50 青色の夢(5)

50 青色の夢(5)


ドラマ撮影が最終段階に入り、忙しい日向さんはホテルに缶詰状態だった。

そのスケジュールの隙間に、食事に誘われ出かけてみると、

その席に紗那さんが入ってくる。

イタリアでデザインの勉強をし、親は大手アパレルメーカーの社長、

生まれながらのお嬢様だからなのか、物怖じなどしないし、私を前にしても……


「淳平! ねぇ、淳平ってば! 聞いてる? 淳平」




何度も何度も、淳平って連呼しないでください。

私だって、淳平……なんて、呼んでいないんですから。




ドラマの話、小道具になっている『BLUE MOON』の話、

一緒に入れてくれているのだろうけれど、どうも二人で笑いあうことが多い。

どこかのけ者気分になってしまって、ついつい私だけピッチが上がる。


「すみません……」


個室のため、小さなPCがそばにあり、私はそれに新しいお酒を入力した。

こうなったら、7つのカクテル、みんな飲んじゃうんだから。


「史香、飲みすぎじゃないのか」

「いいんです……たまにですから」


飲まないとやっていられません。

日向さんの意図することが、さっぱりわからないんですから。

私と2人より、どうして3人なんですか? 

紗那さんと食事がしたいのなら、してくればいいのに。





……私がいれば、浮気じゃないって証明にでもなると思っているんだろうか。





「ねぇ、付き合って長いの?」

「ん? えっと……」

「今度の9月で2年です!」



酔ってなんていないんだから。

ほら、数字だってちゃんと言えるんだから。

私、ちゃんと言えますからね!





3種類目のカクテルへ手を伸ばしたとき、日向さんからストップがかかった。

いつの間にか食事会は終了となるらしい。

ほとんど聞いていたけれど、時々質問されて、どうでもいいようなことを、

語らされた気がする。


「前島さんの家ってどっち方面?」


私の部屋なんて知って、どうするつもりですか?

あ、でも、私は知ってますよ、紗那さんのご自宅。

『メビウス』本社ビルから車で10分ですよね。

以前、社長のお宅拝見って番組で、見た気がします。

見た目は和風なのに、中は豪華な洋風作りで……


「私、電車に乗って帰りますから」


まだ終電の時間ではないし、今からならスーパーの最終セールに間に合うかもしれない。

日向さんは横で、タクシーを呼ぶと言っているけれど、

もったいないからいいんです。


「淳平、少し待ってくれたら本田が来るから、私送るわよ、史香さん」


本田? HONDA? それってバイクですか? それとも車?

結構です、ご心配なく。


「本田さん? あぁ、でも悪いからいいよ。僕が送ってからそのままホテルへ戻る」

「そんな危ないことしないの。日向淳平、二人の女性を手玉に取る! なんて、
書かれても知らないから」


紗那さんの豪快な笑い声が、耳の奥まで届く気がした。

私は二人の間で立ち上がり、大丈夫ですと頭を下げる。





……あれ? ふらついた。





「史香……」

「はいはい決定。このまま一人で外へ出したら、淳平が気になって大変だもの。
ね、前島さん、少しだけ待っていて」


結局、私は紗那さんの秘書が運転して来てくれた車に乗り、

日向さんはそれを心配そうに見送った。





タクシーじゃないのだから当たり前なのだろうけれど、

後部座席のクッションは、本当に気持ちいいい。


「ねぇ、このままうちに来ない?」

「うち……ですか?」

「そう、まだ史香さんと語り足りないのよね、なんとなく。
淳平もいなくなったことだし、少し寄っていってよ、どう?」


とんでもない!

どうして紗那さんと私が、生活力の違う私たちが語り合わないとならないんですか?

