TRUTH 【幸せの意味】

TRUTH 【幸せの意味】

TRUTH 【幸せの意味】



土産物が散らばった部屋に、一人座っていると、時計が次の時刻を告げた。

携帯を取り出し、柚希へかけてみるが、呼び出し音が鳴るだけで、

何度かけなおしても、声を聞くことは出来なかった。



『私は……チーちゃんの身代わりだって』



身代わりではない。それは間違いないことだった。

しかし、柚希が千波さんに似ていなかったら、私はあの新人紹介で、

彼女を記憶にとどめただろうか。

不器用なりに懸命な姿を見ながら、頑張って欲しいと、エールを送っただろうか。

千波さんに、あの時の思いを伝えられなかったからこそ、

柚希に返してやりたくなったのかもしれない。


思いを告げるための身代わり。

それは心のどこかにあった。


柚希を失った部屋は、夏を迎えるとは思えないほど、冷たく凍りつくようだった。





次の日、本社へ出社し、柴本にイタリアでの報告を済ませる。

翠が言っていた合併の話が本当であるという情報を、あらためて聞いた。


「山内社長が、独断で決めたらしい。
役員会でももめたようだが、このままブランドがなくなることを恐れたのだろう」

「そうですか……」


おとなしく、最初から『トワレ』に吸収されていれば、

菜穂子と柚希が近付くこともなかった。

運命とはいえ、本当に山内社長とは、めぐり合わせが悪いようだ。


「『トワレ』はますます大きくなるな」

「そうですね」


翠は菜穂子のことをどう思っているだろう。

午後なら会社にいるという返事に、私は昼食を済ませ『トワレ』へ向かう。

地下の駐車場に車を止めた時、車の影から出てきたのは、北条芳香だった。


「森住さん」

「あ……」


以前、パーティーで声をかけてきた女は、たいして話したこともないのに、

親しげな態度を取る。

これくらいのずうずうしさがなければ、

今の世の中で上へ行くのは、無理なのかもしれないが。


「名刺をお渡ししたので、一度くらい連絡をくださるかと思ったのに、残念です」

「すみません」


私は助手席に置いたバッグをつかみ、適当にあしらうつもりだった。

しかし、北条芳香はさらに体を寄せ、ちょうど影に隠れるところへ立つと、

意味ありげな視線を私に向ける。


「森住さんには、どうも私、嫌な女に映っているようですね」

「いえ、そんなことはないですよ。
ただ、北条さんとは、うちの沢木が交渉をすることが多いので。
あまり窓口を広げないほうが、いいと思いましたので」


沢木が抱いた女など、興味もない。

そう言ってやりたいところだが、そうもいかない。


「沢木さんとは……なかなかお仕事のお話が進まなくて……」

「進まない?」

「一度、私の話を聞いていただけませんか?」


悲しくもないのに、どこか目を潤ませ、見上げるような視線でこちらを見る。

沢木は基本、真面目な男だ。こんな芝居に騙されたのだろうか。


「商品情報も、なかなか明らかにしてくださらなくて。きっと、私のこと、
信用されてないのだと思うんです。森住さんなら……私……」

「沢木より、私の方が信用できると言いたいのですか?」

「……かもしれないって」

「かも?」


北条芳香の指が、バッグを持った私の左手に軽く触れる。

翠が最低の女だと、怒る気持ちも理解できた。

それでもこれだけの美人なら、騙されるものかと思いつつ、

その先を知りたくなる男の気持ちも、理解できなくはない。


「北条さんは、なかなか凝った作戦を立てますね。
そんなふうに言われてしまうと、次はどう出てくるのか、確かめてみたくなる。
ぜひ、あらためて機会を持ちませんか?」

「本当ですか?」

「はい、私の方から必ず連絡を入れます。
その代わり、あなたからもそれなりの情報をもらえないのなら成立しませんよ。
私はそんなに甘くない」

「……えぇ。森住さんの気持ちに応えられるよう、色々と考えておきます」

「では……」


北条芳香は、広がりを見せた展開に満足したのか、

駐車場に止めてあった自分の車へ向かう。

去っていく後姿を見ながら、女にも色々といるものだと、あらためて感じた。





「離婚?」

「うん。昨日、合併担当が言ってたの。結局、菜穂子離婚するらしい」

「そう……」


山内社長が『トワレ』に助けを求めたことが、決定的な出来事になったらしく、

菜穂子はすでに家を出て、弁護士を互いに立てているという。

