47 青色の夢(2)

47 青色の夢(2)


初めての主演ドラマが放送される日向さんは、

それからしばらくキャンペーンモードに入ってしまった。

マンションへ戻るのも深夜過ぎで、朝は早くから取材が入る。

それでも、田沢さんたちの気合の入り方は半端ではなかった。

目の前にいる米原さんも、写真の束を広げて、あれこれつぶやいている。


「どう? 仕事、見つかりそう?」

「いえ……。正直、これだけ大変だとは思ってませんでした。
全く条件をつけなければあることはあるんです。
でも、仕事ですから、やり始めた以上、続けていきたいですし」

「それはそうだよね」


米原さんの部屋で、一緒にお茶を飲みながら、

日向さんの衣装合わせの写真をいくつも見せてもらった。

ジーンズから室内着、Tシャツ姿もあるが、

なんといってもスーツ姿の写真がこれでもかというくらい存在する。


「多いですね、スーツ」

「そうでしょ、まぁスポンサーが『メビウス』だもの。
これでもかってくらい淳平のスーツ姿が出てくるのは当たり前。期待してね、史香」

「はい……」


大学の準教授だった頃、そして予備校の先生になってから……

日向さんのスーツは色も形も、微妙に変化する。

演じる男性の心境の変化に、スーツも微妙に変わっていくわけで、

ものすごい数の衣装合わせをしたのだろうと、見ているだけでこちらが疲れそうだった。


「はぁ……いよいよだわ。視聴率、なんとか波に乗ってくれるといいんだけど」

「展望では期待されてますよね」

「まぁね、淳平が初の主役だし、相手役の女の子は、
先行してメビウスのモデルをしていたでしょ? 途中で出てくる小道具にも、
仕掛けが色々とあるらしいし、話題性は十分なのよ。
ただ、それだけで数字に表れるかどうかはわからない。
田沢君も、ちょっと心配しているの」

「心配?」


田沢さんの心配。きっと、私とのことだろう。

あれ以来、なかなか連絡をすることが出来なくて、挨拶もしていない。


「私のことですよね……」

「史香とのことじゃないわよ。田沢君も今さら二人に別れろだなんて言わないから。
田沢君にとっては、ステップが別段階に入ったって思っているみたい。
実際ね、あの淳平の会見を聞いて、褒めてくれた人もいたんだもの」

「褒めてくれた人……ですか?」

「そうよ、スポンサーだって、1社も契約打ち切りはなかったし、
事務所のホームページに寄せられた書き込みも、
正直な交際宣言に、惚れ直したってファンからのものも多かった。ただね……」

「ただ?」

「視聴率が悪くて……となると、話は別。理由をどこかに探したくなるでしょ?
そうなると、浮き足立つのが怖いのよ、スタッフ達」

「スタッフ?」


『BLUE MOON』のスタッフは、深夜枠でヒットドラマを制作してきた若手が多い。

発想の豊かさもあるけれど、いざとなると、上の命令には逆らえず、

時々、撮影中も俳優陣とぶつかっていると米原さんが情報をくれる。


「演出上のことだからさ、淳平にも思いがあるだろうし、
スタッフも、冒険したい反面、上からの命令に反旗を翻せないし……」
ちょっとベテランが間に入ってくれると、もう少しうまく流れるんだろうけどね」


