54 父と息子

54 父と息子




和彦は、目の前に立つ海人が本人だと思えず、

しばらく黙ったまま、その姿を見ることしか出来なかった。

航の隣にいた朝戸は、その場を空けるために一歩後ろへ下がる。


「『SI石油』の発展という気持ちで、『芽咲海岸店』を売却しましたが、
それは地元の方のためにはならず、むしろ、このままでは我が社も
大きな波にのみこまれるだけだと判断しました。
私は、売却資金で新たな店舗を建てることなどせずに、あの土地と自然を守り、
地域の方と共に歩むための費用として、あてようと思っています」


海人は、航が勧めてきた計画の後押しをするように、淡々と地元の現状を語り、

これから『SI石油』が目指す方向を指し示した。

すでに、地元の人たちとは軽い話し合いも行っているようで、

生きている声が、資料となって上がってくる。


「海人……お前、どこにいたんだ」

「社長。『SI石油』はこれ以上、古川議員の計画にただ従うことよりも、
あの土地を生かし、活用する方向で歩むべきだとそう思います。
祖父、平馬の思いが入った店舗には、大きな意味がありました」


海人は、祖父である平馬が、『芽咲海岸店』を大事にしてきた理由を語り、

社長である和彦に理解をするように求め始めた。

それを横で聞いていた佐原はしばらく黙っていたが、

海人が具体的な計画案を示そうとした瞬間、大きな咳払いをし話を止める。


「何を言っているんですか。社長、
海人さんはどこかに監禁でもされていたんじゃないですか。この成島達に……」


佐原はそういうと、以前から自分に対して攻撃的だった航を睨んだ。

航はその視線に負けないよう、同じように睨み返す。


「地元の声? 地元を生かす? 何を言っているんだ。
今、あの土地を支えているのはなんなのか、考えているのですか。
若い働き手はどんどん出て行ってしまい、町は過疎化に向かっている。
そんな土地に投資することが、重要なことだと? 
ふざけるのもいい加減にしないか」

「なぜ、あの土地が過疎化に向かったのか、
それをご存知だからそういえるのではないですか?」

「何?」

「観光の拠点として、レジャーに来る人を対象にした『ペンションの町』を、
力をつけてきた外部の人間たちに言われるまま、
綺麗な景色を売り飛ばして富を得たのは、あなたたちじゃないのですか!」


航は『TTK』がからむ、『水源確保』のための土地買収に関し、

調べ上げた資料を和彦の前に提出した。

海人はそれにフミから借りてきた地元新聞の記事を乗せ、

これが間違いのない事実なのだと、突きつける。


「『水源確保』?」


古川の力を信じ、『SI石油』が大きくなることを望んでいた和彦は、

出された資料の複雑さに、言葉が出なくなった。

海人と航の二人が、なぜ、ここまで調べ上げられたのか、それも不思議に思えてくる。


「『芽咲海岸店』は、売り上げが他店舗に比べて、低いことは間違いなかった。
言って見れば、我が社にとって、お荷物だと言えるような店で……私は……」


会社を大きくすること、自らを大きく見せること、

それだけのために戦ってきた和彦は、出された資料を読みながら、実はその裏で、

古川一族に、『SI石油』が利用されているではないかと佐原を見る。


「ばかばかしい……新谷社長。あなたの後継者たちはよほどお金が嫌いだと見える。
そんな人たちに、今、私から話す事はありません。これで失礼します」

「佐原さん!」

「このことはもちろん、古川にも報告させていただきますよ」


佐原は、和彦を脅すような言葉を残し、そのまま会議室を出て行った。

残されたのは、海人と航と和彦、そして部屋の隅に立つ朝戸だけになる。

佐原の気配を感じなくなり、朝戸は軽く頭を下げ、会議室を出た。

扉が閉まる音が聞こえ、海人はあらためて和彦の方を向く。


「幼い頃から祖父とあなたと、二人の経営のやり方を見続けてきて、
将来は自分がこの会社を背負って立つのだと、そんな思いも持っていました。
でも、あなたの下にいることで、他を寄せ付けない強さの中で、
考えるという気持ちを、失っていった気がします」


仕事の出来る社員から、平馬に見抜かれて社長になった父、和彦は、

海人にとって大きな存在であり、逆らうことなど一切出来なかった。

それでも、経営者の地位は自然に自分に転がるものだと思うことで、

気持ちの平穏さは保たれていた。


「航が来てから、変わったんです。航にも、この会社を継ぐ権利も可能性もある。
人をひきつける力があるし、自分の思いを貫く強さもあった。
それが恐ろしくて、さらに気持ちを固くしました。
何が何でもこの会社は、自分が引き継ぐのだと……。
でも、あなたは私を息子として見ていなかった。
新谷和彦の思いを遂げるための道具として、扱っているだけだと。
だから家を出ました。始めは戻ってくるつもりなどありませんでした」

