59 行き交う人

59 行き交う人




友海は朝早く起きると、旅館の玄関を掃除した。

山にはまだもやがかかり、吸い込む空気には冷たさが残る。

新聞を取り、広げてみると、近頃騒がれていた話が火種になり、

国会議員のお金とその使い方が、色々と問題視されるようになった。

与党議員のまずい部分を攻め立てる野党と、それに対抗するために、

色々な噂を必死に探っている与党の争いは、

本来話し合わないとならない議題をそっちのけで、妙な盛り上がりを見せていた。


それは、『袴田食品』からの協力を得られなくなり、

どうしようかと頭を抱えた、海人たちにも別の風を吹かせ始める。


「自由協力党の長谷川さん、民和党の山口さん、どうするこれ」

「あぁ……」


伊豆の土地が、外資系企業との癒着した関係を持ち、

国会議員たちの懐を潤しているのではないかと、あちこちから騒がれ始め、

その場所で、小さな『村株制度』を立ち上げようとする海人と航にも、

探りの目が入り始めた。

古川の不利になるようなことを打ち消そうとする与党と、

その情報から一気に攻め立てようとする野党の探りあいは、

小さな町にも火種を落としていく。


「参ったな、予定が狂うよ、これじゃ。うかつに動くことも出来ない」

「そうだな」


海人と航は、詳細の入った書類をテーブルに置き、

少し時が過ぎるのを待とうと、意見を言い合った。

『袴田食品』に世話になっている住民と、

『袴田食品』がからむ噂に冷たい目を向けていた住民が、少しずつ距離を置き始める。


「まさかな、加納さんがこんなことをするなんて。
海人、多恵さんから何か聞いたのか?」

「いや……具体的には何も、この間話してくれたわけじゃない。
でも、今考えてみると、どこか言葉にひっかかりがあった気がするんだ」

「ひっかかり?」

「あぁ。おそらく、以前から佐原さんの勢いが増すことに対して、
思いもあったんだろう。佐原さんはあの性格だ。
うちに来て、大きい態度をしていたことを考えても、敵は多い。
加納さんは、俺と多恵さんの結婚を決めて、
また古川さんとの強いつながりを保とうとしたのだろうけれど、
それはうまく行かなかった。結果的に『SI石油』も取り込めていないし……」

「袴田さんと峰山さんの力を借りた佐原さんが、その資金力をバックに、
古川さんに気に入られ、急激に力をつけたのが気に入らない……そういうことか」

「だと思う」

「全く、誰の方を見て、政治をしようとしているのか……わからないな」

「まぁな。でも一度離れてみないと、わからないことも結構あるもんだ。
いや、一度離れてみると、何が大切だったのか、
よくわかると言った方が正しいか?」


航は、つぶやきにそう答えた海人を見ながら、

辛かった日々にも大きな意味があったのだと、あらためてそう思った。





戸惑いを見せているのは、海人や航だけではなかった。

議員として出発した和彦にも、佐原が何度も探りを入れようとする。


「事務所にですか?」

「あぁ……。加納さんの裏切りで、古川さんは最大のピンチになっている。
今まで、権力が怖くて何も言わなかった人間たちが、
ここぞとばかりに、雑誌社や新聞に情報を持ち込んでいるらしいからな」


古川が議員として立候補する前の出来事や、

仕事の中で知り合った女性とのスキャンダルなど、

佐原たちはそれを隠すことに、必死の日々だった。


「海人たちのやろうとしていることが、偶然時を重ねてしまった。
あの二人の裏に、『ペンションの土地買収問題』が
絡んでいることをかぎつけたのだとしたら、
古川さんの選挙次第で、『袴田食品』もどうなるかわからないぞ」

「あの子たち、大丈夫でしょうか」


登志子の心配顔に、和彦はどう答えていいのかわからず、

ネクタイを外しながら、ため息だけを床に落とした。





古川の周りで起きている勢力争いに、哲夫も無関心ではいられなくなった。

『水源利用』の仕事がなくなれば、住野運輸は大きな取引を失うことになる。

それでも、あまり袴田達と頻繁に会おうとすると、逆に仲間だと決め付けられ、

別の意味で仕事がやりにくいことにもなりそうだった。


哲夫は、机の中に押し込んだ、本を取り出しゆっくりとめくる。

憧れの人、華代子に思いを載せた航への気持ちも、

空回りするだけで実っては来ない。

哲夫は、自分と華代子とは、どこまでもすれ違う運命なのかもしれないと、

その本を握ると、聖へ電話をかけた。





資金不足の解消に、海人は新谷家が持っている箱根の別荘を処分しようと考えたが、

加納家の反乱から、その話は宙に浮いた状態になった。

小さな火種が大きくなり、いまや国会議員のスキャンダル争いが広がって、

新聞紙面は、毎日謝罪と追求の繰り返しだった。


「驚きました」

「そうですか……海人さんにも、ご迷惑をかけているのかもしれないですね」


海人は、多恵から呼び出しを受け、小さな中華料理店へ入った。

裏道をいかないとわからないような場所で、多恵は秘密の場所なのだと、

笑顔を見せる。


「あなたたちの行動を見て、父はいまだと思ったようなんです」

「こちらの行動?」

「はい。古川先生と父とは、地方議員の頃からずっと一緒でした。
古川先生の叔父は、有名な政治家でしたけれど、
父のことも幼い頃からかわいがってくれていたようで。
同じ先生を持ち、政策論争をしながら、兄弟のように、親友のように夢を語って。
私が幼い頃から、父の話はほとんどが古川さんのことでしたから」


