60 新しい場所

60 新しい場所




哲夫と別れた航は、そのまま新谷家へ向かった。

車の助手席には、哲夫が返してくれた母の本が置いてある。

哲夫は、航や海人の方から、もう一度『袴田食品』に声をかけ、

『村株制度』に参加してもらうよう、進めた方がいいと提案した。


「今の揺れる状況では、古川一族と反対の方について、
相手を追い込む道筋を、確かに作ることが出来るかもしれない。
事情を抱える航君からすれば、その方法を取りたいと思うのもわかる」


航は袴田たちと距離を置きたいと思う航の本音に気づき、そう付け足した。

航は、言い返すことが出来ずに、下を向いたままになる。



しかし哲夫は、あえて正面切った攻撃に出るのではなく、

ここで黙って恩を売るようにしたほうが、後々、計画を邪魔されることもないと、

忠告した。

『袴田食品』が、すでに地元では必要な企業になっていることは間違いなく、

個人的な感情を挟まず、制度の利益だけ考えた方が、

結局、『SI石油』の地位も安定することになる。

航は、その話を聞きながら、最後まで黙り続け、最後に一度だけ頭を下げた。



『SI石油』の決定権は、和彦と海人にあり、

いくら経営の中に入り込もうと、航には何も権利はない。


政治家の争いの中で、古川の状況次第では、

『袴田食品』が追い込まれるかもしれないと思うと、

こちらから助け舟を出すことには、どうもためらいがあった。

航は、割り切れない気持ちを抱えたまま、海人の部屋へ向かう。


「そうか……住野社長が」

「あぁ……」


航の呼びかけに、朝戸と関山も参加し、

議会へ出席した和彦の帰りを待つことになった。

それまでに自分たちの意見をまとめようと、それぞれが話し合う。

朝戸と関山の意見は、資金面から考えても、

『袴田食品』とのつながりを大事にした方がいいという結論で、

海人はそれを聞きながら、航の顔を見る。


「航……」

「ん?」

「お前の気持ちがわからないわけではないけれど、
ここは俺も朝戸たちと意見は同じだ。うちの別荘を処分して、
当面の資金を確保しても、地元に根を張れるわけじゃない。
どこまでフォロー出来るのかもわからない。
ここは『袴田食品』に加わってもらった方が、結局は地元の人のためになる。
地元の大きな企業の参入は、取引先の銀行にとっては、一番いい材料だろう」


峰山が車に乗っているのを見つけ、震えていた友海のことを思い出すと、

古川の動きに、探りを入れている方へ全ての書類を提出し、

追い込む方がいいのではないかという思いが、航の中を駆け巡る。


「航。俺たちが『袴田食品』に折れるわけじゃない。
それでも、形だけ頭を下げないとならないこともある」

「海人……」

「気持ちは……お前と一緒だ。それでもここは俺が決める。
お前はついていくと、そう言ったはずだ」


海人はそう言い切ると、全員分の意見として、

『袴田食品』へ協力を得ることにすると、意見をまとめ上げた。





その頃、航と海人の考えを知らない古川は、佐原を和彦の事務所へ走らせ、

『SI石油』の活動に加わってもいい用意があると、話をしにいった。

あくまでも自分たちが上からものを言う姿勢は変わらないが、

和彦は、急な方向転換に、古川が追い込まれているのではないかと考える。


「海人の計画していることですから。直接息子と話をしてもらえませんか」

「新谷さん。『SI石油』の社長はあなたではないですか?」


佐原の言葉に、和彦はその通りだと何度か頷いた。

しかし、和彦の演説に足を止め、議員として頑張るようにと声を出してくれたのは、

『SI石油』を利用し、従業員たちの働きぶりに票を約束してくれた人だった。

自分たちが組織票を固めると言ったはずの古川一族は、

自らの立場が危うくなり、最後はこちらの要望にこたえようとはせずに、

守りに入り、出てくることさえしなかった。


「専務の海人と、現場の意見をまとめている成島に、話を持っていってください」


和彦はそう告げると、新人議員のあつまりがあるのでと、佐原に頭を下げた。





しばらく動きの止まった『村株制度』は、

『袴田食品』の協力を得て、そこから順調に話を進め始めた。

参加するための説明会や、お金の支払い方など、

細かい話が地元の住民を集め、動き始める。





海人の居場所がわかり、初めてその制度について考えたのは春だったが、

そこから季節は動き、いつの間にかその年の暮れを迎えることになる。


「海人! 海人ってば」

「うるさいな、聖。何か用でもあるのか」

「何かって、こっちが聞きたいわよ。来年の春に海人が社長になるって本当なの?」


聖は、父、哲夫からその話を聞いたと、専務室の椅子にしっかりと腰かけた。

海人は、違う会社の人間なのに、どうしてお前だけは出入りが自由なんだと、

愚痴を言う。


「そんな細かい話はいいでしょ。
それより、叔父様が会長に上がるって言うのはわかるけれど、
副社長が朝戸さんっていうのは、どういうこと?」

「どういうことって何だよ。
朝戸が副社長、関山には統括部長として動いてもらうことになった。
それは社長にもきちんと話をして、了承されたことだ」

「文句が言いたいわけじゃないの。二人が『SI石油』にとって大事な人で、
頑張っていることもわかっている。でも、航さんは? 
ねぇ、どうして航さんは出世しないの? 海人を助けてくれたじゃない。
あなたがいない時だって……ずっと……」


