53 山と海の色

53 山と海の色




航は海人の後を歩き、少し小高い場所へ向かった。

足元はぬかるんでいるところもあるが、海人はそれをうまく避けながら、

慣れた足取りで上がっていく。


「ずいぶん、慣れているんだな、海人」

「あぁ……ここへきて、何度も登ったから」


航の視線の先に、山並みの向こうにある大きな海が広がった。

左を向けば小さな川の流れが聞こえ、手を伸ばして触れると、

凍りつくくらいの冷たさに、思わず手を握り締める。


「冷たいな、この水」

「あぁ……でも、いい水なんだ。地元の人は、今でも野菜や果物を冷やすのに、
ここへ袋を取り付けたりするらしい」

「ふーん……」


会えばすぐに嫌味ばかりだった海人が、素直に語ってくれることが嬉しく、

航は大きく息を吸い込み、これが現実であることを確認する。


「航……」

「ん?」

「一つだけ頼みがあるんだ。『芽咲海岸店』がなくなって、このあたりの土地は、
色々な部分で不便な状況が続いている。小さなガソリンスタンドは、
消防法の改正に資金がついていかない。でも、そこがなくなってしまったら、
ガソリンを得るために、遠くまで行かないとならなくなる。
そうすれば自然にまた人は減っていくし……」

「うん……」

「『芽咲海岸店』を売却して、新店舗を得ようというのが始めの計画だったけれど、
その資金をどうにかして、この土地を枯らさないために使って欲しい」


海人はそういうと、横にいる航へ小さく頭を下げた。

航はこの土地が、海人にどんなことで心境を変えさせたのだろうかと、

見える限りの景色に、目を向けていく。


「そんな計画があるのなら、『SI石油』に戻ってくればいい。
僕には、そんな大役は出来ない」

「どうして」


航は、和彦が立候補することになり、会社に佐原が乗り込んできたことを話した。

海人は、どうしてそんなことをされたのかと問い返す。


「僕が、この土地の動きを調べているからだと思う」

「この土地の動き?」

「あぁ……海人がお世話になったフミさんも、そして、飯田さんもからんでいた
『ペンション立ち退き事件』のことだ」


海人は、航の言葉に、以前、フミが見せてくれた新聞記事を思い出した。

そこに友海がからんでいたとは知らず、海人は細かく話して欲しいと聞き返す。


「飯田さんのご両親は、ペンションを経営していたんだ。
それが急に土地の買占めにあうことになって、追い出されてしまった。
フミさんのご主人は、そのペンション経営の家族たちに、
地元の野菜を卸していて、だから、昔のことも、無関心でいられなかったのだろう」

「あいつ……この辺に住んでいたのか」

「あぁ……。佐原さんの親、この下で『袴田食品』を経営している
袴田さんの親でもある、峰山会長は、
当時、ペンションが並んでいる土地の会長だった。
『水源確保』に動き出した外資との儲け話を知りながら、
地元の人には事情を話さず、利益を自分のものにした。おそらく……」

「『芽咲海岸店』の売却?」

「うん……あの場所が手に入れば、入り口がふさがれたような状況になって、
奥に住んでいる人たちは、自然に土地を出て行くと思ったのだろう。
現に、今、海人の話の中に出たように、地元の人たちは、追い込まれている」


海人は、『芽咲海岸店』を売却するために、

積極的だった古川たちのことを思い返していた。

おそらく父、和彦もこの状況を知っていることはないだろうと考える。


「古川さんは、叔父さんに地盤を譲って、
この土地から立候補することが決まっている。縁もゆかりもない土地なのに、
すでに票が固まり始めているのは、峰山さん親子の力だろう」

「航……お前、すべてわかっていたのか」

「いや……今日、フミさんのところで、『水源確保』の話を聞いて、
初めて全てがわかった。このことを必死に隠す佐原さんたちの行動を見ると、
それだけじゃないのかもしれない。外国企業からの献金は禁止されている。
古川さんには、その辺でも何かまずいところがあるのかも」


航の話を聞き終えた海人は、しばらく黙っていたが、やがて笑い出した。

航は、何がおかしいのかと問いかける。


「いや……お前を笑っているわけじゃない。自分がおろかだって、
改めてそう思ってさ。何も知らなかったとはいえ、
この土地を追い込んだのは自分だと思ったら、今やろうとしていることさえ、
滑稽に思えてきた」

「海人……」

「おじいさんが、『芽咲海岸店』を大事にしてきた理由が、やっとわかった。
この土地を、この景色を守ろうと、そう思っていたからなんだ。
何もわからないで、古川たちの言いなりになって、売却して……」


