようとしたが、

動き出した波はおさまることなく、その先へと彼女を連れて行く。





しばらくの時が流れ、柚希は一瞬体を反らし、そのまま崩れ落ちる。

私は、その愛しい人を腕に抱え、艶やかな黒髪に指をからめた。



この日の私の感情は、愛よりも嫉妬に近く、

重なり合う体を、なかなか離すことが出来なかった。






【消えた影】


森住の心は、どこへ向かうのか……
いつもありがとう。1ポチの応援、よろしくお願いします。

コメント

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おかえりなさい

復帰おめでとうございます。やはり、私の生活にはこれですよ!

更新されているのを見て、うれしかったぁ
大変な中、有難うございます。

この先どうなるのかなあ…気になりますね^^
この話、結構ツボです。

明日から大雪なのに、スポ少のスキー合宿の付き添いです。
そちらは、雪は降ってますか?うちは真っ白ですよ。
それでは、まずは寝てみます。







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おかえりなさい②♪

ももんたさん、お待ちしてました♪
私も復活!です♪

まずは、森住さんでしたか*^^*

森住さんとしては、なんだか苦しいですね。
私も柚希の一言に必要以上に反応してしまいます。
>私は……ちゃんと別のものをもらってる
には、思わず、別のものって『森住さん』?!なんてことを思ってしまった@@
そしたら、『人生』って、そりゃまた重い。。

森住さんたら病気も抱えてるし。。

どうなる森住!

ももんたさん、復帰おめでとうございます(^^)// 

1番目に 大好きな森住さんのお話で感激です!
一瞬、柚希は森住さんの過去を知ってるのか?と思っちゃいましたが・・・(6 ̄  ̄)ポリポリ

それより、森住さんの身体が心配ですねー。(+_+)

復活おめでとう!

ももちゃん、森住さんUPありがとう!

復活の声、凄く嬉しかったよ~^^
でも・・・あんまり急にエンジン全開にしないで
ボチボチ進めて行って下さいね!

チーちゃんからもらった人生かぁ~
そして又運び込まれえる千波の思い出の品
本当に懐かしさからだけなのかしら・・・

忘れないで・・といった言葉にも
なんか意味があるように感じて・・・って
私ったら柚希ちゃんの行動をちょっと意識し過ぎかなぁ?

>何よりも大切なのは、ご自身の体じゃないですか?
そうだよ森住さん~~
手遅れにならない内に
早くきちんと治療しなくちゃ~!!!

スキーはどうかな?

milky-tinkさん、こんばんは

>やはり、私の生活にはこれですよ!

ありがとう!
そういってもらえるととっても嬉しいです。
ガクン……と崩れないように、
のんびりを意識して、続けますね。

さて、スキー合宿どうだったのかな?
こちらも少しは降ったけれど、
思っていたよりは、少量でした。
『合戦』も『だるま』も無理でした。

これからもよろしく

ナイショさん、こんばんは

>ももんたさんのお話は、陽だまりのように暖かいので、
 安心して読んでいられます。

陽だまり……いい響きです。
ほわりと残ってもらえたら、それでいいんです。
これからもマイペースに続けますね。

まずはここから

れいもんさん、こんばんは

>まずは、森住さんでしたか*^^*

はい、2週間に1話! と決めているので、
そのペースは崩したくなかったんで。

>私も柚希の一言に必要以上に反応してしまいます。

心理戦のようになってますからね(笑)
色々考えて、想像してみてください。

ここから、いよいよ

ナイショさん、こんばんは

>1番目に 大好きな森住さんのお話で感激です!

うわぁい、森住のお話が好き……って言ってもらえると、
なんだかほっとする私です(笑)

柚希が知っているのかいないのか、
森住の体が悪いのか、どうなのか……

色々な謎をからめながら、
話は『核』へと進んでいきます。
これからもよろしくです!

空想してね

パウワウちゃん、こんばんは

>でも・・・あんまり急にエンジン全開にしないで
ボチボチ進めて行って下さいね!

ありがとう!
私も、大好きな趣味なので、
長く続けていけるようにと思っています。

柚希の言葉や、森住の体や……
あれこれ気にしながら読み進めてもらうのが
私はとっても楽しいのです。

なんだろう、どうなのかな?

これからも、そう思いながら、
おつきあいくださいませ!

復帰第一作ね^^

フルートをわざわざ見せたのは、何か意味があるのかしら。
なんて、深読み? 
だけど、気になるのよね・・・
彼女は知っているのか、いないのか。
読みようによっては、従姉妹から何もかも知らされているようにも受け取られるもの。

疑念と嫉妬
複雑な思いが、女の心など気づかぬ振りで、強い力を見せ付けるように組み敷いてしまう。
体の不安も、封じ込めるようにして・・・
男性って、こんなところがある、ある。

この作者さんは、男性かしら? と時々思う私なのでした^m^

復帰はここから

なでしこちゃん、こんばんは!

>だけど、気になるのよね・・・
 彼女は知っているのか、いないのか。

うん、うん、気にして、気にして。
森住の語りで進むだけに、
余計に色々と迷うでしょ?
それでいいのです……

>この作者さんは、男性かしら? と時々思う私なのでした^m^

男の気持ちが語れているのなら、嬉しいんだけど。
なかなか難しいよね。
戸籍上は、女性です(笑)