TRUTH 【願い鶴】

TRUTH 【願い鶴】

TRUTH 【願い鶴】



水で有名な安曇野に、『南安曇野記念病院』はある。

パンフレットで見るイメージよりも敷地は広く、全国から医師たちの評判を聞きつけ、

手術の依頼をする人が絶えないのだと、事務局の男性は誇らしげな笑顔を見せた。


「内村先生からのご紹介でしたね」

「はい……お世話になります」


少し小柄の女性とエレベーターに乗り、3階へ到着する。

東向きの病室へ入ると、奥の左側が空いていた。

4人部屋らしく、入り口すぐには、若い学生が入院していて、

彼女なのだろうか、りんごを危なっかしい手つきで剥いている女性がいる。

私が入っていくと、二人とも揃って頭を下げてくれ、

こちらも軽く頭を下げ、お世話になりますと付け加えた。


「とりあえず、血液検査をしまして、それで問題がなければ予定通りだと」

「はい……」

「主治医は金田先生になります。
この後、こちらに来ますので、あらためてお話ください」


私は荷物を床へ置き、取り付けられた戸棚や、ロッカーの説明を聞いた。

病院内では揃いの寝巻きを身につけること、

そのクリーニング代は、最終支払いに加算されることなど、

事務局の女性は、何度も繰り返しているのだろう。

強弱もなく、途切れることもなく、説明をし終え、すぐに病室を出て行った。


ベッドの周りにあるカーテンをグルリと回し、自分だけの空間を作り出す。

初めてその時、大きく息を吐いた。


これからは、この小さな場所だけが自分のもので、

ここに何日お世話になるのだろうかと、真っ白な天井を見ながら考える。

渡されたイヤホンを耳につけ、横にあるテレビをつけてみた。

昼間のワイドショーが始まっていて、『おしどり』と呼ばれていた夫婦が、

突然離婚したとレポーターが鼻息を荒くする。

始まった時には、誰もが永遠に続くと、そう思うのだろう。

強く、固く見える絆も、あっけなく崩れ落ちることはあるものだ。


「森住さん」

「あ、はい」


カーテンの隙間から顔を出してくれたのは、ここでの主治医となる金田先生だった。

東京でお世話になった内村先生と、学生時代から親しいこと、

私の病状やカルテなども届いていることなど、金田先生は物腰が柔らかく、

丁寧に説明をしてくれた。

明日の午後、診察と血液検査があることを確認し、その日の夕食になった。


病院食は薄味で、見た目は色々と工夫されているけれど、やはり味気ない。

もちろん、食前酒もなければ、食後のコーヒーもない。

気疲れもあったのか、半分くらいしか口に入らずに、その日は早めに布団をかぶった。





目覚めは悪くなかった。

診察は午後のため、午前中は1階にある病院自慢の休憩室で過ごす。

陽の光、風の流れ、そして時を重ねながら伸びる、椅子の影。

大きなガラスが1枚ずつ並ぶ窓からは、こんな外の景色がよく見えた。

新聞たてに入っていた、全国紙のひとつを取り椅子に腰かけると、

経済面に、山内氏と『トワレ』の社長がしっかりと握手をする写真が載っていた。

翠が言っていたように、山内は『トワレ』に吸収合併されることを決め、

『トワレ』は老舗の名前を残したいと、商品名は以前のままにすることを発表する。


翠の会社だということを知っていて、必死にそこから逃げようとした菜穂子。

すでに籍を抜き、この記事をどこかで読んでいるのだろうか。

それとも、もうすっかり別の方向へ歩き出し、そんなことがあるのかさえ、

知らずにいるのだろうか。


通販会社『トワレ』はさらに大きくなり、発展を遂げようとしている。

その契約の中心に立つのは、翠なのか、

それとも自分自身でさえ武器にする、北条芳香なのか。


私には関係のなくなった、遠い場所を思い、

少し強めの風が吹く、外の景色へ目を向ける。


「ねぇ、ここ空いてる?」


かわいらしい声に視線を戻すと、

