61 僕だけの海

61 僕だけの海




山々には、新しい花の香りがし始め、鳥たちもまた巣立っていく。

そして、季節は春を迎えた。





和彦は新人議員として忙しい日々を送っている。

登志子もそのフォローに慌しくしながらも、夫婦で支えあえる楽しみに、

疲れも見せず生活していた。



そして、海人は『SI石油』の新社長に決まり、

朝戸と関山を引き連れ、挨拶周りが続いている。





『村株制度』は規模を少しずつ広げながら、続けられていた。

始めは半信半疑だった地元の人たちも、少しずつ軌道に乗る中で参加者が増え、

『袴田食品』が入ったことで安心感を増したのか、

今ではもう少し規模を広げた方がいいのではないかという話まで、出始める。


「そう……社長さんになるんじゃ、海人は忙しいんだね」

「すみません、向こうの仕事があるので、
ここへ来ることは、なかなか出来なくなると思います。
でも、いつでも相談に乗れるよう、スタッフは社内に入っていますので、
疑問や不満がありましたら、すぐに連絡をくださいと……」

「航さんが来てくれたら……それで大丈夫でしょう」


怪我をしたご主人も戻り、また元気に店を続けている食堂の女将さんは、

説明を終えた航の背中を、ポンと叩いた。

思ったよりも力強く、航は苦笑する。





笑顔で見送ってくれた地元の人たちと別れ、航はそのまま車を走らせた。

向かったのは『袴田食品』で、今日は袴田と直接会うことになっている。

海人が社長になること、結局『村株制度』に『袴田食品』が参加すること、

それは全て友海にも話をしていた。


『それならよかった。『袴田食品』は大きいから、
しっかりフォローしてくれたら、きっと計画もうまく行くはずだし』

「あぁ……」


『袴田食品』を追い込むことも出来たのに、

結局、その方法を選ばなかったことが心残りの航は、正直に友海に謝罪した。


『きっと……変わっていくはず』

「飯田さん」

『黙っていただけの人たちが、立ち上がったんだもの。
あの時は、峰山会長の一声に、誰も逆らおうとはしなかった。
小さな力なんて、大きな力にねじ込まれるだけだって、そう思っていた人たちが、
『村株制度』を立ち上げて、土地を守ろうとしている。
きっと、『袴田食品』の人たちにも、その思いは伝わるはず……』

「うん……」

『成島さんのしてきたことは、無駄にはなっていない……。
ありがとう、みんなを立ち上がらせてくれて』


航は、新しい生活に向かっている友海の言葉を聞き、そのまま受話器を閉じた。

友海の言葉には、以前ほどの無理な勢いは感じられず、

家族で頑張っている山荘での暮らしが、心を和ませているのだとそう思えた。

車は山道から海の方へ向かい、『袴田食品』の看板が目の前に現れる。





航が通された場所は、大きな会議室だった。

地元で力のある企業らしく、会議室前の廊下を、

取引先の人が何人も姿を見せ通りすぎていく。

しばらくするとドアノブが動き、航はソファーから立ちあがり頭を下げた。

しかし、入ってきたのは袴田ではなく、峰山会長だった。


「息子はすぐに来ますので」

「はい……お忙しいところ、すみません」


峰山は、航に鋭い目を向け、そのままソファーへ深く腰かけた。

航は自分を見るその目に負けないように、しっかりと前を向く。


「私は……自分が間違っていたとは、微塵も思っていない」


その言葉は突然飛び出した。

航は、何も言わないまま、峰山を凝視する。


「自然が売りだ、空気がいいからなんていって、『ペンション』があちこちに出来た。
でもな、本当に経営をしていけたのは、あの中の一握りだったはずだ。
若い夫婦が自らの資金を使って夢を広げようとしても、
そんなものは長く続かなければ、土地のためにはならない。
私は、この土地の一番の強みを、商売に変えただけだ」


確かに、リゾートだとペンションやホテルが立ち並び、それがうまく行かずに、

廃墟と化した町もある。峰山は自分の判断が、この土地を救ったのだと胸を張る。


「『袴田食品』が大きくなり、地元の人材を引き受けた。
夢に敗れたやつらの再就職先を、作ってやったんだ。
感謝をされて当たり前のはずで、地元の人間に文句など言われる筋合いはない!」


峰山はそう言い切ると、テーブルを両手で強く叩いた。

静かな会議室に、緊張が走る。


「何が悪い! 私のしたことのどこが気にいらん! 
企業を大きくし、自らを誇示していくのは、人として当たり前のことだ!
相手が日本人ならよくて、外国の企業なら悪いのか! どうなんだ!」


峰山の震える手を見つけ、航は一度大きく息を吐いた。

『SI石油』の経営陣になり、思いだけでは会社を動かせないことも、

わかったつもりだった。


「それだけお分かりになっているのなら、僕らから何も言うことはありません。
ただ……生き方を選択するのは人の自由です。成功も失敗も自らが経験することで、
それを不条理な力で、邪魔をすることはあってはならないと思います。
この自然と景色がどう見えるのか、その色を決めるのはそれぞれであって、
他人から色を決めつけられるものではないと思っています」

