44 大事なこと(13)

44 大事なこと(13)


営業時間終了ギリギリで飛び込んできたのは、うちの店から少し先にある場所で、

打ち合わせを済ませた畑山さんだった。

しばらく日向さんの仕事振りを見ていなかったが、

どこか疲れが溜まっているのではないかと、そう指摘される。

かかってくる電話の声はいつも明るかったので、私は何も心配などしていなかった。


「あいつの覇気のなさが伝わったのか、その代わり樫倉英吾の勘違いは甚だしいよ。
すっかり、俺のライバル気分で話しかけてくる。
ドラマのトップ枠、次は狙いますなんて、へらへら言いやがって
打ち合わせの席も、ベテランが使う場所に、平気で足組んで座ってる」


戸部さんはわかっているんだろうか。

個人批判をしている畑山さんのコメントを、一切止めようとしない。

店の中には私たち家族以外誰もいないけれど。


「お前をライバルだと思ったことも、これから先思うことも、絶対にない! って、
そう言い切ってやった。俺がライバルだと認めるのは淳平だけ……今も、これからも」


畑山さんにとって、日向さんは自分を高めるのに、きっと必要な人なのだろう。

日向さんも前に、畑山さんを褒めたことがある。





これでもか! ってくらい、タイプは違う男性だけど……。





「高原に言われたんだ、昔」


高原とは、政治家の息子と結婚した、あの高原あずみさんのことだろう。

こんなプライベートな発言をしても、戸部さんは何もストップをかけない。

なんだかわけもなく、私の方がドキドキする。

外にファンの子でも、聞き耳を立てているんじゃないだろうか。


「あなたは、私のことを守りきれる人じゃないって……」


畑山さんはチャーシュー麺を食べ終えると箸を置き、満足そうに手を合わせてくれた。

戸部さんもゆっくりだけれど、残さず食べてくれる。


「淳平が記者に向かって、あんなコメントするなんて、誰も思わなかった。
でも、ほとんどの人間は、心の中で認める拍手をしたはずだ。
おそらく、マイクを向けていた記者達も……。だってそうだろ。
わかっていて聞いているんだ。それでもみんな、知らないふりをするのが当たり前で、
自らを犠牲にして人を守るのは、そう簡単なことじゃないからさ、この世界で」





『彼女は、僕にとって、一番大切な人なので……』





私を守ろうとした日向さん。

たくさんいる大切な人の中で、私が一番だとそう言ってくれた。





「淳平に演技で負けたと思ったことはない。おそらくこれからもそうだと思ってる。
でも……あんなふうに出来る強さが、俺にはない……。それがあいつを認める理由。
なぁ、頼むよ、俺一人でドラマ出るのには限界があるんだからさ。
淳平が元気じゃないと、競いがいもないでしょ」


戸部さんは食べ終えると、畑山さんに向かって、時計を指さした。

次のスケジュールが詰まっているのかもしれない。


「おい、色紙、ないの?」

「色紙?」

「せっかく食べに来たんだから、色紙くらい飾って、
営業成績あげさせてやろうと思ったのになぁ……。淳平からももらっているでしょ。
並べて飾っておいてよ。なかなかないよ、そんな店」

