36 ブランコの思い出

36 ブランコの思い出




父の思ったまま動きたくはないと、海人は多恵との結婚話を断ると告げた。

しかし、それはさらに父と母との溝を生む結果となり、

海人はそのまま家を出る。


月明かりの中、向かったのは住野家だったが、気持ちを伝えたい聖は、

航と『マネジメントクラブ』へ出かけていた。後継者が集まるパーティー。

そこへ親のいない航が出席することは、

聖のパートナーとして、認められるためだろうと予想出来る。


「あ……そうだ、海人君。加納家のお嬢さんとお話があるそうだね。
さすがは和彦さんだ、これからのことをしっかりと見抜いている」


海人はその言葉に黙って下を向いた。

たった今、そのことで揉めてきたことを言おうとするが、

哲夫の表情には隙がなく、挟むことが出来ない。


「聖も、幼なじみとして祝福するつもりだろう。『住野運輸』へ入ることも
決めてくれたようだし、これからは、企業同士でまた、ご縁があれば」


海人には、その哲夫の言葉が、重くのしかかった。

開いていた手は自然に握られ、唇はさらに動きを鈍くする。


「聖に何か用ならば、私から伝えておくが……」

「……いえ、たいしたことじゃないので、失礼します」


海人はそう言って、哲夫に頭を下げると、住野家の門を開け出ていった。

足は自然に家とは反対の方向を向き、斜め前に見えた公園に入っていく。

幼い頃、小さな滑り台の上で、本を読んだまま寝てしまったことを思い出す。



『海人!』



何かある度に、母のように海人をしかるのは、いつも聖だった。

自分のそばでいつも笑い、背中を押してくれた人は、すでに別の道を歩き始める。

ゆっくりと公園内を進んでいくと、滑り台の小さなくぼみが目の前になった。

昔は階段を昇っていたが、今は立っているだけで、中を見ることが出来る。



『海人、そんなところで寝ていたら、風邪ひくんだからね!』



海人は滑り台から離れ、誰も乗っていないブランコの前に立った。

揺れないブランコを、自分の右足で蹴って揺らすと、

幼い頃の思い出が、蘇ってくる。



『成島航って言うんだ、君は?』


『僕は……海人。新谷海人』


『ふーん……いいなぁ、ブランコ。家にあるなんて、すごいよね』


『そうかなぁ……』


『また、乗りに来てもいい?』


『……うん』


『本当? 絶対だよ』



笑顔を見せ、手を振ってくれた航が、その後、新谷家へ顔を出すことはなかった。

祖父が亡くなった時にも航は姿を見せず、

やがて、二人で遊んだブランコも風に揺れることはなくなり、

危ないからと母が壊してしまった。



『航を会社に?』


『そうなの、母さんが頼んだのよ。ねぇ、海人、
あなたの……きっと、いいパートナーになれる気が……』


『どうしてそんなことをするんだよ!』



航がまた、姿を見せてくれるのではないかと待っていた幼い頃の海人。

ブランコが動きにくくなると、祖父に言って、油をさしてもらった。

しかし、航は好きな時に姿を見せ、楽しむだけ楽しんだ後、

再び訪れてくれることはなかった。


大人になり、また、自分の形を作った『SI石油』に入り込み、

好きなように過ごすつもりなのだろうかと、反発する気持ちだけが沸き上がる。