向かいの席に小学校低学年くらいの女の子がちょこんと腰かけた。

手には折り紙を何枚も持っていて、半分、半分、と言いながら、折っている。


「何を折るの?」

「ツル!」

「鶴?」


折り方を正確にはわからないのだろう。角と角がぴったりと合っていないため、

折って行く度に、形がいびつになる。


「あぁ、ダメ!」


途中まで折った紙を1枚の紙に戻し、しわのよった場所を、

小さくふくよかな手で何度もなぜていく。

私は読んでいた新聞を折り、横へ置くと、

まだ、手のつけられていない折り紙を1枚手に取った。


「折ってもいい?」

「……いいよ」

「鶴はこう折るんだ、よく見ていて」


折り紙が趣味なわけではないが、鶴の折り方くらいは覚えている。

四角い紙を三角に折り、さらにそれを半分に折る。


「あ……」


向かいに座る女の子は身を乗り出すようにして、私が鶴を折るのを眺め始めた。

1枚目は記憶をたどりながら折ったが、感覚を呼び覚ました指は、

2枚目以降、少しスピードを上げる。


「おじちゃん、すごいね!」

「……すごいかな」


女の子は、次は『ピンク』で折ってほしいと、

重なっている折り紙の中から、ピンク色を探し始める。


「ねぇ、どうして鶴を折るの?」


黙って折り続けるのもつまらないと思い、私は目の前の女の子にそう話しかけた。

その子は、自分の父親が仕事で足を怪我してしまい、手術をしたので、

早く治るように鶴を折っているのだと、一生懸命に語った。


「そうか……」

「うん、パパね、おうちを作る人なの」

「大工さん?」

「そう! ママとね、お弁当を届けたこともある」

「ふーん……」


正直で素直な子供は、私が10羽の鶴を折る間、

少しずつ場所を変えながら、楽しそうに眺め続けた。

3つ年上の兄がいて、おもちゃをすぐに取ってしまうこと、

ケンカをすると、おしりを蹴られるのが嫌なこと、

この年齢の女の子は、お茶目で話し好きだ。

鶴を折るはずの小さな手はすっかり止まり、口だけがリズムよく動き、

毎日のことを語り続ける。

出来上がった鶴を、楽しそうに1つずつテーブルに並べていると、

休憩室の入り口から、声が聞こえてきた。





「……ずき」







『ゆずき』







私の耳には確かにそう聞こえた。


「君、ゆずきって言うの?」

「……ううん、違うよ。『みずき』だよ、花村みずき」

「みずき……」


そう聞いてからだと、彼女を呼ぶ母親の声は、確かに『みずき』とそう聞こえた。

こんなところでも、また『ゆずき』への気持ちが抜けないのかと、

さらに折り紙へ手を伸ばす。


「みずき……こんなところにいたの。びっくりするでしょ、急に消えて」


母親はそう言いながらこちらに近付き、私が鶴を折っていたのだと気づくと、

申し訳ないと頭を下げた。

私も楽しみましたと笑うと、安心したような表情を見せてくれる。


「全く、ちょこちょことすぐにいなくなるんです」

「そうなんですか」

「言ったよ、行ってきますって、ちゃんと言った」

「言ってません!」


みずきちゃんは自分の主張が通らないことに頬を膨らませ、

私が折った鶴を、自分が持ってきたかわいらしい袋に入れ始める。

私は、途中になっている鶴をすぐに完成させ、彼女の袋に入れた。


「パパ、早く治るといいね」

「うん!」


みずきちゃんの母親は、私に頭を下げ、小さな子供の手を引くと、

そのまま休憩室を出て行こうとする。

するとその足が止まり、何やらみずきちゃんに耳打ちをした。

笑顔に戻ったみずきちゃんが、また私の前に戻ってくる。


「はい!」


テーブルの上に乗せてくれたのは、ピンクの次に好きな色だと言われ、

たった今、私が折った『水色の鶴』だった。


「おじちゃんにあげる」

「どうして? パパにあげるんだろ」

「ううん……これはおじちゃんの。おじちゃんの病気も、早く治りますように」


