52 青色の夢(7)

52 青色の夢(7)


スタジオを出た後、そのまま最寄り駅へと向かったが、

電車に乗る気持ちになれずに、駅前のコーヒーショップに入り、

一人で『アイスコーヒー』を注文した。

いつもならミルクをたっぷりと入れて飲むところだけれど、

今日は少しだけガムシロップを入れ、違う味でノドを潤してみる。

緑色のストローでかき混ぜると氷があたり、手に触れる部分がより冷たくなった。



私は結局、その場で自分から事務職を断った。

『ファン』であってはいけないことと言われ、

日向さんとの交際を隠しながら勤めることなど出来ないし、

スタジオの方にも失礼だとそう思ったからだ。





また、就職活動は、1からになってしまう。





その日の夜、日向さんから電話があり、撮影が大詰めを迎えていて、

大変だと話をしてくれた。

それでも上がっている視聴率と、充実している日々のためなのか口調は明るい。


「あさってくらいには、一度部屋に戻るよ。……史香来られる?」

「あ……はい……」


日向さんはずっとホテルに缶詰だと、息苦しくなると笑っていた。

私は今日もホテルから仕事に行ったのかと、問いかける。


「そうだよ、ずっとホテルだけど、どうして?」

「いえ……大変だな……と」

「あぁ……。今日は撮影が大がかりだったからさ、
田沢さんもひやひやしたみたいだよ、怪我でもしないかって。
でもね、ラストに向かって、重要な場面だったから、スタッフも少ない人数だけで、
秘密撮影だったんだ」



『秘密』



言い出そうとしたけれど、結局言い出せなかった。

秘密の撮影の中まで、紗那さんが一緒だったのは、

『BLUE MOON』のデザイナーだからなのだろう。

スポンサーのお嬢さんだから、出入りしにくい場所にも、無条件で入れるのだろう。

私は自分自身が納得するように、それなりの理由をあれこれ考え出す。


「おやすみ、史香」

「はい……おやすみなさい」





行かなければよかった……正直、そう思った。

あのスタジオに顔さえ出さなければ、二人が一緒の車で来たところも見なかったし、

『秘密』だというような撮影現場に、当然のように入っていく姿も、

見ることなんてなかったのに。



日向さんの一番近くにいるはずなのに、どこか遠く感じるのは、

私が未熟なせいなのだろう……

その日は、布団をしっかりと被って、朝の光が届くのを待った。





その次の日、携帯電話を鳴らしたのは、保坂さんだった。

相談事があると言われ、私は待ち合わせ場所に指定された喫茶店へ向かう。


「あ、前島さん! こっちです、こっち!」


保坂さんは、相変わらずの明るさで、私を出迎えてくれた。

毎日のように会っていた時は、正直、勘弁して欲しいと思ったこともあったけれど、

久しぶりに会ってみると、なんだかほっとする。


「どうしたの? 急に」

「すみません、再就職のお知らせじゃなくて」


そんなことは最初から期待していないよと言いたかったけれど、

あえて口には出さずに、ウエイトレスの出してくれたお冷やに口をつけてみる。


「実は、相談に乗って欲しいんです。私、どうも違う気がして」

「違う?」

「はい、次はこれのオーディションを受ける予定なんですけど……」


保坂さんがそういって見せてくれたのは、

『ジュースのCM』に出演するためのオーディション書類だった。

私が辞める前から、保坂さんはCM仕事のオーディションに

チャレンジすることが多かったけれど、結果は思うものが出ていない。


「受けるんでしょ?」

「受けるんですけど、なんだかちょっと気持ちが重いんですよね」

「重い?」


保坂さんはポーズを取っているだけのオーディション内容に、

少し疑問があるのだと話し始めた。そして1枚の紙をテーブルに置く。


「『モーニングストリート』のアシスタント?」

「はい、これ、畑山さんの事務所にいる友達から情報をもらったんです。
私、こういったレポーターの仕事がしてみたくて。毎日色々な人と出会ったり、
動きのあることをしたいなって……色々とオーディションを受けながら、
そう思ったんですよね」

