48 青色の夢(3)

48 青色の夢(3)


どこか納得のいかない思いを抱えたまま、私は部屋へ戻りあらためて貯金通帳を見た。

何度見ても、目をこすってみても、日向さんから私宛にお金が振り込まれている。

誰かが偽名を使って、こんなことをしたとは考えにくく、

間違いなく日向さんなのだと、自分に言い聞かせた。



でも……

それが逆に、私の心を辛くする。



私達は、お金をもらうような関係じゃないはずなのに。



触れ合った時間の代金を支払われたようで、どこか哀しくなった。





その日の夜、ロケ先から電話が入り、私は早速お金のことを話した。

日向さんは、自分が振り込んだと言い、逆に何か問題があるのかと問いかける。


「どうしてお金なんて振り込むんですか?」

『どうしてって、史香が仕事をなくしたのは僕の責任だ。
僕が面倒を見るのは、当たり前だろう』

「面倒なんて、見てもらうことは出来ません」

『どうして』


言い合いをしている途中で、田沢さんが日向さんを呼んだらしく、

またあらためて連絡をすると、電話が切られた。

私だってわかっている。日向さんが事務所を辞めさせられたことに、

責任を感じてくれていることも。

それでも、お金をもらうことには、抵抗がある。

私は、自分の時間を、お金で売っているわけではない……



結局、仕事が忙しかったのか、その日はそれ以上、話すことが出来なかった。

次の日、私は通帳からお金を下ろし、それを棚にしまう。

日向さんが戻ってきたら、きちんと返せるように。

それと同時に、ハローワークからもらった、生花店の募集用紙を確認した。





……仕事が決まれば、心配かけずに済むだろうか。





『BLUE MOON』の視聴率は、2回目も上がることなく、ほぼ同じ数字をキープした。

下がらなかったことはよかったことだし、これで安定するのではないかと思ったのに、

現場では別の動きを見せ始める。


「エピソードを加える?」

「そうなんだって。田沢君もそれはって言っていたけどね」


近頃恒例になった、米原さんとの食事会で、

スタッフがより刺激のある作品にしようと、台本にないものを書き加えると言い始め、

日向さんがそれを反対し、打ち合わせが揉めたことを教えてくれた。

確かに、『BLUE MOON』は派手な作品ではない。

でも、主人公の心情をしっかりと書き込んであって、明と暗の描き方が秀逸だ。


「どうしてそうなるんですかね、あの原作、すごくいいのに」

「でしょ? いじりすぎて成功したものなんてないのにね。
それでなくても、淳平、昨日は色々とあって……あ!」

「なんですか?」


米原さんは言うつもりがなかったのか、まずいという顔をして、口を手で覆った。

私は何があったのか、必死に問いかける。


「淳平に怒られるな……私」

「どうしてですか?」


ここまで聞いては引き下がれない。何があったのかといい続けると、

しょうがないと言いながら米原さんが語ってくれた。

スタジオに樫倉英吾が顔を出し、新番組の打ち合わせだと余計なことを言ったらしい。


「そばにスタッフがいなかったのよ、樫倉英吾がさ、
視聴率が伸びていないことも知っていて、あえて言ってきたんでしょうけど、淳平にね。
日向さんも、こんな大事な時期に、どうして女性問題なんて起こしたんですかって、
しらじらしく……」