『へぇ……財産を奪いに来た男か……ちょっと興味あるんだけど』


『成島さんが、解決してくれました』



聖は、初めて航のことを語った時から興味を持ち、自分とは別の場所で、

交流を深めた。そして、あの生意気はパートの友海も、航には素直な態度を取る。

海人は揺らしたブランコを一度足で止めると、

もう一度思い切り蹴って揺らし、そのまま公園を出て行った。





聖が家へ戻ると、父と母が揃ってリビングにいた。

軽く扉を開け挨拶をすると、哲夫は、海人が家に尋ねてきたことを話しだす。


「海人が? 何か言ってた?」

「さぁ……お見合いの報告にでも来たんじゃないか?」


聖は、ここのところ、顔を合わせていなかった海人が、

急に家を訪ねてきたこと自体、不思議なことに思えた。

しかし、哲夫が『マネジメントクラブ』のことを問いかけきて、

久しぶりに会った人達もいて楽しかったと、返事をしているうちに、

頭の中が、別の報告へと動き出す。


「航君は、驚かなかったか? お前に引っ張って行かれて」

「文句を言ってたわ、この会はなんなんだって……、あ、そうそう、パパ。
袴田さんに会ったのよ、今日」

「ん? あぁ、そうか。袴田君、もう東京へ来ているんだな。
伊豆からお父さんが出てくると言っていたけれど、
今回は久しぶりにお会いできるだろう」

「あ……あの」

「ん?」

「ううん……」


聖は、袴田のことを哲夫に聞こうとして、そのまま口を閉じた。

あまり何かを問いかけると、その裏に何があるのかと、

哲夫が思うかもしれないからだ。


「今日は疲れた。おやすみ……」


聖はリビングの扉を閉め、そのまま部屋へと向かった。

海人が何を話に来たのかわからなかったが、

明日、会社を訪ね、食事の約束でもしようと想いながら、階段を昇った。





友海がスタンドでの仕事を終え、自転車で部屋へ向かうと、

駅を出た道を歩く航を見つけた。何も言わないまま、ゆっくりと近付いていく。


「こんばんは!」

「……あぁ、こんばんは。今、帰り?」

「はい、今日は遅番だったんです。でも、お客様があまり来なかったんですけど」

「それはまずいなぁ、売り上げが下がる」


友海は、航らしい返事に、自然と笑顔になった。昼間はしっかり客が来たこと、

駐車場が出来てから、初めて店を訪れてくれる人も増えたのだと報告する。


「そうか……」


航は明るく仕事のことを話す友海を見ると、自分の手荷物を自転車のカゴに入れた。

友海は航のそんな親しげな態度が嬉しくて、照れた顔を隠すために下を向く。


「実はさ、話しておきたいことがあるんだ」

「なんですか?」

「あの、飯田さんのお父さんが持っていた土地のこと。今、少し調べている」


友海が幼い頃暮らしていた、伊豆の家。

『リゾート開発』に反対し、結局、追い出されるようになったあの土地のことを

調べているという航に、不安な気持ちが呼び起こされる。


「飯田さんと出かけた日、実は、ある人と会ったんだ。
その人がそこにいた理由がわからなくて、今、それを調べている。
何がどう出てくるのかはわからないけれど、あの土地がどうなって、
どう生かされようとしているのか、それがわかったら、君に知らせようと思って」

