46 お金の臭い

46 お金の臭い




航が友海の部屋を訪れたのは、夜の11時を回った頃だった。

自分に今、出来る限りの資料を持ち、覚悟を決めて部屋に入る。


「ごめんなさい、忙しいのだろうけれど、どうしても納得できなくて」

「いや、僕の方こそ、君を助けるようなことを言っておいて、
あれから何も話してなかったんだ」


小さなテーブルの上にあったのは、父親が友海に送った手紙と写真で、

航はその1枚を手に取ってみる。


「これ……どこ?」

「岐阜県の山奥。その山荘を持っている人が、跡を継いでくれるのなら、
そのまま渡したいと言ってくれたって。子供さんもいないし、自分が退いたら、
取り壊すしかないと思っていたみたい」

「へぇ……山荘か」

「本当は『海の見える場所』で、お客様を迎えたいというのが、
両親の思いだったけれど、年も取ったし、また、昔のような土地を手に入れるには、
状況が悪すぎる……」


航は友海と見た、あの海の色と、立ち入り禁止になっていた場所を思い浮かべた。

峰山たちの思惑さえなければ、今もまだ、

飯田家は、小さなペンションを経営していただろう。


「私たちだけが苦労して、あの会長が、もっと裕福になっていたのが悔しい。
土地は荒れていくだけで、あの時間がなんだったのか……それすらわからない」


友海の気持ちは、航にも理解できた。今までどおり海人が上に立っているのなら、

もっと楽な立場で、友海を応援することが出来ただろう。しかし、今は仮とはいえ、

航は経営側に立っている。峰山を刺激し、古川を怒らせることは、

会社にとって大きな損害を生むことは間違いない。


「あの人に、会えるようにしてもらえないかな」

「あの人? それって、峰山さんのこと?」


航の驚く顔に向かって、友海はしっかりと頭を下げた。

峰山本人に会い、どういう理由でこのようなことが起きたのか、

それを聞き出したいのだと訴える。


「ちょっと待って」

「成島さんに迷惑をかけるつもりはない。私一人で……」

「ちょっと待てって。気持ちはわかるけれど、そんなことをしても、
向こうが簡単に話す事はないと思う」

「どうして? 何かやましいことでもしているって言うの?」

「これには、色々なことがからんでいるんだ。少なくとも『SI石油』も」

「……『SI石油』? どうして?」


航は、とにかく、自分が知っていることを話すから、

落ち着いて聞いて欲しいと友海に指示をした。

友海は『SI石油』がからんでいると聞き、慎重にならなければならないのだと、

小さく頷き返す。


「でも、ひとつだけ約束してくれないか」

「約束?」

「決して、勝手な行動を取らないこと。
もちろん、一人で峰山さんに会いに行ったりしないこと、必ず相談して欲しい」


友海はそう告げた航の前に座り、無言で一度頷いた。

自分勝手な行動が、航に迷惑をかけること、

それは避けなければならないことくらいは、理解できる。


「あの土地は、『TTK』という会社が、今、管理している。
その会社には運営実態がなくて、おそらく転売を目的としている会社だと思う」

「転売?」

「あぁ……。何かの理由で、あの土地を欲しい人がいて、
値段を高くつけてくれたところに売っていく。それで利益を得るんだ」

「あの土地はリゾート開発で、買い占められたのではないの?」


友海が聞いていた事実と違う展開に、思わず言葉を出したが、

航は首を振り、その意見を否定し、友海の家があった辺りの地図を広げ、

黄色いマーカーで囲まれている部分を指差した。


「リゾート開発でというのは、ペンションを手放してもらうための口実だと思う。
同じ観光の拠点となるのなら……と、諦める理由をそこにつけただけだ。
本当に開発の目的で売却されたのなら、
それなりの工事や検査が進んでいるはずなのに、
あの土地は、一度も手をつけられていないんだ。
むしろ、あえてそのままにしていると言った方が……」

「どうして?」

「僕にもそこがよくわからないんだ。ただ、あの土地の回りも、
元の持ち主が売りに出していることがわかった。
その『TTK』という会社の中に、君が嫌っている峰山守が、名前を連ねている」

