42 手探りの過去

42 手探りの過去




航は、新谷家を出た後、昼少し前に出社し、

自分の代わりに『森崎店』の改革担当になった春日に声をかけた。

協力してくれる自治会の要望書や、店長と話し合いを重ねたメモを手渡していく。


「途中からになってしまってすみません。
何かわからないことがありましたら、声をかけてください」

「はい……。大丈夫ですよ、望まれての改革ですから」


春日はそう言うと、ファイルの上にメモを重ね、さっそく営業部を飛び出した。

航はその姿を見送り、自分の椅子に腰かける。

ゆっくりと開いたデスクの引き出しには、

今朝も、今までのファイルが戻ることはなく、

自分も覚悟を決めるべき時が来たのだと、引き出しを閉めた。


航のいる部屋の隣が、朝戸のいる部署だった。

営業部に比べると、管理部門の社員の数は半分で、机の配置にも余裕がある。

昨日見た、1台のデスクには、封の切られていないダンボールが

一つ乗せられたままになっていた。

航はまっすぐに進み、一番奥に座っている朝戸に、頭を下げる。


「新谷家へ行かれたそうですね」

「はい、朝戸さんとお話をする前に、どうしても確かめたかったことがありまして。
叔母に会ってきました」

「そうですか。お気持ちは変わられましたか」

「……それについては少し、時間をいただけますか」


二人が向かったのは、誰もいない会議室だった。

航は和彦や海人が座る前方の席ではなく、『芽咲海岸店』売却の時、

手をあげた後端の席の横に立ち、正面を向く。

そして、航はポケットから名刺を取り出し、朝戸の前に置いた。

名刺の肩書きは『SI石油 営業部』と記されている。


「朝戸さんと関山さんの言いたいことはよくわかりました。
祖父の遺言があって、その遺言を祖父がどんな思いで残したのかも、
自分なりに理解したつもりです。
お二人にとっては、突然起きた出来事ではないのでしょうけれど、
やはり僕にとっては、あまりにも突然で、また、あまりにも強引で、
提案をそのまま飲み込むわけにはいきませんでした。
新谷平馬の孫である事実と、『SI石油』の経営権を持つという構図は、
やはり理解できないんです」

「航さん……しかし……」

「最後まで聞いて下さい。でも、取引先である『西都銀行』の提案も無視できない。
叔父が政界に出るとなると、確かに海人が姿を見せない今、
それに変わる人が必要なことも間違いない。だから条件があるんです」

