26 彼の思い出(8)

26 彼の思い出(8)


牧原さんと待ち合わせたのは、郊外にある『ファミリーレストラン』だった。

1年前に離婚し、子供を保育園に預けているため、

都心に出てくるのは嫌だというのが、彼女の理由だ。


「史香、ねぇ、タクシー乗っちゃおう」

「はい……」


最寄り駅で米原さんと降り、すぐタクシーを拾う。

どこにでもある住宅街の中にお店があって、平日の外れた時間だからなのか、

思っていたよりも空いていた。

店の扉を開く寸前、米原さんの足が止まり、こちらへ振り返る。


「いい? この前も言ったけれど、この人は過去の人。しかも、仲間の一人。
史香はやきもち焼いて、カリカリしたりしないでよ。
そんなことをしたら、向こうの思うツボ! いい? 冷静に……わかってる?」

「はい、大丈夫です」


テーブルの上に、今回記事を載せた雑誌を置いておくのが目印だった。

店に入ると、左側のテーブル席にその雑誌を見つけ、

先に座っていた牧原さんは、立ち上がり軽く頭を下げてくれた。


髪の毛はショート、写真に映っていたのはロングだったので、イメージが違う。

今回は、目隠しもないため、表情もしっかりわかった。



……綺麗な人



私は米原さんと二人、テーブルを挟んで腰かけ、

正面を向き、牧原さんと顔をあわせているのがどこか落ち着かず下を向く。


「すみませんでした、ここまで来ていただいて」

「いえ、余計なお話は結構ですから、
今回、こんなことをした理由を教えていただけますか?」

「理由?」


米原さんは、どういう経緯でこうした記事が出たのか、

それを知りたいのだと牧原さんに訴えた。

私には冷静になんて言っておいて、いきなり切り込んでいく米原さんの方こそ、

カリカリしているんじゃないだろうか。


「そうですね、それならば説明します」


牧原さんは頷きながら、夜、バイトをしていた居酒屋で、

日向さんと大学時代、同じサークルに所属していたことを話したら、

たまたま週刊誌の記者が客として来ていて、

思い出話を披露して欲しいと言われたことを話し出す。


「思い出話?」

「はい、日向君が当時どんな学生で、どんな夢を持っていて、
まぁ、女性関係のことなんかも聞かれましたけど、私の知っている範囲で、
話してしまっただけです。別にスキャンダルになるようなことはないですよって、
初めに言ったはずなんですけど……」


ちょっとだけ語った内容が、なにやら大げさに掲載されてしまったと、

牧原さんは電話の時よりも、さらに辛そうに話してくれた。



新聞などでもよく見るが、取材のどこをどう取るかで、

イメージなどガラリと変わってしまう。

もしかしたら目の前の牧原さんも、本当は被害者なのかもしれない。



「あなたとの写真が掲載されていましたけど、あれは、そのままじゃないですよね。
他にも映っていた方がいたでしょ」

「はい……。あんなふうにされるとは思わなかったので、
私もあれは後から抗議しました。
でも、使い方まで約束した覚えはないと言われてしまって。
彼とお付き合いしたことは事実ですし、話した内容もウソはないつもりですが、
でも日向君には、今、大切な人がいるでしょうし、
その方にご迷惑をかけるんじゃないかと……」


