43 大事なこと(12)

43 大事なこと(12)


いつものように店番をしていると、仕事の途中だと言いながら尚美が顔を出した。

店はピークを過ぎた時間だったけれど、母は気を遣って居間へ通してくれる。


「仕事、辞めたの?」

「うん……」


写真誌が出たとき、メールや電話をよこす人はたくさんいたが、

尚美だけは全く連絡をしてこなかった。騒動も知っているだろうに、

それが逆にありがたく、やはり親友だと再認識する。


「そうか、事務所の規則なんだ」

「うん……色々とごめんね尚美」

「なに謝っているのよ。まぁ、正直驚いたけれどね。でも、史香は偉いなって思ったよ。
私が史香だったら自慢したくなるもん、彼氏が日向淳平だなんて」

「尚美……」

「あ、ごめん、ごめん。大丈夫、私、口は固いよ。これでも信用金庫づとめですから、
お客様のプライバシーを守るのも仕事ですからね」


尚美はそういうと、これからどうするつもりなのかと問いかけた。

私は就職は探すつもりだけれど、なかなか思うようにはいかないだろうと付け加える。


「そうだね、地元の商店なんかも、結構つぶれているし、厳しいよ」

「うん……」


店へ続く扉が開き、そこから母が顔を出した。

尚美にウーロン茶をおかわりしないかと問いかける。


「あ、ねぇ……」

「何?」

「今、若村君が顔を出してくれたのよ。で、この書類を。
怪我のお金を払うのに必要だからって」

「若村さん?」


若村さんが店に姿を見せてくれるのは久しぶりだった。

前に座っていた尚美も、同じように若村さんを知っているので会いたいと声を出す。


「うん、尚美ちゃんもいるって言ったんだけど、なんだかすぐに出て行ってしまって……」


私はそれを聞いて、すぐに裏の扉から外へ飛び出した。

いつもなら、私の様子を聞いたりするはずだし、尚美がいることもわかっているのなら、

なおさらすぐに引き返すことがおかしく思えてしまう。





それと同時に、私の心の中でくすぶっている思いを、どうしても聞いてみたい……

そんな感情が、一気にわきあがった。


「若村さん!」


私の呼びかけに、若村さんはゆっくり振り返ったが、

一度あった目は、すぐにそらされてしまう。


「尚美が来ているんです……あの、お茶でも……」


若村さんの横には、1台の車が止まっていた。

運転手の顔を見たとき、私はスタジオですれ違った樫倉英吾の顔を思い出す。

その運転手は、樫倉をガードするように取り囲んでいた男の中の一人だった。





畑山さんが言っていたことは、やはり本当だったんだ。





「また……」

「逃げないで……」


すぐに車に乗ろうとした若村さんの手が、ドアノブに置かれた。

それでも私の言葉に、動かなくなる。


「何?」

「お聞きしたいことがあります」

「何かな……書類の書き方なら、中に説明が……」

「そんなことじゃありません……。若村さんにもわかるんじゃないですか?」


絶対間違いないという、確信があるわけではなかった。

でも、可能性は限りなく高いとそう思った。

私を見ようとしない若村さんの目が、そう物語っているように見える。


「『写真誌』に話をつけたのは、あなたですか?」


こんなことを聞いたって、本当のことなど、言うはずがない。

そんなことはわかっている。

でも、ただ、泣いているだけでは済まされない……

私はこのまま、引き下がりはしない。





「……だと……したら?」





若村さんはその時、初めて私としっかり目を合わせた。

その目はまっすぐに前を向き、負けないぞと伝えてくる。





「もし、それが本当なら、あなたとは二度と会いたくありません」





若村さんは、私の言葉に少しだけ口元をゆるめた。

もう、二度と会えなくなっても、それでもいいと心からそう思った。

罪のない日向さんを陥れるなんて、それも私を利用するなんて、

憧れの先輩などと、二度と思えるはずがない。


「史香のためになると、僕が思ったとしても?」


私と若村さんの会話を、運転手は少しにやけた顔で聞いている。



樫倉英吾の事務所に、私は利用された……

矢を跳ね返すつもりが、それに捕らえられたのだ。



そう思うと、両手を握り締め、無駄だとわかっていても真実を知りたくなる。


「私のためだなんて、言い訳じゃないですか。どうしてそんなことをするんですか。