「条件……ですか」

「はい……」


航はそう告げると、そばにいる朝戸の顔を、もう一度しっかりと見る。

そして、新谷家から持ってきた、海人のノートを朝戸に差し出した。





その日の昼過ぎ、友海はブラシに洗剤をつけ、床を端から丁寧にこすっていた。

美鈴は洗ったタオルを1枚ずつ干し、

店長は書類を読みながらずれたメガネを直す。

馬場や柿下は、何か楽しいことがあったのか大きな声で笑い、

『天神通り店』には、どこかのんびりとした空気が流れていた。


「あ……」


馬場の声の方へ、友海が目を向けると、青い小さな軽自動車が駐車場に止まり、

中からスーツ姿の航が降りてきた。

友海は視線をブラシに向け、また、こすり始める。


「成島さん、なんだかお久しぶりじゃないですか?」

「うん、ちょっと忙しくてね。どう? 何か問題は起きてる?」

「いえ……」


すぐにそばへ駆け寄ったのは美鈴で、友海に向かって、航が来たことを告げた。

友海は一応顔を上げ、軽く頭を下げる。


「飯田さん、僕が使ったユニフォーム、まだあるかな」

「はい……奥に……」

「わかった、ありがとう」


航はそういうとカウンター近くにいた店長に頭を下げ、事務所の中へ入った。

友海はロッカーの鍵が必要になるだろうと、小さなケースを手に取りその後を追う。


「成島さん」

「ん?」

「あの……」


航は、心配そうに見る友海の視線に、

ケースから鍵を取り出しながら、軽く笑顔を見せる。


「昨日は愚痴を聞いてくれてありがとう。もう大丈夫だから……」

「じゃぁ……」

「うん。逃げも隠れもしない。僕なりの方法で頑張っていく、そう決めた。
僕にとって大切なものは、今、すべてここにあるから」


航はそういうと、友海の頬にそっと触れた。

友海は、航のぬくもりに、少しだけほっとする。


「今日は久しぶりにここで体を動かそうと思って。
近頃、スーツばかりで飽きてきた」

「働くのなら、ちゃんと役に立ってくださいね」

「はいはい」


友海は元気を取り戻した航の姿に安心し、一足早く事務所を出た。

ちょうど黒の大型車が1台入り、給油ポイントに停車する。


「いらっしゃいませ」

「満タンでお願いします」

「はい……」


柿下が車内の客に声をかけ、友海はそばにあった雑巾を手に取ると、

窓ガラスを拭いたほうがいいかと問いかけた。

運転席に座っていた男は、お願いしますと受け入れたため、

フロントガラスを拭き、さらに座席の横も拭いていく。


「いらっしゃいませ!」


着替えを終えた航がスタンドに姿を出し、給油している車に声をかけた。

その瞬間、運転席が開き、中から男性が降りる。


「成島さん……成島さんですよね」

「はい……あ」

「先日はどうも。あ……そうか、このスタンド『SI石油』なのか」


運転席に座っていたのは、

聖とでかけた『マネジメントクラブ』で会った袴田だった。

古川の秘書、佐原に似ている男は、東京での仕事があるので、

伊豆から出てきたのだと航に語り始める。

友海はその間も窓を拭き続け、なにげなく後部座席へ目をやった。


動かしていた雑巾が止まり、その代わりに鼓動が速くなっていく。

友海は車から離れ、そばにいた美鈴に声をかけた。


「美鈴、ごめん、代わって」

「エ……どうしたの? ねぇ、友海」


友海は雑巾を美鈴に渡すと、そのまま慌てて事務所の中へ消えた。

自分の横を急に通り過ぎた友海のことが気になりながらも、

航は袴田の話を聞き続ける。

今回の集まりでは住野家との食事会も入っているので、

よかったら姿を見せないかと声をかけられた。

聖との関係が婚約者だと袴田は信じているため、

航は返事をすることなく、ただその場を繕った。


「どうしたんだ、知り合いなのか」

「あ、父さん。ほら、住野運輸の聖さん、彼女のお相手なんだよ、
『SI石油』の成島航さん」

「いや、袴田さん、それは……」

「すみません、父は足が悪いもので、座ったままですけど……」


航はとりあえず後部座席に目を向け、白髪の老人に頭を下げた。

聖の相手だと言われているのは、いずれ訂正すべきところだが、

それよりも駆け込んだ友海の様子が気になっていく。


「終りました」

「あ、じゃぁ、カードで」

「はい……」


袴田は人見知りをしない性格なのか、柿下がカードを戻すまで話し続け、

そのままスタンドを出て行った。

友海に雑巾を押し付けられ、窓拭きをした美鈴は、

袴田を見送った航の顔をじっと見る。

航は袴田の車が見えなくなったのを確認し、すぐに事務所へ戻った。

電気もつけない部屋の隅に、友海がポツンと座っている。


「どうしたの? 何かあった?」

「……あの人」

「ん?」

「今……後部座席にいた男……」


袴田の車に乗っていた男は、おそらく袴田の父だろうと、

航は袴田のことを話そうとする。


「あの人……峰山会長だ。なんだか昔よりももっといい服を着ていたし、
高級車に乗っているなんて……」

「峰山会長?」

「父から、あの土地を奪った……
企業と手を組んで、自分だけ正義のような顔をした、峰山会長だった……」

「飯田さん……」

「ねぇ、どういうことなの? あの人と知り合いなの? ねぇ!」


友海は、目の前で同じように驚く航の腕を取り、

どうして峰山を知っているのかと、必死に問いかけた。

航はその友海の問いに答えることが出来ず、ただ、落ち着かせようとする。



古川議員の秘書佐原、そして、その佐原と瓜二つであり、

伊豆で魚の加工業を営む袴田、そして、その袴田が父だと紹介した峰山。



友海の過去と航の運命が、その瞬間に重なった。





43 3つの顔
<photo:tricot>

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コメント

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嬉しいな

yokanさん、こんばんは

>なんだか複雑になってきましたね。
 どういう結末がまっているのか、ワクワクするわ^m^

うわぁ、ありがとうございます。
長いものだけに、読む人も減っていくだろうと思っていて、
ワクワクなんて言ってもらえると、
ふわふわ浮きそうな気分です(笑)

結末、楽しみにおつきあいください。