44 善意と悪意の目

44 善意と悪意の目




友海は、峰山とスタンドで会ってからというもの、

何をしていても、あの忌々しい顔を思い出し、処理しきれない想いを抱えていた。

当時よりも、さらに生活のレベルが上がったように思え、

結局、得をしたのは、一番悪い人間だけだったのだという想いが強くなる。

一瞬、顔を見かけた時には、逃げてしまったが、

あの時、車から引きずり出してでも、なぜ、こうした生活を送れているのか、

聞いてみればよかったという悔しささえも湧き上がった。


「友海、今日は暇だね」

「うん」


美鈴はウエストを細くするのにいい体操だと言いながら、体を軽く動かしている。

その軽さに口も動き、気になることを言い出した。


「成島さんって、『住野運輸』のお嬢さんと婚約でもしたの?」

「婚約?」

「この間、ほら、黒塗りの高級車が来たとき、成島さんに話しかけていたお客様が、
住野運輸のお嬢さんのお相手だって言ってたし、成島さんも否定しなかったからさ」


友海はそれは違うと言いかけたが、そのまま口を閉じた。

違うと言えるだけの根拠も、そう言われてみれば何もない。

友海は、航が部屋に来たときも、住野家が変わったとつぶやいたことを思い出す。


「まぁね、考えてみたらさ、大きな会社の親族なんだもの。
それなりの相手を探して、くっつくのも当然といえばそうなんだけど。
私はすっかり、友海と付き合っているのかと思っていたからさ」


美鈴はそう言うと、隣にいる友海の表情をのぞき込むような仕草をする。

友海は、くだらないことを言わないでと言い返し、

スタンドに入ってきた小さい車に向かって走り出した。





友海は、その日の仕事を終え、自転車に乗り、部屋へ向かった。

想いを重ねた日には、不安など持つまいと思ったが、

あれから航と向き合う時間もなく、日々だけが少しずつ重なっていく。

峰山会長のこと、聖のこと、聞いてみたいことは山ほどあるのに、

本人の姿が見えなければ、どうすることも出来なかった。

自転車置き場を通り過ぎ、わざと裏へ回るが、

今日も航の部屋には明かりはなく、結局、何も聞けないまま階段を上がった。





友海の不安な気持ちに気づかない航は、その次の日、

以前、朝戸に頼んだ資料を取り出し、

もう一度しっかり『TTK』のことを調べてみようと考えた。

今朝は経営会議があるはずだったが、関山が中止になったことを告げる。


「中止? 何かあったの?」

「いえ、社長が急に古川議員の事務所へ呼ばれてしまいまして。
午後には戻られるそうなんですが」

「古川さんのところ」


朝戸は、出張とごまかしている海人のことを、

きちんと話すために向かったのだろうと言い、資料を取り出し動き始める。

航は、袴田と会い、佐原とのつながりを聞き出した後だけに少し気になったが、

目の前の仕事を投げ出すわけにはいかず、気持ちを切り替えた。





航と朝戸達が動き始めた頃、和彦は古川からの連絡を受け、事務所へ向かっていた。

そこにはすでに袴田と佐原、そして聖の父、哲夫が座っていて、

いつもの様子と違う状況に、和彦は挨拶を交わしながらも、落ち着かなくなる。


「和彦さん、すみませんお邪魔しています」

「お邪魔しているだなんて、
しかし、住野さんも古川議員とのパイプがあるのだとは……」


古川議員の事務所で、哲夫と会うのは初めてだった。

すぐに秘書が現れ、いつも入れてくれる飲み物が目の前に置かれる。


「いえ……私があるのは、袴田さんとの付き合いなんですよ。
でも、袴田さんと佐原さんは兄弟ですから、ご紹介いただきました」

「あぁ……そうなんですか」


他業種に興味を示さなかった和彦は、佐原に双子の弟がいることなど、

何も知らずに、二人が並ぶ姿を見て初めて納得する。

袴田は名刺を取り出し、伊豆に来る時には立ち寄って欲しいと笑顔を見せた。

和彦がもらった名刺には、『袴田食品』の社名があり、

横にある肩書きは社長となっている。

まだ、年も若そうな袴田の顔を、あらためて見た。


「伊豆ですか。いいところですね。『芽咲海岸店』があった頃には、
向こうの方にも行く機会がありましたが、今はなかなか。
でも、また春が来れば、釣りでもいい季節になりますし……」

「はい……。うちは魚介類の加工を主な仕事にしておりますので、
釣りのいい場所も、お教えできるはずです。
ぜひ、息子さんが戻られたら、ご一緒に」


和彦は、海人の名前を出され、特に話を続けることなく、

それなりの表情だけを浮かべた。


「それにしても、『SI石油』さんには若い人材があって、うらやましいです。
成島さんは、社長の甥になるわけですよね」


海人の名前を出されたときには、それなりに対応した和彦だったが、

航の名前を出され、しかも袴田とはすでに知り合いのように思え、驚かされる。


「航を……いや、袴田さんは、成島をご存知なんですか?」


袴田はその言葉を聞くと、横に座った哲夫の顔を見た。

哲夫は軽く頷くと、目の前にあったコーヒーカップに手を伸ばす。


「先日、うちの聖と『マネジメントクラブ』に出かけてもらいまして。
そこで袴田さんに会ったようなんです。航君は、佐原さんの顔も知っているので、
驚いたようですよ。まぁ、彼は探究心も強いし、向上心もある」


