52 過去との再会

52 過去との再会




友海と航の前で、穏やかな海の波音が、何度も繰り返される。

友海の、全てを決めてきたような表情に、航は無言のまま岩に腰を下ろした。


「過去を知りたい気持ちがなくなったわけじゃないの。でも、知ったところで、
どうにもならないこともよくわかった。一番の被害者である父と母が、
もう別の道を歩みだしているのに、私一人がここで、
イライラしても仕方がないことでしょ?」


友海の言い分はもっともだった。しかし、どうしても知りたいと言った日から、

まだそれほど月日は重なっていないはずで、航はすぐに聖の顔を思い浮かべる。


「もしかして、聖さんに何か言われた?」

「どうして?」

「僕が、聖さんに君のことを話したから」


友海は何も言わず、ただ首を横に振った。

航は聖ではなく、哲夫がからんでいるのだと思い、ため息をつく。


「そうか、やはり住野社長は何か知っているんだ。君はそれを聞いて、
僕や『SI石油』のことを考えた。それで……」

「違う!」

「何が違うんだ」


友海はそこから口をしっかりと閉じ、何も言おうとはしなくなった。

航は何も言わないのなら、納得できないと言葉を返す。

いたずらに時間を過ごすわけにはいかないと、友海は閉じた口を開く。


「……住野社長は、私と峰山会長を会わせてもいいと言ってくれた。
過去の清算をして、納得できる金額を払うように助言してくれるとも言った。
でも、それは……自分の心を売ることになるから嫌だって、そう言ったの」


航は自分が知らないところで、友海が哲夫と会っていたことに驚きを隠せず、

どこでなのか、いつなのかと、必死に問いかける。


「聖さんを通じてお会いした。私が過去のことを知りたがっていると知って、
知っていることを教えようとしてくれた。でも聞かなかった」

「どうして?」

「私は……ただ事実を知りたかっただけだから」


過去の事実を知るだけでいい。しかし、状況はそれを許さなくなる。

友海はそばにあった小石を取り、海に向かって放り投げる。


「あなたや『SI石油』を追い込んでまで、私は過去を知ろうとも思わないし、
清算して欲しいとも思わない。でも、峰山会長の顔を思い出すのは嫌。
『SI石油』で働いていたら、また会うことになるかもしれない。
だから、ここを離れようとそう思った」


友海の哀しさをあらわすように、波が静かな音を響かせながら、

何度も二人の前に打ち返す。


「過去を置き去りにして、それで君は納得できるの?」


友海が意地を張って生きてきた理由が、この土地にあることを知っている航は、

中途半端な状態で、新しく出発できるのかと問いかける。


「あの絵、啓太郎さんのお店に持っていった」

「絵? あの海の絵?」

「うん……成島さんのお父さんが、お母さんを思って描いたあの絵。
誰よりもお母さんのことを思って、
もう一度家族の中に入れてあげたいと願っていた、お父さんの絵」


偶然に友海が見つけ、二人を結び付けてきた『碧い海の絵』だった。

航は、その風景を思い出しながら、目の前に広がる海を見る。


「お父さんの、最後の願いでしょ? それを叶えてあげて。
あなたにはやらないとならないことが他にある。
過去のことにこだわることよりも、やらないとならないことが……」


