34 海人の決意

34 海人の決意




航と聖が、パーティー会場にいる頃、友海は今日の在庫表に印を入れながら、

視線を客のいないスタンドに向けた。

美鈴は急な用事で早く仕事を終え、店長も会議で留守をしている。

店には友海と、柿下の2人だけで、柿下はあくびをした後、なぜかくしゃみをした。


今日もこのまま、大きなトラブルもなく仕事を終えるのかと思ったとき、

エンジン音をさせ、隣の駐車スペースに1台の車が入ってきた。

慌てて動き出した柿下は、すぐに帽子を取ると、何度もお辞儀をする。

友海の視線の先で、車から降りたのは海人だった。

また何か嫌味を言いに来たのかと思いながら、視線を下に向ける。


「なぁ……聞きたいことがあるんだ」


海人は友海の前に立つと、先日、自分が担当し、

タイヤの交換を勧めた女性がどうしたのかと問いかけた。

友海はすぐに書類を調べ、3日前に全てを取り替え、

本人も満足してくれたことを報告する。


「そうか……ならいいんだ」


それだけ確認すると、海人は自動販売機の前へ向かい、缶コーヒーを買った。

それをテーブルの上に置き、そのまま腰かけ、カウンターにいた友海を見る。


「買えば客だろ。ここに座っていても文句は言わない……じゃないのか?」

「……言いません」


どこか挑発的な言い方に、友海は視線をそらしたまま返事をした。

海人は、なぜか楽しそうに笑い出す。

友海は海人を相手にするのはやめようと、また、書類の数字に集中した。


「お前、怖くないのか……いつも、そんな態度で」

「怖い? 何がですか?」


友海は、海人のことを無視しようとしたが、問いかけられた内容が気になり、

つい返事をしてしまう。


「立場も状況も気にしないで、思いのままを口にすることがだよ。
悪いけど、今日にでも辞めさせようと思えば、君のクビなんて簡単に決まるんだ。
せめて、地位のある人間には当たり障りのないようにしようとするのが、
普通の人間じゃないの?」


自分に初めて会ったときから、

言いたいことを口にした友海のことを思い出しながら、海人はそう言った。

缶コーヒーを開ける音が、友海の耳にも届く。


「別に、私はここじゃなくても生きていけますから」

「ん?」

「『天神通り店』だけが、生きていく場所じゃないですから。
それよりも、自分の心に嘘をつくのはイヤなので……」





生きていく場所はここだけじゃない……





海人は無言でコーヒーに口をつけた。

1台の車がスタンドに入り、セリフで給油を終えると、

エンジン音をさせ、また去っていく。


「野々宮園の息子、町を出て行ったそうだな」

「……みたいですね」


友海は、聞きたくない名前を出されたが、冷静にそう返事をした。

さらに海人が何かを言って来るのではと友海は身構えたが、

本人は視線を合わせることなく、無言のままスタンドを見続ける。

友海は、海人が黙っていることが逆に気になり、

ガラスに映る姿をほんの少し確認した。


「俺は、今でもお前が謝るべきだったとそう思ってる。
結局は、航がお前を守ったような気になっているんだろうけど」


友海は、ガラスに映る海人と目があった気がして、すぐに下を向いた。

いつもなら、なんでも言い返してやるところなのだが、

なぜか今日は、その表情に立ち向かうだけの、言葉が見つからない。


「人なんて弱いものだ。何かを掴めば、それにすがりつきたくなるし、
守りたくもなる。それが正しくない方法だとわかっていても、
やらなければならない時だって、あるはずだ。
航には、そんなものがなかっただけで、
本当に守らないとならないものが出来た時、あいつだってきっと……」