政治家の名門秘書の家に生まれた多恵は、生まれてからずっと、

政治の世界にいたことになる。

海人は、多恵の言葉の続きを待とうと、うなずくだけにする。


「でも……高い位置にいこうとすればするほど、資金が必要になる。
その資金をちらつかせて、発言力を強めたのは、佐原さんでした」


『ペンション土地買収』から、『水源利用』。

そして地域で力のある企業をバックに、

佐原は秘書としての地位を高めていったのだという。


「今の古川先生には、理想なんて何もありません。お金が増えていくこと、
それに群がる人たちが周りを囲み、『いいこと』しか言われない楽しさしか
わからないのだと、父は嘆いていて……」


何も土地のことなど知らずに、父の言う通り、

『SI石油』を大きくすることだけを考えた自分に、海人はその話を重ねていく。


「おそらく、佐原さんたちは海人さんたちの計画に、
乗ってくると思いますよ。地元の方々から、指示を得るためにも、
自分たちが、この事業に目を向けているのだと、アピールするはずですから」

「……かもしれませんね」

「そうしたら利用すればいいんです。どんな理由があろうとも、
結局は、地元のためになること、それが大切でしょ?」


多恵はそう言い切ると、小皿に乗せた料理を美味しそうに口にした。

海人は、敵と組めと言っている多恵に、加納先生はどうするつもりかと問いかける。


「父はまた、何か考えるのでしょう。これでも、政治の不正を発表した人として、
結構講演の話も、入っているようですから。
古川先生が、昔、頑張っていた頃の志を思い出してくれたら、
それでいいんだって……いつも言っています」


政治家になり立ての頃、生活をよくしようと気持ちを前向きにした頃のこと、

それを思い出して欲しいという、多恵の父の思い。


「私は絶対に政治家とは結婚しません。人の運命に振り回されるのはごめんです。
海人さん……」

「はい……」

「あなたとのお話が、本当にうまく運んでいたのなら……と、
今でも思うことがあるんですよ。でも……あなたには思う人がいるから、
諦めないとならないのでしょうけれど」


多恵はそういうと、せっかくだから食べましょうと、笑顔を見せた。

海人は、いつも文句を言ってばかりいる聖のことを思い出し、

多恵の告白に口元をゆるめた。





海人が多恵と会っている頃、航はある店の前に立っていた。

航を呼び出したのは哲夫で、指定された店は、

以前友海が呼び出された店と同じだった。

女将さんは、航をすぐに奥の座敷へ通し、

そのまま挨拶だけ済ませると部屋のふすまを閉めた。

静かな中に中庭の水音だけが響き、その余韻がまた静けさを呼んでいく。


「待たせて申し訳ない」


哲夫が部屋へ姿を見せると、航はすぐにその場で頭を下げた。

聖が入ってくるのかと思ったが、哲夫だけしか見えないことに少しだけ身構える。


「今日は君と、二人だけで話がしたいと思ってね。忙しいところ悪かった」

「いえ……」


哲夫は席に座ると、すぐに大切に閉まってあった1冊の本を、航の前に差し出した。

航は、その意味がわからず軽く本に触れたが、すぐに元に戻していく。


「それは、君のお母さんの本だ。
私がまだ学生の頃、借りたままで、返すことが出来なかった」

「母の……本なのですか?」

「あぁ……。君のお母さんは、私の憧れの人だった。
自分をしっかりと持った、凛とした姿の女性だった。体が弱いはずなのに、
気持ちは誰よりも強くて、それでいて人一倍優しい人でもあった」


航は本に触れながら、亡くなった母を思い返した。

幼い頃の記憶は、もうどこかぼやけているところもあったが、

握られた手の感覚は、忘れられない。


「君が、聖の相手になってくれたらと、そう心から思っていた。
君のお母さんへの憧れを、私は君に……重ねていたから」


哲夫が母を思い、自分を住野家へと望む気持ちは、航にもわかっていた。

それでも、それを引き受けることは出来ないと、何度も振り切ってきた。


「君と君のお母さんに見た、懐かしい思いを……
私はある人から、思いも寄らない場所で感じ取ることになった。
それは誰なのか、わかるかい?」


航は母の本から視線を外し、哲夫の方を向いた。

そして、自分が座っている場所を、一度ゆっくりと確認する。


「わかります……」

「彼女は……華代子さんと同じ、澄んだ強い目をしていたよ、航君」


哲夫はそういうと、懐かしそうな目で本を見つめ、

航は、ここで哲夫の話を聞き、それでも気持ちを曲げなかった友海のことを考える。


「君に、話しておきたいことがある」


今までとは少し違う哲夫の表情に、航はもう一度しっかりと座りなおし、

出てくる言葉をじっと待った。





「ようこそいらっしゃいました。
小さな宿ですが、どうかごゆっくりお過ごしください」


友海は予約客を受け入れながら、変わりそうな山の天気を心配し、空を見上げた。





60 新しい場所 
<photo:tricot>

いつも読んでくれてありがとう!
パワーの源、1クリックよろしくお願いします (^O^)/

コメント

非公開コメント