39 正義か悪か

39 正義か悪か




海人からの連絡は何もないまま、次の日の朝になった。

色々なことを考えると、気持ちは重かったが、航は予定通り出社し、

デスクの棚に挟んだファイルを探す。

その中には、今日打ち合わせ予定になっている『森崎店』の

倉庫見取り図が入っているはずだった。

しかし、挟んでいたファイルは見つからず、

昨日まで置いてあった設計図と模型も、デスクの上から消えている。


「あの……ここに置いてあった模型、知らない?」

「あ……それなら、春日さんが持っていきましたよ。朝戸部長から指名されて」

「春日さんが?」

「はい、今日から『森崎店』の改革担当は春日さんだって。
あれ? 成島さん、何も聞いていないんですか?」

「いや、あれは僕が……」


航の脳裏に、昨日、会議室で固い顔のままこれからのことを告げた

朝戸のことを思い出した。何か嫌な予感がして、デスクの棚を開いていくと、

昨日まで整理してあった各店舗の改革案ファイルが全てなくなっている。

まるで、航から今までの仕事を全て取り上げるような状態に、

どうすることも出来ず、ただ椅子に腰かけた。





その頃、『天神通り店』の友海は、汚れたユニフォームを洗濯機の中にいれ、

洗剤を入れるところだった。

店長の溝口がなにやらキョロキョロとあたりを見回している。


「店長、何かありましたか?」

「お! おぉ……飯田さん。ちょっと聞いてもいいかな」

「はい、なんでしょう」


溝口は柿下が書き残したデータの文字が読めないと、言い出した。

友海は、柿下の字にはクセがあるのだと、その文字を解読してみせる。


「全く読みにくいな、この右上がりの跳ねた字は。
あいつの性格はどんよりなのに、文字だけは元気いっぱいだ」


友海は、くだらない冗談に笑いそうになったが、

カゴに入れたユニフォームを出し、胸のポケットについたネームプレートを取る。

それは、先日ここへ来て、急遽スタンドに立つことになった海人が、

自分で書いたプレートだった。

溝口は、そのプレートを手に持ち、何か不満そうな顔をする。


「急に海外へ出張だなんてなぁ……。社長も専務も何を考えているんだか」

「出張?」

「あぁ……昨日本社へ呼び出されて、
専務が急遽アメリカへ出張することになったと報告があったんだ。
その間は関山さんが業務に当たるようだけれど、
社長が議員に立候補する話もまとまっているというのに、
跡取りが急に仕事を離れるなんて、何を考えているんだか……」

