51 青色の夢(6)

51 青色の夢(6)


『BLUE MOON』は第8回の放送を終了し、視聴率を20%台に乗せた。

当然、このクールにスタートしたドラマの中では1番になり、

少し早めに最終回の展望がささやかれ始める。

がっちり二日酔いをしたあの日は、ガンガンする頭を押さえながら、

紗那さんが日向さんにかける電話を横で聞いた。



『ごめん淳平。すっかりフラフラにさせちゃったの。だから泊めちゃった』



紗那さんの本心は、どこにあるのかなんて、全然わからない。

日向さんもどこか、振り回されている気がしてしまう。





「あはは……さすがに『メビウス』のお嬢さんね」

「笑い事じゃないんですよ、米原さん。
紗那さんが日向さんを好きだって言った事までは、私、ちゃんと覚えているんですから」


日向さんのマンションに米原さんの部屋があることは、とても好都合だった。

ここのところ、お茶のみ友達のように、よくお邪魔している。


「紗那さんは外国暮らしが長いから、そういうところがオープンなのよ。
本当に淳平を好きだと思っているのなら、そんな言い方しないでしょ?」

「ですけど……」

「彼女今年で33だって言っていたな。史香を見ていると、
妹みたいにからかいたくなるんじゃないの? 
淳平のことも弟みたいなものでしょ、きっと」


お薦めのケーキを出してもらい、それにフォークを乗せる。

何気なくテレビをつけると、フラッシュが光っていた。



『すみません……社長、コメントをお願いします』



記者たちに囲まれて、怪訝そうな顔をしているのは、

樫倉英吾のいる事務所の社長だった。

思わず、目の前の米原さんと視線がぶつかり、そして互いに首を振った。

予想外の出来事に、一視聴者として、テレビに釘付けとなる。


樫倉英吾の事務所社長が、悪質な脱税をしているのだと、

ある週刊誌が記事を載せたことで、急成長中の樫倉を囲むスタッフの不祥事だと、

マスコミはここぞとばかりにフラッシュをたく。

昔からクセのある男として有名だった社長は、悪びれることなどなく記者を払いのけ、

事務所の中へ消えていった。


「前から色々と言われているんだよね、あそこは。
でも、記事になるっていうのは、何か証拠があってのことだと思うけど」

「証拠、ですか?」

「身内からの情報漏れか、税務署からマークされていたか、どちらかじゃないの?」


事務所の中に消えた社長の顔を思い出し、あの人が社長だったら、

私はきっと事務所に就職などしなかっただろうと、そう思った。





酔っぱらった私が元の生活に戻っても、日向さんのホテル生活は相変わらずだった。

それでも連絡だけは取ろうと、時間を見計らってメールを入れてみるが、

気がついていないのか、それほど忙しいのか、

返信のないまま朝を迎えることもあった。


日向さんがいないマンションへ行く用事もなく、『BLUE MOON』の第9話を、

私は一人、アパートの部屋で見始める。



薄暗い部屋の中で、主人公二人が結ばれるシーン。

照明は青白く、月明かりをイメージさせる。

日向さんの背中越しに、涙を浮かべながら幸せそうな顔をするヒロインが見えた。





日向さんの背中って……こんな感じなのね。





触れることはあるけれど、こんなふうに見たことないし……





二人が見つめ合って唇を合わせる瞬間、私の指は断りもなく

リモコンで別のチャンネルに変更した。

人気の漫才師がコントをしていて、大げさなくらい舞台ではしゃいでいる。



わかっています、わかっていますとも。

あれは演技。やきもちをやくことでも、何でもないんですけど、

なんだろうな……吉野ひかりさんの時には思わなかったんだよね。

最初から、彼女のことは女優だとしか。思えなかったからかもしれない。

でも、今回の女優さんはドラマが初めてだし、他の役柄を知らないから、

『その人』にしか見えてこない。




いいなぁ……この人。

日向さんと過ごせて。




なんて、意味のないことまで考えてしまった。



私……精神的に疲れてる?