私はすぐ、入り口に立っているみずきちゃんの母親を見た。

耳打ちの意味がわかり、軽く頭を下げると、向こうも笑顔で返してくれる。


「おじちゃん、ちゃんとツルさんにお願いしないとダメだよ。じゃあね、バイバイ」

「……バイバイ」


これからの人生で、二度と会うことはないかもしれない。

それでも、このたった一つの小さな鶴が、

私も一人ではないのだと、力を与えてくれる。



華やかな世界には戻れないかもしれない。

スポットライトとは無縁の世界に、身を置くことになるかもしれない。

この先の時間が、どれくらい続くのかもわからない。



それでも……





『おじちゃん、ちゃんとツルさんにお願いしないとダメだよ』






願い事……

この小さな鶴に、願うことがあるのだとすれば……







私の願うことは……








もう一度……

柚希に会いたい……











「やっと……見つけた」








しばらく風の音を拾っていた耳が、懐かしい声を捕まえる。

振り返ってみると、そこに立っていた人は、私に、優しい笑みを向けていた。






【真実の先へ】


森住の心は、どこへ向かうのか……
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コメント

非公開コメント

誰のお世話にもならずの入院生活が・・・。

味気なく思っていた中にも、かわいい出会いがあったりで・・・。

でも、さみしいよね。。。

最後に 森住さんの耳に聞こえたのが どうか柚希ちゃんでありますように。。

森住さん自身が下した結果とはいえ、
一人きりの入院は寂しいです。
まるで世捨て人になったみたい~

私も最後のなつかしい声が柚希であってほしいと願わずにはいられません。

これまでの仕事や人間関係をすべて切り捨て
走り続けたきらびやかな東京での生活とはまるっきり逆の
自然の風と光にあふれた安曇野の病院に身を置く森住さん。
何が真実なのか答えが出るのかなあ~

声の主は

yasai52enさん、こんばんは

>でも、さみしいよね。。。

寂しいと思いますよ。かわいい出会いがあったからこそ、
思い出すものもあるだろうし。

さて、聞こえた声の主は誰なのか、
物語の最後に、森住が見るものは何なのか……

次回最終話も、どうかおつきあいください。

森住の答えは

れいもんさん、こんばんは

>一人きりの入院は寂しいです。
 まるで世捨て人になったみたい~

全てを切り捨てよう
これが森住の出した答えだったはず。

しかし、思い出すものもあり……
全てなど、捨てきれるわけもなく……

聞こえてきた声の主は、誰なのか、
物語の最後に、森住が見るものは何なのか……

どうか、最終話もおつきあいください。

願い

今までの全てを捨てて向かった新しい場所、安曇野。

自然の風や光は優しくても
やっぱり一人は寂しいよね・・・

でも、そんな孤独な時間の中での
可愛い出会い
自分にとって一番大切なものは何なのか
森住さんも気付いたかな

純粋な想いのこもった小さな鶴が
森住さんの願いをかなえてくれますように!

最後に聞こえた懐かしい声が、柚希である事を祈ってます・・

誰でしょう

yokanさん、こんばんは

>オモ、柚希ちゃんが来たの?(≧▽≦)

さて、声の主は柚希だったのか、そうではないのか、
それは最終話でわかります。

物語の最後に、森住が見るものは何なのか、
次回は最終回。ハッピーエンド……となるかどうかは、
読んで確かめてくださいね。

捨てたとしても

パウワウちゃん、こんばんは

>自分にとって一番大切なものは何なのか
 森住さんも気付いたかな

全てを捨ててしまえば、楽になれると思った森住。
しかし、全てを捨てきるのは、難しいことで……

懐かしい声が誰なのか、
そして、森住が最後に見るものは何なのか、
どうか、最終話もおつきあいください。