TRUTH 【別れの色】

TRUTH 【別れの色】

TRUTH 【別れの色】



『緑山南店』を出てから、すぐにタクシーを止めた。

行き先はすでに調べていて、迷うことなく告げると、

運転手は結構な距離があるがと躊躇する。


「いえ、申し訳ないですが、向かってください」


扉が閉まり、車が動き出したところで、私はポケットの中から携帯電話を取りだした。

メールは3件入っていて、ひとつは以前仕事で会った営業マン、

そしてもう1通は仕事を引き継いだ川澄だった。

それぞれに返信をし、最後の1通を見る。



『聡、協力をして欲しいアンケートがあるの。
新商品にもからむので、なるべく早めに連絡を下さい』



山内社長から、老舗の重みを引き継いだ『トワレ』は、

これからますます忙しくなるだろう。

菜穂子が離婚することを聞き、最後に頼るのは私ではないかと笑ったが、

本当は誰よりも菜穂子を気にし続け、実は心配しているのも翠のはずだ。

私は、私の仕事を川澄に引き継いだことを打ち込み、彼の携帯番号を載せた。

送信ボタンを押し、翠に届いたことを確認すると、すぐに携帯の電源をオフにする。

車がスピードを上げるのがわかり、そのまま目を閉じた。





タクシーが止まった場所は、海から波の音が届く、

小さな駅の近くにあるビジネスホテルだった。

あらかじめ予約した部屋は、

粗末な冷蔵庫と、まだアナログ対応のテレビが1台だけ置いてある。


「お仕事なんですか?」

「……いえ」

「そうですか」


日付が変わる少し前の到着にも関わらず、

カウンターの男性は嫌な顔をせずに迎えてくれた。

こんな場所のホテルでも、プロの顔がある。


『最後の花』を咲かせて役目を終えた桜の木。

あの時会えなかった大女将の体調が、少しだけ気になった。

厚めのカーテンを開けてみると、遠くに灯台の光が見えて、

その動きは同じリズムで何度も繰り返される。


明日、夜が明けたら……

そう思いながら、カーテンを締めた。





ホテルを出た後向かったのは、少し小高い場所にある墓地だった。

ここには、窪田千波さんのお墓がある。

『トワレ』の愛梨さんに場所を聞き、ようやくたどり着いた。

8年ぶりの再会を、優しい日の光と、鳥のさえずりが演出する。


「お久しぶりです……」


あの日、彼女が生と死を抱え、その場にいたとは少しも思うことがなかった。

菜穂子に裏切られ、仕事に希望を無くした自分。

どうしようもない男としての感情だけをぶつけてしまった。

同じ地獄の中でもがいているように見えた男だから、

彼女は、優しい微笑みで受け入れてくれたのだろうか。

柴本からの電話で、一気に浮き上がっていく私を、

千波さんはどんな思いで見つめたのだろう。



あの時のあなたは、間違いなく天使に見えた。

感情だけをぶつける自分が醜く思え、動きを止めてしまった記憶が蘇る。



あなたのことも……

そして、あなたが人生を渡した柚希のことも、幸せに出来なかった私を、

今、どんな思いで見つめるのだろう。



御影石に刻まれた音符に触れ、その思いを知ろうとするが、

冷たい感覚だけで、何も伝わっては来ない。

私は、あらかじめ用意してきた『グラス』を取り出し、

そこに買ってきた『カクテル』を注ぎ入れた。


小さな泡が上がり、風と空気の中に消えていく。



人生なんて、泡のようなものかもしれない。

沸き上がり、そしてすぐに消えていく。

ふと気がついてみると、いたのかいなかったのか、わからなくなるくらい。



「申し訳なかった……」



君の思いを知ることが出来なかったこと。

そして、柚希を守り抜けなかったこと。



ただ頭を下げ、戻ることのない返事をじっと待った。





千波さんのお墓から駅に向かい、さらに東京駅へ出る。

特急に乗り込み、向かった先は山梨の実家だった。

葡萄の収穫はもう終わっていて、母も姉夫婦とともに、疲れた体を休めながら、

1年の無事を感じているはずだ。


窓の外を見ると、大きな川が目に入った。

水の流れを聞きながら、柚希と食事をした店は、確かこの近くだった気がすると、

自然に視線が彷徨い出す。



『私、一番良い成績を取りますから』



どこからか柚希の声が聞こえた気がして、じわりと目が潤んだ。





突然現れた息子に、母は驚きながらも嬉しそうな顔を見せた。

姉は来るなら連絡くらい寄こせと文句を言い、義兄は言葉ではなく、軽く肩に触れる。

昔から口数の多い人ではないが、心の奥は見抜く、そんな優しさのある人だ。


「弟が実家に戻って来たんだ。そうガミガミ言うな」

「でも……」


腰の具合はどうなのか訪ねると、母は心配ないと笑っている。

昔から頑張り屋で、弱音など吐く人ではない。

それでも小さな背中は、また少し丸くなった。


「仕事はどうした、聡」

「少し休暇をもらったんだ。ここ何年か忙しすぎて、まともに休みもなかったし」

「そう……」


母との会話を聞いていた姉は、何か気付くことでもあったのか、表情を変えた。

そんなところは姉弟だ。離れているとはいえ、分身同士には変わりない。

散歩へ行くと告げ、家の周りを歩きながら、

久しぶりの景色の中に、そっと自分を埋め込んだ。

東京にいると、実りの季節を感じることは少ない。

いつも追われ、次へ目を向けている仕事のため、

