TRUTH 【女の意地】

TRUTH 【女の意地】

TRUTH 【女の意地】



あらためて真知子さんと会ったのは、次の日だった。

彼女の泊まるホテルに出向き、ロビーで待っていると、

しっかり荷物をまとめた真知子さんが姿を見せる。

昨日、あんな形で誘いを断ったのがどこか申し訳なく、

こちらから話題を振ることが出来なかった。


「昨日はごめんね」

「いや、悪いのはこっちだ。行くようなことを言って、急にやめてしまって」

「ううん……」


ウエイターにブレンドを2つ注文し、『スタコン』の話を振った。

真知子さんは取材をする立場から、色々なスタイリストたちを見たが、

ここ数年での技術の向上は目覚しいものがあると、語ってくれる。


「半分に分かれているよ。必死に夢を追いかけて、なりふり構わず打ち込める人間と、
仕事に少しつまずくだけで、すぐに諦めてしまう人間と。
去年入った新人も、結局2年目を迎えたのは5人だからね」

「そう……でも、長く同じ気持ちを持ち続けるのは、大変なことよ」

「あぁ……」


もっと言わなければならないことがあるはずだった。

それでも表面的な話ししか出来ずに、時間だけが流れていく。

互いに触れて欲しくない場所を心に秘めている気がして、切り出せなくなる。

横を歩く女性の、ヒールの音にあわせるように、自然と指が膝を叩いた。


「そうそう、これを渡さないと」

「ん?」

「山内社長の資料。何か新しいことをするみたい」


真知子さんはそう言いながら、茶色の封筒を差し出した。

以前、山内社長が外資系の企業と提携することになった新聞記事を、

出してくれたのも真知子さんだった。

その情報の速さと正確さに何度も助けられ、他より先へ出たことも一度や二度ではない。

封筒を開き、中身を確認しようとする手を、真知子さんの手が止める。


「ねぇ、資料くらい会社で見なさいよ。この時間くらい、こっちを向いていて……」





何度も触れた指のぬくもりに、懐かしさが蘇った。

この手に口づけ、この手が頬に触れることを何度も待った。

真知子さんが手を離しても、しばらくその余韻が、心を支配する。

そのぬくもりから逃げたのは、私の方なのに。


黙ったままの時間が流れ、互いにカップに口をつけ、

漂う空気の中に、自らを置き続ける。


「さて、そろそろ行くわ」

「……もう?」

「飛行機の時間があるの。これでも忙しいのよ、すぐに別の取材が入っているし」


真知子さんはそういうと、ブレンドの残りを飲み干した。

私は茶色の封筒をバッグにしまい、彼女の顔を見る。


「真知子さん……」

「支払いは森住君だからね。東京はあなたのフィールドでしょ」


込み入った話をするつもりがないのか、真知子さんは立ち上がり、荷物を手に取った。

私はその横顔を見る。


「真知子さん、また……」


真知子さんは少し口元を上げると、視線だけをこちらに向けた。


「また……なんて、言っていいの?」





言葉が返せなかった。


彼女は全てをわかっている。

私たちがもう、同じ関係ではなくなったことを……。



柚希のことを語ったわけでもないし、好きな人が出来たと言ったわけでもない。

それでも、私の心は、全て見抜かれている、そんな気がする。





「じゃ……さよなら」


去っていく後姿は、いつもと変わらず、颯爽としていて、

散り行く桜に似たような、見事なものだった。





私は真知子さんから受け取った資料を手に持ち、そのまま本社へ向かった。

柴本は明日からアメリカへ出張になる。

『トワレ』との結びつきが、ここ数年強くなっているものの、

山内社長の動向は、我が社にとっても重要なことだった。


「失礼します。社長、これを見ていただけますか?」

「どうしたんだ」

「山内社長の新しい試みがあるそうです。大変な時なのでしょうが、
今こそ、チャレンジすることが必要だと、考えたのかもしれませんね。
信用できる編集者からの持込なので」

