27 彼の思い出(9)

27 彼の思い出(9)


畑山さんと高原あずみさんの騒動に、望んでいないにも関わらず巻き込まれ、

その後出てきた、日向さんの過去の思い出。

騒ぎの出口がやっと見えてきたところで、

また、研究生保坂さんの問題が巻き起こった。


携帯電話を何度鳴らしても、結局、彼女が出ることはなく、

気付くと夕方と言える時間は、とっくに過ぎていた。


佐藤さんは別仕事をこなし、そのまま直帰することになり、

私は一人、事務所に残る。





「ごめん、史香。田沢君と淳平、来た?」

「いえ、まだです。撮影が遅れているみたいですけど」

「そう……」


ポスター撮影の仕事を終えた米原さんが戻り、カバンを置くと、

社長のソファーに深く腰かけ、大きくため息をついた。

私は、少し甘めのコーヒーでも入れてあげようと、席を立つ。


「見つけたわよ史香。牧原さんをつかまえて、話をさせた男」

「男? 記者ってことですか?」


米原さんは疲れた首を動かし、右手でもみほぐしながら、

その通りだと、何度も頷こうとする。


「まぁ……記者といえば記者なんだけど、
たいしたことのない、ゴシップばっかり追いかけている3流のライターね。
しかも、それには樫倉英吾の事務所がしっかりとからんでいた」

「樫倉英吾の事務所が、どうしてですか?」


米原さんの話によると、牧原さんを見つけたそのライターは、

実は最初、別の目的を持って店に入った。

牧原さん自身は全く知らなかったのだろうが、

その店のオーナーは、以前、ある歌手と交際していたことがあり、

結局、別の男性と結婚したその歌手が、離婚を決めたことで、

もしかしたら復縁があったのではないかと、様子を伺っていた。


そこで、少しお酒の入った牧原さんが、日向さんの話をし始めたため、

以前から、樫倉英吾の事務所の社長と親しい間柄にあったそのライターは、

すぐにこの事実を社長の方へ連絡した。


樫倉英吾の事務所としては、『clear』のCMを日向さんと競っていたことから、

あの写真を大きく掲載し、イメージダウンを計る目的もあり、

『woman』の編集者と会わせる手はずを取った。





色々な人間の、醜い気持ちが重なって、生み出された記事。





「ゴシップともいえないような記事でも、あの写真からCMがダメになって、
樫倉に仕事が回った。それは事務所の思い通りってことでしょ」

「どうしてそんなことをするんですか……」

「この世界のポジションは、いくつも空いているわけじゃないからね」

「ポジション?」

「そうよ。樫倉英吾のデビューは男性誌のモデルで、
スーツを着こなし、どちらかというとスマートな役を望んでいる。
淳平のイメージを追いかけている樫倉にとっては、
畑山宗也よりも淳平の方が邪魔だし、うちの方が事務所も小さい。
これは完全に仕掛けてきたんだわ。
淳平が消えてくれたら、そこに英吾が入れるんだって、そう思ってる」


