45 水の流れに

45 水の流れに




古川が国会議員として立候補することになり、

その候補地が、佐原や袴田にとっては地元となる『伊豆』に決まった。

本来なら地元といえない場所で名乗りを上げることは、不利だが、

そこには『袴田食品』のバックアップがあり、世話になっている企業、

従業員などを取り込み、古川が優位な立場に立てることは間違いなかった。

浮動票の少ない土地では、組織をつかむことが選挙を勝つためには必要になる。


「いよいよ、私が立候補する日が近付いて、
これからみなさんにも、ご迷惑をかけることになると思いますが、
そこは長い間培ってきたノウハウで、引き続き力を発揮してください」


和彦が古川議員の事務所に呼ばれてから、航としばらく会うこともなかったが、

その日は珍しく、経営会議に参加するよう、本人から呼び出しがかかった。

航は、朝戸や関山と一緒に会議室に入り、一番隅に座るが、

和彦の隣には、古川議員の秘書、佐原がどっしりと構え、

どこか異様な空気さえ漂った。


「それで、色々と不自由をかけることを心配し、
このたび、佐原さんがうちのマネジメントのフォローをしてくれることになった」


航はその言葉を聞き、自分の耳を疑った。

和彦は、自分が経営から少し距離を置くことになるので、

そのフォローを佐原にさせると平然と言ったからだ。

佐原は『SI石油』のことなど、何も知らないのではないかと、

朝戸はすかさず意見を述べる。


「『SI石油』の内部については、確かに知らないことも多いだろう。
しかし、私とのパイプ役はしっかりと果たしてくれるはずだ。
議員に立候補することで、私は確かに忙しくなるが、
別に、社長の立場を下りるつもりはない」


和彦は、そういうと会場の隅に座っている航の顔をじっと見た。

航は、ようするに、自分の監視役として佐原を入れるのだと知り下を向く。


「みなさんの邪魔にならないよう、精一杯頑張りますので……」


佐原の挨拶が終了し、細かいことを知らない店長たちからは、拍手が起こる。

和彦と佐原の思惑がわかるだけに、朝戸や航は黙ったまま、その拍手を聞いた。





「まさか、佐原さんを入れてくるとは。社長の思いも度が過ぎている」

「僕に対するストッパーのつもりなのでしょう。別に構いません。
先日もお話したとおり、『SI石油』の跡取りは海人しかいませんし、ただ……」


航の頭の中には、佐原がおそらくからんでいるだろう、友海の過去が気になった。

あれから細かいことを教えて欲しいと言われたままで、

実際には何一つ語れてないからだ。


「佐原さんが入ることは予想外でしたが、我が社の今の状況では、
古川議員の援助は欠かせませんからね。あまり刺激することも」


航はデスクの中にしまいこんであった『TTK』の書類を見ながら、

確かに残る峰山の文字に、友海の不安そうな横顔を思い出した。





その頃、海人は配達を頼まれたフミの家にいた。

頼まれたメモをで品物を確認しフミに手渡すと、何度も頭を下げ感謝される。

古い家の裏には湧き水が出る場所があり、その小さな流れに触れると、

指から頭の方へ、電流が流れるように冷たくなる。


「おばあちゃん、この水、飲めるの?」

「もちろん飲めるよ、ここら辺は昔から、水がよくて有名なんだ。
山があって、質のいい木があって、そのおかげで美味しい水がよく取れて……」


フミは、どこか懐かしそうに山頂の方へ目を向けた。

その瞳は寂しそうで、潤んで見える。


「どうしたの?」

「いや……もうすぐ、こんな景色もなくなるんじゃないかってね。
みんな守りたくても、守れないからさ」

「守れない?」


フミは、山を持っていた地元の人間たちが、跡取りのいない現実と、

お金のかかる管理に疲れ、手放す人が増えたのだと嘆きだした。

それでも、国内には広い土地をまとめて引き取ってくれる企業は少ない。


「日本なのにね、ここも台湾や中国の企業が買うんじゃないかって、噂だよ」

「中国? どうして外国が、日本の山を?」

「いや、間に入っているのは、日本の企業なんだよ。
この辺で昔から、力を持っている地主がからんでいるらしい。
ただ、そこが外の企業に土地を売っているんだ。
なんだか、そこと縁がある議員さんが、今度こっちから立候補するらしくて、
応援してくれって頼まれたけど、どうなんだかね……。
仕事がもらえるような人たちは、応援するんだろうけれど、
私たちみたいな立場の者からすれば……」


海人は、すぐに古川の顔を思い浮かべた。

父が古川の地盤を引き継ぐことになり、古川は地方議員から、

国会へと乗り出すことになっている。

確か、その場所が『芽咲海岸店』の近くだと、以前父から聞いた覚えがあった。


「その議員、古川って言わない?」

「……そうだよ、海人、どうして知ってるの」

「……いや、ちょっと記事で見た気がする」


フミは以前から政治に興味があったのか、海人を部屋へ入れると、

色々と新聞記事を取り出した。もう、茶色く変色した記事の中に、

『ペンション集団立ち退き』の記事が残っている。


「もう結構前になるけれど、この山の反対側には、
海が見えるペンション地帯があったんだよ。水もいいし、釣りも出来るし、
結構人気があったんだけどね。うちもおじいさんが生きていたときには、
地元の野菜を何件かのペンションに取引してもらっていた。
でも、急に土地の買占めが起こって、あっという間にバラバラに……」