「そうか……」


柴本は茶色の封筒を開き、中から新聞記事のコピーを3枚取り出した。

英字新聞なので、中身は全て英語だが、

私の目は新聞に載っている写真に釘付けとなる。


紙面の上にある写真は、小さな屋台のような、移動販売車だった。

『cake』という文字が、続けて目に飛び込んでくる。


「ん?」


柴本は少し怪訝そうな顔をして、記事を読み続けた。

私の中で、浮かび上がった疑問は、さらに飛び込んだ文字に決定的となる。



『sweet』



「森住、今日はエイプリルフールか? 
いや、同じ4月だけれど、もう1日は過ぎたはずだ」

「すみません」


柴本は記事をデスクに放り投げ、食後の遊びには適していると、

お腹を抱えて笑い出した。

私はあまりの出来事に、すぐに記事を封筒に押し込んでいく。

真知子さんが手渡してくれたのは、確かに『山内社長』の記事だが、

菜穂子のご主人である山内ではなく、アメリカでスイーツの移動販売をしていた日本人、

山内耕治氏が、一人で店舗を増やし続け、

日本へ逆輸入という形で凱旋帰国をするというものだった。





完全に、騙された。





「あはは……。これをお前に手渡してきた編集者は、相当な人間だな。
ジョークもわかる、しかも怖いものなどなさそうだ」

「申し訳ありません」


真顔で手渡された時、何も疑うことなどしなかった。

記事の内容を確かめようと封筒をのぞいたとき、

触れたその手に、逆に懐かしささえ蘇ってしまった。

センチメンタルな気分になった私を、真知子さんはさぞかし滑稽に見ただろう。





心を柚希に移した私への、精一杯の意地悪。





柴本が言うように、どこか憎めない演出とやり口に、

私の中には悔しさもあったが、それよりも心はどこかスッキリするものがあった。





季節は夏の色を描き始め、柚希はすっかりショートが気に入ったのか、

あれからも少しずつ形を変えながら、楽しんでいる。

衣装や楽譜を提供した愛梨さんから招待状をもらい、

コンサートにも時々、姿を見せているようだった。

私たちの関係は、あれからも変わることなく続いた。





日本ではうっとうしい雨の続く6月。

私はファッションショーで協力することになった、あるメーカーを訪ね、

イタリアに飛んだ。以前、広島に店を持ったデザイナーからの紹介で、

これから日本でも話題を作ることになる、若いタマゴ達と本音の会話を楽しんだ。

といっても、イタリア語はあまり得意ではなく、通訳を務めてくれた彼に、

世話をかけてしまったが。

こんな時間を持つと、もっと自分に出来ることはないかと、

気持ちが華やかになっていく。



『瀬口です。『トワレ』の影響を受けたのか、山内社長が動くようです』



瀬口からのメールは、突然だった。

菜穂子のご主人である山内社長は、しばらく経営悪化の噂から影を潜めていたが、

資金繰りの目処でもついたのか、いきなり表面に現れた。


社長の柴本よりも、瀬口の方が情報が速かったことに、少しだけ驚いたが、

今時のスタッフ達は、メールなどで社や店を越えた交流もあるらしく、

少し遅れて社長の柴本から、新たな提案があった。



『『トワレ』のイベントを意識しているようだ、
同じようにうちのスタッフを何人か貸して欲しいと連絡が入った』

「新商品のお披露目だと聞きましたが、なぜ、うちのスタッフが」

『トリートメントの実演を行うらしい。極秘で進めていたらしいから、
急な申し出では正直困るところだが、まぁ、イベントの規模や影響力を考えると、
並べるようなものではないにしても、
『トワレ』からの要望だけ受け入れたと思われるのは、
今後のことを考えても望ましくはないだろう。
2、3人いれば済むらしいから、引き受けることにした』