見上げた山には、海人が好きだったブランコを作った木と同じものが、

何本も雄大な姿を見せている。しかし、これもあと何年、この場所にあるのか、

わからない。


「お前、反対したよな、『芽咲海岸店』を売却すること」

「あぁ……でも、こんなことは知らなかった」

「いや、知らなかったとはいえ、どこかで気持ちが動いたんだろ。
やはり、お前のほうが向いているんだよ、上に立つことは……」


海人はそういうと、どこか寂しそうな横顔を見せた。

航は、それは違うと、すぐに反論する。


「『SI石油』の跡取りは、海人しかいない。お前の残したノートを見て、
そう思った」


ノートの言葉に、海人はすぐに反応した。航は、登志子が見つけ、

海人が真剣に取り組んでいたことを喜んだこと、そして、朝戸や関山、

そして取引先の西都銀行の担当者に提出し、

あらためて会社を盛り上げていくことを約束したことを語る。


「海人は、この現実を知らなかっただけだ。でも、ちゃんと動き出そうとしている。
『芽咲海岸店』は売却したけれど、
その資金はまだ『SI石油』の手元に残っている。
社長を説得して、この土地の人たちに恩を返すことが出来るのは、
おじいさんの思いを知っている、お前しかいない」


海人をかわいがり、『SI石油』を経営する人物になることを望んでいた祖父、

平馬の優しい手のぬくもりが思い出された。海人は、黙って景色を見続ける。


「待っているからな……『SI石油』で」


航のその言葉に、海人は何も言わないままで、

木の影から飛び出した鳥が、翼の音を響かせた。





その日、友海や航は、海人をまじえてフミの手料理を味わった。

素朴な田舎料理だけれど、懐かしい味だと笑顔になる。


「そうだったのかね、海人は『SI石油』の」

「はい……」


そう答える航の隣で、海人は黙ったまま食事をし続ける。

友海は、スーツを着てふてくされていた頃よりも、力強くなった海人を見る。


「なんだよ、何か文句あるのか」

「ありませんけど」


友海は、海人が口を開けば文句をいう態度は、変わってないのだと、

お茶碗に残ったご飯を箸でつかむと、ため息と一緒に口へ入れた。





伊豆からの帰り道は、霧雨が降った。

ワイパーが左右に忙しく動き、車は高速道路を走っていく。


「ありがとう……」

「ん?」


友海はそうつぶやくと、これでスッキリしたと航に告げた。

どういうことが行われてあの土地が取られたのか、

その裏に何があるのかもわかったからだ。


「腹も立つけれど、今更それをどうにかしようなんて思わないし、
フミさんにも会えた。私も父や母と一緒に、前を向いていこうと思う」

「東京へは残ってくれないの?」


航は、自分のそばにいてくれないのかと、そう友海に問いかけた。

友海は黙ったまま、視線を外へ向けた。





伊豆から戻った航は、すぐに朝戸と関山を呼び、

新しく拠点にしようとするガソリンスタンドについて調べ始めた。

そして、あの地区に住む住人たちへ提出するための書類を、作成し始める。


「『持ち株制度』という説明では、わかりにくいのではないでしょうか」

「うん……その辺は、もっと理解しやすくしてあげて欲しい。
自分たちが自分たちの町を守るという気持ちが、湧き上がってくれさえすれば、
勝算はあると思うんだ」

「はい……」


佐原が行っている、別店舗購入の動きを封じ込め、

航は、着々と伊豆の土地へ向ける作戦を動かし始める。

佐原はその動きを察知し、社長である和彦にどういう状況なのか問い詰めた。


「『芽咲海岸店』の資金を、あの土地へ? いや、私は何も……」

「成島さんの考えていることは、私たちの考えと逆になっているじゃないですか。
あの土地の住人たちに、やる気を起こさせられたら困るんですよ。
せっかく、『袴田食品』がなければ、地元が成り立たない……という流れが
出来てきているのに」


佐原の嘆きを聞いた和彦は、緊急に会議を開くと航や朝戸を呼びつけた。

食事を終えた午後、会議室にそれぞれが顔を突合せる。


「成島」

「はい……」

「私はお前に社長代理を任せた覚えはないぞ。
佐原さんの話しだと、『芽咲海岸店』の売却資金の使い道を、
勝手に考えているそうじゃないか」

「勝手に考えたわけではありません。それが『SI石油』にとって、
最良の方法だとそう思うからです」

「生意気なことを言うな! お前にそんなことを決定する権利はない」


和彦の怒りが頂点に達し、航を指差したまま声をあげた時、

会議室の扉がゆっくりと開いた。和彦と佐原の視線が、その扉へ向かう。





「成島にそのような指示を出したのは、私です」





扉の前に立ったのは、しっかりとスーツを着た、海人だった。





54 父と息子 
<photo:tricot>

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