どこかで区切りを入れることも難しい。



芽が花を咲かせ、実をつける……

そんな当たり前のことを、あらためて故郷の風に感じ取った。





「手術?」

「あぁ……悪性ではないと言われているけれど、正直、開けてみないとわからない」


出来るなら、姉にも告げたくないことだった。

しかし、手術をするには、同意書が必要で、

それを頼めるのは、ここにいる姉しかいない。


「いつから傷むの?」

「もう、1年近くなるかもしれない」

「どうしてそんなことになるまで……」


心配そうな顔をした姉の中で、間違いなく父の姿が浮かんだのだろう。

視線だけが仏壇へ向かい、すぐに戻る。


「ごめん、こんな時だけ頼みに来て」

「……それはいいけど……でも、聡」

「何?」

「こんな時くらい、そばにいてくれる人はいないの? ねぇ、一人で行くつもり?」


そばにいて欲しい人……

その言葉に浮かんだのは、柚希の笑顔だった。

一番そばにいてほしい人だからこそ、このことを告げることは出来なかった。

傷つけてしまった心を、癒すことも出来なかったのだから……


「いないよ、いたらそばにいてもらうんだけどね」


姉はつけていたエプロンで、そっと涙をぬぐった。

母が近所の方と一緒に出かけ、戻る前に書類を書き上げる。

連絡先をこの住所と電話番号にした後、姉は少し濃いめのお茶を入れた。


「いつ、向こうへ?」

「週明けにでも……。あまり長くここにいると、母さんがあれこれ考えるだろ。
ちょっと休みをもらって来ていることにしているんだ。長くいるわけにはいかない」

「手術を終えたら、どうするつもり?」


その後のこと。

正直、それはまだ何も考えていなかった。この先の人生を、どんなふうに過ごすのか、

少し歩みを遅くしようとは思うが、立ち止まっているわけにもいかない。


「まだ正直、考えていない。東京からは離れようと思う」

「こっちに帰ってくればいい」

「いや……」


母を抱えた姉に、甘えるわけにはいかなかった。

それでなくても年頃の息子が二人いて、日々、一生懸命に生きている。


「帰ってきなさい、聡。こんな時くらい、甘えなくてどうするの」

「姉さん……」


私は、その言葉を否定することも出来ず、ただ、お茶をのどに通し、

時が流れていくのを待ち続けた。





実家での日々を過ごし、母には何も言わずに家を出た。

また近いうちに来ると言うと、母は黙って私の手を握り、何度も頷いた。

そのしわだらけの手は、とても温かく、何もかも受け入れてくれるような、

そんな心地よさがある。


「義兄さん。母を頼みます」

「あぁ……」


しっかりと頭を下げ顔をあげると、山並みの向こうに富士山が見えた。

その雄大な姿は、静かであるが力強く、もう亡くなった父が、

私に向かって『行ってこい』と、送り出してくれているようにも見える。





長野へ向かう特急に乗り込み、駅で買った新聞を開く。

そこには、長い間業界誌のトップを走っていた真知子さんの雑誌が、

年内で休刊するニュースが載っていた。


決して自分の意見を曲げることなく、常に凛とした姿勢でぶつかってきた人、

彼女の潔さと、未来を見抜く目が、

売り上げの落ちた雑誌を、長く続ける選択肢は取らなかったのだとそう思えた。



『あなたも私も、仕事から離れて、いろいろなことを考えなくてもよくなって、
小さなこたつでみかんを食べるような時がきて……』



互いに仕事から離れた時、そんな時間を過ごそうと約束した日、

あの日には、まさか今が来るとは思っても見なかった。





真知子さんは、誰とこたつで語り合うのだろう……




そんなことを思いながら、遠くなっていく故郷の山並みを見続けた。






【願い鶴】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

非公開コメント

別れ?

こんばんは^^

「TRUTH」を読んだあと、必ずといっていいほどため息がでて・・・

「なんかすごいなぁ・・」と作者さんのストーリー構成にうなり、
「森住 どうして闇に向かうの」と彼の生き方が哀しくて
「次回がみえない!」ともどかしいため息

この物語って、ももんた創作のなかで異色だとおもうわ(でも、ももちゃんの匂い強烈にがするんだけど^m^)

別れは、いろんなことへの決別?
今夜も読後、悩むわたし

異色かも

なでしこちゃん、こんばんは

>この物語って、ももんた創作のなかで異色だとおもうわ

そうかも、私もそう思うわ(笑)
書き進め方も、そういえば違った気がする。

リビングでポツン……と一人、
この状態じゃないと、書けないなぁ……

>別れは、いろんなことへの決別?

森住なりに、一つずつ精算していったのだと。
引きずってきた過去を捨てていく作業
そんなところでしょうか。

さて、全てを捨てきれるのか、
残りは2話!
悩みながら待っててね(笑)

やきもき

verwearさん、こんばんは

>こんにちは。毎回、ハラハラしています。

ありがとう。
サスペンスではないのですが、森住の体調、
柚希との関係などなど……
みんなやきもきしてくれているみたいで、嬉しいです。

>森住さん、病気が治りますように
 あぁ……死んじゃったら、立ち直れないです。

うーん……さて、どうなるでしょう。
残りは2話、最後までおつきあいください。