「ペンション……」

「その頃から、すでに水源が商売になると、見込んだ人たちがいるんだろうね。
その辺で、ちょっとした町の長だった人が、今じゃ地元で名前の知れた企業の、
会長らしいから」

「へぇ……」


フミは湧き水から入れたお茶だと言い、海人の前に湯飲みを置いた。

海人はその湯飲みから上がる湯気を見ながら、

『ペンション集団立ち退き』の記事を読み続けた。





友海は仕事から戻るとき、

裏へ回り、航の部屋の明かりがないか確かめるのが日課になった。

しかし、まだ、部屋に明かりは見えない。

今日も、話をすることが出来ないのかと思いながら小さなポストの中をのぞくと、

1通の封筒が入っていた。

差出人は、離れて暮らす父親からになっている。

友海は、体の弱くなった母に、また何か起こったのではないかと、

慌てて階段を駆け上がり、封筒を開いた。



『友海、元気にしてますか』



その出だしから始まった手紙には、何枚かの写真が収まっていた。

ペンションを手放した後、父は季節ごとに働き、

母のところに戻る生活を繰り返していたが、

数ヶ月前から、岐阜県にある小さな山荘で働いていた。

その山荘は、年配の女性が持っているものだが、跡取りがいないこともあり、

もし、やる気があるのなら、引き継いでくれないかと、言われたようだった。

母の体調も安定しているため、どうせなら一緒に行く覚悟を決めたと書いてある。



『海の見える場所』



父と母の願いは、そこにあったが、

実際には、今からまた以前のような土地を買いなおすのは難しく、

ましてや、状況の全く見えない昔の土地が、戻ってくることなどありえなかった。


友海は壁にかかる『碧い海の絵』をじっと見る。

もう一度、あの場所で営業を始めたいと願っていた両親。

その土地を、奪い取るようなことをした峰山が、

以前より裕福な暮らしをしている現状。

友海の中に、一度は諦めかけた想いが、また、湧き上がり始めた。





航は一人、会社に残り、渡された資料を見続けた。

『TTK』はあまり表に出せない企業であることは間違いなく、

そこに峰山の名前があった。

その峰山が、友海のペンションを追い込んだことはわかるのだが、

なぜその土地を欲しがったのか、その理由がつかめない。

袴田に佐原との関係を問い詰め、ペンションのことを話したとき、

明らかにいやな顔をされ、それから個人的な話を続けることを避けられた。

和彦を使って、佐原が会社へ乗り込んだのは、間違いなく自分を監視するためで、

そうなると、色々と考えている憶測が、

まるでピントはずれではないのだと思い始める。

もう少しというところまで近付きながら、その中心部分がつかめない。

その時、航の携帯が震え、相手を見ると、友海だった。



『もしもし、友海です』

「あ……うん」


友海から携帯に連絡をしてくるなど、今までなかったことで、

航は、峰山を見かけて以来、落ち着いて話をしていなかったことを考えると、

おそらくその話だろうと、目の前の書類を机に置く。


『忙しいのはわかるんだけど、どうしても、聞きたいことがあるの』

「君が聞きたいことは、わかってる。ただ、まだハッキリ……」

『今知っていることだけでいい。それを知りたい』

「……でも」

『何時でも構わないから。私、部屋で待ってます』


航が返事をする間もなく、友海は電話を切った。

航は、峰山の周りに袴田や佐原がいることを考えると、

おそらく古川の立候補や、和彦の立候補にも絡んできそうな予感がした。

それは『SI石油』の運命も左右しかねないことで、

簡単な判断だけでは済まないかもしれないと、思い始める。

それでも、友海が事実を知るために待っている顔が浮かび、

航は書類をつかむと、カバンを持ち、すぐに会社を出ることにした。





46 お金の臭い
<photo:tricot>

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コメント

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繋がってきましたね

和彦は航に目を光らせて、検視しているようですね。
そのために外部からお目付け役をもってくるとは
ちょっと度が過ぎているようですが

海人もみつかり、ここがこうなってああなって
こうつながったのか^^

一つの線になりそうですね。
ですが・・・明らかになるには何らかの代償がいりそうで。

航と海人は同じ方向に向かって考えることが出来るのかな

同じ方向

tyatyaさん、こんばんは

>和彦は航に目を光らせて、検視しているようですね。

和彦の航への敵対心を、佐原も知っているわけで……

>一つの線になりそうですね。

航と海人、全く別のところにいながら、
そうそう、同じ方向へ目を向けているんですけどね。

さて、どうなるのでしょうかということで、
また、おつきあいください。

二人の目

yokanさん、こんばんは

>事件のほうは核心に近づいてきましたね。

はい、航と海人、
別々の場所で、同じ方へ向かっています。
これがうまく重なっていけばいいのですが。

もうしばらく、おつきあいください。