そんなことは信じられないと思いながらも、牧原さんとの話を思い返すと、

それが嘘だとも言えなかった。

樫倉英吾の事務所は、これからまた、何か嫌がらせをするつもりなんだろうか。





確かに米原さんの言うとおり、ポジションはいくつもないだろう。

でも、それなら正々堂々と勝負をすればいいはずで、

こんなやり方、絶対に認めてはいけないし、負けられない。





「あ、来た、田沢君!」


疲れたと言って、ソファーに沈み込んでいた米原さんが、

足音だけで田沢さんが来たと、すぐに飛び起きた。



奥さんでもないのに……よく気付きましたね。



田沢さんと日向さんが事務所に到着したのは、予定の時間より30分後れだった。


「ごめん、ごめん。なかなかOKにならなくてさ。
でも、メインのシーンはこれで終わりだから、少し楽に……」

「行くわよ、田沢君!」

「はい?」


米原さんはすぐに荷物を持ち、

気持ちよく語っている田沢さんを、強引に外へ連れ出そうとする。


「何、何なんだよ、ここで話すんじゃないの?」

「違うのよ、もっと大きな話。黒幕が見つかったの。
こんなところでのんびりと笑っている場合じゃないんだって。
豪腕マネージャーの知恵を絞ってもらわないと……」


米原さんは田沢さんを引っ張りながら、私に向かって軽くウインクした。

納得がいかないながらも、田沢さんは米原さんの力に逆らえず、

そのまま、引きずられるように事務所を出て行ってしまう。

残されたのは、私と日向さんの二人だけだった。


「米原さんに引っ張られたら、さすがの田沢さんも断れないな」

「はい……。田沢さんの大きな声に勝てるのは、米原さんの強引さだけですね」

「あ……そうかもしれない」


本当はわかっていた。

米原さんは、私達を二人だけにしようとしてくれた。





米原さんの気持ちに感謝し、社長室のソファーに並んで座る。

私は、牧原さんが渡してくれた1冊のノートを、日向さんの目の前に置いた。


「これ、牧原さんが、日向さんに渡して欲しいって、そう……」

「……そうか」

「はい……」


日向さんは、懐かしそうに、ちょっと端が破けかけているノートを手に取った。

私は、今日牧原さんから聞いてきた事実を、そのまま日向さんに告げる。


牧原さんは大学を卒業し、5年前に結婚した後、

すぐに子供を産んだが昨年離婚し、今は、子供さんと二人で暮らしている。

頑張って働いてはいるものの、暮らしは楽なものではなく、

昼の仕事の他に、週に2回、接客をしている居酒屋で、

本当に偶然、記者だと名乗る男に出会った。

日向さんが俳優になり有名になったことが、自分の自慢だった牧原さんは、

勢いで知り合いだと話してしまい、その男は思い出話をお金で買いたいとそう言った。


「始めは断ったんだそうです。
懐かしい思い出で、お金に変えるようなことじゃないからって。
でも、その男が何度も店に来て、最初に提示した金額の倍の値段を言ってきて、
一生懸命働いているお金よりも高い金額に、つい写真を提供してしまったそうです」


日向さんは黙ったまま、時々、軽く頷いた。

牧原さんがこの話をしながら、涙を流していたこと、

迷惑をかけて申し訳ないと謝ったことも、一緒に話していく。


「実は、牧原さんの息子さん、重い喘息があって、入院することになって……
まとまった金額が……」


決して、注目されたかったわけではなくて、ちょっとした心の隙間だった。

目の前にあったあの表情を、今、伝えられないことがもどかしくなる。


「史香……」

「はい」

「このノート、昔、みんなで映画への夢を語りながら、あれこれ書いたものなんだ。
自分が監督になった時、どんな作品が撮りたいとか、
身近な場所で、こんないいロケ地があるとか、
夕焼けのシーンは、こんなカメラアングルで撮りたいとか……。
そうか……どこにいったのかと思っていたけど、彼女が持っていたんだな」