なんだろう。

事務所に働いていた頃よりも、情報が疎くなることは仕方がないことだけれど、

日向さんとの時間は増えたはずなのに、そんな話、一度も聞いたことがなかった。


「日向さん、そんなことは言わないんです」

「そう……割り切りたいのよ、きっと。
史香といるときは、別のことを考えていたいのかもしれない」

「別のことですか?」

「そう……俳優日向淳平ではなくて、
ただの男として、一緒の時間を過ごしていたいのね、きっと」


以前聞いた、畑山さんの話が、ふっと頭をよぎっていく。

上に立てば立つほど、孤独な感覚が、強くなるのだろうか。


「史香さぁ、無理に仕事なんて決めないで、しばらく淳平のそばにいてあげて。
史香に甘えている時間が、きっと今の淳平には必要なんだと思うから」

「あ……はい」

「目いっぱい、甘えさせてあげてね……」





米原さんの垂れ下がった目と、言い方に、

なんだか私生活をのぞかれているようで、赤くなる顔を隠すので、精一杯だった。





そして、『BLUE MOON』がスタートした。

その日は、急にサッカーの試合が中継として入ってきて、

話題がそっちに動いたことはあるかもしれない。





しかし……





『BLUE MOON』視聴率、あまり伸びず





決して数字が悪かったというのではない。

夏にスタートした作品の中では、2番目に高い数字だった。

しかし、前回の作品の平均視聴率からすると、5%も下げてしまう。

すると、始まる直前には、期待するコメントばかり出していた人たちが、

手のひらを返したように、急に文句をつけ始めた。


『復讐する男』という設定がよくないのではないかとか、

新人女優を相手役に抜擢し、演技力不足が作品を薄くしているとか、

責任のない人たちは、なんとでも言える。



そのために、日々努力している人たちの気持ちなんて、

誰もわかってはいない。





「これ、美味しくないですか?」

「うん、確かに美味しい……」

「ですよね、私、商店街で見つけたんです。
この辺って、すごく高いビルが多いのに、ちょっと路地裏に入ると、
昔ながらのお店が結構残っているんですよ、知ってました? 日向さん」

「へぇ、そうなんだ」


私から、ドラマのことについて、触れるのはやめておこうとそう思った。

日向さんが少しでも、心を解き放てるように、ただそれだけを考える。

今の私の時間は、そのためにあるのだから……





人気俳優、日向淳平ではない……

一人の人を、ただ……受け止めたい……





片づけを済ませ、寝室をのぞくと、ベッドの上で台本をめくる日向さんが見えた。

視聴率のことが、気にならないはずがない。

主役ともなれば、撮影中もスタッフをはじめとした共演者にまで、

気を使うのが当たり前なのに。

きっと、私に心配かけまいと、仕事の色を出さないのだろう。

そのまま入ると悪い気がして、一度深呼吸をし、わざと足音を立てる。


「日向さん……どうですか? これ」

「ん?」


私の気配を感じたのだろう。その時に見た日向さんからは、台本が消えていた。

状況をわかりながら、あえて明るい声を出す。


「これ買ったんです。涼しそうでしょ?」


腰に手を当て、クルクル……とその場で回転する。

ちょっとしたモデル気分の歩き方は、そういえば保坂さんから聞かされて覚えていた。

意外なところで、彼女の情報も役に立つ。


「あはは……史香、気取ってもその格好じゃダメだよ」

「エ……どうしてですか?」


ベッドに腰かけている日向さんの隣に、私も並んで腰かけた。

買い物からの帰り道、すごく綺麗な人がいるなと思って顔を見たら、

ひげが生えていた話を、語ってみる。


「驚いちゃったんですよ、絶対に女性だと思っていたから……」

「ふーん……」




神様、お願い。

こんな話で、少しだけでも日向さんの心配事が、取れてくれますように……




「史香……」

「はい」

「ありがとう」


日向さんの大きな手が、私の頭に触れ、私たちの体は、もっと近くなった。

耳に届く、彼の呼吸と鼓動が、私に重なってくる。


「ここがあるから、最後まで頑張れる」

「日向さん……」

「自分の作品だ。悔いの残らないように、精一杯作り上げたい。
ぶつかることもあるし、認めてもらえないこともあるだろうけれど、
それでも……諦めたような作品にはしたくないんだ」