その日は、チラチラと覗き見するようなドラマ鑑賞で、1時間を使ってしまった。





『BLUE MOON』の撮影終了まで、日向さんがホテルを出ることはないだろうと思い、

私はまた、就職活動を再開した。

紗那さんほど、立派な仕事でなくても、とにかく自分の足で立つことだけはしたいと、

いくつか会社をピックアップしてもらう。

日曜日が休みではないお店や、勤務がお昼過ぎから夜の10時までなど、

色々変則がある企業しか、私の条件で引き受けてくれそうなところは見つからない。


「はぁ……どうしよう」


一つだけあったのは、以前訪れた、特殊スタジオの事務員だった。

しかし、雇用期間は2年。

日向さんの事務所を辞めたのだから、同じマスコミ関係は避けようと思っていたけれど、

条件面から考えても、他に待っていられるほど余裕もない。


「すみません、この会社でお願いします」

「あ……はい。では、先方に聞いてみますね」


ハローワークの女性は、すぐに連絡を取ってくれた。

スタジオ側も急にやめてしまった人の後なので、

すぐにでも面接に進むようにしたいと、履歴書を持参するように告げてくる。

私は、明日にでも自分で持って行きますと返答し、その日はコンビ二に立ち寄り、

履歴書を購入し、そしてインスタントの写真も撮った。


「えっと……」


何度目かの記入なので、書くことにはすっかり慣れた。

これで最後の面接だといいなと思いながら、その日は早めに寝ることにする。





9月も半ばになろうとしているのに、

面接の日は、朝からじりじりとした暑さが私を攻撃した。

それでもしっかりと気合を入れ、リクルートスーツに身を包みスタジオへ向かう。

先日、米原さんに会うために来たときとは違って、今日は若い女性の姿が多い。

これだけの人が面接に来たのかと思ったが、服装からするとどうもそうではないらしく、

私は守衛室の前まで向かい名前を告げた。


「あ、面接の方だね、どうぞ」

「ありがとうございます」


胸に名札をつけるようにと言われ、安全ピンを外していると、

その横を1台の高級車が通り過ぎた。

私は、その車をどこかで見たような気がしたが、どこなのか出てこない。

運転手が窓を開け、なにやら話していたが、車はそのまま門を通過し、

奥にある駐車場へ止まった。


「あ……」


後部座席から出てきたのは、紗那さんだった。

見たことがあった気がしたのは、先日、酔ってしまった日に乗せてもらったからで、

今日はここで何があるのかと、予定表が貼ってある場所を見る。

すると、周りを囲んでいた女の子たちから、一斉に歓声が上がり、

私が視線を戻すと、紗那さんの車の後部座席から続けて出てきたのは、

間違いなく日向さんだった。





日向さん……どうして一緒にいるんだろう。

ホテルに缶詰状態じゃないのだろうか。

紗那さんは、ホテルに迎えに行ったってこと?





玄関前に若い女性が多かったのは、『BLUE MOON』の撮影が、

今日、ここで行われることを知ったファンで、日向さんが入る時間にあわせて、

スタジオの周りを囲んでいたからだった。

オレンジスタジオではない撮影だとすると、

何か、特別な許可を必要とするシーンなのだろう。



それにしても……

二人で一緒にスタジオ入りするなんて……

私、二人に通り過ぎられるなんて……





少し、寂しい気がする。





それでも、その場所に立ち止まっているわけにはいかず、

履歴書の入った封筒を握り締め、ため息をつきながら事務局へと向かった。





面接に出てきた男性は、銀縁のメガネを光らせ、私の履歴書をじっと読み続ける。

何もすることがないので、扉の小窓を見ていたら、その前を米原さんが通りすぎた。

それから5分ほど遅れて、田沢さんが通りすぎる。

二人とも、日向さんが紗那さんと一緒だってこと、ご存じなんですか?


「はい……だいたいわかりました。
それではですね、仕事についての話をさせていただきます」

「はい……」


私は気持ちを面接へ無理矢理引き戻し、銀縁メガネだけに集中した。

彼は、仕事の内容、出勤時間など、細かい話を語り続ける。


「難しい仕事じゃないんですよ、以前、芸能事務所にいたことのある方なら、
余計にわかりやすいでしょ? ただ、困るのは、タレントのファンのようになって、
スタジオをのぞいたり……そうそう、以前もあったんですけどね、
携帯の写真を撮って、友達に配信したり……そういうことは辞めてください」


銀縁メガネさんは、『一歩下がった仕事』について、細かく語った。

話していることはもっともだし、私も当然のことだと思う。

しかし、聞きながら心が痛くなり、頭がずっしりと重くなっていく。

『タレントの出入りする場所』で仕事をすることが、どういうことなのか、

個人的な思いで出入りすることが、どれだけ悪いことなのか、

その話を聞いているうちに、私にはここで勤める資格がないような気がしてきた。


「聞いてますか? 前島さん」

「はい……」

「それではこれでお帰りください。結果は後日お知らせします」


銀縁メガネさんが席を立ち、私もすぐに立ち上がった。

しっかりと頭を下げ、事務所を出る。

奥に向かえば日向さんがいるであろうスタジオだったが、

この格好で見に行くわけにもいかず、そのまま玄関へ向かう。

ガタガタと大道具が運ばれる音が聞こえ、自然にそちらへ視線が向いた。

日向さんが持っていた台本を隣にいる女性に手渡し、スタジオへ入る。



台本を当然のように受け取り、田沢さんと笑顔で話しているのは、

間違いなく紗那さんだった。






52 青色の夢(7)


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コメント

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役者の恋人って・・・

淳平と中々連絡出来ずに居る史香、なのに紗那と?
どういうこと?
まさか史香がいるとは思わないのだろう。息の合った仕草が気になる。
役のうえでのラブシーンでさえ辛い思いするのに・・・
史香はここで働くのか?

芸能事務所も色々。
芸能人も色々。
今日あるアイドルだった子がニュースになっていた。
幼くしてトップアイドルになってしまったその子が、
まるで転げ落ちるように転落の人生。
なんだか居たたまれないですね。

あぁ、見ました

yonyonさん、こんばんは

>まさか史香がいるとは思わないのだろう。
 息の合った仕草が気になる。

史香がいるということには、気づいてないでしょうね。
さて、紗那と淳平の関係は、
どういうものなのか……

>今日あるアイドルだった子がニュースになっていた。

あぁ、私もニュースを見ました。
幼くして、大人の世界に染まりすぎて、
難しいのでしょうか。
他で活躍している人達がいるだけに、
余計に悲しい気がします。

だよね

yokanさん、こんばんは

>アララ、マイナス思考が働いてしまいますね(ーー;)

あはは……そうそう、マイナス思考が出ております。
紗那が積極的に動きだけに、
余計なことまで考える史香です。

しかし、淳平と紗那はなぜ一緒なのか
そこら辺はこれから……