柚希を引っ張り出したイベントは、菜穂子が合併に反対した役員たちと一緒に、

強引に開催したもので、結局、それは何にもならなかった。

ただ、商品だけは埋もれさせたくないと、『トワレ』の社長が決断し、

名前を残したまま発売されることになる。


「結婚するときは、あれだけ誇らしげだったのにね」

「あぁ……」


人を裏切り、金のある男を選び、誰よりも幸せになるはずだった菜穂子。

それにしても、大変なときにこそ助け合うのが夫婦だろうに、

この何年もの間、何をしていたのだろう。


「電話、あった?」

「誰から?」

「菜穂子からよ」

「あるわけないだろう」

「そう? 菜穂子が最終的に頼るのは、聡だと思うけど」


家庭を持っているのに、夜遅くまで飲み歩き、

仕事の話をしても、真面目に考えることさえしなかった。

それでなくても菜穂子に乱された思いを持っているのに、

今さら、何を頼るというのだろう。


「寂しかったのかな……菜穂子」

「ん?」

「『お金』は『愛』にはならないってことね」


翠はそういうと、資料をまとめ、ホチキスで二度ほどとめた。

私はその問いに答えることなく、窓の外に映る景色を、黙って見続けた。





『トワレ』の帰りに、『緑山南店』へ立ち寄った。

柚希の下に入った新人が、大きなポリバケツを持ち、裏へ運んでいる。


「こんばんは」

「あ……森住エグゼクティブマ……えっと……」

「森住さんでいいよ」


桜の花びらが散った日、柚希はこの場所で、ちりとりとほうきを持ち、

終わりのこない作業を繰り返していた。



あの日に、戻ることが出来るのなら、余計なことなど何も聞かずに、

ただ、『ご苦労様』と声をかけてやりたくなる。



「村尾さん、カードケース……」


店の中から顔を出した柚希は、一度私の方を見たが、すぐに視線を下に向けた。

バケツを持っていた村尾さんは、すぐに店内に戻っていく。

私は、瀬口に渡す書類を抱え、ゆっくりとドアノブをひねった。


「あ、こんばんは」

「瀬口はいる?」

「はい、店長!」


瀬口は接客中のようで頭だけ下げた。

私は書類袋を見えるように振り、手渡す相手を探す。

柚希はそれに気づいたのか、私に背を向け、店の外に出た。


「えっと、村尾さんって言ったよね。これ、瀬口店長に渡してくれる?」

「はい!」


すぐに封筒を手渡し、外へ出た柚希を追う様に、私もドアを開けた。

裏の物置前で、重なったダンボールを片付けようとしている柚希の腕をつかむ。


「柚希……話がある」

「やめてください、見る人がいます」

「構わない。そんなことより……」

「私が嫌なんです」


柚希は私の手を、力いっぱい振り払った。

そこには、愛情のかけらがあるようには思えず、

ただ、憎しみの対象になってしまったような、そんな気がしてしまう。


「聞いてはくれないのか」

「聞いたはずです。その答えも、出してくれたはずでしょ。
全ては、真実だけですから」


結局、柚希は話を続ける気はなく、ダンボールはまとまらないまま、目の前に残された。

その汚れたダンボールに残る、山内社長の名前を見ながら、

過ぎ去った時は、戻らないのかもしれないと、私はため息をついた。





足は自然にある場所へ向いた。

以前、柚希がいい店だと、待ち合わせの場所にした店。

そこで酒を飲む菜穂子と、取引先の八坂君に偶然会った。




夜景の見えるカウンターの端に、たった一人でグラスを見る女がいる。





菜穂子だった。





「こんなところで何してる」

「……聡」


菜穂子は一瞬驚きの顔を見せたが、すぐに視線をそらす。

それはそうだろう。言いたいことを言いたいように柚希にぶつけておいて、

私の顔など、まともに見られるはずがない。


「文句でも言いにきたの? ここへ」

「ここは酒を飲む場所だろ。それとも君は、
私に文句を言われないとならないことでもあるのか」


目の前のグラスを一気に空け、菜穂子は悔しそうに強く握った。

中に入っている氷が、カランと音を立てる。


「私はウソなんて言ってないわ。
7年前の女性に似た新人を見つけて、驚いたって話をしたのは、聡の方よ」

「あぁ……」

「忘れられないなんて、男と女の関係があったからに決まっているじゃない。
あの子が、その忘れられない女に似ていたから。だから愛したんでしょ。
あれだけ年の離れた子を好きになるなんて、おかしいもの」

