57 芽吹く思い

57 芽吹く思い




航と海人は揃って、支援を決めたガソリンスタンドに向かった。

そこに簡易椅子を並べ、地元の人たちへ新しい試みについて語っていく。

『村株制度』とは、ガソリンスタンドの存続に賛成する村民たちが、

それぞれに地域が用意した株を購入し、費用を負担していくというもので、

その代わり、新しく増設するスペースで、

小さなお店を開く権利を持てるというものだった。


手作りの野菜を育てるフミや、自慢の漬物を作る石田さん、

それぞれが小さなスペースを確保し、給油に来る人はもちろん、

ここを拠点に動くこの村の人たちにも、品物が集まることで、

また新しい商売の形が出来ると提案する。

管理はガソリンスタンドのスタッフが兼務することになった。


「6畳ほどのスペースも確保できますので、
その場所を、みなさんのおしゃべりの場所にしていただいても構いませんし、
出前も……ここならば出来ますよね」


お世話になっていた食堂のおかみさんに、海人がそう言葉を振っていくと、

当たり前だと胸を叩き、笑顔を見せてくれる。

航はその表情をしっかりと受け取り、この制度は、参加する人が増えるほど、

規模が大きくなるのだと付け足した。


初めての話し合いの頃は、半信半疑だった地元の人たちも、

銀行や『SI石油』の朝戸や関山が顔を出すようになると、

本当に話が動き始めるのだと、期待感が膨らんでいく。


「ただ、人が少なくなっていくのを、見ているだけではダメです。
この山や自然を、みなさんの手で、自分たちの手で守っていきましょう」


寂れたスタンドで嘆いていたご主人も、大きな拍手をし、

何かが動き始めることに喜びを表現した。





しかし、それを快く思わないのは、佐原や袴田たちで、

和彦は古川の事務所に呼び出され、選挙の様子を聞かれながらも、

海人や航の動きがどうなっているのかと、問い詰めてくる。


「新谷さん。息子さんたちは何をしているんですか。
地元の年寄りたちをやる気にさせたところで、大きな事業にはなりませんよ」

「はい……」


和彦も、決して海人や航の動きを賞賛しているわけではないのだが、

いざ、選挙活動に入り、特に応援もしないまま、

『SI石油』を利用する古川たちの考えに、少しずつ嫌気がさしていた。

古川は伊豆の票を集めることに必死で、

和彦の応援演説に回る、余裕すらないように見える。


「すみません、最後の活動をしないとなりませんので」


和彦はそういうと立ち上がり、

思い通りにならないことにイライラを募らせる、佐原の横を通り過ぎた。





和彦はその日、古川の事務所を出ると、

『SI石油』が持つ、いくつかの店をまわった。

その中にはもちろん友海がいる『天神通り店』もあり、『森崎店』もある。

笑顔で車を誘導し、お客様に丁寧に接する従業員たちを見ながら、

今日、最後に演説する予定の場所へ向かうために、車を走らせた。





そして次の日、長い間準備を重ねてきた和彦の選挙が行われ、

その夜、無事に当選が決まった。

新谷家の電話は『当選祝い』に鳴りやむことがなく、

登志子はありがとうございましたと、何度も頭を下げる。

海人は忙しそうにしながらも、

和彦の当選を嬉しく思い、横で動いている母の笑顔を見ながら自分の部屋へ入った。





「田上さんが?」

「うん、昨日1日中泣いていた」


航は、アパートを去ることを決めた友海の荷物作りを手伝うために、

久しぶりに部屋へ入った。目の前にかけてあったあの『碧い海の絵』は

なくなっている。


「ずっと一緒に過ごしていたから、いつかはこういう日が来ることも
わかっていたはずなのに、グズグズしちゃって」

「それはそうだと思うよ。ずっと君がここにいてくれると思っていたのは、
田上さんだけじゃない……」


航の言葉に、友海は黙って荷物のダンボールをガムテープで止める。

ビリビリとテープの切れる音がして、すぐに部屋は静かになった。


「『村株制度』が動き出したんだ。予想していた金額の8割くらいだけれど、
それでも実績が上がっていけば、半信半疑の人たちも協力してくれるだろうと、
海人と話し合った。ただ……」


航は少し話しにくそうにした後、何かを吹っ切るように顔を上げる。


「『袴田食品』にも、声をかけてみることになった」


友海の家族を追い込み、それを公表することなく富を築いた峰山会長。

『袴田食品』は息子が経営している、地元でも名の知れた会社になっている。


「色々と考えては見たけれど、地元の大きな企業を無視して計画を進めるよりも、
一緒にあの土地のことを考えてもらうほうが、
より、地元の人たちには利益を生み出せるとそう考えた。
確かに、君のことを思うと、そのままつぶしてやりたい気持ちもあるけれど……
でも……」

