29 ふわりの場所(2)

29 ふわりの場所(2)


日向さんの楽屋を出て、保坂さんがオーディションを受けるスタジオへ向かう。

途中のエレベーターを降りてきたのは、樫倉英吾だった。

マネージャーは私より年上の女性で、

その横には黒のサングラスをかけた男性がピタリと寄り添い、

周りを強い視線で睨んでいる。


「水は用意してある?」

「撮影終了までには用意します」

「うん……」


確かに背も高く、見栄えもする俳優に見えた。

それにしても、スタッフが5人も囲むなんて、ずいぶん仰々しい。


その時、樫倉英吾の後姿を見ていた私の頭を、台本のようなもので叩く人がいた。


「何、見とれてるんだよ」

「あ……」


また若村さんだ。

見とれていたわけじゃないですと、私は必死に弁明する。


「相手にならないよ……」

「相手?」

「あぁ……。日向淳平のイメージを追いたいみたいだけれど、
あいつじゃ日向の相手にはならない」


若村さんは台本を手に持ち、両手を組んだ。

視線は、樫倉英吾が歩き消えてしまった廊下の方を向いたままだ。


「俺なんて、まだこの業界では下っ端だけれど、
大道具さんとか、ベテランのスタッフがよく言ってるんだ。
光っている素材は、スタジオへ入ってくるだけでオーラがあるって。
立っているだけで、周りを納得させられるような素材は、そういるもんじゃないってね」


立っているだけで、周りを納得させられる。

私は、細かい意味がわからないまま、それでも何度も頷いた。


「日向淳平の存在感は、樫倉英吾には出せない。
いや、出すことが出来るようになるのかもしれないが、まだ、それだけの厚みがない。
でも、だからこそ、気をつけたほうがいい」