「あ……あの」


後ろにいた母は、先日、保坂さんが置いていった色紙の残り1枚を取り出した。

畑山さんはそれにしっかりサインを残すと、横に『頑張れ!』と書いてくれる。





この『頑張れ』はきっと、私たちにくれたエールのつもりだろう。





「ほら……」


畑山さんからのエールは、しっかり私の手に残された。

畑山さんが店にいてくれたのは、何分間だったろう。

先に帰ったサラリーマンが誰かに話したのか、外へ出ると何人か女の子が待っていて、

畑山さんは握手だけするとすぐに車に飛び乗った。

私は、エンジンをかけ、店の駐車場を出て行く車に向かって、

しっかり頭を下げ、振り返らない畑山さんの後ろ姿を見つめた。





結局、畑山さんの色紙と、保坂さんの色紙を並んで店に飾ることにした。

日向さんと出会わなければ、何も知らなかった世界。

ついこの間まで、当たり前のように関わっていた世界。





「日向さんって、きっといい人なんだね」


壁にかけた色紙を見ていた私に、母が急に話しかけてきた。

私はその通りだと、頷いてみせる。


「こうして、わざわざここへ来てくれるんだもの、人気者さんが」

「うん……私も驚いた。畑山さんが来てくれるなんて、思ってもみなかったから」


片づけを終えた父は、すでに厨房の中から消えていて、

畑山さんが来て話したことも聞いていただろうが、何も言うことなく横になっている。


「史香が決めていいんだよ」

「うん……」


母もそういうと私を店に残し、少し傷みの残る腰を叩きながら、

居間の方へ向かった。





次の日は、バケツをひっくり返したような大雨だった。

客足も鈍く、私は2階の部屋の窓から、外を見続ける。

ガラス窓にぶつかる雨のせいで、ほとんど何も見えなくなっていた。



『あいつ……探してるんだろ、その目を』



華やかな世界の中で、うらやむようなライトを浴びながら、

それでも常に迫ってくる孤独感。

自分を見つめてくれる目は、数え切れないくらいあるけれど、

その目の中から、正しいものだけを選び続けていかなければならない緊張感。





日向さん……





部屋にあった小さなテレビをつけると、お昼のワイドショーが流れた。

レポーターは、この夏から始まる新ドラマの話題を投げかけ、

その中の一つに、日向さんの作品『BLUE MOON』が紹介される。


『この夏、一押しのドラマなんですが、ちょっと気になる話が入りまして』


レポーターのコメントに、どこか上の空だった私の気持ちが集中する。





『日向君が、昨日、過労で倒れたようなんです』





「うそ……」





そういえば、昨日は電話がなかった。

また、撮影でも押してかけてこられないのかと、それほど気にしていなかったけれど、

レポーターの話で、日向さんの体調がよくないことを知らされる。



『今のあいつじゃ、戦う気にもなれないよ。どうしたんだか……』



畑山さんが見た、スタジオの日向さん。

もしかしたら、具合の悪いのを我慢して、頑張っていたのかもしれない。





『まだ、こっちには戻れない?』





あの言葉の中に隠された意味を、どうしてわかってあげなかったんだろう。

私、日向さんに飛んでくる矢を、1本でも受けて立つなんて、

そんなことを思っていたはずなのに。





何も……




何も、わかってなんていなかったんだ……


「史香! どこに行くの?」

「お母さん、私、出かけてくる」


大雨の中、頼んだタクシーに飛び乗り、私はただ、彼の元へ急いだ。





タクシーに乗り駅へ着き、そこから電車に飛び乗った。

まだ、サラリーマン達の帰宅時間にはなっていないため、

駅のホームはポツリとしか人がいない。

それでなくてもこの天候だ、よっぽどの用がなければ外へなど出ないだろう。



『映画の公開』、『新ドラマの撮影開始』、そして、あの『写真誌騒動』



日向さんの体も心も、疲れているのは当たり前だった。

せめて事務所にいたら、田沢さんや米原さんから、情報は入ってきただろうけれど、

今は離れているし、そんな話をしてくれる人もいない。

ましてや、母の腰の具合が悪いから店へ残っていると言っている私に、

日向さん自身が、自分の体調の悪さを嘆くこともありえない。





……いや、気付いてあげられなかった私が、ただ、愚かだったんだ。





自分のことばかりで、心の余裕がなくて、

必死に戦ってくれている人のことを、どこか置き去りにしていた。

一緒に頑張ろうって約束したのに……





……約束したのに。





久しぶりの街でタクシーに乗り、目指したマンションより少し手前で降りる。

玄関前に着いた時、雨宿りをするように、

タバコをふかしながら立っている男性が一人見えた。

通りすがりの人には見えず、かといって居住者にも見えない。



もしかしたらカメラマン……



そんな思いが頭をよぎる。



私は傘を差しながら、様子を伺うように、マンションへ近付いていく。

すると中からスーツ姿の男性が現れ、タバコをふかしていた男は慌ててもみ消すと、

すぐにその男に近寄っていった。





今しかない……





私は傘にしっかりと身を隠し、そのままマンション内へ進んだ。






45 大事なこと(14)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

非公開コメント

今なら間に合う!

畑山さんもいい人だあ~
畑山さんが応援してくれることは
周りにいい影響を与えてくれるし
畑山さん自身もわかってしているんですよね。

史香じゃないと今の淳平を救えない。
今度こそ二人の絆はしっかりと結ばれるといいなあ~

何かできるはず

保坂さんも、畑山さんもさりげなく励まして、
少しだけ背中を押してくれる。

守ってもらうだけではダメ、守ってあげなきゃ。
何も出来ないと思い込んでるだけでは?
きっと何かできるはず。
畑山が見込んだ淳平に見初められたんだ、史香自信を持て!

史香、走ります

れいもんさん、こんばんは

>畑山さんもいい人だあ~

タイプの違う男だけれど、だからこそ魅力があるのかも。
宗也にとっても、淳平は欠かせない存在のようです。

>史香じゃないと今の淳平を救えない。

そうそう、そうですよね。
全てにOKなんてことは、出来るわけもなく、
さて、史香の決断は?

史香の決断

yonyonさん、こんばんは

>守ってもらうだけではダメ、守ってあげなきゃ。

史香も頑張ろうと誓ったはずなのに、
『写真誌』の大きな出来事に、
つい、心が小さくなっていました。

しかし、宗也たちのおかげで、何かに気付いたはず。
かけだしたその後……は、次回に続きます。

史香、行きましたね。
思いっきりギュッとして欲しいけど
(〃'∇'〃)ゝエヘヘ
本当に、本当に楽しみです。

ギュ! はあるかな?

あんころもちさん、こんばんは

>思いっきりギュッとして欲しいけど

さて、どうなんでしょう。
病気で倒れていたらギュ! はないんだけど。
楽しみにしてもらえて、とても嬉しいです。
これからも、よろしくお願いします。

ほっ♥

畑山さんもいい人だぁ~。
誰にも言えない、伝えてくれない淳平のことをちゃんと知らせてくれる。

これはきっと二人のことを見てきた彼の気遣いだよね。

史香しか淳平を支えられない。
今しかない!淳平のもとへ飛び込んじゃえ。

宗也の気持ち

tyatyaさん、こっちにもこんばんは

>これはきっと二人のことを見てきた彼の気遣いだよね。

淳平の立場を、一番理解できるのは、
実は宗也かもしれません。
恋に失敗した先輩としても、
何かを伝えたかったのでしょう。

さて、飛び込んじゃうのかな?
それは次回へ!