48 影の裏

48 影の裏




聖が出て行った店には、結局、航だけが残った。

航がテーブルからカウンターに座ると、

声が聞こえなくなったことに気づいた啓太郎が、店に顔を出す。


「どうした、あの人、帰ったのか?」

「うん。もう少し冷静に話を聞いてくれるかと思ったけれど、
やはり住野運輸がからんでいるとなったら、身構えてしまったみたいだ」


あらかじめ事情を告げてあった啓太郎は、

誰だって身内が一番かわいいものだとつぶやきながら、目の前のグラスを磨く。


「わかってる。住野運輸がどう関わっているのかを知ろうとしているわけじゃない。
飯田さんのご両親が持っていた土地が、なぜ買い占められたのか、
どうして手付かずのまま残されているのか、僕はその事情が知りたいだけなのに」

「飯田さんかぁ……彼女の心の傷なのか、それが」

「うん……」


啓太郎はグラスを棚にしまい扉を閉め、

航の前に、あらためてコーヒーカップを置いた。

香りがまっすぐ、航の鼻に向かってくる。


「助けてやりたい……。彼女の心を、過去から解き放ってやりたいんだ……」

「航……」

「何?」

「お前が、彼女を思って、そのことに必死になる気持ちは理解できる。
でも、その事実を全て知ったとして、お前は最後まで彼女の味方でいてやれるのか?」


航はカップに伸ばした手を止め、袴田や佐原の顔を思い出した。

古川議員を中心とした輪の中に、『SI石油』が入っているのは間違いなく、

航がこの過去を知ろうとすれば、彼らの反発を買うことは間違いなかった。


「誰でも、綺麗な部分だけで生きていけるとは限らない。
どうにもならない過去を追うより、前を向かせてやることも
お前の役目じゃないのか」


友海と前を向き歩くこと。

それは航にもわかっていた。啓太郎の言葉に、何度も頷いてみせる。


「啓ちゃん。わかってるよ。彼女は前を向こうとしている。
でも、会ってしまったんだ。自分たちを追い込んだ人間に。
あの出来事など、何もなかったかのように、その人が裕福な暮らしをしている。
悔しさだってわかるだろ。啓ちゃんだって、何も理由がわからないまま、
この土地を、店を取り上げられたら、それで割り切って次に向かえるのか!」

「そうだけれど……」

「人の心は、そう簡単じゃない……」


航のつぶやきに、啓太郎は無言のまま、一樹が残してくれた絵を見つめた。

啓太郎が磨き終えたグラスを置くと、隣にあったグラスに触れたのか、

カチンと音が響いた。





その頃、啓太郎の店を出て、タクシーを捕まえた聖は、

後部座席で景色を見ながら、

『TTK』の書類に書いてあった峰山守の文字を思い出していた。

それと同時に、スタンドで懸命に働く、友海の姿も浮かび上がる。

航が袴田に興味を持ち、必死に何かを探していたのは、

やはり友海が関わっていたのだと、改めて二人の絆を感じ取った。

父の仕事について、深く追求したくないと突っぱねたものの、

そのまま家に戻る気持ちにはなれず、過去に何があって、

今、何が行われているのか、聖自身がどうしても知りたくなる。


「ごめんなさい、行き先を変更してもらえますか?」


聖が向かったのは、哲夫が仕事をしている『住野運輸』のある場所だった。

大型のトラックが何台か止まっていて、ドライバーが準備を始めている。

タクシーから降りた聖に気づき、何名かがすぐに頭を下げた。


「聖、どうしたんだここに来るなんて」

「パパ、話があるの、今いい?」


聖はそういうと、哲夫を奥にある接客用のソファーに誘った。

事務所にいた事務員は仕事を終え、帰り支度をし始める。


「こっちの仕事に専念する気持ちが固まったのか?」

「……ごめんなさい。そうじゃないの」

「なら、どうした」

「聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」


聖は一度頷くと、『TTK』という会社を知っているかと問いかけた。

哲夫は急須に伸ばした手を止め、聖の表情を見る。

どういういきさつでここへ来たのか、薄々気づきながら、

どうしてそんなことを聞くのかと、何も知らないような顔で問い返す。


「先に質問に答えて。答えてくれたら、話します」

「航君か……」


航の名前を出された聖の表情は、すぐに変化した。

和彦が選挙に向かい、航の動きを監視するために佐原が入った『SI石油』。

その中で、まだ、この事実に航がこだわっているのだと思いながら、

哲夫は湯飲みにお茶を注ぎだす。


「どうして航さんだと思うの? パパ。それって、何か知っているからってこと?
ねぇ……」

「聖、そう慌てて結論を出そうとするな。
私はただ、そんなことに興味を持つのは、おそらく彼しかいないだろうと、
そう思ったからだよ。頼まれたのか? 私に『TTK』のことについて、
聞いて来てくれと」

