TRUTH 【最後の花】

TRUTH 【最後の花】

TRUTH 【最後の花】



北条芳香に頼まれたお膳立てを済ませ、私は本社に向かった。

柴本を含めた会議が行われ、

『トワレ』がまた新規工場の着工を決めたことが話題にあがる。

それぞれが担当ごとにメモを取り、その日は思ったよりも早く解散になった。


「沢木君、ちょっといいか」

「何か……」


私は来週の水曜日、一緒にあるホテルのロビーへ顔を出して欲しいと話をした。

沢木は視線をこちらに向けることなく、黙って聞いている。


「話がどっちへ転がるのか、いまだに読めないところがあって。
私ではフォローが難しい気がするんだ。沢木君なら、通販業界のことも詳しいし、
また別の日を設定するよりも早くことが進む。忙しいだろうが、
時間を作ってくれないか」


呼んだ相手のことには、一切触れなかった。

北条芳香が絡んでいると知れば、余計に構えられると思ったからだ。

しかし、沢木は怪訝そうな顔をしたまま、私の提案にも首を縦に振ろうとはしない。


「森住さん」

「何だ」

「私はあなたの部下じゃありません。命令されても聞く必要もないですし、
互いに、力を利用しないで、今まで仕事をしてきたのではないですか」


頭が固い男は、また、鎧のような動きにくい理論で、こちらをかわしにきた。

私は部下だ上司だということで、仕事を振ってはいないと否定する。


「社長は現場から上がった人だ。だからこそ、私をここまでにしてくれた。
でも、近頃そのことに、限界を感じている」

「限界?」

「あぁ……。君のように形を作ってものを考えることが出来る人間のほうが、
社長を効率よく支えてやれると気づいたんだ。力を貸して欲しい。
私にではない、社長にだ。君だって、社長には恩もあるだろう」


沢木は黙ったまま、言葉を失った。

結局、私の提案を受け入れ、沢木とは来週、一緒に仕事をすることになる。





一つ、一つ、私の目指す形が、見えてきた。





本社のデスクに座りPCを開き、各店舗のスケジュールをチェックした。

『緑山南店』の日は、1ヶ月後に迫る。あれこれ悩んでいる時間はない。

私はそう覚悟を決めると、『なつかしい場所』と、

『大切なことを知るある人』に、それぞれ電話を入れた。





一つの仕事が終わる日。





沢木に告げた時間より、1時間早く北条芳香と待ち合わせをした。

同じロビーではなく、あえて部屋番号を指定する。


「こんなに朝早く、ホテルの部屋に呼び出されるのは初めてだわ」

「そう……貴重な経験だね」


窓際に立つ彼女の後ろに回り、そっと腕を回す。

この間、胸に顔をうずめたときの香りが、また鼻を刺激する。


「うふふ……森住さんって、結論を急ぐ人なのかしら。
約束したことがきちんと果たされるのかどうか、まだわからないでしょ。
今日会える人は、私にとって大切な鍵を握るかも知れない人なの。
そんな人との初対面に、息を切らして行くわけにはいかないわ」

「女の慌てている姿は、結構色っぽいものだよ」

「……森住さんのお相手は、そんなタイプの方だったの?」

「ん?」


何度も体の向きを変え、柚希は私にいつも笑顔を向けてくれた。

時々すねてみても、機嫌を直してやることは簡単で、

最後にすがりつくような目を向けられると、

子供のような仕草が、愛しくてたまらなかった。

こんな鼻につくような香りではなく、柚希自身からほのかに香った

心を落ち着かせる匂いが、私の体全てに今もまだ残っている気がする。


「そろそろ……行こうか」

「えぇ……」


エレベーターでロビーに向かうと、そこには時間より10分早く到着した交渉相手が、

さっそく前に座る女を品定めするような目を向ける。

そんな男の目に慣れた女は、どうですかとばかりに、笑みを浮かべ挨拶した。


「定岡部長、彼女が『トワレ』の北条さんです。ぜひ、一度ゆっくりと話をしたいと。
私が微力ながら、間に入らせていただきました。
『トワレ』はご存知の通り、急成長の企業です。
部長にとっても、知り合っておいて損な相手ではないと……」