「はい」


もっと話したいことも、もっとぶつけたいこともあったかもしれない。

それでも日向さんから聞けたのは、たったこれだけだった。

言葉をつむいだ唇が、私のうなじに触れ、台本をめくっていた手が、

そっと安らぐ場所を求め、私の胸に触れる。

日向さんに支えられながら横になり、ボタンに触れた指の感覚に鼓動を速くする。

彼の体温に触れたくて、着ていたシャツをめくりあげると、わかったと手が動き、

目の前には、たった一人、私が全てを許す人がそこにいた。


抜けていく布の感覚と、温かい彼の唇の感覚が、私の脚を交互に支配する。

自然に力が抜けてしまい、抜けた力が言葉にならない声を出した。



こうして体を重ねあいながら、私は心の中でも寄り添えるように、

そっと彼の背中をつかむ。

いつもはすがってばかりだけれど、こんな私だって、頼りない女神として、

少しだけでも包んであげられるように。


愛していますの言葉を、両手にしっかりと込めた。





次の日から、日向さんはロケに向かった。

1週間東京には戻れないため、私もアパートに戻り、また就職活動を再開する。

駅前のコンビニで、バイト募集はあったけれど、

週に2回だけでは、たいした収入は見込めない。


「生花店ですか?」

「はい。週の半分は朝5時からの仕事です。確かに早いのは大変ですけれど、
その代わり、仕事が終わる時間も早いので、いいという方もいるんですよ」

「はぁ……」


ハローワークで紹介されたのは、生花店の仕事だった。

街の中の花屋ではあるが、規模が大きく業績もある。


「少し考えてみます」

「そうですか。それでは、もし、面接をしないようであれば、
あさってまでに連絡をください。別の方に紹介させていただきたいので」

「はい……」


仕事を探してくれるのはありがたいが、条件が厳しい。

そんなことを思いながら、軽くなったお財布の中身を補充するため銀行へ立ち寄った。

失業保険が出ているものの、いつまでもこれがあるわけではないし、

両親に、頑張ると宣言して出てきた手前、弱気なことも言えない。

どこかで覚悟を決めて、仕事を探すべきだろうと、暗証番号を入力する。





私の暗証番号は、日向さんのお誕生日……





「ん?」


引き出す金額を入力しようとして、残金に目が止まった。

前回下ろしたときよりも、明らかに増えている。

保険が入る日付はまだ先のはずで、なんだか不気味な気がしながらも、

そのまま金額のボタンを押した。

機械がカシャカシャと音を立て、カードと通帳とお金が揃って出てくる。

私はお金とカードを取り、すぐに通帳を見た。





『ヒュウガジュンペイ』





日向さんから、私宛に、20万円のお金が、振り込まれていた。






48 青色の夢(3)


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コメント

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なに~~?!

どういう意味の20万円?!
何なの何なの何なの~?!
どきどきするから早く次を~~

またももんたさんの思うツボかも~~

でも、史香の気持ちはちゃんと淳平に伝わってるものね。
と、自分を安心させてみるしかない。。

No Subject

二人で生活?をしているから、20万円は
生活費って事じゃないかなぁーーー。

悪い意味でのお金ではない事を祈ってますぅ~

二人の生活費?

最近はドラマの視聴率が何処もよくないですね(リアルな話) 
淳平がどんなに頑張っても見る人が居なかったら・・・
史香には何も出来ない事がもどかしいでしょうね。

でも居てくれるだけでいい存在って大切です。

20万円、なんだろう嫌な感じがする。考えすぎだといいけど。

新たなステップ

れいもんさん、こんばんは

>どういう意味の20万円?!

それを今、書いたらつまらないから、
あの場面でストップなんですよ(笑)
ちゃんと次回!

史香と淳平、また新しいステップへ向かいます。

このお金は?

yasai52enさん、こんばんは

>生活費って事じゃないかなぁーーー。

yasai52enさんは、そう取るんですね。
さて、真実は……でそれは次回です。

まぁ、史香したらどっちみち『?』なのでしょうが。

最近はねぇ

yonyonさん、こんばんは

>最近はドラマの視聴率が何処もよくないですね(リアルな話) 

今は、色々な楽しみがありますからね。
DVDもそうだし、チャンネルも増えてますし。
さて、淳平の『BLUE MOON』はどうなるでしょう。

20万円の意味、それは次回にわかります。

お金の意味

yokanさん、こんばんは

>わぁ~、お金か~・・・、

そうそう、お金なのよ。
史香も『?』だと思うけれど。
淳平はどういう意味で寄こしたのか、
いや、淳平なのか? 本当に……

ということで次回へ!