友海はそういうと、航の方へ顔を向けた。

航は、どこか納得のいかない表情を見せるが、友海が知りたくないという以上、

それを押し付けることが出来なくなる。


「私とあなたは……立場が違う」


二人の耳に、いつもと変わらない波の音が聞こえ、

どこかへ向かう船の汽笛が、どこか哀しそうな音を響かせた。





その頃、海人はいつものようにフミに頼まれたものを買い揃え、家へ向かった。

呼び鈴を鳴らしても返事がないため、ゆっくりと扉を開いてみる。


「フミさん、留守なの?」


フミの姿はそこになく、海人は失礼しますと断りを入れ、部屋の中へ進んだ。

すると裏の畑で草取りをしているフミを見つける。


「フミさん、海人だけど」

「……あ、あぁ、海人。ごめんよ、気づかなくて」

「いや、いいよ。返事がないからさ、もしかしたら倒れているのかと思った」


フミは小さなクワを持ち、何を言っているんだと笑顔を見せた。

海人はそんな笑顔に安心し、買い物を済ませたことを報告する。


「あのさ……」

「何だね」

「俺、もしかしたら、もうここへ来られないかもしれない」


海人の言葉に、草取りをしていたフミの動きが止まり、驚きの表情を見せた。

何か理由があるのかと、そう問いかける。


「今日、食堂のだんなさんが退院するんだ。2、3日は出前無理だろうけれど、
すぐにでも復活したいと思っているみたいだし、となると、俺はもう……」


始めから、ピンチヒッターだったこと、自分は旅の途中でここへ来たこと、

海人はフミに出来る限りのことを語った。フミはそれを黙って聞きながら、

そうなると寂しくなると悲しい顔をする。


「野菜をあげられるのも、最後かもしれないのかい」


フミは海人が来たらと、畑で取れた野菜を袋に入れて用意してあった。

海人はその野菜を一つ手に取る。


「フミさんの野菜、もっと食べてもらえたらいいのにな、
こんなに美味しいのに」


フミの手作りの惣菜や野菜を、海人は何度も味わった。昔は夫婦で野菜を育て、

ペンションなどにも卸していたというその腕は、いまだに衰えていない。


「私なんかたいしたことないよ。奥の石田さんの漬物は、天下一品だけど」

「あ……あぁ、あのおばあちゃんか。確かに漬物美味しいんだってね。
食堂のおかみさんが言っていた。これは売り物になるよって……」


海人の脳裏に、錆付いたガソリンスタンドが浮かんできた。

場所だけは大きくあるものの、人は少なく、新しくタンクを変える費用がない。


「フミさん、俺、ちょっと出かけてくる」

「あ……海人、野菜は?」

「あとで取りに来るから」


海人はすぐにバイクにまたがると、あのスタンドを目指して、

勢いよく走り出した。





「次を右」

「うん……」


友海の指示通り、航は運転を続け、車は海から山の方へ景色を変え始めた。

過疎化の進んだ土地のような気もするが、観光地への案内板はところどころにあり、

観光の車が通る道なのだということはすぐにわかった。


「その坂を登ったところなの、車はここで止めて」


航は小さな地蔵の隣にある空き地に車を止め、友海は助手席から降りると、

そのままゆっくりと坂を上がり始めた。


「どこに行くの?」

「お世話になった人のところ。父と母がペンションをしていた頃、
野菜を卸してもらっていたの。もうおじいちゃんは亡くなったけど、
おばあちゃんが一人で暮らしているはず。私、かわいがってもらったから」

「へぇ……」


友海は表札を確認すると、呼び鈴を押した。しかし、返事は帰ってこない。

航は留守ではないかと奥をのぞくと、草取りをする小さな背中が見えた。


「奥にいる」

「うん、耳が遠いのよ……フミさん! フミさん! 友海です」


友海の大きな声に、草取りを止めたフミが、その場で振り返った。





「いらっしゃいませ……あ、先日の」

「こんにちは、今日は給油と別の件で来たのですが、
お話を聞いてもらえませんか?」


その頃、海人はフミの家を離れ、以前訪れたガソリンスタンドにいた。

海人は財布の中に入れてあった名刺を取り出し、店長に手渡していく。


「『SI石油 専務』?」

「あ……いや、今はちょっとその職にはないんですけど、
でも、これから話すことが冗談だと思われたくないので、あえてお渡しします。
もし、お話を聞いていただくことが出来るのなら、
僕が責任を持って、会社の方と交渉しますから」


店長は、目の前にいる海人が、『SI石油』の専務だと言われ、

驚きを隠せないと同時に、どこか信用が出来ないと疑いの目を向けた。

何も持たずに飛び出した海人も、これ以上何かを証明することが出来ず、

困ってしまう。


「とにかく、話だけ聞いてください。疑うのはその後でいいですから」


海人の真剣な表情に、店長は少しあとずさりしながら、頷くだけだった。





「どうぞ」

「ありがとうございます」


友海が訪れたのは、フミの家だった。父と母が新たな場所で動き出すことを告げ、

自分もそこに行こうと思っていることを語る。


「そうかね、飯田さん、岐阜へ」

「はい……海の見える場所でというのが、両親の思いでしたけど、
あの土地のことは、どうにもならないし、時間もなくなるだけですから」


友海の気持ちが本当なのだと知り、航は何も言えないままだった。

すると、フミはその方がいいと、頷き返す。


「ここも、いつまでこうした景色が見られるかわからないからね。
あっという間に、よそ様の土地かもしれない」


フミから土地の話が飛び出し、友海と航は顔を見合わせた。

何か知っているのかと問いかける。


「ここ2、3年で、一気に投資家のお金が動いているそうだよ。
あの時、立ち退き話が出たのも、すでにこのことを見込んで、話が進んでいたらしい」


湯飲みに口をつけようとした航は、それをすぐに置き、知っていることがあれば、

教えてくれないかと問いかけた。フミは航が事件のことを知っていることに驚く。


「飯田さんを始めとしたペンションと、うちは取引をすることで生活を支えていた。
でも、あの買い占めで一気にお客がいなくなって、
おじいさんも商売を辞めることになった。
それから、どうしてなのかと色々と調べていくうちに、
ここ何年か、やっと、色々なことが見えてきたんだよ」


フミは奥から箱を取り出し、『ペンション立ち退き』の記事や、

『新しい土地利用』の記事を並べ始めた。航はそれを一つずつ読み、

わからなかった部分を埋めていく。


「もしかしたら、これ……『水源確保』ですか?」

「はい。この辺の土地は、『水源確保』のために、投資家に利用されているんです」


航の脳裏に、何度も確かめた『TTK』の書類が浮かび上がった。

土地が動き、資金が回りだす時期と、この記事が重なっていく。


「そうか……そういうことだったんだ」


『芽咲海岸店』のあった場所は、道が2方向に分かれる分岐点にあり、

そこを抑えることで、それより奥の買収が楽に進められた。

祖父が大事にしていた店を売る方向へ持っていった古川一族のたくらみが、

一気に表へ出始める。


「あの……これなんですけど」


航が、フミに語りかけたとき、呼び鈴とともに玄関が開いた。

友海と航が揃って顔を動かすと、そこに立っていたのは海人だった。





53 山と海の色 
<photo:tricot>

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コメント

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なぜでしょう

yokanさん、こんばんは

>航君と海人が手をつないだら、怖いものなしだと思うわ。

反発しあっていた二人ですが、
ここからは同じ方を向いて、歩けそうです。

>なんで私は海人は呼び捨てなんだ~(笑)

あはは……笑ってしまった。
航は2文字、海人は3文字で、ごろがあうんじゃないの?