仕掛けてきたのは自分の事務所なのに、知らない振りをして、そう問いかけたという。


「あなたなら、女性などいくらでも出てくるでしょうにって……」


米原さんは、私に申し訳なさそうな顔で、そう言った。

気にするなと言われていたことだけれど、やはり、こうして影響が出てきたのだろうか。


「それでも淳平、樫倉に向かって、君が今まで出会ってきた人は、
いくらでも手に入る人なのだろうが、僕のそばにいる人は、そんな人じゃないって、
言い返したの」

「……言い返した?」

「うん……」





まっすぐに、どこまでも正直に……日向さんらしいけれど。

その話を聞いて、私は若村さんの顔を思い出した。


「樫倉の事務所も、ちょっと今、危ういのよ」

「何かあったんですか?」


米原さんは、細かいことはわからないけれどと言いながら、

樫倉英吾の事務所が、税務署から脱税の調査を受けたらしいと話をしてくれる。


「脱税ですか?」

「昔から、あそこの社長は怪しいのよ、色々と。所属タレントと揉めることも多いしね。
でも、大きくなってきたし、多少のことならもみ消しちゃうはず」

「はぁ……」


うちの社長は、そういう話題だけは絶対に避けろとそう言い続け、

経理の担当者も、毎年申告に気を使っていた。

タレントにとって、一番の打撃がイメージダウンで、守るはずの事務所が、

邪魔をすることは避けなければならないというのが、口癖だった。

私に対して厳しくしたのも、そんな社長のまっすぐな気持ちのため……


「ねぇ、史香。美味しいケーキがあるから、食べよう」

「はい……」


日向さんからもらったお金のことを、相談しようと思っていたけれど、

この日は情報だけをもらって、そのまま部屋へ戻った。





忙しかった日向さんもロケを終えて、久しぶりに東京へ戻ってきた。

その間に放送された『BLUE MOON』第3回は、視聴率を少し下げてしまう。

にわかに慌ただしかったスタッフたちと、主張を通そうとする日向さんがぶつかり、

現場は最悪の雰囲気になっているのではないかと思っていたのだが、

そんな話は急展開した。


「『メビウス』のお嬢さん?」

「あぁ……イタリアでデザインの勉強をしていた紗那さんが戻って来て、
一昨日スタジオに顔を出してくれた」


『メビウス』は、日向さんを応援してくれているスポンサーの一つだ。

日向さんのファンが一気に増えたホスト役、琉聖を演じた頃から、

ずっとCM契約も続けている。


「実はさ、『BLUE MOON』にはアクセサリーが登場するんだ。
そのアクセサリーが話の鍵を握っていて、そのデザインを紗那さんが担当してくれた。
僕も細かいことは知らなかったけれど、原作を全て読んでくれて、
僕たちのイメージもそこに重ねてくれたらしい」


デザイナーの紗那さんは、台本を変更し、

エピソードを増やそうとしたスタッフに対し、それはとんでもないことだと言い切った。


「私は、全てを読んで、この世の中に1つしかないデザインを描いた。
それなのに、台本をいじられたら、イメージがその通りにならないってね」

「イメージ……ですか」

「うん。もし、台本を変更したりするのなら、
デザインしたものは発売禁止にさせてもらうって言って」


一番大きなスポンサーの娘であり、

今回、鍵を握るアクセサリーのデザイナーを務めた紗那さんに、

若手のスタッフは言い返すことが出来ず、

台本は当初のまま、大きな手直しは行われないことが確認された。


「昔、何度か会ったことがあるんだけど、もっと大きくなったなってそう思ったよ。
きっと、自信がそうさせたんだろうね」


ドラマのトラブルが一気に解決したからなのか、日向さんの口調は明るかった。

ハミングが聞こえるような状態のままで、

また仕事に送りだしてあげたいところだけれど、そうもいかない。


「日向さん、これ、持ってきました」


私がテーブルに出したのは、先日下ろしたお金。

気持ちは嬉しいけれど、決して使うことは出来ない。


「仕事を辞めさせてしまったと思う、日向さんの気持ちはわかります。
でも、これは違います」

「違う? どうして」

「お金をもらうようなこと、私、してません」


私は日向さんのマネージャーでもないし、この家の家政婦でもない。

お金をもらってしまったら、全てが作られていることのようで、イヤだった。

そんな正直な思いを告げるが、日向さんの表情は、曇ったままになる。


「仕事だって、ありますから。今だって、ほら……」


仕事がないからだと思われたくなくて、

私は先日もらった生花店の募集用紙をバッグから出し、日向さんの前に置いた。

1枚の薄い紙を手に取り、日向さんは小さな溜息をつく。


「これは、史香のやりたいことなの?」


やりたいことなのかと言われたら、そうだと即答は出来ない。

でも、ほとんどの人が、やりたいこととは別に仕事を持ち、暮らしているはずで、

私はそんな贅沢は言えないと口にする。


「だったらやらなくていい。このお金で生活出来ないのなら、
あと、いくらあればいいのか、教えてくれないか」

「日向さん、そうじゃなくて……」

「こうしていることが、そんなに不満?」

「不満?」


日向さんと私の間には、ちょっとだけ膨らんだ銀行の袋が、

行き場所をなくした状態で残される。


「史香がどうしてもイヤだと言うなら、無理に渡すことは出来ないけれど、
お金のために働くのなら、僕は賛成できない」




働く目的……

そう問われた私も、うまく返事が出来なかった。





寝返りをうった時に、目覚まし代わりにそばに置いた携帯が床に落ちた。

その音にふっと目が覚める。

日向さんの安らかな寝顔が横にあり、起こさないように体を起こし、

そばにあった上着を羽織る。

リビングに戻り携帯を開くと、保坂さんからのメールが入っていた。



『前島さん、ごめんなさい。復帰はもう少し先になりそうです』



事務所に言われた通り、何度かオーディションを受けるものの、

まだ、合格の声は聞けなかった。それでも、何かに打ち込んでいる姿が浮かび、

その環境に嫉妬する自分がいる。


日向さんを輝かせようと、衣装を選ぶ米原さん。

そして、デザイナーとして、自信を持ち、

スタッフにも思いを告げることが出来る紗那さん。

未熟ではあるけれど、目的に向かって頑張る保坂さん。





日向さんの腕に包まれて、ただ月を見ている自分が、

なんだかとても、寂しく思えた。






49 青色の夢(4)


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コメント

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すれ違い。。

史香の気持ちは伝わらないねT_T
淳平、お金のために働くことも大事だと思うんだけど。。
確かにそれだけではないけれど、
それは史香だってよくわかってるんだよ。

辛いね、史香T_T
出口はどこだあ~?!

二人の気持ち

れいもんさん、こんばんは

>史香の気持ちは伝わらないねT_T

そうですね。
淳平にも、淳平の思いはあるんですけどね。
無理はしてほしくないし、
そばにいてほしいし……

さて、このすれ違いは、
何を生み出すのか。

出口? どこかなぁ……