49 真っ白の服

49 真っ白の服




『住野運輸』の事務所には、社長である哲夫と、突然訪れた聖だけが残った。

聖の前に置かれたお茶は、すっかり冷めてしまう。

哲夫は『契約書』と書かれたいくつかの書類を、テーブルの上に並べた。


「これは? ねぇ、これはどういう契約書?」

「まぁ、待ちなさい。順番に話をしていくから。
そんなに興奮されたら、話すことがしっかり伝わらなくなるだろう」


聖は、父と『住野運輸』が深く関わっているのではと思い、

書類の登場に声を荒げたが、一度大きく深呼吸し、心を落ち着かせようとする。


「まず、お前の聞き出そうとした『TTK』という会社のことだが、
『TTK』は土地の転売を目的としている会社だ」

「土地の転売?」

「あぁ……。もちろん、地元の人間から土地を買う時には、転売などとは言わない。
そんなことを言われると、裏に何かあるのではないかと、疑われるからな」

「転売の目的は?」

「目的は、あの場所に、豊富な水源があるからだ」

「水源?」

「日本にはいまだに、あまり手のつけられていない森林があって、
そこには、豊富な水の資源が眠っている。
狭い国土でありながら、いくつもの山があり、そこを流れる水がある。
そんな恵まれた自然から生み出される権利を、アジアの各国が狙っているんだ」

「アジアの国?」


哲夫は、アジアの国々は、水道事情が日本に追いついていないことを付け加えた。

特に中国では、経済発展は目覚しいものがあるが、

元々国内に財産を持ちにくい構造のため、近頃はその投資を、

日本に向ける人が増えていると語る。


「水は中国国内でも、また日本の中でも、立派な商売になる。
もちろん、正規の金額を払って購入しているのだから、
法律を犯しているわけではない。売りたい人がいて、買いたい人がいる。
それこそが商売の基本だろう。しかし、山の買い主が外国の企業だと公表すると、
地元から反発が起きる。日本の山や水の持ち主が、外国の人になるっていうのは、
古くから住む人たちにするとあまり嬉しいことだとは思えないからだ。
だから、隠れ蓑のような会社を作って、そこから商売をするようになった」

「……なら、飯田さんのご両親が持っていたペンションの土地も、
そういう理由で買い占められたの?」

「あぁ、おそらくそうだと思う。パパも、この計画を袴田さんから聞いたのは、
2年ほど前のことだ。その土地買収時のことは、細かくわからない。
でも、峰山さん……袴田さんのお父さんになる人だが、
聖も一度会ったことがあるだろう」

「はい……」

「彼は当時、地元の会長という立場でありながらこの企画に参加し、
企業側と手を組んだ。その時、このこと、つまり外国企業との取引が
行われることを知っていたのは、ほんの数人で、
みんなこの会社でもうける話に乗った男たちだ。
そこで商売をしていた人たちを追い出してまで、土地を得たという事実。
今でも地元で商売をしている以上、それを他の住民に知られることは、
いいことではないだろう」


その土地に住みながら、その土地を売った男たち。

聖の中で、昔、会った峰山の顔がぼんやりと浮かぶ。


「……パパは、その人たちと何をしているの?」

「私は、その水源から取れる水を運ぶ、その仕事を請けて欲しいと言われただけだ。
別に、土地買収にからんでいるわけではない。
むしろ、『芽咲海岸店』を売却し、その買収に拍車をかけたのは『SI石油』で、
もしこれを航君が騒ぎ出したら、彼の立場はおろか、会社の存続も危うくなる」

「どう……して?」

「その利益から出たお金を、一番期待し、利用しているのが古川議員だからだよ。
『SI石油』は、古川さんの後ろ盾で商売をしている。
航君も、知らないうちに、その事業から得たお金と、
結びついているってことなんだ……」


何もかも、聖が初めて聞くことだった。

確かに、色々な意味で疑問は残るが、企業同士の結びつきを思うと、

航が、あまりこのことに、こだわっていいことがあるとは思えない。


「パパはむしろ、聖がこのことを知って、逆に航君を説得して欲しいと思うけどね」

「説得?」

「あぁ……。一人の女性のために正義を貫こうとするのもいいが、
『SI石油』には、大勢の社員と、店舗に関わる従業員がいる。
そんな昔の出来事のために、経営を危うくするのは、よくないことだろう」


哲夫の言うとおりだと、聖にはそう思えた。

航がこのことを調べ上げれば、友海は納得できるかもしれない。

しかし、そのことで、航は古川議員を始めとした人たちから睨まれ、

彼らが『SI石油』を疎ましく思うことが想像できるからだ。


「仕事をすれば、真っ白な服を着ていても、知らないうちに汚れることだってある。
だからといって、汚れたくないと後ろへ下がってばかりいたら、
他のものに取られるだけだ。聖にも言ったよね。
欲しいものは取りに行かないとダメだって。引いてばかりの商売じゃ、
今の世の中残っていくことなど出来ないんだ」


自分の力だけで『住野運輸』を作り上げてきた父の言葉は、

聖にとって、説得力のあるものだった。

それと同時に、父の商売が、それほど深い関わりがないのだとわかり、

少しだけほっとする。


「これで納得が出来たかい? 聖」

「はい……」

「それならば、次はパパの話を聖が聞く番だ」


聖は、哲夫が何を言うのかわからずに、

黙ったままその冷静なまなざしを見つめた。


「この話を知りたがっているという人に、パパから話をさせてくれないか」

「パパが飯田さんに話を?」

「あぁ……。その人は過去の事件に直接関わった人なんだろう。
知りたいというのなら、私の口から教えてあげればいい」

「パパが、今の話を航さんにしてあげたら?」

「彼にはまだ、言わないほうがいい。古川議員の選挙もあるし、
それと同時に、和彦さんの選挙もある。今、騒ぎ出しでもしたらそれこそ大変だ。
そのために佐原さんは『SI石油』に入っている。聖……」

