53 青色の夢(8)

53 青色の夢(8)


食事の支度を整え、全ての食器を並べ終えても、日向さんがリビングへ戻ってこない。

聞き耳を立てているように思われるのも嫌なので、私はリモコンを取ると、

ニュースでも聞いてみようかと、ボタンを押す。


「ごめん、史香」

「あ……はい」


普通に食事をして、互いに会わない間にあったことを

語れるだろうと思いここへ来たのに、、日向さんは、これから外へ出かけると言い出した。

私は当然、何をするのかと聞いてみるが、打ち合わせと言われるだけで、

細かいことは語ってもらえない。


「打ち合わせ? 次の仕事ですか?」

「いや……ドラマの」

「ドラマ?」


私だって、この業界に無縁だったわけではないので、

多少のことはわかっているつもりだ。

『BLUE MOON』のことで、急に打ち合わせが入るなど、

最終回の撮影を残すだけにしては、少し疑問が残る。


「何かトラブルでもあったんですか?」

「……あぁ……」


明らかに日向さんは急いで食べているように見えた。

すぐにでも出てきて欲しいと言われたのだろう。


「私、帰った方がいいですか?」

「いや、すぐに戻るから」


放送前の撮影に関するトラブルだとしたら、いくら私にでも語れないこともあるはずだ。

なんとか気持ちを落ち着かせ、日向さんを部屋から送り出した。



今日こそは、ゆっくりと話ができると思ったのに、

なんだか少しさみしい気もしたが、久しぶりに顔が見られただけでも……



よかったと思うべきなんだろうな。





片付けも全て終わり、時計だけを恨めしそうに見てみるが、

日向さんはまだ、戻ってこない。トラブルなのだから仕方がない。

そう何度も言いきかせてみるけれど、日向さんがいない部屋に一人でいるのは、

自分の部屋に一人でいることよりも、数倍寂しさが増していく。

ホテルから戻って来て、慌ててまた出て行ってしまった日向さんの荷物が、

テーブルの上にも散乱していた。


『BLUE MOON』の撮影終了後、すぐにイタリアに向かうことが決まっている。

来年のカレンダー撮影が、残っているからだ。

まだ、下書き段階のスケジュールには、次の動きに向けての準備が、

あれこれ記されている。



ゆっくり語れる日……

この先、いつ、来るのだろう……



一人で大きなベッドに入り、ゴロゴロと体を動かしてみる。

そのうち瞼は重くなり、いつの間にか私は眠っていた。

物音と肌に触れるぬくもりに気づき、うっすら目を開ける。


「あ……ごめん、起こした?」

「今、戻って来たんですか?」

「あぁ……うん」


どんなトラブルがあったのか、結局、どう収まったのか、聞いてみたい気もしたが、

あまりにも日向さんが疲れているように見えて、私はそこから何も言えなくなった。

明日の朝には、またここを出てホテルに戻らなければならない。

少しでも寝かせてあげようと、黙ったまま目を閉じる。



何もない天井を見ていたら、自然に目が閉じるものだと思っていたけれど、

隣で寝息をたてた日向さんとは逆に、私の目は冴える一方だった。

ホットミルクでも飲んでみようかと立ち上がり、リビングへ向かう。

テーブルの上に置き忘れられた日向さんの携帯が、小刻みに揺れ、

留守番メッセージが流れ出した。

そして……



『淳平? ごめんね急に呼び出して……ありがとう』



聞こうと思ったわけではなかったのに、その声をしっかりと聞いてしまった。

電話の相手は紗那さんで、『トラブル』だと言って出かけた日向さんが、

紗那さんと会っていたのだと、わかってしまった。





……どうして会いに行ったんだろう。

紗那さんと会うのなら、そう言って出て行ってくれたらよかったのに。

私に隠していかないとならないような、そんな理由があるのだろうか。





ホットミルクを飲んでも、睡魔が襲ってくることもなく、

私はそのまま朝日が上がるまで、カーテンを開けて空を見ていた。





「おはよう」

「おはよう日向さん。朝ご飯作りました。一緒に食べましょう」

「あぁ……うん」


日向さんは眠たい目をこすりながら、すぐに携帯を確認した。

紗那さんのメッセージが入っていることに気づいたのだろうか、

また、私を避けるように、リビングから出て行ってしまう。



……もう、知っているのに。



ハムエッグを作ったフライパンの火を止め、冷蔵庫を開ける。

一人ずつにしたサラダのお皿を、中から取り出しテーブルに並べた。


「あぁ、まいったよ。史香とゆっくり話をしようと思っていたのに、
昨日は急にトラブルがあったからさ、あれからプロデューサーと会って、
アテレコしてきたんだ」

「アテレコ?」

「あぁ……明後日の放送に間に合わないって言われて。
まさかね、音が消えてなかったと思ってなかったみたいなんだ」


アテレコとは、あとから声を吹き込むことだ。

撮影中に余計な音が入ってしまったり、セリフが急に変わってしまったりして、

後から声だけ録音することは確かにある。危険なシーンをスタントマンが演じ、

それに主人公が声を入れることも、映画などではよくあるけれど。


「よし、朝ご飯食べよう」

「……はい」


正直に、昨日は紗那さんと会っていたと言ってくれたのなら、

それをそのまま信じようと思っていた。

何も言わないのなら、昨日はどうしていたのかと問いかけようと思った。



でも、こうしてウソをいきなりつかれてしまうと、

私はどうしていいかもわからない。



それほどまでに、紗那さんと会っていたことを、隠したいのだろうか。

それとも、あんな時間に、撮影に関係ない紗那さんが、

アテレコに付き合ったというのだろうか。



日向さんは、毎日本当に、ホテルに戻っている?