勝負なら、作品でもインタビューでも、正々堂々とやるべきでしょ」


若村さんをせかすように、運転席の男は一度クラクションを鳴らす。

若村さんは軽く頭を下げ、またドアノブに手をかけた。





「……あんな会見をして、『新ドラマ』が外れたら、日向も終わりだな」





若村さんはそういうと、車に乗り込んだ。

車は大きなエンジン音を響かせて走り去っていく。

私は消えていく車を見ながら、優しく抱きしめてくれた日向さんのぬくもりを思い出し、

必死に涙をこらえた。





それから1週間後。私はいつものように店の手伝いをしながら

時計が8時を示すことを確認した。扉を開けてのれんを入れようとした時、

店の駐車場に、1台の車が入ってくる。


「すみません、今日は……」


その車の後部座席から一人の男性が降り、かけていたサングラスを目の前で外す。


「よぉ!」


私の目の前に現れたのは、畑山さんだった。





車から降りた畑山さんは、そのまま店の中に入った。

最後まで店に残りテレビを見ていたサラリーマンが驚き、握手を求める。

畑山さんはそれに笑顔で応え、そのまま一番奥の席に座った。

ジーンズを履いた右足が、左足の上にスッと重なっていく。



日向さんの脚も長いけれど、畑山さんも負けずに長い。

椅子のサイズが、極端に小さいのかと思えてしまう。



「なぁ、この店は個室ないのか」

「ありませんよ、そんな高級な店じゃないですから」

「なら仕方ないな。チャーシュー麺2つ」


店を閉めようとしていた母だったが、慌ててコップに水を入れる。


「2つって……」

「今、入ってくるよ。君たちにあだ名をつけられた戸部が」





『無表情なメガネザル』





そうだった。以前、エレベーターに閉じ込められた時、

あやうくこのあだ名を披露しそうになったのだ。

その戸部さんはすぐに店の扉を開け、畑山さんの前に腰かける。


「注文はしたの?」

「あぁ……」


田沢さんと日向さんの関係とは違うけれど、

この二人にも、この二人なりの絆がきっとあるのだろう。

私はのれんを奥にしまい、どうしてここに来たのかと問いかける。


「ん? 今や観光名所かと思って。日向淳平の心のオアシスでしょ?」


畑山さんはそう言って笑うと、お冷やに口をつけた。

戸部さんは表情を変えずに、なんだか電子手帳のようなものを開き、

小さなペンでピコピコ音をさせる。


「それは冗談だけどさ。ここから少し行った場所に、特殊メイクの会社があるんだ。
今のドラマでやけどをするシーンがあって、そのメイクの打ち合わせに行ってきた」

「あ……そうなんですか」


父が湯切りをする音が聞こえ、注文のチャーシュー麺は、

すぐに畑山さんの前に届けられた。箸をきれいに割るとおいしそうに食べ始める。


「この間、『オレンジスタジオ』で淳平の撮影を見たけど、
あいつもこれまでかってそう思ったな」

「は?」


畑山さんは、日向さんのスタジオをのぞいた時のことを、そう表現した。

表情に乏しく、疲れているのか精細に欠けていたというのが理由らしい。


「マスコミは、ご丁寧にライバルだなんて比べてくれるけど、
今のあいつじゃ、戦う気にもなれないよ。どうしたんだか……」


畑山さんは、そう言いながら私の方を見た。

口から出てくる言葉ほど、その目も、表情もきつくはない。


「ライトを当てられるのは、結構孤独なものだぞ。
自分だけが明るすぎて、周りの動きが見えなくなる。
その中で、必死になって、自分を見てくれる目を、誰でも探すんだ」


撮影の時、必ず当てられるライト、

私たちから見ると、俳優を輝かせているように思えるものだが、

畑山さんは、それを当てられるのは孤独だとそう言い切った。


「あいつ……探してるんだろ、その目を」





『まだ、こっちには戻れない?』





日向さんが孤独だなんて、田沢さんだって、米原さんだって、

いや、事務所のみんなだって、ついていてくれるはずだ。





そう心に言い聞かせようとしたけれど、

畑山さんの一言は、誰の言葉より、なぜか説得力があった。






44 大事なこと(13)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
励ましの1ポチ、よろしくお願いします。(人・∀・)オネガイ・*:..。o○☆*゚