「だったら……」

「あぁ……彼はおそらく最初から計画を知っていて、
土地を売却させる方向へ動かす役目だったのだろう。
あの日、『天神通り店』で会ったとき、運転手をしていたのは彼の息子の一人で、
袴田さんという人だ。あの土地の近くで『袴田食品』という水産加工会社を
経営している。元々、袴田さんのお母さん、つまり、峰山会長の奥さんの
実家だったけれど、ここ何年かで急激に成長して、
今じゃ地元でも大きな店として、名前が通っているらしい」

「袴田?」

「峰山さんには、もう一人息子がいる。それは古川議員の秘書、佐原さんだ。
君と海に出かけたとき、僕は佐原さんが車の中にいるのを見た。
どうして彼がここにいるのかわからなかったけれど、
実は、袴田さんとは双子だったんだ。今、うちも……世話になっている」

「『SI石油』が?」

「あぁ、古川さんは今度、国会議員として立候補するんだ。
その後を継ぐように、うちの社長、つまり海人の父親が選挙に出る。
僕が会社の中で、勝手に動かないように、叔父は佐原さんを見張りとして、
会社に特別なポジションを作った」

「あなたの見張り?」

「うん。僕が知っている事実が、
きっと、向こうにとってはいいことじゃないのだろう。
僕がどこまで知っているのか、おそらく向こうは知らないと思うけど……」


友海は、自分が思っていたよりも、

航があの出来事に深く入り込んでいたことに驚いた。

それと同時に、大きな組織が過去にからんでいたのだとわかる。


「古川さんが立候補する候補地が、
峰山さんや袴田さんがいる場所だということを考えると、
この土地の売却に、からんでいることは間違いない。
もしかしたら、うちが古川議員の勧めるように『芽咲海岸店』を売却したことも、
この計画の中にからんでくるんじゃないかと……」


航の説明はここまでだった。実際に知っていることはこれ以上なく、

この情報もあくまで憶測に過ぎないと、付け足していく。


「逆に聞きたいんだけど、何か、知っていること、覚えていることはない?
土地のことで……」

「覚えていること? わからない……ただ……」

「ただ?」

「うちは売却に反対だったけれど、すぐに売却を決めた同級生が、
確か、『袴田さん』って名前を口にした覚えがある。
袴田って、そんなに多い苗字じゃないでしょ。今、そう思って……」