日向さんの今を気にして、彼自身に迷惑をかけたと頭も下げてくれた。

牧原さんも、自分のした行動を後悔しているのだと、そう思えた。

これならば、日向さん本人が会って、誤解を解いたほうがよかったかもしれない。

私はコーヒーカップの中に砂糖をいれ、クルクルとかき混ぜる。


「私は、現在の淳平のこと、何一つあなたに語るつもりはないわよ」


米原さんの口調が、さらにきつくなった。

どこかケンカを売るような態度に、隣にいる私の方が、焦ってしまう。

冷静にしろと言った人がこれじゃ、言い合いになってしまうのではないだろうか。

向こうはただ、謝っているだけなのに。


「あなたがしたことは、淳平への裏切りなの。
思い出は懐かしむもので、人に話して、
ましてや公共の出版物に載せるようなものではないわ」

「私は別に……そんなつもりは……。
ただ、日向君があれだけの人になるなんて思いもしなかったし、
もし、会うことが出来るのなら、頑張ってってそう……」

「頑張ってと思うのなら、淳平の心を一番大切にするのが普通でしょ。
あの写真のおかげで、CMはダメになったし、彼自身も傷ついている」


米原さんが話している内容も、その通りだと思えた。

応援なら、事務所に手紙を出してくれたら済むことだし、

ましてや学生のノリだと言っても、プロポーズされただのというのは、

プライベートに過ぎない。



それにしても、目印に置いた雑誌の横にある、タバコケースはなんだろう。

牧原さんがタバコを吸う人なら、このテーブルの上に灰皿があっても、

おかしくないはずなのに。


「謝罪されたことだけは、事務所に戻って報告します。
こちらからこれ以上、お話することはありません。
淳平には、今日、ここでお会いした事実だけ話しますので……」


そういうと、米原さんは目の前の伝票をつかみ、立ち上がろうとした。

私は慌ててその動きを止める。


「何よ、史香」

「あ、あの、日向さんから、言付かっていることがあるんです。
3分、待ってもらえませんか?」

「淳平から?」





『頼むな、史香』





日向さんの気持ちを、しっかりと伝えなければ。

私は、目の前の牧原さんに向かって、日向さんに教えてもらったとおりの手話をした。





『あなたとの日々は、懐かしい思い出です』





日向さんは、今回のことを怒っているのではない。

ただ、懐かしい仲間との日々を、傷つけて欲しくないのだ。

大切なものを失いたくない気持ちが、

私のこの手話から、しっかり通じるのだろうか。


「……それを、日向君が?」

「はい、私が牧原さんとお会いすることを知った日向さんが、
ぜひこの手話をと。学生時代、色々教えてもらったことが、懐かしいそうです」


その瞬間、明らかに牧原さんの表情が変わった。

口には出さないけれど、私にはわからない思い出の数々が、

頭の中にあふれかえってくるのだろう。


あの写真のように、日向さんは仲間たちとカメラに夢中になり、

真夏の暑い中、汗をかきながら、自分たちで映像の小道具を作り出した。

牧原さんの部屋に集まり、思いを語り、将来を夢見た日々。



私のつたない手話が、そんな日向さんの気持ちを、精一杯代弁する。





それから何秒かして、牧原さんの目から、一筋の涙が流れた。

横に置いてあったタバコケースを開き、中にあったテープレコーダーのボタンを押す。

カチンという音が響き、テープを取り出すと、それを引っ張り切ってしまった。


「あ……」


牧原さんは、私たちとの会話をテープに録音していた。

その事実に、私は隣にいる米原さんを見たが、驚くこともなく黙っている。





わかっていたんですか? 米原さん。





「申し訳ありませんでした。こんなことをしようとした自分が、
本当におろかな人間だと、今は、心からそう思えます」

「そうですね」


日向さんの気持ちが、牧原さんに伝わった。

それは間違いないことなのだろうが、私は何も言うことが出来ずに、

自分の両手をしっかりと握るだけになった。





米原さんはそのまま次の仕事に向かい、私は一人、事務所に戻った。

箱に入っているファンレターをそれぞれのタレント別に分け、

取材の申し込み書や、仕事の変更予定を、それぞれのマネージャー宛にメールをする。


今日、映画のスタジオ撮影を終えた日向さんと田沢さんが

8時過ぎに事務所へ戻ることになっていて、

米原さんを加えた4人で、牧原さんの報告をすることになっていた。


「あれ? なんだろうこれ」

「なんですか?」


目の前に座っていた佐藤さんが、見慣れないメールアドレスを見つけた。

相手はCMプロデューサーの富山さんで、

予定のないメールにとりあえず二人で顔を見合わせたが、恐る恐る開いてみる。


「『オーディションのお知らせ』って書いてあるけど、これ、保坂さんあてよ。
ねぇ、あの子、何か受けるの? 社長がOKした?」

「いや……そんなはずはないんですけど、
まだ社長からOKが出たとは聞いていませんし、
扱いも研究生で、正式なタレント契約じゃないはずです」


オーディションとはいえ、事務所を通じて応募することが多く、

全くの素人参加と記されていなければ、

事務所に所属していることは、絶対の条件になる。

保坂さんは、まだ正式契約ではないため、

事務所を通じての仕事は引き受けられないはずだ。


「そうよね、でも、これ間違いなく富山さんからよ、彼女に聞いた方がいいかも」

「はい」


私は携帯を取りだし、すぐに保坂さんの番号を呼び出した。

身勝手なお気楽研究生に、また振り回されそうな予感がする。

用もない時にはすぐ来るけれど、用がある時にはほとんどつかまらない。



ほら……出ないじゃないの!



何度も携帯を鳴らしてみるが、お気楽研究生が受話器を取ることはなく、

私はため息をつきながら、近くにあったボールペンで、ただ丸を描き続けた。






26 彼の思い出(9)


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コメント

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一難さって・・・

こんばんは。
なんだか訳の分からん人でした牧原さん。
でも、彼女の事情もあるのでしょう。
淳平の気持ちが伝わってよかったです。

さてさて出ました保坂さん
何をやらかしちゃったんでしょう?
次回、楽しみにしています。

追伸
体調は大丈夫でしょうか?
ご家族共々お大事にしてください。

もう!保坂~

今回も週刊誌に頼まれた?