「そんなこと、出来るわけないし、そこで働いている人たちが困る……」

「あぁ……」


航は、海人や朝戸達と何度も協議を重ねた結果、

そういう方向で話が進みだしたと頭を下げた。

友海は落ちていた紙くずをゴミ箱に入れると、申し訳なさそうにする航に、

そんな顔をするなと笑顔を見せる。


「何も申し訳ないなんて顔をすることないじゃない。
袴田食品は、立派に地元を支えている企業だし、
あの会社に在籍しながら、土地で暮らしている人たちもたくさんいる。
私は、そんな大きな力と対抗して欲しいなんて思っていない。ただ……」

「ただ?」

「あの場所を愛している人たちが、これ以上、追い出されるようなことのないよう、
あの『碧い海の絵』の景色を、残して欲しいだけ……それだけだから……」


航は、友海の言葉を聞き終える前に、精一杯の力で抱きしめた。

そばにいて欲しいのは間違いないけれど、友海を楽にしてあげたいという気持ちも、

同じように存在する。


「僕の力不足だ……ごめん」

「違う……そうじゃない。私は、本当に出発出来ると、思っているんだから。
あなたに全てを語れたことだけで、それで……十分」


友海は、航の腕の中に顔をうずめながら、ここへ来てからの時間を思い返し、

感謝の気持ちを込めながら、気持ちが落ち着くのをじっと待っていた。





海人は、協力を頼む地元の企業に挨拶文を書きながら、

PCのキーボードを打ち続けた。扱いに慣れていないからか失敗が多く、

保存したはずの文章が、消えている。


「あれ? どうして出てこないんだ」

「保存した?」

「した……はずだけれど……」


その作業をじっと前に座って見ていた聖は、

海人が一度席を立ちあがったのを見るとその場所に座り、

あらためて文章を打ち直した。

勝手なことをするなと横で海人が声を上げても、その声を無視し続ける。


「おい、聖!」

「うるさいわね、今、大事なところでしょ。間違えるから、声かけないで」

「は?」

「コーヒー、飲みたいな……」


聖はそういうと、海人の倍以上の速さで、キーボードを叩き終えた。

海人は聖が座っていた椅子に腰を下ろし、聖の様子を横目で確認する。


「お前、仕事はいいのか。住野運輸に入るんだって、そう言っていただろ」

「そんなことを言った時も、あったわね。ねぇ、海人、コーヒー飲みたい」


海人は、近頃よく顔を出し、仕事を手伝おうとする聖に対して、

どういう考えなのかを聞きだせずにいた。聖は打ち込んだ文字を確認すると、

それをしっかりと保存する。


「あぁ、もう、いいわよ、私が下で入れてくるから。海人……」


部屋を出て行こうとした聖の腕を、海人が初めてつかんだ。

聖はその腕をたぐるようにし、そのまま海人の胸の中に飛び込んでいく。


「わかっているの……黙っている方が、かわいいのはわかっているんだけど、
ついつい、色々と言いたくなるの……」


幼い頃から、誰よりもそばにいた聖。

離れてみたことで、互いに大事な存在だったことに、あらためて気づかされる。


「素直じゃないのは、こっちも同じだ」


海人は恥ずかしそうに下を向く聖の背中に、しっかりと手をまわし、

言葉に出せない思いを、そっと乗せた。





東京へ出てきた袴田と会うために、海人と航は次の日、古川の事務所へ向かった。

そこで待っていたのは袴田と、その父、峰山会長、そして哲夫だった。


「新谷さん、企画書は読ませていただきました。小さなお金をかきあつめて、
あの土地を守っていこうというお気持ちはわかります。しかし……」


袴田はそう言うと、海人があらためて渡した企画書を、

目の前のテーブルに放り投げた。

峰山は、余計なことをしているのはこの二人なのかと、厳しい目を向ける。


「私たちは参加しません。あの土地は守るものではなくて、活用するものです」


袴田は、体をソファーに深く沈みこませ、足を目の前で組んだ。

『袴田食品』が動かなければ、資金が足りないだろうと、堂々と言い返す。


「袴田さん……」


海人は今にも文句を言いそうになる航を左手で止め、わかりましたと頷いた。

哲夫はその間も何も言わず、状況を見守っている。


「協力願えないのは、残念です」


二人で揃って頭を下げ、応接室を出て行くと、

事務所の入り口に車を停めていたのは、加納多恵だった。





58 思い出の飴 
<photo:tricot>

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コメント

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動いてますよ

yokanさん、こんばんは

>海人に何か考えがありそうだね。

さて、動き出した中で、海人と航は何を想うのか。
聖と友海、ちょっと対照的ですが。
これもこのまま……となるのかどうか。
あと4話、ぜひ最終話までよろしくお願いします。