語り合っても、共通点などありませんので、無意味です。

明日からまた、仕事を探さないとならないのですから、放って置いてください。


「ダメ?」


嫌です! そういうつもりだった。

でも、こうなったら酔ったついでに、聞いておきたいこともあった。





それに、絶対に出来もしないセレブの暮らしに、ちょっとだけ興味もあり……





私は『メビウス』の社長が住む豪邸に、少し酔ったままお邪魔することになった。





大理石が敷かれているピカピカした玄関を通り、

私は、小さなカウンターバーのような場所に連れて行かれた。

そこにはお店と間違えるくらいのワイングラスが置かれ、

軽く40本くらい入りそうな、ワインセラーも整っている。


「これでいい?」

「はい……」


紗那さんはお気に入りのワインを選び、

冷蔵庫からつまみになるようなものを取り出すと、すぐに盛り付けてくれた。

イタリアでは、こうして人を招いてお酒を飲むのは日常茶飯事で、

いつの間にか、簡単に料理が作れるようになったと笑う。


「淳平もここで飲んだことがあるのよ、もう3、4年くらい前だと思うけれど」

「日向さんがですか?」

「そうそう。母がとにかく気に入って。日本人離れした足の長さにほれ込んでいたわ。
モデルをさせるには彼しかいないって、ずっと一押しなの」

「はぁ……」


私と付き合う前のことまで、どうのこうの言える立場じゃないけれど、

紗那さんが淳平と親しげに呼ぶ理由が、なんだかわかる気がした。


「ますますいい男になったよね、淳平。前に会った時には、
もう少し子供っぽさがあったけれど、今は本当に『男の色気』を感じるもの。
よく『BLUE MOON』に抜擢したよ。あれは淳平じゃないと出来ないと思う」


紗那さんは赤ワインをグラスに注ぎ、軽く回すと私の前に置いた。

この人と話しをするために、勢いをつけようと、

そのグラスに口をつけ、グッと飲み干していく。


「史香さんは淳平のどんなところが好き? 私はね……」

「どんなところなんて……考えたことありません」

「ん?」

「日向さんは日向さんですから!」


あれ? 頭の中に考えていることが、うまく言葉になっていない。

日向さんが優しいこと、努力家なこと、正直なこと、

伝えたいことはたくさんあるのに、何も語れない。


「日向さんは、日向さん……か」


紗那さんは余裕たっぷりにワインに口をつけ、少し大きめに息を吐いた。

私も負けないように、もう一度ワインを口に含む。


「そうね、確かにそうかも。淳平は淳平。
真剣に取り組んでいる時の背中なんて、思わず抱きしめたくなるくらいだもの。
そう思ったことない?」


紗那さんが、日向さんの魅力を語ってくれるたびに、なんだか目頭が熱くなる。

『好きなのよ』と言われているようで、切なくなった。





……あ、まずい、泣きそう。





「あの……」

「何?」

「紗那さんは、日向さんが好きなんですか?」


何だろう、私、子供みたいだ。

頭で考えたけれど、口には出すまいと思っていたのに、

今度は勝手に出て行ってしまった。

引っ込めることは出来ないから、ごまかそうと思うのに、

言葉がコントロール出来ない。

こんなになるほど、お酒、飲んだんだろうか。あまり記憶にないけれど。


「日向さんが好きだから、そんなことを言うんですか?」


自分に自信がある人は強い。

何かを持っている人は、自分をしっかりと防御できる。

私は……誇れるものが何もない。

紗那さんのようなものなんて……何も……。





「好きよ……隠すことじゃないし」





そんなに真剣な顔をして、言わないでください。

私……


「そうだなぁ……。淳平だったら、その日限りの恋でも、後悔なんてしないかな。
思い出はしっかり体に刻み込んじゃうかも……」





この人……私をからかっているのだろう。

そんなことはわかっているけれど、お酒が入っているからなのか、

なんだか言い返すことも出来ないし、まんざらウソでもなさそうで、

どうしたらいいのかわからない。


「ダメですから!」





しっかりと覚えているのは、ここまでだった。

日向さんを好きになることはダメだと、言い切ったあとから、あまり覚えていない。

頭が痛いような、気分が悪かったような、でも、どこかスッキリしていたような、

そんな複雑な気持ちの中で、漂っていた気がする。



次の日、私が目覚めたのはソファーベッドの上で、

空にしたワイングラスだけが、横に残っていた。






51 青色の夢(6)


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コメント

非公開コメント

この時間に、ここに書き込めてしまうれいもんです~@@

史香、お酒の力を借りつつも言いましたね~♪
さあ、紗耶さんの口からどんなことが聞けるのかなあ~
楽しみです。

淳平、心配してるでしょうね。。

あらら?

れいもんさん、こんばんは

……って、あれ? れいもんさん、どうして?
もしかしたら、飛行機飛ばなかったの?
後から、そちらにお邪魔します。

>史香、お酒の力を借りつつも言いましたね~♪

はい、だからこそ言えたのかもしれませんが。
紗那に拉致されてしまった史香です。
どうみても、向こうの方に、余裕がありそうですが(笑)

酔っぱらいさん

yokanさん、こんばんは

>おいおい(ーー;)変なこと喋ってないだろうね~・・・

あはは……そうですよね。
さて、史香にとって、この夜はどういう意味があったのか、
それは後々、わかることになります。

自信……持てたらいいのでしょうが。
恋に不安は、つきものなのでしょう。