「北条です、今日はお忙しいところを、申し訳ありません」


定岡はウエイトレスを呼び、早速オーダーをした。

私はその対応を見て、軽く頷く。

この人は、交渉を受け入れると時は、自らオーダーをする。

もし、相手が気に入らず、交渉決裂だと示すときには、オーダーは他人に任せるのだ。


「ここへ座りなさい」

「はい……森住さんも……」

「私は遠慮するよ」

「エ……」


私を信頼仕切った北条芳香が、その瞬間、驚きの表情になり、

その後ろに見える通路から、沢木が向かってくるのが見えた。

私は手をあげ、場所を教える。


「沢木さん……」

「定岡部長。沢木を今日はここへ呼びました。
先日、お話したとおり、私よりも『トワレ』の通販事情には、彼の方が詳しいのです」

「森住さん!」

「何?」

「どうして沢木さんをここへ」

「彼を呼んではいけない、理由でもあるの?」


沢木から私と不仲であることは、さんざん聞かされてきたのだろう。

同じ交渉のテーブルに我々が並ぶことが信じられないのか、

北条芳香は、いきなり慌て始める。


「よ……いや、北条……さん」


沢木は芳香と呼びかけようとして、慌てて北条さんと言い直した。

自分にとって邪魔だと言っていた私と、タッグを組んだことが信じられないのか、

沢木の目も、どこか泳いでいる。


「沢木、悪いけれど、あとは頼む。
この後、行かなければならないところがあるんだ」


私は、30分ほど前、北条芳香と一緒にコーヒーを飲んだ部屋の鍵を、テーブルに置く。


「ここで話しにくかったら、こちらをどうぞ。少し前に景色は確かめましたので、
問題ないと思います。あ……そうそう、北条さん。あなたのコーヒーがまだ、
ぬるい状態で残っているはずですよ」


呆然とした北条芳香と、部屋を使ってもいいだろうかと鍵を持ち笑っている定岡、

席につくことも忘れ、立っている沢木を残し、私はそのままロビーを出る。


「森住さん!」


追いかけてきたのは沢木だった。彼のプライドは確かに傷ついたかもしれない。

でも、北条芳香がどんな女性なのか、いい加減に気づいて欲しかった。


「沢木君が心配するような関係じゃないよ、でも、誘えばそうなったと思う。
彼女は部屋で待ち合わせをしても、警戒することなく、指示に従った」


沢木には、結婚した奥さんがいる。

こんなどうしようもない女に騙され、身を任し、つかんだ幸せを逃すのは、

あまりにも滑稽なことだ。


「自分に見せている顔だけが、顔じゃない。
彼女とはそう思って付き合ったほうがいいぞ」

「これは僕に対する、挑戦状ですか」

「そんなつもりはない……。私には、そんな力はないんだ」


私はロビーを出ると、そのまま東京駅へと向かった。

汚れたものや、見えないものが混乱しあう場所から、逃げ出したかった。





憩いの宿は、日常を切り離す。

電車で移動すれば、たいした時間がかかるわけではないが、

誰からも声をかけられず、静かな時間を過ごせる場所は、とても貴重なものだ。

『なつかしい場所』に着き、和室で畳の匂いに目を閉じていると、

女将が襖を開け顔を出した。


「お久しぶりですね、森住さん」

「申し訳ない。1年以上が経ってしまって。
それなのに、常連扱いをしていただくのが、心苦しいくらいです」

「いえいえ……」


フランスから戻り、日本が恋しくて訪れた宿は、

今もあの時と同じような落ち着く香りを、部屋の中に漂わせた。

障子を開け外を見ると、以前の景色と少し変わっている。


「大女将は、お元気ですか?」

「はい、先日風邪をこじらせてしまって、少し入院したものですから。
今は退院し家におります。森住さんがいらしていると知ったら、
すぐにでも飛んでくると思うのですが」