「へぇ……」


保坂さんの、ちょっとした愚痴なのだとそう思っていた。

私は、興味があるなら、受けてみたいって言ってみたら? と、

コーヒーを飲みながら返事をする。


「あ、そうだ、そういえばなんですけど……」

「何?」

「あの人、ほら、前島さんのお知り合いの方、会社辞めちゃったんですね」

「辞めた?」


保坂さんは、若村さんが会社を辞めたのだと話し始めた。

彼のことなど、聞きたくもないと思ったが、

保坂さんは若村さんが樫倉の事務所と親しいことも何も知らない。


「急で驚いたんですけど、同じ会社の方が結構大変だったって話してましたよ。
何が大変なのかは、聞いてませんけどね」


衝撃的な情報を持ち込んだ割りには、いつものごとく中途半端だった。

それでもそこからはまた、いつもの保坂さんが飛び出てきて、

なんだか懐かしい思いを抱えながら、食事を楽しんだ。





保坂さんと別れ、駅へ向かうと、『BLUE MOON』の大きなポスターが貼ってあった。

日向さんの横顔を見ながら、また、

紗那さんと二人でスタジオに現れた昨日のことを思い出す。

それでも、本人に会いさえすれば、話をすることが出来ればと、

私はポスターの前を通りすぎ、通勤客で混み合う電車に乗り込んだ。





日向さんと会える日を待つ前日、就職情報誌を買い込み、自転車で部屋へ向かった。

すると携帯が鳴り出したため、道の脇に止め、すぐに受話器をあける。


「はい……」


相手を確認しないまま、声を聞くと、その相手は田沢さんだった。

久しぶりに聞く、大きな声に、一瞬で緊張が走る。

日向さんに何かがあったのか、それともまた、問題が起きたのかと、

頭だけが勝手に、空想を広げ始める。


「史香か……」

「はい」

「あのさ、お前、保坂と会った?」


保坂さんと食事をしたことは、別に事務所に隠すことではないと思ったので、

私は田沢さんに正直に話をした。話の内容だって、世間話などがほとんどだ。


「お前さぁ、保坂に『モーニングストリート』のアシスタント受けるように、
勧めたんだって?」

「エ……勧めた?」


田沢さんは、保坂さんの面倒を見ているマネージャーの森永さんから

愚痴を言われたのだと、少し困惑気味に話し続ける。

私は、保坂さんからオーディションの話をされたけれど、

特に勧めた覚えはないと、言い返した。


「保坂がさぁ……『モーニングストリート』を受けたいって譲らないんだってさ。
全く……それでなくても森永さんとは色々あるんだよ、余計なことを今するなよ、史香」

「田沢さん」

「淳平とお前のことがあって、正直、俺も他の連中からあれこれ言われたんだ。
でも、お前たちが真剣なのも知っているし、かばってきたつもりだったけど、
森永さんの陣地を脅かしたようなことを言われると、色々と困るだろ」


森永さんは、田沢さんと同期になるマネージャーだった。

うちの事務所のトップは間違いなく日向さんで、その日向さんを抱えている田沢さんは、

同じくらいに忙しい日々を送っている。

そのため、まだ売れていないタレントや、なかなか芽の出ないタレントを、

複数切り回しているのが森永さんだった。


「前島は、事務所に対してあんなふうにやめておいて、
さらに影で保坂にあれこれ指図するなんてって、腹立てていたんだ」

「田沢さん……それは……」

「わかってる。俺は史香がどんな人間だかわかっているから、
そんなことじゃないんだろうとは思うけれど、とにかく今、微妙な時なんだって。
前に出てくるようなことは、控えてくれ。淳平のためにもならないからさ」





日向さんが困ること。

それが私には、一番こたえる言葉だった。





保坂さんの性格からして、表情や動きが出る仕事の方が向いているだろうと、

確かに思ったことは間違いない。

それでも、森永さんの言うとおり、私は事務所に関係のない人間になったのだから、

誤解されるようなコメントは、避けるべきだったのだろう。


「森永さんに謝った方がいいでしょうか」

「いや、俺から話しておくよ。史香がそんなつもりはなかったってこと」

「すみません……お願いします」


受話器を閉じ、バッグに携帯を押し込んだ。

それとは逆に、目からは涙が出そうになり、顔を上げ空を見た。





「はぁ……」


部屋に戻り、荷物を床に置く。

置いたというより、落としたような気がするくらい、力が抜けた。



日向さんを支えたい。

日向さんに迷惑をかけないようにしなければ……



わかってはいるけれど、私自身がどこかに置き忘れられている気がしてしまう。

それでも、とにかくドラマが無事終了するまで……

そう気持ちを切り替え、大きく背伸びをした。





次の日は、約束通り、日向さんが部屋へ戻ってきた。

ラストシーンの撮影場所は、マスコミに秘密にされていて、

台本もギリギリにならないと上がらないのだと言う。


「ギリギリなんですか」

「うん、もう出来ているけど、外に漏れていかないようにするらしい」


開始当初は、色々と揉め事の多かった『BLUE MOON』だったが、

考えてみたら、紗那さんが一言スタッフに話をしてから、急に視聴率も上がり、

回りもまとまりだした。

秘密だと言われているような撮影に、堂々と入っていけるのも、

当然といえば当然なのかもしれない。


「史香……どうした?」

「エ……あ、いえ、別になんでもないです」


ジリジリと音を立てているフライパンを動かし、急いで食事の支度をする。

その音に重なるように、日向さんの携帯が鳴り出した。

フライパンを片手に振り返ると、日向さんはすぐに受話器を開け、一瞬私の方を向く。


「あ……ちょっと待って、今、聞こえるところに行くから」


そんなにフライパンの音がうるさかっただろうか。

日向さんの態度が、私を避けた気がして、不安の虫がまた顔を出した。






53 青色の夢(8)


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コメント

非公開コメント

辛いね~T_T

お待ちしてました♪いつアップされるのかなあって思って*^^*

なのに、史香にとっては辛い展開T_T

保坂さんも悪い子ではないのだけれどね。。

田沢さんに言われたことは堪えるよね。
紗那さんのことも気になるよね。
淳平は、裏腹に明るいし。。

自信を持つんだ~史香!

うーん

れいもんさん、お待たせしてしまいました(笑)

>なのに、史香にとっては辛い展開T_T

今までの史香の位置からすると、
ちょっとずれてしまってますよね。
保坂さんのことも、そんなつもりじゃないのに……と
思っているでしょう。

さて、ズレはどうやって修正されるのか、
この後も、お付き合いください。

頑張れ!

保坂さんは相変わらずマイペースだったってことか。
でも変な誤解されるような発言は控えてほしいね、これから芸能界で頑張って
行かなきゃならないなら、もう少し立場とか状況を把握すること考えなきゃね。

それにしても辛いな~史香。
保坂の事だって余計な心労なのに、其処にきて淳平の態度。
曰くありげで・・・ももちゃんの術中に嵌った感が否めない。

負けるな史香!

そうそう

yonyonさん、こんばんは

大変なのに、ありがとうね。
本当に無理しないでよ。

>それにしても辛いな~史香。

以前のように事務所にいたのなら、
すぐに訂正も出来るし、誤解も解けるけれど、
近いようで、遠い距離の状態は、
なかなかスッキリとはいかないようです。

>曰くありげで・・・ももちゃんの術中に嵌った感が否めない。

あはは……術中に嵌ってくださいませ