「袴田さんも、土地を買ったってこと?」

「山……だと思う。その子は、山を売ったお金で、
お兄さんが大学に行くって話をしていたから……」

「山?」


『TTK』の名前であっても、『袴田』の名前であっても、

山の土地を買い占めようとしていた計画に、峰山たちが絡んでいたことは、

間違いなさそうだった。


「もう少し待っていて。きちんとわかったら、話をするから」

「……うん」


友海の不安そうな表情に、航はそっと肩を抱き、

心配しないでとささやくことしか出来なかった。





佐原が『SI石油』に入り込んでから1週間が過ぎた。

海人の使っていた部屋を占領し、ほとんど表へ出てくることがない。

航と朝戸が『西都銀行』から戻ると、なにやら社員が慌しく動いていた。


「どうしたんだ、何があった」

「あ……朝戸部長。佐原さんから、調べて欲しいといわれたものがありまして、
今、色々と動き出すところなのです」

「調べる? 何を」


航は話を聞いた後、佐原の元を訪れた。佐原は、パイプ役というより、

すっかり『SI石油』の顔になったつもりの、大きな態度で座っている。


「どうされましたか、血相を変えて」

「勝手な行動は慎んでもらえませんか?」

「勝手? 私は……」

「社長が、あなたとどういう話をしたのかわかりません。
しかし、今やろうとしていることは、明らかに職務から逸脱しています。
あなたに決定権はないはずです」

「私は時期を逃したくないだけですよ、成島さん」

「時期?」

「お金のにおいが漂っているのに、そこを素通りするのは、おかしいでしょ……」


佐原は『芽咲海岸店』を売却したお金で、別の場所を買い、

店を出せばどうかと提案した。航や朝戸は、今、新店舗を出す時期ではないと、

その要求をつき返す。


「おかしいですね、新谷社長とは意見が違っているようだ」


佐原は、社長の和彦が、もう少し市街地に店を構えたいと相談し、

その指示通り動いたと、もっともらしい意見をつける。


「あなたたちは、お金のにおいがすれば、何でもやるのか」

「ん?」

「航さん……」


航の強い態度に、隣に立っていた朝戸は、その次の言葉を止めようとするが、

動き出してしまった気持ちは、すぐに止まらない。


「小さな企業や、店の気持ちなど何も考えず、
ただ、お金の動きだけで、商売をするというのですか」


佐原は、何かを隠したような航の言い方に、うっすらと笑みを浮かべ、

何度もその通りだと頷き返す。


「すでに成島さんの方が、私をよくご存知なようですね。
何もかもご存知なら、遠まわしな言い方を辞めたらどうですか?」


佐原は、航が少しずつ知り始めたことに気づき、あえて挑戦的な態度に出た。

航がどこまで知っているのか、調べているのかと、目を合わせながらも、

その裏を見ようとする。


「ならば話を聞かせて欲しい。あなたたちが以前、強制的に買収したあの土地は、
なんのために買い占めたのですか」


航の言葉に、佐原はそこまでなのかというような涼しい顔をした。

目の前にある書類を封筒にしまい、目の前に立つ航を見る。


「ならば聞きましょう。あなたはなぜ、そのことにこだわるんだ。
あの伊豆のペンション買収に、どうしてあなたがそれほど必死になる」

「僕は、事実を知りたいだけです」

「事実?」

「あなたたちのために、人生を狂わされた人たちの想いを、
少しでも救いたい……ただ、それだけです」


佐原に対して、強い口調になる航を、始めは止めようとした朝戸だったが、

互いに何かを知っている状況に、動きが止まる。


「そんなくだらない事実と、『SI石油』従業員の生活と、
あなたは天秤にかけるのですか?」


佐原はそういうと立ち上がり、扉の前に立つ航のそばへ近付くと、

耳元に口を寄せていく。


「あまり力を入れずに、一緒に、この世の中を渡りましょう……」


佐原はそれだけを告げると、扉を開け、航の横を通り過ぎていった。





47 すれ違う思い
<photo:tricot>

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コメント

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航が経営陣に近くなったことで、航の動きも慎重にならなければ行けなくなりましたね。

だんだん分かってくるにつけ、
航の探っているものの先にはもっと深く利潤や
政治にかかわる大きなものが潜んでいるのかなと思います。

>航の言葉に、佐原はそこまでなのかというような涼しい顔をした。
↑これむちゃくちゃ腹が立つ。(`へ´)
この間来たばっかりなのに、もうでかい顔しちゃって。

会社の運営には利潤はつきものだけど、
金の臭いに敏感すぎると、ムリが生じるよね。

それは会社も地元に人とも、みんなが喜ぶ方向へ行かないものかしら。

佐原の後ろ

tyatyaさん、こんばんは

>この間来たばっかりなのに、もうでかい顔しちゃって。

そうそう、佐原は政治家の秘書です。
古川は『SI石油』より上だと思っているので、
態度が大きくなるのでしょう。
勘違いしているやつっていうのは、いるものです。

さて、過去の真実が明らかになっていき、
航と海人は、知らないうちに同じ方向へ……

さて、再会はあるのか、どうなのか。
もう少しお付き合いください。


追記

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(コメント投稿確認のページでも、パスワードという欄があります)
それを入れておくと、削除も出来ますし、訂正も出来ますよ。

そうかも

yokanさん、こんばんは

>今回の友海ちゃんへの航さんの説明で、
 ストーリーの復習が出来ました^0^

あはは……そうか、そうかも。
長いものになってますからね、
『あれ?』『なんだっけ?』は確かに多くなるかも。
話は頂点へと向かっていますので、
もうちょっとだけお付き合いください。