45 大事なこと(14)

45 大事なこと(14)


私はエレベーターに乗り最上階で降りた。すぐに右へ曲がり一番奥の部屋を目指す。

一度しかここへは来ていないけれど、日向さんの部屋はちゃんと知っている。

インターフォンを鳴らそうとして、指が止まった。





私……来てよかったのかな。

迷惑だってことは、ないのかな。





それでも、このまま引き返すことなど出来ない。

日向さんがどんな状態なのか、確かめるまでは帰ることなど出来ない。

覚悟を決めて、インターフォンを鳴らしたが、日向さんの返事は聞こえてこなかった。


カバンから合い鍵を出し、ゆっくりと回してみる。

ドアノブを引き中へ進むと、台本とペットボトルと、

栄養ドリンクの瓶がテーブルに並んでいた。


「日向さん……いますか?」


もしかしたら、あまりの体調の悪さに、入院でも勧められたのだろうか。

田沢さんの番号を呼び出してみるが、ボタンを押そうとした指が止まる。

今、ここにいるなんて告げたら、怒鳴られてしまうかもしれない。

おそるおそる寝室の方をのぞくと、少し前までそこで寝ていたような気配が残っていて、

私は落ちていたTシャツを軽くたたみ、サイドテーブルに置く。

日向さんのぬくもりがあるのかどうか、ベッドに手を置いてみた。



……あたたかい



まだ、近くにいるかもしれない……

携帯をあらためて取り出し、日向さんの番号を呼び出した。





「史香……」


その声に振り向くと、バスタオルで髪の毛を拭く日向さんが立っていた。

私はその驚く顔に向かって、必死に抱きついていく。


「うわぁ……史香、どうしたんだよ、急に」

「どうしたもこうしたもないです、
過労で倒れたって、ワイドショーで言っていたから、私、どうしても顔見たくて……」





日向さん……



日向さん……

こんなに遅くなってしまって、ごめんなさい。



しがみつく私の頭の上に、日向さんが使っていたバスタオルがふわっと乗った。

そして、日向さんの腕が、私をしっかりと包んでくれる。


「史香の頭も濡れてるよ、こんな雨の中、走ってきたのか?」



違います、ここまで走ってなんて来られません。

私は何度も首を振った。



「史香の……シャンプーの香りがする」



傘をさしてきたけれど、家から大雨の中、慌てたからなのか、

私の肩も、脚も、すっかり濡れていた。





「どうですか? これで」

「うん……ちょっと大きいけど、まぁ、いいか」


日向さんのシャツを借りて、スウェットの足元は、クルクルと折り曲げて、

なんとか形になった。


「そうか、確かに過労と聞いたら驚くよな」

「はい……」


日向さんは、新ドラマの台本をめくりながら、昨日からのことを話してくれた。

撮影中に胃が痛むようになったのは2、3日前で、昨日はより体調が悪く、

途中で撮影をストップした。倒れたわけではなかったが、

その後の取材などは全部キャンセルし、1日休養を取ることになった。


「なんとか取材もこなせるかなと思ったけど、田沢さんにストップかけられた。
一つ受けたら、残りも全部受けないとならないし、
じゃぁ、どれか一つだけなんて選べないしさ」

「病院には行ったんですか?」

「うん、疲労からくる胃炎だろうって。今日の天気予報も悪かったから、
無理するのは辞めようってことになった。台本が早めに上がっているから、
撮影スケジュールにも少し余裕があるし」

「そうだったんですか……私、何も知らなくて」


私は、入院だとか、手術だとか、そんなことにならなくてよかったと、

大きく息を吐いた。

心のどこかに溜まっていた不安が、吐き出されていくようで、

どこか息苦しかった呼吸も、なんだか楽になる。


「畑山さんが、お店に来てくれたんです」

「宗也が?」

「閉店間際に、マネージャーの戸部さんと二人で来てくれて、
それで日向さんが少し疲れているようだって、そんな話を……」


私は、日向さんのことを畑山さんがライバルだと認め、

私にも頑張れと言ってくれたことを報告した。

日向さんは頷きながら話を聞き、嬉しかったのか口元が緩む。


「あいつに借りは作りたくないんだけどな」

「借り?」

「あぁ……でもまぁいいか。とぼけていれば」


日向さんは、思ったよりも元気そうだった。

本当の過労になる前に、少し手前の状態でストップ出来たのも、

田沢さんが日向さんを、ちゃんと見てくれている証拠。


「日向さんの回りにいる人は、みなさんいい人ばかりですね」

「ん? なんだよ急に」

「だって、たくさんの目があっても、実は孤独なんだって、そう畑山さんが言ってました。
興味だけの目と、しっかり見てくれている目を見抜くのは、大変だから」


田沢さんも、米原さんも、日向さんを表面だけでなく、しっかりと見てくれている。

それは日向さんが、みんなの期待に答えようと、頑張ってくれるから。


「そんなこと言ったんだ、宗也が」

「はい……」

「あいつが、心の中を吐き出すなんて珍しいな。打ち解けているように見えて、
なかなか本音を言わない男だからさ」

「あ……そうですね」

「史香の魅力に気づいたか?」

「エ……何、言っているんですか……あ、あの……」





日向さん、本当に体調悪いんですか?