「あの……」

「何?」


友海は、航の言葉に、嬉しさのある反面、何か起きなければいいがと、

不安な気持ちが増した。それを正直に伝えようとすると、

自転車を押す手に、航の手が重なり、二人の動きが止まる。


「君の力になるとそう約束した。心配なんてしなくていいから」

「……成島さん」

「……あのさ」

「はい」

「航さん……で、いいんだけど」


航はそういうと、友海の自転車を自ら押し始めた。

友海は手を離し、航の少し後ろを黙ったまま着いていく。



『航さん』



友海は、そう呼んでみたいのは山々だったが、

意識をしてしまうと、顔を見ることすら難しくなる気がした。


「成島さんだって、飯田さんって呼ぶんですから、いいんです」


友海は、航が自分のことを飯田さんと呼ぶことを指摘し、

そのまま話を終わらせようとする。


「それなら、僕が友海さんって呼べば……」

「スタンドでは呼べませんし、使い分けるのは面倒です」


友海は、恥ずかしさからの防御なのか、航の言葉を聞き終えることなく、

否定してしまう。


「そうか……そうだね」


航はそのまま自転車を押し続け、友海は少しだけ歩みの速度を落とす。

きっかけを与えてくれた航に対し、また素直になれなかった自分に溜息をついた。

前を歩く航と少しだけ距離を開け、聞こえないくらい小さな声で、

背中に向かって、『航』と呼んでみる。

静かな夜の中に、街灯の明かりが小さな光を作り、二人の行く先を照らし続けた。





そして、次の日。


「もしもし……」


朝、6時過ぎ。航の携帯を鳴らしたのは、叔母の登志子だった。

声は震え、慌てているようで、何を言っているのか細かく伝わってこない。


「登志子叔母さん、落ち着いて、よく聞こえないんだけど……何?」


航はベッドから起き上がり、あらためてしっかりと携帯を耳に当ててみる。


「海人が……、海人がどうしたって言うんだ」


静かな夜を過ごした人達の朝は、とんでもない電話で始まることになった。





37 残されたもの
<photo:tricot>

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コメント

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気になる気になる

>海人が……、海人がどうしたって言うんだ
って
海人がどっかいっちゃったような気がしたんだけど・・・
両親からも聖の父親からも
外堀から埋められていくように追い詰められた感じだよね。

海人は本当はやさしい人なんだろうね。
幼いころの航とのやり取りをみても
聖とのかかわりをみても。

この状況を救うのは聖?それとも航?

だんだん寄り添っていく友海ちゃんと航だけど・・・
いろいろと越えなきゃいけない問題がありそうだね。

海人は?(知ってるけどね)

海人は寂しかったんだろうね。父と母はすでにパートナーとしての役割さえなく、自分の居場所も見えなくなって・・・
自分は何なんだろう?

哲夫もずいぶんだよね。皆が気づいている聖と海人の仲、
知らないわけじゃ無いだろうに。
そこはやはり住野運輸の社長としての立場かな?

海人の話も聞かないまま当てつけるような事する、
聖らしくないな。

海人って

tyatyaさん、こんばんは

>海人は本当はやさしい人なんだろうね。

のでしょうね。
それをうまくコントロール出来たのが
聖だったのですけれど。

>この状況を救うのは聖?それとも航?

さて、どちらなのか、
それとも救われないまま、過ぎてしまうのか!
長い連載になってますが、もう少し続きます。
お時間のある時に、おつきあいください。

存在の意味

yonyonさん、こんばんは

>自分は何なんだろう?

そう、この思いはあるだろうね。
和彦も、ワンマンな経営をしてきただけに、
周りを信じ、任せることが出来ない。
ここら辺が、問題なのかも。

>哲夫もずいぶんだよね。
 皆が気づいている聖と海人の仲、
 知らないわけじゃ無いだろうに。

うん。気付いているからこそ、
聖が揺れている間に、引っ張ろうとしたんでしょうけど、
さて、海人の一大事で、どうなるのか。

もう少し続くんです、
お気楽に、つきあってね。

続きが気になるぅ

ももちゃん、こんばんはv-354

コメントするのは久しぶりだけど、いつもドキドキ、ほわほわ
楽しませてもらっているよ^^
それで... とんでもない電話の内容が早く知りたいなぁ。
自分をうまく伝えられない海人、どうなっちゃうんだろう..

それから、お兄ちゃんの中学ご入学おめでとうv-300
ももちゃんと知り合った頃は小学校低学年だったんだよね。
月日の流れのなんと早いことか。なのに相変わらず同じ人に
恋してる(笑)
中学でも野球e-45を頑張るのかな?
楽しい学校生活になりますようにv-22

久しぶり!

midori♪さん、こんばんは

>いつもドキドキ、ほわほわ 楽しませてもらっているよ^^

うわぁ、ありがとう。
そちらになかなか行けずに、
申し訳ないよぉ……

>ももちゃんと知り合った頃は
 小学校低学年だったんだよね。

そうだっけ? と考えたら、
そうだ、そうだ、チビがまだ幼稚園だったと、
思い出したわ。
(なんだかんだと続けてますね、私達・笑)

中学でも野球をやるそうですよ。
気持ちだけは入ってますけど、
実力はどうだか……。
まぁ、楽しめればそれでいいよね。
うん!

あっと、電話の内容と、海人のその後……
それは次回までお待ちください。