金銭が絡んでるのかな?
でも史香の拙い手話が心に届いたってことだね。

淳平にいい報告が出来ると思って安心していれば、
これだよ。
保坂~何やらかした? 困った子だ(--;)

全然話違うけど、今日夕方のニュースで、”東京ガスのCM”の事やってた。
今注目のCMって・・・
新作は妻夫木君の会社の社長に『娘を貰ってくれ』って言われるんだって。
そこに何故か東幹久登場(爆)

リアルで見たい!

私もため息。。

ええ~?!
煙草ケースの中にテープレコーダー?!
どういう人なんだ。。

史香もビックリしてましたが、私もビックリ!
史香も私も世間知らずということなのかしら?!

史香の手話で淳平の気持ちが伝わったのはよかったけれど、
それはないだろう~
淳平、悲しむよねえ。

保坂さんも保坂さんだし、どうなる?!この事務所。

淳平クン、次は出てきてね♪

したたかだなぁ

う~~む。テープレコーダーと聞いて、
もう一度、どんな会話か読み直してしまいました。^^

いったい牧原さんは何を聞きだしたかったんだろう。と思ったら

>でも日向君には、今、大切な人がいるでしょうし、
>その方にご迷惑をかけるんじゃないかと……」

ここかな?まんまと聞きだせたらしめたものだものね。

でもそこまで口は滑らなかったね。^^


さて困ったちゃんの保坂さんは何をやらかしてくれたのか。
手を焼く彼女だけど・・・何か見てて楽しいのよね。


しばらくご無沙汰してました。
お身体の調子はもどられましたか?
お身体大切になさってくださいね。

次々と・・

牧原さん
後悔してるなんて言ってるわりには
お付き合いしたことは事実です・・
なんて、まだ言うの~~って思っていたら

テープレコーダーとは@@

やっぱりお金が目的だったのかな?

でも史香の手話を見た後の一筋の涙・・・
淳平の気持ちが通じて、良かったです^^

でも一つ片付いたと思ったら
今度はお騒がせの保坂さん!?

なかなか気の休まる暇のない史香・・・
頑張ってね~~(^^)/

のんびりね

ヒャンスさん、こんばんは

>なんだか訳の分からん人でした牧原さん。
 でも、彼女の事情もあるのでしょう。

そうか、そうかも。
今回だけだと、確かにわけがわからないわ。
次回、彼女なりの理由……が明らかに!

いつも何かをやらかしている保坂さん。
まぁ、こういうキャラもいないとね。

体調はすっかりよくなりました。
でも、あまり入れ込みすぎないように、
ブログを続けて行きますね。

あのCM

yonyonさん、こんばんは

>金銭が絡んでるのかな?
 でも史香の拙い手話が心に届いたってことだね。
 
何があるのか……は次回で。
それでも史香の伝言は、通じたようです。

>全然話違うけど、今日夕方のニュースで、
 ”東京ガスのCM”の事やってた。
 今注目のCMって・・・

あ、そうそう。
『娘をもらってくれ』編は、こちらではすでに放送済みなんだよ。その後のシリーズも出てるの。

そうか、そっちでは放送ないよね。
東京ガスじゃないし。

淳平、今回はおやすみ

れいもんさん、こんばんは

>史香もビックリしてましたが、私もビックリ!
 史香も私も世間知らずということなのかしら?!

色々なパターンがありますよ。
世間知らずじゃないから、大丈夫です。

さて、牧原さんの事情は、
次回明らかに。

>淳平クン、次は出てきてね♪

あはは……ごめんなさい。
次回はちゃんと、出てきますからね。

何かを得るため

tyatyaさん、こんばんは

>う~~む。テープレコーダーと聞いて、
もう一度、どんな会話か読み直してしまいました。^^

どこを……と言うよりも、
何か話しているうちに、何かが出るかも知れない……
そんなところじゃないかと。

なぜ、そうなったのかは、
次回……明らかになります。

米原さんは史香と違って、ベテランですからね。
うっかり……なんて、口を滑らせません。

>手を焼く彼女だけど・・・何か見てて楽しいのよね。

そうそう、楽しいでしょ。
私は結構、気に入ってます(笑)

体調はよくなりました。
あまり、コン詰めないように、と思いながら、
続けて行きますね。

理由は次回

パウワウちゃん、こんばんは

>でも史香の手話を見た後の一筋の涙・・・
 淳平の気持ちが通じて、良かったです^^

今回に関しては、淳平がとても冷静なので、
牧原さんにも、何か感じるところがあるでしょう。
どうしてこうなったのか……は、
今回のお話のラスト、次回9話で、
あきらかになります。

なかなか気の休まらない史香ですが、
ドタバタしているのも楽しいものではないかと、
近ごろ思う、お気楽主婦の私です(笑)