「いえ、それはよしましょう。無理は禁物です。ただ……」


以前見た場所にあった、小さな桜の木が、消えていた。

5年ぶりにつぼみをつけたと、大女将が楽しそうに語ってくれたことを思い出す。





それからすぐに、私は柚希と会った。

あのつぼみが彼女なのかと、そう思ったことも思い出す。





「あぁ、そうでしたね。森住さんがいらした時でしたね。
あの木がつぼみをつけたのは」

「はい」

「実は、あの後、花を咲かせたんですけど、梅雨の長雨に耐えられなかったのです。
どうも、幹が腐っていたようで」

「幹が?」

「はい……あの小さな桜の花が、あの木の『最後の花』でした」





『最後の花』





忘れられていた木に咲いた、小さな桜の花。

『恋』をすることを忘れていた私の元に咲いた、『最後の花』

それが、柚希だったのかもしれない。


「そうですか、もう、咲かないのですね」

「はい……」


桜の木をなくした場所には、力強く別の植物が育っている。

何かをなくしても、若い勢いのある芽は、場所を変えて伸びていくのだ。

私がいなくなっても、柚希はしっかり、前を向き歩いて行く。

また、誰かがその眼差しに気付き、新しい光が差し込むのだろう。

私はその日、携帯の電源を切ったまま、部屋で時を過ごす。

機械の音に左右されない心地よい時間の中に、飛び立つ鳥の羽の音が聞こえ、

去っていくものが残す、悲しそうな声が響いた。





東京へ戻ったその足で、私は柴本のいる本社へ向かった。

午後から留守になることもわかっていたので、その前にと面会を申し出た。


「改まってどうしたんだ、森住。何か動きでもあるのか?」

「受け取っていただきたい物がありまして」

「何を?」


私はポケットに入れていた封筒を、柴本の目の前に置いた。

柴本はすぐにそれを手に取り、真剣な眼差しでこちらを見る。


「どういうことだ、『退職願』とは」

「突然で申し訳ありませんが、受理をしていただきたいと、そう思っています」


納得がいかない顔のままでいる柴本に向かって、

私は全てを吹っ切った顔で、もう一度頭を下げた。






【愛の証】


森住の心は、どこへ向かうのか……
いつもありがとう。1ポチの応援、よろしくお願いします。

コメント

非公開コメント

ええ~?!

森住さん、やめちゃうの@@
柚希の前からも消えちゃうつもりなのかなあ。。
治療に専念するとか?!

「最後の花」と柚希を重ね合わせるのも悲しい~

ますます謎な森住さんです。

心の声

拍手コメントさん、こんばんは

>『最後の花』というタイトルの意味に、
 なんだか哀しくなっちゃいました。

哀しくさせちゃいましたか。
森住の、今の心境だと、そう言う気分になるのかもしれません。
また、新たな花が咲くとは、思えないのでしょう。

TRUTHも残り4話となりました。
今月、来月と仕上げていくつもりなので、
もうしばらくおつきあいください。

決めたこと

れいもんさん、こんばんは

>森住さん、やめちゃうの@@

森住の中では、『ある決めごと』が出来たようです。
それについては、これから徐々にわかりますけど。

>「最後の花」と柚希を重ね合わせるのも悲しい~

悲しい……
でも、心境がそうさせちゃうんですよ。

TRUTHも残り4話です。
今月、来月と頑張りますので、もう少しおつきあいください。

『決め事』・・?

森住さん
>私がいなくなっても、柚希はしっかり、前を向き歩いて行く。だなんて・・・

会社も辞めて、柚希とも別れて・・・
まさか体の治療も諦めちゃったわけじゃないよね(>_<)

柚希に今、自分がしてやれる事を考えていた森住さん

彼の中にできた『決め事』が悲しい物じゃない事を祈ってます

結論は?

パウワウちゃん、こんばんは

>会社も辞めて、柚希とも別れて・・・
 まさか体の治療も諦めちゃったわけじゃないよね(>_<)

うぅ……どうなんでしょう。
森住の中には、一つの結論が出ているようです。
それは、なんなのか……

次回でわかるかなぁ
残り4話、最後までよろしくね。