友海は、おとといここへ来て、黙って椅子に座っていた海人の横顔を思い出した。

向かってくるような威圧感はなく、どこか抜けてしまったような表情に、

なぜか胸騒ぎがした。


「出張……ですか」


溝口はそのまま事務所へ戻ったが、残されたネームプレートに触れながら、

友海は、どこか納得できない想いがした。





航は仕事がなくなった席を立ち、朝戸のいる部屋へ向かった。

営業部の奥のデスクに朝戸の姿はなく、

その代わり、もう一つのデスクが用意されていた。

その上にはダンボールが置かれ、まだ、封を切っていない状態になっている。


「あの……朝戸さんは」

「朝戸部長は、午前中に『西都銀行』へ顔を出されてから出社だと、
連絡がありましたけど……」

「そう……」


航は、同じように関山を探したが、彼の姿もなく、また元の席へ戻った。

航がよく見ると、デスクの下に1枚の紙が落ちていたのでそれを拾う。



『『天神通り店』、商店街との改革案』



それは、航が朝戸と懸命に商店街の人たちを説得し、

駐車場開設までこぎつけた資料の一部だった。

アンケートを取り、何が必要なのかを話し合い、

始めは気持ちの動かなかったスタッフたちも、友海や美鈴の言葉に、

少しずつ心を動かしたのだ。


晴弘の反対などもあり、色々と問題も起こった仕事だったが、

毎日が充実していて、発見の日々だったことを思い出す。


「航さん……」


声の方へ振り向くと、そこには『西都銀行』から戻った朝戸が立っていた。

航は、今朝から仕事にならないと、文句をつける。


「どうして春日さんに振ってしまったんですか。
あの企画は、僕が『森崎店』の店長と何度も話し合って、
やっと形になってきたんですよ」

「春日も、きちんと理解しています」

「それはわかっています。でも、業者との細かい打ち合わせだって、
出席したのは僕ですし……」

「業者の説明など、もう一度してもらえば済むことです」

「朝戸さん……」

「適材適所という言葉はご存知ですか? 
『森崎店』の改革は、春日に任せても十分にこなせますので、ご安心ください」


航は、朝戸がなぜこういうことをしているのか、わかったうえで、

あえて問いかけた。


「では……僕は何をすればいいのですか」


航が『SI石油』に入った頃から、ずっとそばにいて、色々と指導してくれた朝戸は、

その問いかけに表情を変え、あらためて航に頭を下げた。


「あなたには、あなたにしか出来ない仕事を、
これからしていただかなければなりません」

「お引き受けしたつもりは……ありません」

「ならば、たった今、この場でお引き受けください」


航は、朝戸のデスクの隣に、並ぶようにあったデスクが、

おそらく自分の新しい場所なのだろうと、ため息をつく。


「『SI石油』で揉め事が起きようと、世の中は待ってくれません。
着いていけないようでは、残され、つぶされるだけです」


その朝戸の後ろに影が映り、足音が聞こえ始めた。

気配を感じた朝戸は、姿を見せる人物に、道を開ける。

足音とともに姿を見せたのは、和彦だった。

営業部などに顔を出したことがない社長の登場に、社員たちは驚き、慌てだす。


「成島……社長室へ来い」


それだけを告げると、和彦は航の顔を見ることなく、営業部を出て行った。

朝戸は頭を下げたまま、和彦の姿が消えていくのを待ち、

航は結局、デスクにカバンだけを残し、社長室へ向かう。

軽くノックをすると、入りなさいと、低い声がした。


「失礼します」


『SI石油』に入社して、初めて入る社長室だった。

歩けば数歩の距離なのに、和彦と航の間には、

とんでもなく長い距離があるように思えてしまう。


「何か、ありますでしょうか」

「これは、お前が仕組んだのか」


和彦から飛び出した言葉は、航の予想以上に厳しいものだった。

それでも冷静さを装い、視線をまっすぐ和彦へ向ける。


「仕組んだ? どういう意味ですか」

「海人が家を出たのだから、朝戸や関山に自分の地位を上げろと、
お前がそう迫ったのか」


航は、朝戸や関山が自分の意見を受け入れず、社長である和彦に、

航のポジションを上げることを提案したのだと、ため息をついた。

何も知らないところで動いたことなのに、その頂点にいるようなことを言われ、

腹立たしいだけでなく、自分の言葉に疑いのない和彦の視線は

冷たく突き刺してくる。


「海人がいなくなるなんて、お前の望むとおりだろう。
お前には会社を渡さないとでも、そう言ったのか」

「言いません」

「義姉さんの息子である自分の方が、
本来はこの家を継ぐことがふさわしいとでも、迫ったのか!」

「言いません!」


父も母も、新谷家に迷惑をかけまいと、必死に生きてきた。

そんな生活など何も知らない和彦に、身に覚えのないことを責められ、

航は両手を握り締める。

自分のことを言われるのはともかく、親のことを出され否定されるのは、

耐え難いことだった。


「渡さんぞ……」


和彦は立ち上がり、まっすぐ立ったままの航に一歩ずつ近付いた。

手を出せば殴り合える距離まで近付き、正面に立つ。


「お前には、何一つ渡さない……。よく覚えておけ」


どこまでも、航を敵だと決め付ける和彦の態度に、

なぜ、自分がここまで言われなければならないのかと、

悔しさに押しつぶされそうになりながら、航は唇をかみ締めた。





40 希望の波
<photo:tricot>

いつも読んでくれてありがとう!
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント

・・・社ちょさん


こんにちは!!

理不尽!航だって戸惑ってるのに!!

社長さん、自分のしてきたことの結果でしょうが・・・。

ワンマンすぎて人の意見を聞かずに
行き過ぎた野望のせいでしょうが。

この人なりに会社や家族のこと考え
・・・てるのかなぁ?・・・
やってるのかもしれないけど

航にあたるのは筋違いでしょ。

周りが見えてないのね。

航はよく我慢したね・・・。

あたしだったら怒りに任せて
あることないこと言っちゃいそう!

だからこそ朝戸さんも関山さんも
航を押すんだろうね。

友海にも影響してくるのかなぁ。

海人はどうしてる?

続き、楽しみにしています(^o^)/

  では、また・・・(^.^)/~~~

我慢

ネギちゃん、こんばんは

>理不尽!航だって戸惑ってるのに!!

その通り!
海人がいなくなった理由が、どこにあるのかなど
全く考えず、航に八つ当たりの和彦です。

ここでは我慢した航ですが、
このままいけるのか……

友海との間も、立場が変われば変わるだろうし
そもそも、海人はどこへ行ったのか……

そんなこんなで、続きもおつきあいください。