50 決断の日

50 決断の日




友海が待ち合わせの場所に向かうと、店の前に立っていたのは聖だった。

軽く頭を下げ、そして一緒に中へ向かう。

通された一番奥にある畳の部屋には、すでに哲夫が待っていて、

友海はそこでまた頭を下げた。


「あなたが、飯田友海さん」

「はい……」


哲夫は座るように言うと、仲居に料理を運ぶのを少し待つように指示を出した。

聖は、哲夫が自分の父親で、袴田との仕事の縁で、

過去のことを知ったのだと付け加える。


「こんなふうに呼び出して悪かった。あなたが過去のことを知りたい理由も、
聖から聞いた。航君も、あれこれ調べたのだろうが、
彼一人の力で、そう簡単に出てくる話ではないんだ
私と袴田君が仕事で親しいのを知って、聖に助けを求めたのだろう。
私たちが知っていることに、腹が立つかもしれないが、そこは……」


友海は、哲夫の言葉に一度だけ頷いた。

誰がどこから知ったのかなど、ここまできたら問いただしている場合ではない。


「あの……」

「何かな?」

「聖さんから、住野社長が、全てを知っているとうかがってここまで来ました。
それで間違いないのでしょうか」

「……全てと言い切るわけにはいかないかもしれないが、
まぁ、あなたが知りたがっている事実は、全てお答えできるはずです」


友海は哲夫の言葉にまた頷き、招待された部屋の中を一度しっかりと見渡した。

自分のお金では、決して入ることの出来ないような高級感に大きく息を吐く。


「実は……」

「ちょっと待ってください」


友海は、話し始めようとした哲夫の言葉を止めると、座っていた座布団から下り、

畳の上で正座した。友海の意外な行動に、哲夫の隣にいた聖も身構える。


「交換条件は、何ですか?」

「交換条件?」

「はい……。私の知りたがっていることを教えてくれる代わりに、
住野社長は、私にどんな条件をのめとおっしゃるつもりなのか、
それを教えてください」

「飯田さん」


哲夫はいきなりの言葉に、一瞬無言になったが、すぐに笑みを見せ、

納得するように頷いた。聖は、父と友海に何も口を挟むことが出来ず、

視線を動かすだけになる。


「私が、あなたに何か条件をたたきつけると、そう言いたいのですか?」

「はい……でなければ、これほどの店に、招待される理由がわかりません。
簡単に話せることならば、聖さんから話してもらえば済むことだと思ったので」


友海は、視線を哲夫に向けたまま、しっかりとそう言い切った。

哲夫は友海の目を、どこか懐かしそうに見つめる。


「条件などないと……そう言ったら?」

「話を聞いてしまった後、色々なことを言われるのは嫌です。
私は人に迷惑をかけてまで、貫こうとは思いません」


哲夫は、友海が薄々、過去のことを知ることが、航に迷惑をかけると知りながら、

ここへ来たのだとそう思い、小さく頷いた。


「先に条件をハッキリと言ってください。のめるのか、のめないのか……
それは私が決めることです」


友海の真剣なまなざしに、哲夫は横に置いてあったお茶を一口飲んだ。


「わかった。それじゃ始めに話しましょう。あなたが知りたがっていることを、
私は全て知っている。いや……あなたさえ望むのなら、
峰山会長に会う手はずを整えてもいい。過去の出来事の清算をさせることも可能だ」


哲夫は、友海に向かって、峰山に謝罪をさせてもいいと、

そう言い出した。理不尽な事情で取り上げられた土地の値段を、

正規の値段で支払う手はずを整えてもいいと、付け加える。


「パパ……そんなことを約束できるの?」

「あぁ……出来るよ……ただし……」


目の前で正座をする友海の両手が、しっかりと握られた。

哲夫はネクタイを少しだけ緩め、その条件を語る。





「『SI石油』から……手を引いてくれ」





友海は、その言葉を聞いた後、黙ったまま哲夫を見続けた。

『SI石油』から手を引くとは、

従業員の一人である友海に言うセリフではないはずだが、

その裏に『成島航』の名前があることに気づく。

聖は飛び出した父の言葉に驚き、口を挟もうとしたが何も言えなくなる。


「君がこの出来事にこだわり続けていること、それが彼を動かしている。
しかし、現実はそう甘くない。君さえいなくなれば、
彼もこの過去にとらわれることもないだろう。彼は必要な人物だ、
会社にも、そして……私にも」


友海は、どこかそのような言葉が出てくることを予想していたのか、

驚くことなく息を吐いたが、聖は、どういう意味なのかつかみきれず、

父の顔を見たままになる。


「『SI石油』と、峰山さん一族、しいては古川議員、これは切っても切れない。
それならば、あなたは過去をしっかりと清算し、
また新しい道を進めばいいじゃないですか。現実を見ていただけばわかります。
あなたの家と一緒に戦ったはずの、谷尾さんは、
ご夫妻で『袴田食品』の営業と工場員として、今も立派に働いているんです」

「あの事件も、ご存じなんですか?」

「はい……こうしてあなたを呼んだのです。知らないことがあっては失礼だ。
私は私なりに、調べさせてもらいました」


峰山を憎いと言い、酔っ払って家に押しかけた谷尾さんのご主人、

それを止めて欲しいと奥さんから電話が入り、友海の父が止めに出かけ、

その場でもみ合い、父が峰山を刺してしまった過去。

しかし、その谷尾夫婦は、事件のことはすでに水に流し、

峰山の一族と知りながら、『袴田食品』に再就職を決めていた。

友海は知らなかった事実を聞き、また、哲夫が全て調べ上げていることに驚き、

出しかけた息を飲み込んでいく。


「正義を貫くだけが……いい生き方じゃない。
今なら、あの時の損を取り返すことが出来ます。
あなたにも、ご家族にとっても、悪い話ではないでしょ。
人は、その時の流れに乗ることも必要だ。あなた方が、過去の清算をしたとしても、
誰に責められることがありますか?」