和彦は哲夫の言葉を聞きながら、

本気で航を『住野運輸』に引っ張ろうとしているのだと理解し、軽く頷いた。

和彦にとっては邪魔な航を、望んでくれることは、願ってもないことだった。


「実は……今日、お伺いしたいのは、彼のことなのですが」

「成島が……何か」


哲夫が視線を向けると、それを引き継ぐ袴田が、軽く笑みを浮かべた。

和彦は二人の対応に、何が出てくるのかと身構える。


「先日、スタンドで彼に会ったんですよ。同じようにユニフォームを着て、
バイト達と混じっている姿を見たら、あふれ出るようなやる気を感じました。
しかし、そのやる気が全て前向きになるとは、限らないですよね……」

「……どういうことでしょうか」

「彼は、『SI石油』に携わっている中で、他にも色々と興味が出てきたようで……」

「興味、ですか?」



哲夫は袴田に、あまりまどろっこしい言い方はしないほうがいいと笑い、

私が簡単に説明しますと付け加える。


「和彦さんの計画を、彼が壊してしまうのではないかと、袴田君は思ってまして。
昨日、ちょっと一緒に食事をする機会を持ったんですよ。
いえ、それはあの……うちとしては聖の相手にと思っていたものですから。
でも、彼はもっともっと大きなものが欲しいような気がしてしまって」

「……大きなもの」


哲夫は、航は才能があるだけに、

監視していないとどう会社を動かすかわからないのではないかと、付け加えた。

和彦は、袴田と哲夫の話を聞きながら、自分とは別のところで、

航が人脈を広げているのだと考える。


「和彦さんが政界に出られたら、海人君がいない今、
必然的に航君が重要なポジションにつくのは間違いないわけで……」


それまで話を少し離れた場所で聞いていた佐原は、

和彦の隣に出来たスペースに、静かに腰かける。

和彦の前に、佐原と袴田、そして哲夫が並び、ある計画を語りだした。





『SI石油』が、渦の中に巻き込まれている頃、新谷家を出て行った海人は、

『芽咲海岸店』のあった場所から奥に入った、小さな田舎町にいた。

その山には、昔、祖父と一緒に訪れたことがあり、祖父はその中でも立派な木を選び、

海人のために『ブランコ』を作らせたのだ。

あの当時はまだ、揃っていなかった木々も、年月を重ね大きくなり、

久しぶりに見た山の景色は、全く別のものになっていた。


「海人、ちょっと出前!」

「……はい」


海人は山から降り、偶然入った食堂で食事をした。

ひとりで切り盛りしていた女将さんは、出前の電話を断りため息をつき、

海人が乗ってきたバイクを見ながら、運転が出来るのはうらやましいとそう言った。

その3日前に、店主が出前途中で事故に遭い、

1ヶ月ほど入院することになってしまったため、出前は出来なくなったからだ。


「3丁目の大田さんですよね」

「そうそう、海人、一昨日行っただろ!」

「はい……」


そんな事情を目の前で語られても、海人が黙って食事を続けていると、

女将さんは一度だけ助けてほしいと言い出し、

どうしても出前をしてくれないかと、頭を下げた。

食事代をただにすると言われ、他に予定もなかった海人は、

小さな箱をバイクの後ろにくくりつけ、おかみさんに地図をもらい、出前に向かった。

そこで待っていたのは、足の悪くなったおばあさんで、

海人は品物をテーブルの上に置くと、代金をもらう。

いつもは軽トラックで買い出しに出かけるのだけれど、

ガソリンスタンドが遠くなり、出て行くのが大変になったと聞かされた。

そう言われて思い返してみると、『芽咲海岸店』の跡地から奥へ向かい、

2度ガソリンスタンドを通過したが1件は休みで、

もう1件は営業していないのかロープが張られ、給油が出来る雰囲気がなかった。


父、和彦が『芽咲海岸店』の閉店を決めたとき、

入社したばかりの航は、必死に存続を訴え続けた。


あの時にはわからなかったことが、こうして実際に目の当たりにすると、

海人にも現実を帯びた話として、浮かび上がってくる。


「じゃ、行ってきます!」

「気をつけなよ!」


この出前をきっかけに、海人は店の2階にある倉庫部屋を借りることになった。

海人がどこから来て、どんな生活をしていたのか聞かない女将さんだったが、

2日、3日と重なるたび、互いに小さな情が生まれ、

店主が戻るまでという条件を忘れそうになるくらいだった。


「フミおばあちゃん、出前!」

「あ、海人……ありがとう」


初めて出前をしたフミさんのところには、2日おきくらいに顔を出し、

メモをもらうと、少し離れた場所にあるスーパーまで、

買出しに出かける用事を引き受けた。

自分を頼りにしてくれる人がそこにいること、

細かいことは聞かずに、海人を認めてくれていること、

そんな心地よさが、頑なだった海人の心に小さな空間を作り出す。


「海人! これ、持っておいき」

「何?」


フミは、親戚が送ってくれたものだとふかしたサツマイモを新聞紙にくるみ、

ヘルメットをかぶる海人に手渡した。

サツマイモをふかしたものなど、幼い頃に1、2度食べた記憶しかないが、

その温かさと心遣いは、じっくりとしみてくる。


「ありがとう」

「何言ってるんだ。私の方こそありがとう……だよ。いつも助けてもらって。
あ、そうそう。温かいうちに食べなよ」

「あぁ……」



『古川議員、国会へ名乗りを上げる。後任は『SI石油』社長、新谷和彦氏』



海人が受け取った新聞紙には、そんな文字が踊っていた。





45 水の流れに
<photo:tricot>

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コメント

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海人の見るもの

yokanさん、おはようございます。

>海人君、いい経験してるね~。

はい、初めて自分の目で、色々と見ている海人です。
偶然にも『あの場所』にいるわけですが、
さて、大逆転となるかどうか……

それはもう少し先へ……
いつも、ありがとう!