私は……





私は……なぜ、ここにいるのだろう。





「どうした、史香。あまり食べないけど、何かあった?」

「いえ……」


この後すぐに、日向さんはまた『BLUE MOON』の撮影に入ってしまう。

余計なことを聞いて、集中している気持ちを、乱したくはない。


「味が、気になってるんです」

「味? 美味しいよ、大丈夫!」


心のもやもやをグッと奥に押し込んで、私は朝食を一生懸命ノドに送り込んだ。





その日、私は紗那さんが経営するお店へ向かうことにした。

会えるかどうかはわからないけれど、会える可能性があるのは、そこしかない。

『BLUE MOON』が視聴率を上げ、話題になった店は、

朝早くから若い女性客が囲んでいた。

ジュエリーケースの中にある『BLUE MOON』には2種類あり、

ドラマと同じ宝石を使用したものは、結構な値段が記してあった。


「うわぁ……」

「いらっしゃいませ、『BLUE MOON』ですか?」

「あ……あの……」


店員さんは、何度も説明しているのだろう。

慣れた手つきで見本の『BLUE MOON』を取り出し、私に見せてくれた。

学生は手頃な値段で購入できるストラップを好んで買っていくが、

OL達は、日向さんが首にしていたものをヒロインにかけてやるシーンと同じ

高級な方を買っていくのだと言う。



「どうされますか? ただいま、予約注文を受けておりまして、
すぐにはお渡し出来ないんです。ストラップなら……」


紗那さんに会いに来たのであって、『BLUE MOON』を買いに来たわけではない。

そう断ろうとしたが、すぐに日向さんの顔が浮かんだ。

スタッフと揉め、もしかしたらこれで最後の主演になるかもと、

苦笑いをした思い出、初めての主演ドラマの記念小道具。


「……あの、このストラップ、一つください」


ヒロインが首にした『BLUE MOON』ではないけれど、

私の思い出にはこれでも十分になる。


「あ、それで、今日、オーナーはこちらに見えませんか?」

「失礼ですけれど……」

「すみません、私、前島史香と申します。オーナーがいらっしゃるのなら、
名前を告げていただければわかると思いますが」


何をしている人だと聞かれ、日向さんの相手だとはとても言えない。

名前さえ出せば、紗那さんに伝わるとそう思った。


「申し訳ございません。オーナーは今朝からニューヨークに出かけておりまして」

「ニューヨーク?」

「今頃は飛行機の中かと」


紗那さんは今朝早くに、ニューヨークへ出発した。

その出発直前に、日向さんと会っていたことになる。





『淳平? ごめんね急に呼び出して……ありがとう』





しばらく日本には戻らないのだと聞き、私の頭の中で、

あの留守電のメッセージが、何度も何度も繰り返し流れてきた。





紗那さんのお店を出て、私の足は実家へ向かった。

忙しく動く父と母を手伝っている方が、余計なことを考えない気がしたからだ。

駅からまっすぐに進み、裏口から家へ入ると、急に訪れた娘の姿に、

母はきょとんとした顔で出迎えてくれる。


「どうしたの、史香」

「ちょっと近くに来たから、寄ったの」


そんなことはウソだけれど、このさい、どうでもよかった。

忙しく動いて、もやもやを吹き飛ばしたい。


「あ……そうそう、ねぇ、若村君なんだって?」

「何が?」

「ほら、あの事務所社長さんの脱税を報告したのは」





樫蔵英吾の事務所社長が、長年脱税をしている証拠を、

提出したメンバーの一人が若村先輩だったことを、

私は、芸能界などに一番遠いはずの、母親から聞くことになった。






54 青色の夢(9)


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コメント

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うーん・・・

人間嘘をつくときは心に疚しいことが有るか、その人を傷つけない為か、
果たして淳平は・・・
はっきり言ってくれた方が傷つかないことってあるんだけどね。難しいな~

若村さん、罪滅ぼしのつもりか?

悩み多き史香・・・(--;)

淳平の秘密

yonyonさん、こんばんは

>はっきり言ってくれた方が傷つかないことってあるんだけどね。
 難しいな~

淳平、何を考えているんですかね。
史香を裏切っているとは思いにくいけれど、
誤魔化そうとしていることは確かで……

さてさて、この誤解はとけるのか、
それとも膨らむのか

若村のことも気になりますし……
史香が悩んだまま、しばらくお休みです(笑)

ここで休みかよお~!

と吠えておこう!
もやもや史香ちゃんとともに
もやもやれいもんです~
スッキリする日をお待ちしてます。

しかも、こんなところで出てくる若村さん。。
この人もやっぱりいい人だったか。。

ああ~、淳平~~!史香ちゃんを早く幸せにてください~

休みなんです!

れいもんさん、こんばんは

そうなんです。ここで止まるんです(笑)
もやもやしていますけれど、
また、それも楽しいかな……なんて。

若村さんのこと、淳平のこと、
次回、進展はあるのかな?

史香はもやもやしながらも、でも結構幸せ……だと思うけど。

しばしお待ちを

yokanさん、ふたたびこんばんは

>史香ちゃん、大丈夫かね~(ーー;)
 悪いほうへ、悪いほうへと考えが行っちゃってる。

そうそう、傾くと、気持ちはグッとそちらへ
言ってしまいました。
少なくとも、淳平がウソをついたことは
間違いないわけで……

心配をしてもらったまま、1か月お待ちください。
(その間、記念創作におつきあいいただけたら、嬉しいです・笑)