「何を……ですか?」

「相手は正攻法で来ようと思わないからさ」


先日の牧原さんの件もあり、若村さんの言葉はすぐに理解できた。

これから、あの事務所が何をしてくるのかわからないが、

それでも、こちらだって、戦う準備は出来ている。


「はい……」


私は、あらためて若村さんに頭を下げると、

保坂さんが待っているスタジオへと向かった。





日向さんの樫倉英吾対策も大事だけれど、

この天然研究生の対策は、誰が考えてくれるのだろう。





「何? どういうこと? いい男をつかまえるんですって、そう言ったの?」

「言いましたよ、だってそうなんですもん」


先日、CMプロデューサーの富山さんから入ったメールは、

15秒の番組宣伝をする、女性タレントを選ぶオーディションの知らせだった。

この話を保坂さんに通したのは、社長ではなく、大森ボイスレッスンの先生で、

彼女の声が大きくよく通るので、富山さんに紹介したらしいのだ。

まだ研究生だと事務所側は話をしたが、

受けるだけ受けてみて欲しいと言われ、今日、初めてのオーディションに臨んだ。

しかし、保坂さんは、面接を担当した番組プロデューサーの

『この世界で何を目指しますか?』の質問に、

『いい男をつかまえたいです』と答えてしまう。



仕事をなんだと思っているんだろうか、目の前が真っ暗になりそうだ。



「あ、前島さん、でも、その前につけた言葉がありますよ、ちゃんと」

「何? もっと何か言ったの?」

「自分が、最高にいい女に輝いてって言いました」

「いい女?」

「はい、女優でもレポーターでも、仕事を一生懸命にして輝いて、
自分が最高の女になって、いい男をつかまえたいって……。
どうですか? 完璧でしょ、この答え」





結果は3日後だと言われたが、見なくても明らかだと、大きくため息をついた。





しかし神様は、時々、自分勝手なことをして、世の中の判断力を鈍らせる。

『いい男をつかまえます!』発言をした保坂さんは、なんと1次を通過し、

最終面接を受けることになった。

予定に入っていなかった仕事のため、その前日は、2日分の雑用をこなし、

終電ギリギリで部屋へ戻る。

ベッドに飛び込むように眠り、次の日私はまた『オレンジスタジオ』へ向かう。


色々な用事に追い回される私とは違い、

日向さんの『赤鼻探偵』の撮影は順調そのものだった。

今日から主演の三笑亭好葉さんが、撮影に参加する。

好葉さんは落語界のトップを走り、人気者だが、とても明るく気さくな人だ。

若いスタッフとも立ち話などで交流し、現場の雰囲気を明るく変えてくれる。


今回は、記念放送と言うこともあり、

一緒にカメラマンや記者たちもスタジオへ入ってきて、

スーツ姿の日向さんと、主演の好葉さんが並び、しっかりと握手する姿が、

フラッシュのたかれた中で、撮影される。


保坂さんが調子に乗るのはなんだけど、

こうしてまた、日向さんの撮影が見られて、ちょっとラッキーかもしれない。




隣が好葉さんだからかな、日向さんの足、より長く見える……




「日向淳平は順調だね」

「あ、こんにちは」


若村さんは、手にかなづちを持ったまま、話しかけてきた。

時々、マッサージ器械のように自分の肩を叩いている。


「好葉さんは眼力のある人だ。あの人が日向淳平を指名したって言うんだから、
どんなものだろうと思って見ていたけれど、確かにひき込まれるな」

「はい!」


これには自信満々で答えを返した。

私の目から見たって、日向さんはますます輝きを増している。

人気があるだけではなくて、色々な人たちと競演し、

ぶつかりあって自分を磨いてきたのだ。

何よりも、自分に厳しく、仕事に手を抜かない姿勢は、

『ひよどり姉妹』さんだって、ベテラン俳優の北原豪さんだって、

ここにいる三笑亭好葉さんだって、みんな認めてくれている。

どこかの汚い事務所に邪魔されたって、本物は簡単に壊れたりしない。

それにしても担当番組だからだろうか、若村さんに何度も会う。

まぁ、私がここに顔を出していることの方が、おかしいと言えばおかしいのだけれど。


「なぁ、史香。お前、『ベルルッチ展』に興味あるか?」

「『ベルルッチ』って、あの、東京美術館で公開される『蒼の光』がある」

「そうそう」


若村さんは、『パーツワン』がこの展示会に関わったので、

招待券があるのだと誘ってくれた。昔から美術館めぐりは好きだったので、

興味はあったが、どこにも出かけられない日向さんを目の前にして、

受け取るわけにはいかない。


「すみません、興味はあるんですけど、ちょっと……」

「仕事、忙しいのか」

「はい、今、新人の準備もあるので」


こういうときは、仕事で断るのが一番だ。

若村さんはそれならば仕方ないと、休憩に入ったセット裏に向かった。

今は本当に仕事とプライベートだけで精一杯だ。





出かける時間があるのなら……行きたい場所は一つしかないのです。




日向さんの撮影スタジオを出てから廊下を通り、別のスタジオへ向かうと、

オーディションを終えた女の子たちが何人か立っていた。

知っている顔に挨拶をし、保坂さんを探す。

いつもなら飛び跳ねるように出てくるのに、

肩を落とし、下を向いたままの彼女がいた。


「保坂さん……」

「あ……前島さん」


結果を聞かなくても、『不合格』だったことはすぐにわかった。

こんな光景は、今までに何度も見てきたからだ。

私は、まだ始めたばかりじゃないかと励まし、

なんとかいつもの彼女に戻そうと、笑ってみせる。


「自分でも、一番へたくそだと、そう、思いました。
みなさん、りんご一つに、すごく色々なコメントを出していたし、
私みたいに言葉に詰まってしまうことなんてなくて……」

「当たり前じゃないの。あなたはまだ研究生でしょ。
どうしてもオーディション受けてみたいっていうから、大森先生の縁でこうなったけど。
本来なら、ここに来ることだって出来ない立場なんだよ。まだまだこれから、これから。
保坂さんの売りは元気なところ、そんなに落ち込まないでよ」

「……でも……」


いつも、迷惑ばかりかけられていて、腹が立っていたはずなのに、

しょげている姿を見ていたら、なんだか、妹を見ているような気分になった。

どうにか励ましてやりたくて、頭をフル回転させる。


「保坂さん。ちょうどいい機会かも。日向さんのところに挨拶でも行く? 
あの日向さんだって、最初の頃はオーディション、落ちてばっかりだったんだよ。
そんな話も……」