「パパ、質問に答えて。知っているの? 知らないの?」


哲夫に向ける聖の表情は真剣だった。湯飲みを聖と自分の前に置き、

ゆっくりとソファーに腰かける。


「……知っていると言ったら? 聖はそれを聞いて、航君に話をするつもりか?」

「……わからない。聞いてから考える」

「パパは知っているよ。『TTK』が何をする会社で、何を目的としているのか。
そして、それを航君が知ることは、
自分を……いや『SI石油』を追い込むと言う事も」

「パパ」


哲夫はそう言うと立ち上がり、一度ソファーの前を離れた。

聖は、哲夫があっさり『TTK』の存在を知っていることを認め、

『SI石油』を追い込むという話しに、怖さが増してくる。

今まで父の仕事に、何も疑問など持ったことがなかった。

これから何が語られるのだろうかと、哲夫の座る場所をじっと見てしまう。


哲夫は、事務員たちが全て帰ったことを確認し、

あらためてソファーに腰かけた。

どんな質問にでも答えるとばかり、その態度は堂々としていて、

聖の目をしっかりと見る。


「お前が知りたいと言うのなら、
パパが知っている『TTK』のことをきちんと話してもいい。ただし……」

「ただし?」

「航君がこれを知りたいと言っている理由。それを教えなさい」


聖はそう言われて、すぐに答えることが出来ず、下を向いた。

航は今まで、友海の過去をずっと黙ってきた。どうしてもこの事実を知りたくて、

仕方なく話してくれたことを、すぐ父に語ってしまうことは

許されるのだろうかと考える。


「聖……答えなさい」


哲夫にとっても、航が過去にこだわる理由、それは謎になっていた。

自分から袴田と会いたいと懇願し、袴田が嫌な顔をしているのに、

航はそこから必死に探ろうとしていたからだ。

聖が答えないことに、哲夫はそれならば何も語らないと、ソファーから立ち上がる。


「待って! 話すから」


聖は、航が友海のために、この事実を知りたがっていることを正直に語った。

哲夫は話を聞く間、身動きせずに黙っている。


「航さんはその人が好きなの。彼女のために、過去のことを知りたがっている。
峰山さんに復讐しようとか、何か文句を言おうとか、そういうことじゃないって……
でも、その人、『SI石油』で峰山さんを見かけたんだって。
これ以上、なぞのままにしていると、自分から直接、
ぶつかってしまうかもしれないって、そう気にしている」

「好きな人……か……」


哲夫の脳裏に、航の母華代子が、家族に反対されても、成島との想いを貫き、

必死に抵抗している時のことが思い出された。

手を差し伸べようとする自分のことなど見ることもなく、

ただ、成島への思いだけで、全てを捨てた思い出の人。



『僕には……思う人がいますので』



あの日、タクシーの中で聖との交際を勧めた哲夫に、航はハッキリと言い返した。

あの目は、亡くなった華代子そのもので、

いまだに航の中で、華代子が生きているのだと思ってしまう。


「聖……」

「はい」

「お前もなぞのままでは、気持ちが治まらないだろう。
けれど、パパに考えがある。お前が勝手に語ることだけは、避けてくれないか」


哲夫は、知っていることを全て語る代わりに、聖にそう条件をつけた。

聖はそれでも構わないと頷き、あらためて座りなおす。


「ならば、パパが知っていることを、全て教えよう」


住野運輸の壁にかかった柱時計が、午後8時を示し、

二人の目の前で低く重たい音をさせた。





啓太郎の店を出た航は、駅に回ることをせずに、

歩きながら『天神通り店』へ向かった。

道路の反対側から見えるスタンドは、今日もまた、何台かの車があり、

順調にスタッフの声が響く。

航が手がけた商店街との駐車場作戦は、お互いのメリットを生み出し、

少しさびれかけた店達も、さらなる発展を遂げようと、

近頃は積極的に意見を出してくれるようになった。



『その事実を全て知ったとして、お前は最後まで彼女の味方でいてやれるのか?』



航の心の中に、啓太郎に言われた一言が、ずっしりと重くのしかかった。





49 真っ白の服 
<photo:tricot>

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コメント

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航の立場は難しい

聖との中も危うい状態になってしまいましたね。

やっぱり親のこととなると子供にだって思う気持ちはあるからね。

航の立場だって、友海のことを心配すればするほど
会社や身内の反対側ってことになる。

自分の思いはそのまま実行できにくくなくなる。

>お前は最後まで彼女の味方でいてやれるのか
そこが問題なんだよね。
最後まで付き合わなきゃ、かえって友海の気持ちを
傷つけてしまうから

そこだよね

tyatyaさん、こんばんは

>航の立場だって、友海のことを心配すればするほど
 会社や身内の反対側ってことになる。

調べれば、調べるほど、そういう状態になりつつあります。
航が『SI石油』に入った理由もあるだけに、
立場は確かに難しい。

長い話になっていますが、
もう少しお付き合いくださいね。

そして、すっかりご無沙汰してます。
また、お邪魔します!

全ては

yokanさん、こんばんは

>全てを知ってしまった聖さんはどう行動を起こすんだろう・・・

そうですよね。
聖は全く知らなかったことなので、
急なことに、驚いていることでしょう。

全てを明らかに……yokanさんにも知ってもらえる日が
来るだろうか(笑)