「勝手に決めるな」

「決めるわ! 私、あなたのこと、知っているもの」


菜穂子に会ったら、とんでもないことをしてくれたと怒りをぶつけるつもりだった。

気の済むまで謝罪させ、もう一度柚希へ気持ちを向けようと、そう思っていた。

しかし、あまりにも勝手な言い分に、

そして、こんな場所で一人酔っている哀れな姿に、

溜息以上の言葉が、何も出てこなかった。






【残してやれるもの】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

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女って・・・

ももちゃん こんばんは

柚希の気持ちも菜穂子の気持ちもわかるのよね。
男の言葉を信じられなくなった彼女たちの気持ちが切なくて・・・

芳香も翠も、自分に正直に動いた結果、相手を貶めたり批判したりになるのでしょう。

森住、さぁどうする! どう動く!
今後の彼の行動如何で、話の流れが大きく変わるのでしょう。

この物語の雰囲気、じれったさも魅力だわ^^

じりじりと

なでしこちゃん、こんばんは

>森住、さぁどうする! どう動く!

どうするんでしょうね。
動きたくないところでしょうけど(笑)
そういうわけにも行かず。

>この物語の雰囲気、じれったさも魅力だわ^^

あはは……じれったいかもね。
男に一人で語らせたら、こうなったわ……
まぁ、最後まで付き合ってやってください。

改めて森住さんの周りには
いろんな女の人がいるんだわ~と思いました。
芳香にまた会うつもりなんだ、森住さん。ふう~ん
一番失いたくない人をちゃんとつかまえてね~
柚希がいちばん純粋な子なんですからね!

森住さんがかかえているだろう病気も心配だし。

ももんたさん、二男くん大変でしたね。
ももんたさんがいないので心配でした。
子どもの回復力、私もほしいです。
姪っ子が赤ちゃんの時、
ほっぺのひっかき傷が2時間ほどで消えたときの
衝撃を思い出しました。
わたしなんて、どんな小さな傷ももう消えませんT_T

森住の行動

れいもんさん、こんばんは

>芳香にまた会うつもりなんだ、森住さん。ふう~ん

あらら……れいもんさんに、冷たい視線を
向けられそうだ(笑)
なぜ、森住が芳香と会うのか、
それは後にわかると思いますよ。

いやぁ、新学期そうそう、驚きました。
でも、子供の回復力、確かにすごいです。

>わたしなんて、どんな小さな傷ももう消えませんT_T

同じです。
私なんて、どこでついたのかさえ、わかりません。

一番話したい相手とは距離ができるばかりなのに
北條芳香は突然親しげに近づいてくるし
離婚した菜穂子とは会っちゃうし・・・

森住さんの周りの花達が、又新たな動きを見せ始めましたね

まだ森住さんを避け続けている柚希
「チーちゃんの身代わり」って言葉がショックだったのは分るけど、
もう一度冷静になってちゃんと話し合って欲しいなぁ


ももちゃんお弁当作り、ごくろうさまです

うちは女の子だから量は少なくて良いんだけど
おかずの色合いが茶色っぽくならないように・・・とか
あんまりチンばっかりじゃまずいかな~なんて考えながら
困った時は私もネット検索^^;

アスパラ、ブロッコリー、プチトマトあたりは
良く登場しています~♪

おべんと、おべんと

パウワウちゃん、こんばんは

>森住さんの周りの花達が、
 又新たな動きを見せ始めましたね

はい、この花たちの動きを感じながら、
森住は、ある結論を出していきます。
これからラストまで、話が一気に進みますので、
もう少しおつきあいください。

パウワウちゃんのところは、女の子なんだよね。
私、パウワウちゃんに会ったことがないけれど、
前から、『きっと、女の子のママだろう』と
思ってました。

なんだろう、レスの文章とか……
なんとなく、そんな気がしていたのよ。

>困った時は私もネット検索^^;

そうそう、ネットは便利だね。
本だとかさばるし、お金もかかるし。
私もアスパラやブロッコリー、プチトマト
よく使ってますよ。
色もきれいだしね。

お互いに弁当作り、
頑張りましょう!