「はい」

「もう一つ言っておく。『SI石油』がなくなるようなことになれば、
海人の戻る場所も、なくなることになるんだぞ」


聖にとって、『SI石油』を守ることが、

どこにいるのかわからない海人を守ることのような、そんな気がしていた。

確かに、今、過去のことを知った航に、

勝手な動きをされるようなことにでもなれば、問題も多いだろう。



家に戻った聖は、すぐに車に乗り、『天神通り店』へ向かった。

友海の個人的な連絡方法はわからない。

わかっているのは、スタンドにいるだろうということだけだった。


「いらっしゃいませ」


聖の車に近付いたのは美鈴で、聖は運転席から友海の姿を探すが、

すぐには見つからない。車を下り、店の中へ向かうと、

ちょうどほうきを片手に持った友海が、事務所の中から出てくるところだった。


「あ……こんばんは」

「こんばんは」


友海は何も知らずに聖に頭を下げると、その場を離れようとする。

聖はその手をつかみ、話があるのと切り出した。


「なんですか」

「伊豆の土地のことで、話しておきたいことがあって」


友海は、聖から土地のことを言われ驚くと同時に、

航が話をしたのかと、問い返す。


「そうよ……」


友海は、航が聖に全てを語ったとわかり、どこか裏切られたような、

そんな複雑な気持ちになった。別に秘密だと約束したわけではなかったが、

あくまでもプライベートな話を、広めていたことが、

どこか腹立たしくさえ思えてしまう。


「彼、必死に過去を探っている。それはあなたのためでしょ。
でも……そのことは彼のためにはなっていない。それに……」


聖は、車の給油を終えた美鈴が、こちらに走ってくるのが見え、

慌てて友海に携帯の番号を書いたメモを握らせる。


「連絡待ってるから……」


聖はそれだけを告げると、美鈴に渡された鍵を受け取り、

そのまま車でスタンドを出て行った。友海はほうきとメモを持ったまま、

事務所の中に立ちつくす。



『彼のためにはなっていない……』



峰山会長が、袴田の父として姿を見せた時から、このことはわかっていることだった。

航が、自分のために過去を知ろうとすることが、

逆に航を追い込むことになるのだと、聖の言葉に、あらためて気づかされる。


「友海、あの人、前によく専務と来た人だよね」

「……うん」


美鈴に気づかれないように、友海はメモをポケットに押し込み、

早く掃除を終らせようと、明るく声をかけた。





友海は自転車をひきながら、部屋へ向かった。

以前なら、仕事帰りの航と会い、笑いながら歩いた道も、今は一人で歩くだけになる。

自転車を置く前に、必ず見る部屋も、ほとんど暗いままで、

友海は、航が以前とは違う立場になったのだと、心に言い聞かせていく。



『彼のためにはなっていない……』



階段を上がり、真っ暗な部屋に入り、電気をつける。

目の前の壁には、『碧い海の絵』がかかっていて、友海を出迎えた。

どんな理由があったのかはわからないが、峰山は昔よりも権力を増し、

『SI石油』がそれに関わりを持っていることも、すでに航から聞いている。


家を飛び出し、自分の道を生きてしまった母と、

母を家族から引き離したことを最後まで悔いた父の想いを重ね、

航は新谷家へ入ることを目的に、『SI石油』へ入社した。

今はいない海人の代わりに、経営部門に入り、

従業員の生活を支えていく立場になった。



『目の前の正義にこだわって、
結局、君を追い込んだのは僕だったのかもしれないと……』



あの時見せた航の表情は、なんともいえない寂しそうなものだった。

友海はその顔を消し去るように、

バックから聖の番号が書かれたメモを取り出していく。

そして、先日、両親が寄こした手紙を開け、

引き継いでほしいと言われた山荘の写真を取り出した。



「もしもし……飯田と言います」



友海は、一つの覚悟を決め、聖へ電話をかけた。





50 決断の日 
<photo:tricot>

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コメント

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聖の立場

ほうほう、中国が日本の森林のある土地を買っている
というのは聞いたけど、ここで出てきましたか。^^
超現実の話になってきた~~。

茅咲海岸のお店の売却って、こういう風にも絡んでくるのか。
頑固に反対を唱える航がそうなっては手も足もでない。
ももんたさんの頭の中ってすごい社会現象を構造してるのね。@@

航が動けば・・・会社にプラスに働かない
と知らされた聖の立場は慎重にならざるをえないよね。
海人のこともあるし、何より会社というものを考えなくちゃならなくなったね。

航と海人と友海と・・・
自由に動きまわれるのは聖だけかな・・・。
責任重い。

嬉しいな

tyatyaさん、こっちでもこんばんは

>茅咲海岸のお店の売却って、こういう風にも絡んでくるのか。

はい、実はこういう大きな渦がありました。
『土地買収』の話は、私もニュースで見たことがありまして、
たまたま書いていた時期だったので、それを取り入れた
形になっています。

まぁ、細かく見てしまうと、あれこれあるんですけど。

>航と海人と友海と・・・
 自由に動きまわれるのは聖だけかな・・・。
 責任重い。

全てが明らかになり、ここからラストへ向かって
それぞれが走り出します。
長くなっていますが、もう少し、お付き合いくださいね。

そういうことなんです

yokanさん、こんばんは

>なるほど、そういうことか~・・・

はい、色々なことが、これで全て明らかになりました。
聖にとってみれば、いきなりの話で、
驚きばかりでしょうが。

>どんな覚悟を決めたんでしょう

友海の覚悟については、次回に続きます。