47 すれ違う思い

47 すれ違う思い




季節は寒いだけの冬を過ぎ、花や木々が芽吹く春を迎えようとする。

海人は、以前『芽咲海岸店』のあった場所にバイクを止め、

目の前に広がる景色にあらためて目を向けた。

単色に近かった山の斜面にも、少しずつ暖かい色が見え始める。

ここは、全ての店舗の中で、祖父が一番気に入っていると、

昔、母から聞いたことがあった。

その頃には、どういう意味なのかわからなかったが、

今、こうしてその場に立ってみると、その意味が少しだけわかる気がしてくる。


海人に、山の木で作ったブランコを贈ってくれた祖父。

おそらく、この山の水や、自然が好きだったのだろう。

売り上げからすると、『天神通り店』などに、全く歯が立たない場所だったが、

地元の人たちには、愛されているスタンドだった。

山のふもと、そこから海側と山側に別れる道の前にあり、

旅を続ける車は、ここで給油を済ませ、さらに気持ちを先へ向ける場所。

『芽咲海岸店』がなくなったために、旅をする車のコースが変化した。

スタンドを探しにくい道は避けられ、それによって、

今、海人がお世話になっている食堂の前の道は、人も車も少なくなった。

ヘルメットをかぶり、エンジンをふかすと、慣れた山道を走っていく。


「すみません!」

「……あ、はい」


海人は、さらに奥へ進んだ場所にある錆び付いたスタンドへ向かった。

その店では、年配の男性が一人カウンターに腰かけていて、

海人がなにげなく店に入ると、書類が山積みになっている。


「一人なんですか?」

「あぁ、こんな店だからね。他人を雇う金もないよ。
もう、長くは出来ない。来年にはやりたくても出来なくなる」

「出来なくなる理由があるんですか?」


海人は書類の山から、あるものを見つけ、あえてそう問いかけた。

ガソリンスタンドには、ガソリンを貯蔵するタンクがある。

少し前に改正された消防法により、埋めてから40年以上経ったものは

交換を義務づけられた。しかし、その交換費用は高額で、

会社組織になっていない個人の店などは、それを機会に店をたたむところも多い。


「こんな田舎じゃ、ダメだよ……新しくしたところで回収費用も稼げない」

「でも、ガソリンスタンドがないと、地元の人も困るよね」


バイクの給油は終わり、店主は油で少し黒ずんた手にキャップを持ち、

しっかりと閉めていく。


「困るんだけどこっちもなぁ。弱いものなんて、誰も助けてくれない。
大手のスタンド経営者は、赤字になりそうだと思ったら、
絶対に入り込んでこないだろう。
少し手前に『SI石油』が店を持っていたけれど、
思ったようなリゾート開発が進まないのが気になったのか、たたんじゃったよ。
まぁ、それが企業として当たり前なんだろうけどさ」