なんだか、とっても楽しそうですけど……





隣に日向さんがいてくれること、ちょっとした話に二人で笑いあえること、

触れた手のぬくもりに、心がドキドキして止まらなくなること……





たぶん、こんな時間は、みんなが持っている普通のもの……

こんな時間だけが、私にあれば、それだけでいい……





そう……それだけで……





私の目が、ふっと開いたのは、雨の音が少し弱くなった真夜中だった。

日向さんの具合が悪いからと家を飛び出し、こうして今ここにいる。

気持ちが落ち着き始めると、社長のことや、田沢さんのことが浮かんできた。



あと数時間……

どうか、日向さんの鼓動を、感じるままでいさせてください。

太陽よりも早く……目を覚ますから……







「史香?」

「あ……日向さん、起きたんですか? まだ、早いですよ」


私は朝の4時過ぎに目覚め、帰り支度を済ませた。

まだ、始発は動いていないけれど、これから駅へ向かって行けば、

すぐにでも動き出すはず。


「何してるの?」

「今なら、きっと外には誰もいないし、帰ります」


そう言った私の左手は、日向さんにつかまれた。

ベッドからそのまま起き上がり、日向さんは私を車で送ると言い始める。


「ダメです! そんなこと」

「でも……、こんな時間に史香を一人で外に出すわけにはいかない。
ちゃんとご両親にも頭を下げないと、また中途半端だと思われる」

「日向さん」


生真面目なのはわかるけれど、それはあまりにも無鉄砲すぎる。

今はドラマの撮影中で、車の運転なんて、田沢さんが倒れてしまうかもしれない。


「ダメです! 日向さん、田沢さんの気持ちも考えてあげてください」

「は?」

「は? じゃありません。今はドラマの撮影中、運転禁止期間じゃないですか。
一緒に戦ってくれている人なんですよ、これ以上、心配かけてどうするんですか」

「史香……」

「今日は一人で帰ります。絶対に!」





そう……もう逃げたりしない。

店の手伝いでごまかしたりせずに、私はまたしっかりと自分の足で歩いてみせる。





「自分の部屋に戻ってきますから」

「うん……」

「今日のことは私がきちんと、親に話しますから」


私の言葉に、どこか納得のいかなそうな日向さんだけれど、

そこはしっかりと振り切った。


「日向さんと会うことを、私、どこかで躊躇っていたんです。
社長の言葉も重かったし、また、写真誌に撮られでもしたらどうしようか……なんて。
でも、ビクビクしているのは、悪いことをしているみたいで嫌です」


そう、私は悪いことなど、何一つしていない。

日向淳平を好きになり、その人のために何かをしたいと願っているだけ。

それは、誰にも止められることではないはず……


「私の時間の中に、日向さんがいないなんて……考えられないから……」





二人でベッドに腰かけ、目を見て会話をする。

日向さんの手が髪に触れた。

私たちは言葉の代わりにしっかりと唇を重ねる。



また新しいスタートを、一緒に切るために……。



そして、少し先へ向かって、歩み始めよう。






46 青色の夢(1)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
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コメント

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再スタート

心配で悩んでいるより、その目で確かめてみれば安心。
二人がしっかり繋がっていれば、世間はそんなに冷たくない。

畑山さんにはちゃんとお礼を言おうね淳平。

押して、引いて

yonyonさん、こんばんは

押したり引いたり……の二人ですが、
『交際宣言』からのドタバタをなんとか越えようとしています。
しかし、淳平のドラマ開始はこの後。
どう影響するのか、樫倉英吾の事務所は……ということで、続きます(笑)

ちょっと安心

出遅れちゃった~@@

意外に元気な淳平くんでした。
周りの配慮のおかげで倒れる前に体を休められたのですね。

史香の登場もパワーアップの源になるはずですよね。
送るという淳平を説き伏せる史香。
また強くなりましたね。
これから先も安心して見ていられそうです♪
作者の意地悪がなければ。。(笑)
この先どうなるか見守りますよ~

作り手です

れいもんさん、こんばんは

>周りの配慮のおかげで倒れる前に体を休められたのですね。

はい。田沢さんが、その前に止めました。
見ていれば、無理しているのはわかるはずで。
それが阿吽の呼吸かと(笑)

>これから先も安心して見ていられそうです♪
 作者の意地悪がなければ。。(笑)

あはは……(汗)

よろしくお願いします。

淳平元気!!!

出遅れました~。

淳平元気だった。^^
もちろん、史香を抱き締めて・・・♥

朝までの時間は???
はは・・・勝手に想像してます。

いつも控えめだけど、しっかりした史香だなぁ。
そんな女の子だから淳平も惹かれたんだよね。

畑山さんのことも、淳平は認めているんだ。
言葉は少ないけど、男同士ってそう言うものなんだろうね。

ライバルは大切

tyatyaさん、こんばんは
出遅れただなんて、いいんですよ。

>淳平元気だった。^^
 もちろん、史香を抱き締めて・・・♥

あはは……ねぇ、体調悪いはずなのに、
どうしたんでしょう。

>畑山さんのことも、淳平は認めているんだ。
 言葉は少ないけど、男同士ってそう言うものなんだろうね。

スポーツ選手でも、名選手になるには、
ライバルがいないとダメなんだそうです。
競うという気持ちが、なくなるから……

淳平にとっては、宗也がそのライバルなのでしょう。