「海人……」


和彦は、自分が見合いを勧めた理由は、より強い力に守られることで、

経営力を強くして欲しいからだと訴えた。

手に持っていた書類の中にある山の写真が、その手の中からこぼれ落ちる。


「航がうらやましかった。
全てを捨てて、叔父さんの元へ走った叔母さんの思いが、うらやましかった。
その過去に起きた本当の話で、今、そばに親はいなくても、
自分を愛してくれたいたということは、しっかりと感じ取れる。
それに比べて、うちは……親と子の関係よりも、会社での力が優先されていて、
その中に情を感じることも、少なくなっていました。
会社のためにといって、走り続けるあなたと、それを知らずに、
夜遅くまで帰りを待っている母の姿が、私には耐えがたかった」


海人は両手を握り締め、悔しそうに言葉を吐き出した。

航は、自分に新谷家を助けて欲しいと願った登志子のことを思い出す。


「父さんにとって、母さんは夢をかなえるための道具なのですか?
そこに生まれた私と真湖は、どういう存在なのか……」


和彦は海人の嘆きを、黙ったまま聞き続けた。

航も口を挟むことが出来ずに、じっと下を向く。


「子供の頃に大好きだったブランコは、祖父がくれたものでした。
あの優しい微笑と、背中を押してくれた感覚が忘れられずに、
私は自然にあの町へ向かっていました」


航は、海人がなぜ『芽咲海岸店』の跡地へ向かったのか、その理由を聞きながら、

海人には海人の寂しさがあったのだと痛感した。

一度しか訪れなかった新谷家で、二人揃ってブランコに乗ったことを思い出す。


「僕が誰だとか、どこから来たのかとか、地元の方は誰も聞かなかった。
きっと、何か事情があるのだろうと、そう思っていたのでしょうが、
言いたくないのなら、言わなくていいと……そういう優しい目を向けてくれました。
旅人を迎え入れる準備が、昔から出来ている町の人達は、
その出会いがたとえ一時のものでも、心地よいものであればいいと、
常に笑顔を見せてくれました。それが私には嬉しくて……。
すぐにどこかへ流れていくつもりが、ずっと……」

「あの土地にいたのか、お前は」

「はい……。あの土地に住む人たちと触れ合いながら、
祖父があの土地を愛した理由もわかりました。
優しくて、強くて、自分の町を愛している人たちが住んでいます。
いや、あの土地を愛しながらも、『TTK』に追い出されるように
なってしまった人たちも、みんな……」


航は、その言葉を聞き、海人が友海のことも含めて話しているのだとそう思った。

優しく強く、そして深い……

あの『碧い海の絵』に描かれる世界が、そこにあった。


「『SI石油』を大きくすることより、やらなければならないことがあります。
地元の方と、そう……『天神通り店』や『森崎店』のように、
力をあわせていけるような、そんな企業を目指すこと。
それが、私がこれからやっていきたいことだと……だから戻ってきたのです」


全てを語りきった海人の表情は、迷いの消えたすがすがしいものだった。

航は、海人を信じ、待ち続けた日々を思い出し、大きく息を吐く。

和彦は手から滑り落ちた山の写真を見つけ、床から拾い上げた。


「お前たちは、世の中の怖さを知らない。生意気なことばかり言うな……」


和彦はそういうと席を立ち、そのまま部屋を出て行った。

しかし、新しい計画について、反対されることもなく、

海人は椅子の背もたれに、体重を乗せた。





別の場所で仕事をしていた聖は、海人を見かけたという同僚の声に、

慌てて『SI石油』へと向かった。

そして、航と一緒に会議室から出てきた海人を見つけ、駆け寄っていく。


「海人!」

「聖……」


迷っている海人の気持ちを聞いてやることも出来ずにいたこと、

自分の思いがどこにあるのかわかっていたのに、知らないふりをしてきたこと、

そんな思いがあふれ出し、聖の目から涙がこぼれていく。


「どこに行ってたのよ、バカ!」

「バカってなんだよ、もっと他に言い方がないのかお前」

「うるさい!」


久しぶりになる二人の再会を邪魔しないようにと、航は背を向け、

エレベーターに乗り込もうとした。

聖は航の後姿を見たとき、自分を貫き通した友海のことを思い出す。

海人は、以前と同じようにスーツ姿だった。

聖は、突然出て行った海人を、そのまま受け入れた航の気持ちを考える。


「航さん待って! 話があるの!」


聖は海人の右腕をしっかりと握り締めながら、航を呼び止めた。





55 戦闘開始 
<photo:tricot>

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コメント

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海人、変わりました?

yokanさん、こんばんは

>海人、素敵な人に生まれ変わったね^m^

『芽咲海岸店』の存在から、祖父の思いも理解し、
会社を継ぐことに対して、思いを持てるようになった海人です。
素敵な人になりましたか?

古川一族との関係が、これからどう話を動かすのか、
残りは7話です。
どうか最後まで、お付き合いください。