コメント

非公開コメント

く~~~そうだったのか。

一気に読んできて、そうかそうか・・・^^
保坂さんも恐れを知らないけど、いい人じゃないか。
と思っていたら、根源は先輩だったのか

こういうのって信じていただけに、ショックだよね。。
綺麗な思い出まで台無しにしてしまう。

>二度と会いたくない
史香の怒りの声だね。

畑山さんから語られる淳平の姿。
俳優って孤独と闘いながら舞台に立っているのか。

史香はそれを支えていたんだよね。
もっと自分の存在を自覚した方がいいよね。

畑山さん♪

この人も淳平を心配してくれてるんですね。
本当の意味でライバルなのかな?!
精彩の欠けた淳平ではね。。
この一言で、史香!決心するんだ!

淳平と史香の周りにはいい人がいっぱいだ~

史香、戻るか?

拍手コメントさん、こんばんは

>淳平のそばにもどってぇ~史香お願いって私の心の声です。

心の声を、ありがとうございます。
史香は宗也からの話を聞いて、
どう考えるのか。

ライバルだけれど、だからこそ、
淳平をよくわかっているのかもしれないですから、宗也は。

次回も楽しみ……

この言葉は、とっても嬉しいです!

ダブルパンチ

tyatyaさん、こんばんは

>と思っていたら、根源は先輩だったのか

もしかしたら……の疑問が、ハッキリとしてしまい、
史香は、ダブルパンチに辛いところです。

>俳優って孤独と闘いながら舞台に立っているのか。

私は、芸能人ではないので、わからないのですが、
以前、そんなことを言っている方がいました。
『表面だけで付き合う人は、コロッと態度が変わる』って。
信用出来る目を見つけるのは、大変なことでしょう。

さて、史香はどう思うのか。
それは次回へ続きます。

好敵手

れいもんさん、こんばんは

>本当の意味でライバルなのかな?!

そういう人がいると、互いに伸びる気がします。
名選手には、ライバルあり! ということで。
(選手じゃないけど……)

>淳平と史香の周りにはいい人がいっぱいだ~

いい人の周りには、いい人がいてほしいもんね。
悪い人も、いるとは思うけど。

悲しい目

あーやっぱり・・・哀しい事実だな。
若村にもそれなりの事情があったのだろうが、
演技とかパフォーマンスで勝負しないで、
姑息としか言い様がない。 

畑山にも恋で嫌な思い出があるから、史香の気持ちに少しは添えるのかな?

史香を探す淳平の目が寂しそうなのが想像できて悲しい。

越えないとね

yokanさん、こんばんは

>若村先輩のイメージが下降線をたどるなら、
 畑山くんは急上昇だわ^^

あはは……そうですね。
史香も『たぶん』は頭にあったでしょうが、
それが確信に変わり、辛いところです。

史香の辛さと、淳平の辛さ。
違いはあるけれど、乗り越えないとね。

イヤだわ……

yonyonさん、こんばんは

>あーやっぱり・・・哀しい事実だな。

現実の世界でも、思いがけない人からの
裏情報などは、結構、色々あるそうですよ。
いやだわ……芸能界(笑)

>史香を探す淳平の目が寂しそうなのが想像できて悲しい。

史香も、淳平も苦しいところですが、
『大事なこと』はなんなのか、
もう少しお付き合いください。

求めるもの

   おはようございます!!

 若村さん、やっぱりって感じでしたね。
魔が差したのかなぁ・・・

将来の不安は解るけど
若村さんが手にしたものは
大切な思い出を汚すほど大事ものだったんでしょうか。


・・・史香は、畑山の言葉にどうするんだろう?

淳平も気になるし・・・


次回も楽しみですね♪♪

   では、また・・・(^.^)/~~~

先輩なのにねぇ

ネギちゃん、こんばんは

>若村さん、やっぱりって感じでしたね。
 魔が差したのかなぁ・・・

何があったのでしょうね。
それは後々……ということで。

淳平の辛さを、宗也から聞き、
考える史香。
さて『大事なこと』はなんなのか、
もう少しおつきあいください。