峰山に過去のことを謝罪させ、あの土地の値段に見合った金額を手にすれば、

岐阜の山荘で再出発をしようしている両親にも、楽をさせてやれるかもしれない。

そしてさらに、友海の過去を知ろうとして、航が動くことは、

それだけリスクが大きいことなのだと、哲夫は間接的に語る。


「わかりました」

「そうですか。それでは……」

「話は聞きません」

「ん?」


友海は正座した状態から、さらに後ろへと下がり、そのまま頭を下げた。

哲夫はどうするのかと問いかける。


「過去の清算など、して欲しいとは思いません。
でも、谷尾さんがどんな人生を歩んでいるか、それを責める気持ちもありません。
私は自分の思いを、心を人に売りたくないだけです」

「心を売る?」

「過去を知りお金を得る。その代わり、自分の気持ちを封じ込めろというのは、
納得がいかないんです」


友海は、航への思いを捨て、消えて欲しいという哲夫の言い分には従えないと、

言い切った。哲夫はそれならば、このまま航を動かして、

事実を知るつもりなのかと逆に問いかける。


「いえ……。彼を追い込むようなことはしません」

「しない? そんなことを言っても、航君は、納得いかないだろう」

「本日は、ご招待を受けましてありがとうございました。
途中で申し訳ありませんが、これで失礼します」

「飯田さん!」


何も聞かないまま立ち上がり、帰ろうとする友海を、聖は慌てて止めに入った。

友海は、驚いたままの聖に対しても、しっかりと頭を下げる。


「巻き込んでしまって、ごめんなさい」

「飯田さん……」


黙ったままの哲夫に、もう一度頭を下げ、友海は部屋を後にした。

料理を運ぶタイミングを待っていた仲居に声をかけられた聖は、父の顔を見る。


「……料理を運んでくれ……」

「パパ……」


哲夫は、友海のいなくなった座布団を見つめ、

しばらくすると口元をゆるめ苦笑した。


「飲まないと、いられないだろう。あれだけ見事に言い返されては……」


始めから、何が起こるのかを予測し、ここへ来た友海の行動が、

乱れることなく置かれている座布団に、見えてくる気がしてしまう。


「なかなか根性のありそうなお嬢さんだ……」


哲夫のつぶやきに、聖が振り返ると、どこか遠くを見ているような父の目が、

そこに残されていた。





友海はそのまま仕事に向かい、いつものユニフォームに袖を通した。

美鈴はどうして遅刻したのかと問いかけたが、車が何台も入ってきたため、

そこで話が途切れてしまう。


「いらっしゃいませ!」

「すみません、この駐車場、『天神通り商店街』で買い物すると使えるんでしょ」

「あ……はい」


友海は小さなカードを手渡し、商店街で規定以上の買い物をすると、

サービス出来るという仕組みを伝えた。

その間に給油と洗車を済ませて欲しいと言われ、了承する。


「行ってらっしゃいませ!」


少し前まで、何もなかった土地に出来た駐車場。

航はここへ何度も足を運び、地元の人達と懸命に形を作ってきた。

始めはスタンドのスタッフも、本部の反対を恐れ、協力を渋っていたものの、

それがいつの間にか、ここに駐車場があることは、当たり前のことになっている。

小さな青い軽自動車がスタンド内に入り、美鈴がすぐに駆け寄った。

しかし、降りてきたのは航ではなく、どこかのサラリーマンで、

カードを取り出し、給油し始める。



『僕は自分の両親が、しっかりと生きてきたことを認めて欲しかった。
本当にただ、一人の社員として、新谷家の役に立てたなら、
どんな形でもいいから、会社を支えることが出来たら、
母が家を出て行ったことも、許してもらえるだろうと……』



あの日、航が苦しそうに胸の中を語った時のことを、友海は思い出し、

空を見上げ大きく息を吐いた。





51 碧い海へ 
<photo:tricot>

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コメント

非公開コメント

かっこいい~

友海ちゃんカッコいいね。
頭の良さも感じるよね。
哲夫のまえでもはっきりと言い切っちゃうんだからね。

でもこれでますます航とSI石油と切っても切れないもの
だということも突きつけられたし、
航のことを考えると・・・この先不安だ。

長編になりました

yokanさん、こんばんは

>友海ちゃん、すごい!普通、あんな返事できないよ。

はい、友海は度胸のすわった女性のようです(笑)


>ももんたさん、よくこのようなストーリーを考えたものだわ。

ありがとうございます。
思っていたことを組み立てていったら、
思っていた以上に長くなってしまって、
どうなんだろう……と悩みつつ、
こうして応援してもらえると、頑張るぞ! と。

これからもお付き合いください。

しがらみ

tyatyaさん、こんばんは

>頭の良さも感じるよね。

色々な状況を少しずつ知りながら、友海も思っていたより
深いものがあることは、わかっていました。

後ろに航がいること、『SI石油』があること。
それを感じた友海、さてどうするか。

ぜひぜひ、この先もお付き合いください。