友海は、なぜ海人がここへ来て、想いを語るのかがわからなかった。

以前、航と月を見た時、海人は誰にも何も語らないと言っていたことを思い出す。


「……醜くなる」


海人のつぶやきに、友海は顔を上げ、

スタンドよりも遥か遠くを見るような、海人の視線がどこか気になった。





結局、航と聖が会場から出たのは、会が解散になる30分ほど前だった。

航は駅へ向かいながら、伊豆で会った佐原の顔を思い浮かべる。

今、挨拶を交わした袴田という男は、

確かに『伊豆』で水産加工業をしている会社の息子だった。

互いに名刺の交換は済ませたが、限られた情報から、

どう手繰り寄せていけばいいのかがわからない。


「ちょっと、航さん。私の話を聞いている?」

「あ……ごめん」


聖は、自分が勝手にパートナーだと連れ込んだことを怒り、会場を出た航が、

なぜ袴田が来た途端戻ったのか、そのわけが知りたいと問いかけた。

航は今、袴田と住野家は知り合いだと聞き、『伊豆』での出来事は、

友海のプライバシーに関わる問題になるため、

たいしたことはないとごまかそうとする。


「たいしたことがないのなら、別にいいわ。
袴田さんなら、3日後、うちのパパと会うことになっているけど」

「住野さんと? どうして?」

「……じゃぁ、どうして袴田さんを気にするのか、理由を教えて!」


聖は、あくまでも航の心の中を知りたいと、迫ってきた。

聖の父親が袴田と親しいのなら、情報を得るいいチャンスだと思ったが、

友海の事情を自分から勝手に語ることは出来ない。

黙ったままの二人は、一歩ずつ駅へと近付いていく。


「航さんも、海人と一緒」

「ん?」

「私には何も語ってくれない。彼女には……素直になるのに……」


聖は、そうつぶやき、力なく下を向いた。

航は個人名を聞かなくても、その相手が友海のことだと、すぐに理解する。

自分のことはともかく、海人の気持ちがわからない聖の不安は、理解できた。


「人は、相手の存在が近すぎると、自分の気持ちを言えなくなるのかもしれない。
海人はきっと迷ってる。救えるのは……聖さんだけだ」


航はそう言いながら聖の横顔を見たが、聖は顔をあげることなく、歩き続ける。

楽しそうに笑顔を見せる人達が、黙って歩く二人の横を通りすぎた。


「こんなふうに、僕を引っ張り出して、海人の気持ちを惹こうだなんて、
聖さんらしくないよ。もっと、正々堂々と、ぶつかればいいのに。
海人に言われたんだ、残るものの気持ちがわかるかって。
うちの母は、跡取りだった立場を捨てて、父と逃げてしまったから。
会社に縛られて動きにくくなる気持ちは、同じような思いを持つ人じゃないと、
理解してやれないのかもしれない」


聖は自分の左手をグッと握り締め、一度大きく息を吐いた。

航は綺麗に光る星空を見ながら、明日も晴れるだろうかと、小さくつぶやいた。





その頃、『天神通り店』から家へ戻った海人は部屋に戻り、

引き出しの奥から、1冊のノートを取り出した。

それは自分が『SI石油』の跡取りになると決めたときから、

一人で調べ、長い間まとめていったもので、店舗の構造から、地域環境、

ライバル会社のサービス状況まで、細かく記入してある。

会社を動かせる立場になった時には実行しようと、何年か前まで考えていた。



『私についてくればいい、余計なことを考えるな』



祖父の後、父が社長になった頃、このノートを見せたことがあったが、

父は最後まで読むことなく否定した。

それでも、ベテラン社員達の中で奮闘する父の姿に、

海人は一度も逆らうことなく、徹底して父をフォローする立場を貫き、

従業員を束ね、父のやり方だけを尊重し続けてきた。



『聖はだめだ……』



自分を押し殺してまでついてきた気持ちを、

父は理解しようとしてくれたのだろうかと、海人は一度大きく息を吐き、

ノートを机の引き出しの奥へとしまい込む。

カーテンの隙間から見えた庭の場所には、木のブランコがあった。

子供の頃から乗り続けたが、何年か前に取り壊される。

海人は、その思い出の場所を隠すように、しっかりとカーテンを重ね部屋を出た。





リビングでは、仕事から早く戻った父が、新聞を読みながらくつろいでいる。

その隣には耳にイヤホンをつけ、音楽を聴いている妹の真湖がいて、

キッチンでは母が、片づけをしていた。


「父さん、話があるんだ」


海人の落ち着いた口調に、和彦は広げていた新聞を閉じ、顔を上に向けた。





35 その日の夜
<photo:tricot>

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コメント

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海人、初志貫徹?

こんにちは!!

前回今回と
ドキドキしながら読みました。

聖の
<私には何も語ってくれない。彼女には……素直になるのに……

は、友海が素直に、真っすぐに相手に向き合ってるからでしょうね。
真っすぐすぎて本人も、周りも大変そうだけど・・・。

海人はノートを見て決意を新たに
父の意に背く?
それともこのまま進むのか?

4人が笑顔で語り合える日はまだまだ遠い・・・?

  では、また・・・(^.^)/~~~

ドキドキ

mamanさん、こんばんは

>前回今回と
 ドキドキしながら読みました。

ドキドキ……ありがとうです。
これからも、そんなドキドキ、続くといいんですけど。

さて、海人がどう出るのか、
それが4人の運命をどう変えるのか、

うーん……笑顔の日々は、
まだ遠そうです。