「はい、牧原さんが、自分はもう夢を追えないけれど、
日向さんなら、まだ可能性があるからって、渡して欲しいと頼まれたんです」


日向さんはノートを開き、1枚ずつ丁寧にめくり始めた。

確かに色々な書体の文字が並び、アンダーラインや色づけがされている。


「何かがあるとは思ってたんだ。
彼女は、ただお金が欲しくて、あんなことを話す人じゃないとそう思ったから」


そう言いながらノートを見つめる日向さんは、なんだかとても小さく見えた。

子供のことがあり、ついお金のために思い出を話してしまった牧原さん、

その牧原さんの事情を知り、心を揺さぶったフリーのライター、

そして、日向さんを陥れようとする樫倉英吾の事務所。



実力で堂々と勝負すればいいのに、一番悪い人間は、表に出てこようとはしない。



こんな汚いやり方で傷つけられた人の思いは、

一体誰が処理してくれるのだろうか。





「……史香」

「はい」

「人の思い出を、お金で買いとろうなんて。
いったい、どこまでさらけ出せば、許されるものなんだろうな……この世界は」

「日向さん……」


信じていた彼女に裏切られ、過去のことを記事にされた畑山さん。

そして、過去の思い出をお金に換えられ、仕事の邪魔をされた日向さん。


今、この瞬間にも、毒の矢を思い切り引っ張り、

待ち構えている人間がいるかも知れない。

そんな矢が、どこから飛んでくるのかわからないような中で、

ひとりポツンと立っている日向さんの姿が浮かび、私は必死に抱きしめた。





強くならなくちゃ。

田沢さんや米原さんが頑張ってくれるように、

私も、日向さんのために、少しでも強くならなければ。





こんなにも頑張っている日向さんに向かう矢を、

たとえ1本でも、受けて返せるように……





「史香……また泣いてるんじゃないのか?」

「泣いてません……」


私は泣いてなどいない。

泣いてなんかいたら、日向さんを助けることも出来なくなる。





でも、泣きそうだけれど……。





「……ありがとう」


何かを言おうとすると、本当に泣いてしまいそうなので、

私はただ首を振り、社長室で懸命に日向さんを抱きしめた。





なんとしても彼を守るのだ。

田沢さんや米原さんと一緒に、絶対に守ってみせる。





そうじゃなければ……



毎日、不安ばかり感じているような人に、

楽しい夢なんて、語れるはずがない……





いや、人を陥れて、仕事を得ようとする人なんかに……

本当の夢を語れるはずがない。





私は、本当の夢を語れる日向さんを抱きしめたまま、

この言葉を何度も、何度も、心の中で繰り返した。






28 ふわりの場所(1)


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コメント

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いつか・・

生き馬の目を抜く、そんな世界で生きているのね、
淳平・・・

優しい人の心の隙間に入り込んで、でもいつかきっと同じ痛みを知ることになると思う。世の習い。

保坂は??又一騒動ありそう。

楽しみ!

eikoちゃん、こんばんは
いえいえ、こちらこそ、ご無沙汰してます。

>でもハートフルはちゃんと読んでたの(〃▽〃) 

ありがとう!
コメントは気にせずに、楽しんでくださいませ。
無理は禁物、マイペース、マイペース!

>さて四月二日、いよいよももちゃんに逢えるのね~☆

はい! 出席の予定です。
たくさんお話が出来そうだね。
楽しみ、楽しみ!

話は中心部分へ!

yonyonさん、こんばんは

>生き馬の目を抜く、そんな世界で生きているのね、
 淳平・・・

芸能界、いや、それ以外でもそうかもしれないけれど、
正々堂々じゃない人って、いるものです。
特に、形で見えない部分がありそうだからね。
色々と起こるのでしょう。

保坂さんの出来事を含めて、
『はーとふる』も、話の中心部分に近付く予定。
これからもおつきあいお願いします。

裏の世界

ももんたさん、こんにちは。

出遅れ出遅れ・汗

そうか、この世界って裏で行われてる事ってすさまじいね。
人を陥れて自分がのし上がる。

きたない方法でのし上がっても
それっていつか自分にも降りかかってくることだよね。

思いでを集めたノートも
思いでって一人で作れるものじゃないよね。
だから大切。そのことを牧原さんもきっとわかってるよね。

>研究生保坂さん
今度は何をしてくれるのか。こっちも楽しみにしています。^^

たくましく空想、妄想(笑)

tyatyaさん、こっちもこんばんは

>そうか、この世界って裏で行われてる事って
 すさまじいね。
 人を陥れて自分がのし上がる。

実際にいるわけではないので、
どこまで真実……と言えないところもあるけれど、
まぁ、こんなことは色々あるだろうなと、
想像出来るよね。

どんな俳優でも歌手でも、
ひとりではままならなくて、
周りにいるスタッフの質が、問われるのかと。

保坂さん……
うん、うん。また活躍(笑)しますからね。
そちらにも、落ち着いたら遊びに行きます!