「……色?」

「はい」


峰山には峰山の思いがあったが、友海たちにもその思いがあったのだと、

航は、あらためて思いを口にした。

悔しい日々が戻ることはないが、そこから得たものも必ずあるのだと、

堂々と胸を張ってみせる。


「『袴田食品』さんが、また地元のために動き出してくれたのだと、
みなさんそう思っているはずです」


峰山は航の言葉に返事をすることなく、ソファーから立ち上がり、

大きな音で扉を閉め、部屋を出て行った。

これだけの大きな企業を作り、政治家にさえ頭を下げさせる峰山が、

ここで震えていた姿を思いだし、航はあらためて大きく息を吐く。


「お待たせしました」


それから5分後に袴田は姿を見せ、

あらためて『村株制度』について、企業として協力することを約束した。





季節は7月。


海人は経済紙に、『村株制度』が特集されていることを知り、

朝からその紙面を、読み続けていた。

軽くノックする音が聞こえ返事をすると、コーヒーを2つ持った聖が姿を見せる。


「どうしてお前が運んで来るんだよ、いつから秘書になった」

「違うわよ、私が頼んだの。
海人が急がしいから、朝じゃないとゆっくり話ができないでしょ」

「……昨日、夜中に電話してきたのは誰だ?」

「あら……誰かしら」


聖はそういうと、楽しそうに笑い、コーヒーカップを海人の前に置いた。

新聞に『村株制度』の記事を見つけ、すぐに奪い取る。


「すごい……こんなふうに特集されるまでになったのね、これ」

「あぁ、『袴田食品』が参加するようになって、規模が大きくなったからね」

「へぇ……」


聖は、航にもこれを見せたのかといい、

半分しか開いていないカーテンを、しっかりと開けた。


「あいつは見ていないよ、もう、ここにはいない」

「エ……いない? いないって……」

「成島航は、誰の息子だと思っているんだ。よくこの場所で我慢していたなと。
言っただろ、あいつを役員にしなかった理由……」

「そうだけど、でも……」

「海は海でも、あいつの海は俺じゃない。
どこでも同じように進めるわけじゃないみたいだ」

「海?」




『海は……私だけじゃないですから』




「大好きな海で生きていきたいんだろう、あいつは。
勝手に家を出て、自由な人生を歩いてしまった伯母さんと一緒ってことだ」


海人はそういうと、聖の持ってきたコーヒーに口をつけた。

熱くて飲めないと文句を言うと、聖は私が入れたわけじゃないと言い返す。


「本当に、いなくなったの?」

「自由にしてやった。戻ってきたければ、いつでも戻ってくればいい」

「……そうなの?」

「あぁ……。まぁ、本音を言うと、あいつがいると朝戸たちがまた、
俺よりあっちがいいだなんて、余計な作戦を立てかねないからな。
とっとと追い出した」


海人は、少し寂しそうな聖の顔を見ながら、

そんなに寂しいのなら、追いかければいいじゃないかと悪態をついた。

聖は持っていたお盆で、軽く海人を叩く。


「なんだよ、お前」

「何言ってるのよ。航さんがいないんじゃ、余計に私の仕事が重要じゃない。
パパにも言われているの、お前がしっかりしないと、
海人はどうなるのかわからないって……」


海人はその言葉に、聖の方を向いた。

あれだけ自分とのことを反対していた哲夫が、

許してくれたのではないかと確認する。

聖は海人の心配そうな顔に、笑顔のまましっかりと頷いた。





鳥の鳴き声が聞こえ、空気は都会よりも澄んでいた。

大きな包みを持った航は、駅前に止まっているタクシーに乗る。


「お客様、どちらへ向かわれますか?」

「この住所へお願いします」


運転手は紙を受け取り、わかりましたとエンジンをかけた。

タクシーは街並みから遠ざかり、山道を進んでいく。

空には鳥が舞い、道の脇には自然に咲く花たちが、航を迎え入れる。


「そちらには、バードウォッチングでもされに行かれるのですか?
何もない山なんですけどね、自然の景色はどこにも負けませんよ」


タクシーの運転手は、少しスピードを上げながら、

航にそう問いかけた。

航は横に置いた包みを見ると、窓から見える景色に目を向ける。


「海を見に来たんです」

「海? は? いや……ここは山ですよ、お客さん。海なら……」

「僕だけの海が……ここにありますので」


航を乗せたタクシーは、二人の『碧い海の絵』を乗せたまま、

その絵を待つ人の元へ、さらにスピードをあげた。






『碧い海のように』【終】





<photo:tricot>

長いおつきあい、ありがとうございました。
4人の幸せが長く続きますように……


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コメント

非公開コメント

ハッピーはいいですよね

yokanさん、こんばんは
(大丈夫、お名前がなくてもわかりました・笑)

最終回までお付き合い、ありがとうございました。
いくら書いても、読み手のみなさんがいなくなったら、
続けられないと思いますので、
こうしてコメントをいただけるのは、
本当に、本当に嬉しいです!

>ハッピーエンドはやっぱりいいですね^^

ですよね(笑)