聖は、一人だけ立場の変わらない航のことを、

なぜそのままにしたのかと、海人に問いかけた。

海人は、以前よりうまく打てるようになったPCのキーボードから手を外し、

聖の方を向く。


「あいつは、このままでいい」

「……何? どうして? まだ、恨んでいるの? 
それとも、自分の地位を脅かすとでも思っているわけ? ねぇ、海人……」

「聖」

「何よ!」

「お前、その薄っぺらい考えじゃ、とても俺を支えることなんて出来ないぞ」

「は?」


海人は秘書にコーヒーを2つ頼むと、

聖に、打ち間違いがないかどうか、画面を見るように告げた。





年の暮れも迫った日、航は自転車に乗り、啓太郎の店へ向かった。

カウンターに立っていたのは、啓太郎が長い間付き合っていた女性で、

航の顔を見ると、すぐに奥にいる啓太郎を呼びに行く。


「おう、航、こんな時間に珍しいな」

「啓ちゃん、やっと身を固める気になったってわけだよね」

「ん? まぁ……そんなところか?」

「なんだよ、その言い方」


航はアメリカンを頼むと、すぐに『碧い海の絵』の前に立った。

父、一樹が母のために描いた1枚の絵は、

友海の心を救い、そして航と友海を結びつけた。



『最愛なる君へ』



この言葉は、一樹と華代子の思いを重ね、航と友海に重なっていく。


「これ、返してもらうから」

「ん?」

「返してもらっても、いいよね」


啓太郎は、航の表情を見ると、もちろんだとしっかり頷いた。

航は大きな風呂敷を広げると、絵をしっかりと包んでいく。


「あ~ぁ……この絵が商売繁盛につながっていた気が、するんだけどなぁ……」


啓太郎は、『碧い海の絵』が来てから、なぜか売り上げが伸びた気がすると、

グラスを磨きながらそう付け足した。航は笑みを浮かべながらも、

黙々と作業を続ける。


「だとしたら、余計に必要だ」


啓太郎は、航がこの絵をどうするのかがわかり、

ならば仕方がないと、笑顔を見せた。





大きく動いたその年が終わり、新年を迎えた。

正月休みが終わり、山荘の慌しさがなくなった頃、

友海のところに来たのは、美鈴の家族だった。

就職も無事に決定し、これから忙しくなるので、

最後の休みを使って、家族で来たのだと笑顔を見せる。


「思ったよりも素敵な場所だよ、友海」

「そう? でも、お父さんがバードウォッチングがしたいのなら、
もう少し春めいてからの方がよかったかもよ」

「いいの、いいの。今回は友海の顔を見ようと思ったんだもの。
大安売りで泊めてもらって、次は、また季節を選んでくることにする」

「うん、待ってる」

「ありがとう」


美鈴は、年末で『天神通り店』を辞めたのだが、

馬場のところに子供が生まれ、毎日写真を見ながらデレデレしている話、

店長のメガネの度が、さらにきつくなった話、

柿下が、お客様に恋をして、思い切り振られた話など、

美鈴の情報には、終わりがないように思えてくる。


「成島さんと、連絡取ってる?」

「……うん、たまにね。メールくれたり、電話はくれる。
でも、『天神通り店』の話は、美鈴からじゃないと聞けないよね」


東京を離れてからも、航とつながりがなくなったのではないのだと聞き、

美鈴は少し安心したように頷いた。そして、余談だけれどとつけたし、

先日、店に晴弘が姿を見せたのだと話しだす。


「『天神通り店』に? また、美鈴に会いに来たの?」

「ううん……私はいなかったの。店長の話しだと、挨拶だけして帰ったって。
友海に……って、菓子折りを持ってきたから、もう辞めたんだって言ったら、
驚いてたって」


修行に出た店の用事で東京へ戻ってきたらしく、晴弘が自分を訪ねてきたと聞き、

友海はいがみ合い、問題を重ねてきた日々を思い出す。


「何か……あったの?」


晴弘と友海がいがみ合っていたことは知っている美鈴も、

その後の出来事は、何も知らなかった。

東京を離れた自分と違い、美鈴はまた向こうに戻ることになるし、

晴弘もいずれは自分の店に戻るだろう。


「修行して、少しは大人になったってことでしょ」


友海は、不思議そうな美鈴にそう告げると、

大きなテーブルを布巾で拭き、今日は晴れそうだと笑顔を見せた。





61 僕だけの海 
<photo:tricot>

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コメント

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お見通し?

yokanさん、こんばんは

>航君がなぜ出世しないのか、
 ウフフ、出世しないほうが良いのよね^m^

あはは……
yokanさんには、すでにお見通しなのかな?
聖は、目の前にあるものしか、見えていないようです。
海人はちゃんと、考えているんですけどね。

まぁ、こんな二人は、二人でいいとしましょう。
それでは、残り1話も、よろしくお願いします。