「わかりました」


何ヶ月か前の『トワレ』のイベントでは、柚希に指名がかかったが、

今回はもっと規模も小さく、すでに店には新人も入っている。

急な申し出で、しかも開催場所は大阪だ。

商品のPRのみなら、新人を送り出すのが普通で、

スタッフとして戦力になっている柚希に、声がかかることはないだろう。

柴本からの連絡に返事をし、残りのイタリアでの時間を満喫した。





しかし……。





瀬口に頼まれていた資料を持ち、『緑山南店』に向かうと、

そこに柚希の姿はなかった。


「山内社長の奥さんが、3日前に突然いらしたんです。
今までそんなこともなかったので驚いたのですが、
越野さんを知っているようで……」


柚希が私を誘った店で、そう言えば菜穂子と八坂君が飲んでいた。

偶然4人が重なり、菜穂子の冷たい視線が、柚希に向かったことを思い出す。


「山内社長の奥様って、きれいな方なんですね。
森住さんと以前、同じ店で働いたことがあるんだと聞きました」

「……あぁ、うん」





『聡……、もう思い出の人を探すのは、諦めたの?』





菜穂子の言ったセリフが、頭を巡る。

すでに時計は夜の9時を回り、大阪へ駆けつけるのは無理だろう。

それでも、嫌な予感が走り、鼓動だけが速くなる。


私は瀬口に資料を手渡し、すぐに柚希へ電話をかけた。

二度のコールが鳴り、柚希の声が聞こえてくる。


『もしもし……森住さん?』

「あぁ、まさか君がそっちへ行くとは思わなかったよ」

『……まだ、柚希はシャンプーが苦手だとか言いたいんですか?』

「いや、そうじゃなくて」


柚希の口調は変わらないものだった。

私は何気なく大阪の様子を聞き出そうと話を振っていく。

何も知らない柚希は、山内社長と会話をしたこと、

菜穂子が急に仕事を振ったことを謝罪してくれたなど、楽しそうに語る。


「そう……」

「この後、お食事にも誘っていただきました」





大事なものを盗まれたような、隠していた物を探し出されたような、

どうしようもない想いが、私の心をくすぶった。






【瞳に映る過去】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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アーァ

ハァ~~~一気読みだよ~~~(><)
読むつもりじゃなかったんだよね・・・

全部終わってから、と思っていたの。
あちらのサークルまで行く気は無かったから、ここに貼り付けてもらってから、気になって気になって
でも我慢してたの。(バカでしょ)

あーやっぱりやめて置けばよかった。
森住が柚希が、そして菜穂子が気になる!!!

やるなあ~、真知子さん

封筒の中身には、笑ってしまいました。
やるなあ~
直接恨み言なんて言わないところが真知子さんだわ。

最後まで
かっこいい女性でした、真知子さん。
そして、最後まではっきり言えなかったのも森住さんらしい?!

そして、また新たな心配が。。
森住さん、心臓に悪いことばっかりですね@@
さあ、どうやって切り抜けるのでしょう。
楽しみです。
っていう私は意地悪かしら~

いらっしゃいませ

yonyonさん、こんばんは

>ハァ~~~一気読みだよ~~~(><)
 読むつもりじゃなかったんだよね・・・

一気読み、ありがとうございます。
これからは、ゆっくりと読めますからね。

>森住が柚希が、そして菜穂子が気になる!!!

気にして、気にして!
男にも、女にも、色々な人がいるのです。
こうなったら、ぜひぜひ、
最後までおつきあいしてね!

女もいろいろ

れいもんさん、こんばんは

>直接恨み言なんて言わないところが真知子さんだわ。

恨みを言っても、人の気持ちなんて
戻ることはないことを、ちゃんと知っているんですよね。
森住の顔色を見ながら、
心の中で『クスッ……』と笑ったのかも。

>さあ、どうやって切り抜けるのでしょう。
 楽しみです。
 っていう私は意地悪かしら~

いえいえ、
楽しんでもらえることが、
一番嬉しいです