不満が溜まっていたのか、店主は海人がお金を払った後も、

どうにもならない想いを、しばらくぶつけ続けた。

海人はそんな嘆きを聞きながら、祖父が愛した山の斜面を、じっと見た。





海人は給油を終え店へ戻り、借りている倉庫部屋へ入った。

フミから聞いた『水源確保』のための土地買収。

そして、『芽咲海岸店』の売却による、さらなる過疎化。

社長である父と、店舗の売り上げ数字だけを眺めていたときには、

そんなことなど気に留めたことがなかった。

前月に比べてプラスかマイナスか、もっと条件のいい場所があるのかないのか、

その率ばかりを計算し、その他のことなど、どうでもいいことだと思ってきた。



『同じ立場で改革しない限り、成功しないんだ』



航は、『天神通り店』と商店街との改革案を提出し、

互いの利益になる方法を、地元の声を聞きながら探し出した。

まだ、入社したばかりの時も、確か、『芽咲海岸店』の売却に反対し、

店長会議で手をあげたこともあった。

あのどこからくるのかわからない航の自信は、

今、海人がぶつかった地元の想いを、すでに見抜いてのことだったのだろうか。

電気のかさについた電球が、切れる寸前なのか、オンとオフを繰り返す。


自分は幼い頃から、経営のノウハウを叩き込まれてきたとそう思っていたが、

それだけで全てがわかるわけではないのだと、天井を見上げた。



『別に、私はここじゃなくても生きていけますから』



あの生意気なパートにそう言われ、自分だって『SI石油』を離れても、

生きていく道があるとそう思い、親の元を飛び出した。

言いなりになる人生ではなくて、自ら考え、前へ進む道を探そうと、

勢いよくバイクを走らせた。

しかし、最初に訪れたのは、『芽咲海岸店』の跡地。

自分をかわいがってくれた祖父が、幼い頃、何度も連れてきてくれた場所だった。

そこで頼まれたバイトを引き受け、

そして、錆付きため息をつくガソリンスタンドの店主の愚痴を聞いた。

現実から逃げてきたのにも関わらず、結局、現実にぶつかるだけで、

新谷家の中から抜け出せない。


地元から愛された店を手放せと提案した古川一族、

フミの言っていたことを信じるのなら、自分たちの『水源確保計画』に、

あの店が邪魔になったのかもしれないと、そんな疑問さえ浮かび上がった。



しかし、この場所にいる海人には、その疑問を調べることも出来ない。

自分の正体など追求することなく、優しく受け入れてくれた食堂の店主も、

そろそろ退院の日を迎える。

この場所でお世話になれるのも、残り数日だった。

海人は、どうしたらいいのかわからない思いを抱え、携帯を開く。

無意識に呼び出したのは聖の番号で、

かけてしまわないように、慌てて携帯を閉じた。





航は朝戸が出かけている間、『TTK』の書類を見つめ、

そこに何かヒントがないかと探していた。

佐原や袴田に聞いたところで、はぐらかされ解決にはつながらない。

和彦が航に何かを語るはずもなく、他に話す相手がいないかと考える。

その時、タクシーで一緒に帰った哲夫のことを思い出した。

航の性格を、亡くなった母に似ていると称し、聖との結婚を勧める哲夫。

航は携帯を開き、聖の番号を回した。





「どうしたの、急に。海人から連絡でもあった?」

「いや……そうじゃないんだ。ごめん、期待させて」


航は、聖を乗せて、啓太郎の店へ向かった。

啓太郎は航の指示通り、店を少し早めに閉めると、カウンターから姿を消す。


「ここは?」

「僕の兄みたいな人が、経営している店なんだ。
ちょっと込み入った話だから、外で会うのは避けた」

「込み入った話?」


航は聖の言葉に頷きながら、『TTK』の書類を取り出した。

聖はその書類を1枚ずつめくり、航の方を向く。


「何かこれを見て、わかることってある?」

「どういうこと? 何もわからない。私、『TTK』なんて会社知らないし……」

「そう……じゃぁ、この人の名前は?」


航が指差したのは、袴田の父、峰山守の文字だった。

聖はその名前を見ても、わからないと首を振る。


「この人、袴田さんの父親なんだ、会ったことある?」

「……袴田さん……、あ! あるわ。前にパパと一緒に出かけたパーティーで、
ご挨拶されたことがある。確か……中国の投資家が集まっていて……」

「中国?」


身を乗り出すように話を聞く航の姿に、

聖は驚きながら、どうしたのかと問いかけた。


「中国の投資家って、何が目的だったのかな」

「どうしたの? どうしてそんなこと聞くの? うちのパパが何かした?」

「いや、違うんだ。そうじゃなくて……」


航はこれ以上黙ったまま、聖と話をすることは出来ないだろうと、

友海のことを語りだした。伊豆のペンションを家族で経営していたこと、

その土地が急に買収され、追い出されるように出て行ったこと。

その土地買収に一役かっていたのが、ここに名前を連ねる峰山守で、

当時、同じ被害者のように装いながら、実は裏で企業とつながっていたこと。

聖は、初めて聞く話に、あらためて『TTK』の書類に目を向ける。


「彼女には、どうしても納得がいかなかったんだ。
正しい人たちが追いやられ、当時、リゾート開発だと言われた土地は、
結局何年も手付かずのまま、姿を残している。
そして……自分たちを追い込んだ会長は、さらに裕福な生活をしていて。
彼女のご両親は、新しい場所で頑張ろうとしているみたいだけれど、
それを応援するにも、彼女は過去の出来事を知りたいと願っている。
峰山さんに会いたいと思うくらい、追い詰められているんだ。
知っていることがあったら、教えて欲しい」


聖は、袴田と親しくする父の姿を思い浮かべ、小さくため息をついた。

航の話が本当ならと思うと、鼓動が速まっていく。


「パパに……どういう事情があるのか、聞けってこと?」

「なんの目的で、これだけの土地が動くのか、それを教えて欲しいんだ。
僕は力不足で、それを調べることが出来ない」

「これは……法律違反をしているの?」

「そうじゃない。そうじゃなくて、
飯田さんも、別に復讐しようとかそういう意味で知りたいんじゃないんだ。
どうしてこんなことになったのか、それを知ることで、前へ進もうと思っている。
その手助けが……」


聖は『TTK』の書類を閉じ、それを航の前に突きかえした。

袴田と話をしている父の姿が、頭から離れなくなる。


「聖さん……」

「法律を犯しているわけじゃないのに、いいじゃない。
パパは一人で会社をここまでにしてきたの。
それは多少、強引なところもあったかもしれない。でも……
もし、袴田さんたちと仕事をしていて、
それが飯田さんの過去につながっていたとして、何が問題なの?」

「聖さん、僕は住野社長を責めているわけじゃない……そうじゃなくて……」

「パパの仕事を、疑うようなことは出来ない。私……」


聖はそういうと立ち上がり、航に背を向けた。

航は、落ち着いてくれと聖に手を伸ばす。


「ごめんなさい……」


聖は、航の手を振り切ると、呼び止める声を無視したまま、店を飛び出した。





48 影の裏 
<photo:tricot>

いつも読んでくれてありがとう!
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント