46 青色の夢(1)

46 青色の夢(1)


日向さんのマンションをホームで見ながら、始発から何本目かの電車に乗った。

昨日の大雨で予定が狂ったのか、疲れきったサラリーマンが、座席に眠っている。

その隣では、こんな時間でも目がくっきりさえている女性が

必死にメールを打ち込み、返信を待ちながら軽く口紅を直した。


日向さんが過労で倒れたと報道されたのを聞き、何もかも忘れて家を飛び出した。

心の片隅に、またカメラマンでもいたらと思わなかったわけではないけれど、

それよりもそばにいたい気持ちの方が数倍も強かった。

誰でも持っている普通の気持ち……

人を好きになることは、誰かに止められたり、修正されたりすることではないはずで、

私は自分にとって、何が大事なのか、もう一度しっかりと感じ取る。



『大切な人』だと言ってくれた日向さん。

だとしたら、私の出来ることは、周りの人からも認めてもらえるような女性になること。

逃げていることじゃなくて、歩き出すこと、そう思った。





「ごめんなさい、こんな時間になって」


店の仕込を始めていた父は、堂々と朝帰りをした私を一瞬だけ見たが、

何も言わず仕事を続ける。母はエプロンを外し私の手を引くと、居間へ入った。


「ごめんなさい、昨日は日向さんのところに泊まったの」

「電話があったわよ、彼から」

「彼? 日向さん?」

「うん、報道がおおげさになってしまって、迷惑をかけたって。
天候も悪かったし、夜中に帰すことができなかった。
本来なら、ちゃんと送り届けるところだけれど、申し訳ないって」


私をここへ送ると言ってくれた日向さん。撮影中の運転禁止は、田沢さんとの約束。

認めてくれている人を、決して裏切らないこと。

それも、私たちの小さな約束。


「そう……」

「まぁ、朝帰りは褒められたことじゃないけれど、
飛び出した史香の気持ちもわかるし、今日は多めに見るわよ」

「ありがとう」

「具合はどうだったの?」


私は、日向さんが本当に倒れる寸前で免れたことなど、

見てきたことを全て正直に語った。母は、私の肩をポンと叩き、そのまま店へ戻る。

私は部屋へ向かい、すっかりここに居ついていた自分を反省し、

広がっている荷物をまとめることにした。

事務所の仕事は辞めてしまったけれど、また、新しい仕事を探し、

そして日向さんを支えていく。

新しい目標が決まったからか、普段なら面倒な場所の掃除まで、気分よく出来た。





その日の夕食を終えて、私はアパートへ戻ることを告げる。

母は軽く頷き、食事を済ませた食器を流しへ運び出した。


「10年後のことなんて、今の私にはわからない。
でも、今、このままここにいることは、これから先、絶対に後悔すると思うから。
だから……」

「仕事はどうするんだ。辞めたんだろ」


新聞に目をやりながら、父はそうポツリと言った。

私はわかっていると頷き、これから探すと力強く宣言する。


「私、頑張るから、しばらく見守ってください」


具体的なことなど、何も語れなかった。

それでも、私は前を向き進むのだと、そう両親に言い切った。





あらためての独立宣言。





そして、次の日から私の新生活がスタートした。

とりあえず求人雑誌を買い込み、時間を見つけてハローワークにも顔を出す。

学生らしき人も見えるし、リストラにあったのか、父に近い年齢の人も、

汗を拭きながら、面接の順番を待っている。


「前島史香さん……」

「はい、よろしくお願いします」

「何か、免許とか、資格はお持ちですか?」

「あ……えっと、車の免許は……ほとんど乗っていませんが」

「そうですか」


面接の方が少し顔にしわを寄せた気がした。

あらためて、自分の無能さにため息が出る。

何か資格でも取っていたら、再就職先も広がるのだろうが、

なかなか思うようには進まない。ポケットに入れた携帯が鳴り、私はそれを開く。



『今日は仕事が早く終わりそうなんだ』



ドラマの開始まであと3日で、日向さんは分刻みのスケジュールをこなしていた。

以前なら、私の仕事の時間があったり、互いの時間を合わせることが難しかったけれど、

今の私はしばられるものがない。すぐにOKの返信を済ませ、一緒に食事をしようと、

それなりの材料を買い込んだ。


昼間は、マンションの住人の出入りが多く、その波に紛れるように中へ入る。

エレベーターに乗り込み、彼の部屋へ入ると、そのまま荷物をテーブルに乗せた。


「あぁ……もう。おととい来たばっかりなのに」


部屋の中には、プレゼントや上着が、無造作に置かれていた。

ファンからの花束も、包装紙をほどくのがめんどうだったのか、

そのままの姿で花瓶に収まっている。

これじゃ、窮屈だし、せっかくの綺麗な姿も見られない。


「ちょっと待っていてね、すぐに自由にしてあげるから」


包装紙を解いた花たちは、思い切り空気を吸い込み、また一段と綺麗になった気がする。

その色とりどりの花を見ながら、私は日向さんの部屋の中で慌しく過ごす。

そして、彼が仕事から帰ってくるのを待った。



料理はほぼ完了。あとは顔を見て、温めて……。

ソファーに座り、テレビのニュースを見ていたら、

少しずつ視界が狭くなっていって……





「……か」


どこからか、私を呼ぶ声がした。その声に答えようとしたとき、

目の前に日向さんが見えて……


「キャー!」

「キャー? なんだよ、それ」

「あ……」


そうだった。

ここって、日向さんの家じゃない。私、すっかり眠ってた。


「ごめんなさい、私……」

「いや、こっちこそごめん。撮影が延びたんだ。
もう少し早く戻れると思っていたのに。もう食べた?」

「ううん……」

「そっか」


日向さんはとっても嬉しそうな笑顔を見せると、

着替えてくると言いながら奥の部屋へ入った。

私は一度大きな伸びをして、壁にかかった時計を見る。



あら……もう、10時を過ぎてたなんて。



作っておいた食事を温めなおして、あらためて二人で遅くなってしまった食事をする。

当たり前のように動く箸と食器が、幸せな音をたてた。


「楽屋のお弁当、食べなくて正解だ」

「本当?」

「うん……」


普段、ロケ先やスタジオで仕事をする日向さんが、

お弁当で食事を済ませることが多いことを知っている私は、

野菜をたくさん使った料理を、テーブルに並べた。

材料が高価なわけでもないし、特に凝ったものを作ったわけでもないけれど、

愛情だけはたくさん注いだつもり。


「明日からは、キャンペーンモードなんだ」

「新番組紹介のことですか?」

「うん……いよいよだし、田沢さんも雑誌の取材スケジュール並べて、
ブツブツ言ってたよ」

「そうなんですか。じゃぁ、スタイリストの米原さんも忙しいんですね。
同じ服装でインタビューは絶対にダメ! って……」

「そうそう、さすが史香はわかってる」


いつもなら、次の日の仕事を考え、終電の時間を気にしながら会話していたけれど、

もう、そんなことを気にする必要などなく、私は日向さんと並んでキッチンに立ち、

食事をした食器を並んで片付ける。



ちょっとした新婚さん気分……



「あとはやりますから」

「うん……」


世の中の時計が示す時間と、また別の時間が存在する気がして、

私は心地よい流れの中に身を置いている自分に、心から満足だった。





片づけを終えて、お風呂に入り、膝を抱えてみる。

シャワーを借りたことはあるけれど、こんなふうにゆっくり、

湯船につかったことなんて、今までなかった。


日向さんと、この先もずっと、お付き合いすることが出来たら、

いつかこんな時間が、普通になるのだろうか。

そんな日を迎えることが出来るまでに、

あと、いくつ壁を乗り越えていけば、いいのだろう……

一人になると、また、弱気の虫が飛び出そうで、私はお湯を手ですくうと、

そんな顔にパシャンと水をかけた。

着替えを済ませ、洗い髪をタオルで拭き、ドライヤーで乾かしてみる。

扉の隙間からリビングをのぞくと、私が眠っていた大き目のソファーに、

日向さんが座っているのが見えた。

手にはしっかり台本が握られていて、なにやら口元も動いて見える。

私は、ドライヤーの音が迷惑になるような気がして、きちんと扉を閉めた。





「日向さん、出ましたよ」

「ん? うん……」


私の姿を見た日向さんは、台本をテーブルの上に置くと、そのまま立ち上がった。

その台本は『BLUE MOON 第4話』のもので、つい、中身を知りたくなる。


「あ、史香。それ見たらダメだからな」

「見たらダメなんですか?」

「ダメ! この4話がカギなんだ。絶対に外に出してはいけないって言われてる。
だから、いくら史香でも今回はダメ。話を知ると、誰かに言いたくなるだろ」

「……言いません」

「ダメ!」


日向さんはそういうと、台本をつかみ、そのままバッグに押し込んだ。

そしてそのバッグを寝室の中に入れてくる。


「そんなことしなくたって見ませんよ」

「さぁ、どうだか……」


日向さんはそう言いながら、浴室に消えていった。

扉が開く音がして、シャワーの音がし始める。

私はテレビをつけ、流れてくるニュースを聞いた。

今日の出来事が放送され、コメンテーターがなにやら言っているけれど、

内容なんてあまり頭に残らない。


だって、日向さんが今まで、台本を隠したことなんてないんだもの。

ダメって言われると、見たくなるでしょ……普通。

そう……見たくなるの、なるんだってば……





誰だって、見ちゃうって!





こっそりと寝室に入り、日向さんのバッグを探す。

日向さんって、絶対に手ぶらで移動しないんだよね。

お気に入りの本とか、DVDとかをバッグに入れて、

休憩時間になんていっているけれど……





すぐ、寝ちゃうの……





「あ……あった」


日向さんのバッグから、台本を取り出して、少しだけのぞいて……

すぐに元に戻せば……


「ダメだって言っただろ!」


台本へ届く一歩手前で、私の腕は日向さんにつかまれた。

表情は一応怖いけれど、行動がおかしくないですか?



……だって、私、抱きかかえられている。



「あ……あの……」

「史香は、約束を平気で破るんだな」

「いえ……その……」


お風呂に入っていたんじゃないんですか? シャワーの音もしていたのに。

あれ? その格好、まだ全然、お風呂モードじゃない。


「日向さん! あの……お風呂じゃ……」

「そうだよ、入ろうとしたんだ。でも、泥棒がいるような気がして、戻ってきた」

「ど……泥棒じゃありません」

「あはは……史香は単純だ、すぐに引っかかる」

「エ?」





私はからかわれ、日向さんの冗談作戦にまんまとはまってしまった。

その1分後、私は洋服のまま、湯船に放り込まれ……



せっかくドライヤーで乾かした髪もメチャクチャだし、

この後、着替えもないんですけど。



なんなんですか、もう!



結局その後、『第4話』の台本を見せてもらったけれど、

どこにもカギらしき展開なんてなかった……



……クシュン!






47 青色の夢(2)


恋する二人と、空想に励む私に(笑)
励ましの1ポチ、よろしくお願いします。(人・∀・)オネガイ・*:..。o○☆*゚

コメント

非公開コメント

ヒューヒュー

前向きになって頑張ろうとする姿は気持ちがいいわ。
きっとお父さんも分ってくれてますって。

なんだ、なんだすっかりラブラブモードじゃない❤

単純な手に引っかかるのも史香のいいところ♪
淳平もそんな史香が好きなのね~~~(ヒューヒュー)

さて、次は?

yonyonさん、こんばんは

>前向きになって頑張ろうとする姿は気持ちがいいわ。

何かがあって、落ち込んでも、
また前に進もうとすると、また一つ強くなる。
きっと、こんなことの繰り返しなのでしょうね。
その姿を見てくれるのが、両親やそしてファンなのかも。

>なんだ、なんだすっかりラブラブモードじゃない❤

あはは……最初はこんな形から入ることが多いんだよね。
さて、今回は何事か!

頑張る二人

yokanさん、こんばんは

>前向きになれば、
 なにもかもが良い方向に行くような気がするわ^^

あぁ、そういうことって、あるかもしれないですね。
ポジティブな考えが、また幸運を呼び込むのかも。
さて、今回は何がおきるのか、
また、二人にお付き合いください。

幸せ気分になってもらえて、私も嬉しいです。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

史香、頑張ります

ナイショさん、こんばんは

>史香もすっかり淳平のペースに嵌ってますね。

史香って、男にとって
かわいい女性だと思うんですよね。
天然だし、単純だし(笑)

>新婚さん気分。すっかりハッピーな気持ちにしてくれます。

そうそう、いつもこの出だしは、
ラブラブなんですけどね。
いひひ……

ナイショさん、活動頑張ってください。
出来たら、報告も聞かせて欲しいなぁ