「あの……」


そうだった……。

さすがに落ち込んでいて、それどころではないかと、保坂さんの顔を見ると、

ほんの少し前まで沈んでいた顔色が、一気に赤みを増していた。


「10分、待ってください! すぐに化粧を直しますから!」





いいような……

悪いような……





複雑な気持ちというのは、こういうことを言うのだろうか。

やはり私には、あんな妹は必要ないと、再確認した。





「保坂優です。優は『優雅』の優です! あ、最優秀の優でもあります」

「はい……」


化粧をバッチリ直した保坂さんと、日向さんの楽屋に向かうことになった。

以前から『天然研究生』のことを話していたため、日向さんの受け答えには、

余裕さえ感じられる。自分もここまで来るのに、何度もオーディションに落ちたこと、

そのうち運が回ってくること、保坂さんは、私に一度も見せたことのないくらい

真面目な表情で、日向さんの話を聞いていた。


最初に会った頃は、日向さんと『大人の関係』を目指すと、

よく言っていた保坂さんだったが、本物を目の前にした表情は真剣そのもので、

憧れの先輩を見つめる、純粋なものに見えた。





うん、連れてきてあげてよかった。

私が励ますより、何倍も効果がありそう。





その時、扉をノックする音が聞こえ、スタッフが日向さんを呼びに来たのかと思い、

ゆっくり開けると、立っていたのは若村さんだった。






30 ふわりの場所(3)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

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わあ~い。

やっと史香&淳平に会えました。
ありがとうございます~

ふふ♪淳平にはオーラがあるんだあ~
なんだかうれしかったりして。

お騒がせ保坂さんへの史香の思いが正直でおもしろい。
妹にしたりやめたり(笑)
こうやって情が移っていくのかなあ~

先輩若村さん。史香に気があるのか?!
淳平の部屋に何しにきたのお~?!
ここで終わるのか。。続きを待ってます♪

おーーピンチじゃないですか。

二話続けて読んできました。

本物にはオーラがある。
その言葉に淳平と誰かさんを思い出しました。

樫倉英吾いい男でも、
本物になるにはそれだけではいけないんだね。
ではどうするかといえば、卑怯な手を使うんだよね~。
正攻法で攻めない事務所は怖いです。

保坂さんもはじめて厳しい芸能界を経験したみたいですね。
しょげているけど、やっぱりさすがに立ち直りは早いみたい。
憧れの淳平にあって・・・少しは謙虚になったかな?

最後に若村さんの登場とは、
ここで、淳平の目の前で史香を連れ出したら・・・@@

オーラが!!

フフフ・・確かに! 本物には、そこに居るだけで、後ろ姿だけで、
気配だけでもオーラを感じるのよ。
(私の大好きな俳優も半端じゃないオーラ放ってます)

どんな小細工をしても、正攻法が一番強いって今に分るから。

ま、真似ようと思われるってことはいいことだと思うよ。

マイペース保坂、ちっと痛い思いをした?まだ足りない感じはするけどね(プ)
本物を見て、感じて大きくなるんだよ。

あらあら樫倉英吾は
5人ものスタッフを引き連れてのスタジオ入りですか~~
でも見る人が見れば本物はちゃんとわかるんだよね^^v

そして淳平の話に
真剣に耳を傾ける保坂さん
天然研究生もこれからは真面目にレッスンに励んでくれれば良いね!

・・・っで・・最後にこの展開@@
若村さんって何かと史香に積極的に出てるように見えるんだけど
どうして淳平の部屋に来ちゃったの!?

気になる続き、楽しみに待ってます~^^v

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心の声で

れいもんさん、こんばんは!

>やっと史香&淳平に会えました。
 ありがとうございます~

いや、いや……
待っていてもらえて、嬉しい限りです。
二人は、ちゃんと動いてますよ。

>お騒がせ保坂さんへの史香の思いが正直でおもしろい。

史香の心の声
これが、このお話のポイントかもしれないです。
今回のお話が、さらに広く大きくなりますので、
続きをお待ちくださいませ。

オーラだよね

tyatyaさん、こんばんは

>本物にはオーラがある。
 その言葉に淳平と誰かさんを思い出しました。

あはは……そうだよね。
『オーラ』の話は、以前、知り合いから
そんな話を聞いたことがあるので、
そこからお借りしました。
何年も裏方をやっていると、
売れそうだな……っていうのは、
わかるんだそうですよ。

>憧れの淳平にあって・・・少しは謙虚になったかな?

さてどうでしょう。
なんたって『天然研究生』ですからね。
また、次回も遊びにきてください。

オーラは必要です

yonyonさん、こんばんは

>フフフ・・確かに! 本物には、そこに居るだけで、
 後ろ姿だけで、気配だけでもオーラを感じるのよ。

『オーラ』は、その人のやり遂げてきた仕事が
自信となって、ついてくるものだと、
あるスタッフさんから聞いたことがあります。
やり遂げた……という気持ちが、
どんどん『オーラ』をつけるんでしょうね。

天然研究生と、先輩若村。
さて、何をすることやら……

エッセンス

パウワウちゃん、こんばんは

>天然研究生もこれからは真面目にレッスンに励んでくれれば良いね!

このお話の、ちょっとしたエッセンスが保坂さんだと
思っているんですよ。
道をそらしているようだけれど、
実はちゃんと意味がありまして。

さて、天然研究生のこれからも、
注目してやってくださいませ。

これからもよろしくです!

何気に・・・

 こんにちは!!

お久しぶりです(^0^;)/

淳平を蹴落とそうとするライバル事務所や
トンでも研究生の保坂さんのこの先も気になるとこですが
史香の周りにちょろちょろ出現する若村さん・・・

史香にLove?
それとも別の魂胆がある?

史香、何気にモテ期じゃない!?

  では、また・・・(^.^)/~~~

どうもです!

ネギちゃんさん、こんばんは

>史香の周りにちょろちょろ出現する若村さん・・・
 史香にLove?
 それとも別の魂胆がある?

いやぁ……今、ここでは話せないのです。
しかし、単なる通りすがりでは
ないことは確か(笑)

史香がモテ期なのか、
どうなのか……は、もう少し先へ!