KNIGHT 第2話

第2話




担任の渡田先生は数学の教師で、学年の主任も務めている。

母はパートを少し早く切り上げ、『三者面談』の日を迎えた。


「堀切、先生は『松が丘高校』にするべきだと思うぞ」

「『松が丘高校』って、先生私……」

「お前の気持ちもわかるけれど、正直、『杉谷高校』はキツイと思う」


クラスで頭が悪い方ではないと、思っていた。

テストだってそれなりに点数を取っていたけれど、

だからといって、学年で評判になるくらい頭がいいわけじゃない。

私達の地区で一番の高校は『杉谷高校』で、『松が丘高校』はその下だった。

悔しい気持ちもあるけれど、自分のことは自分が一番わかっている。


今の私が『杉谷高校』を受けるのなら、相当の滑り止めを確保しておかないと、

難しいだろう。


「『松が丘』は吹奏楽部も有名だ。全国大会に出たこともある。
勉強の面でも、交通の面でも、先生は『松が丘』に行ってもらって、
成績を上位にさせておいた方が、大学受験の時も、
精神的な優位に立てる気がするんだけどな」


伝統のある『杉谷高校』は校舎も古く、日当たりも悪いと地元の評判だった。

もちろん、それをカバー出来るだけの学力があり、

名だたる大学に、合格者を何名も出していた。

母は、これから勉強してどうにか『杉谷高校』へと、先生に粘りを見せたが、

最後までOKをもらうことは出来なかった。





「だからお母さん言ったのよ、しっかり塾にでも通って、
『杉谷高校』目指して欲しいって。あぁ……もう」

「何言ってるんだ、『松が丘』だっていい高校だぞ」


三者面談で言われた先生の決断を聞いた父は、新聞を広げながらそう言った。

私は、親をがっかりさせたと思っていたので、父の優しい言葉にほっとする。


「そうだよ母さん。未だに地元の人は『杉谷』に『松が丘』って言うけれど、
実績はあまり変わらなくなったって、この間、橋場先生が言ってたよ」

「そうかもしれないけど」


3つ違いの兄は、その『杉谷高校』へ行き、大学合格を目指している。

確かに『杉谷』は生徒の自主性に任せることが伝統で、浪人生も多かった。


「さっき、裏庭を掃いていたら島本さんに会ったの。
理久君は余裕で『杉谷』でしょうね。
いずみ、ずっと一緒だったのに、離れちゃうんだわ」

「別にいいよ、理久と離れたって。いつまでも一緒っておかしいでしょ、その表現」

「母さん、そういう後ろ向きな考えでいると、『松が丘』に失礼だ」


兄はそう言うと、夕食のおかずとしてテーブルに乗せられた唐揚げをつまんだ。

母も父や兄の言葉に、それもそうだと無理矢理気持ちを割り切り、

『松が丘』の方が校舎も新しいし、家からも近いと、急に言葉を変化させる。



中学3年生、初めての進路決定の日は、少しだけ気が重かった。





「ねぇ、ねぇ、いずみ。聞いた?」

「聞かない……」

「もう、ふざけないでよ! 島本君『松が丘』なんだって、進路」

「は? ウソ……」


亜佐美の情報に、私は耳を疑った。

バスケに打ち込みながらも、成績は学年で5番以内を確保し続けた理久が、

『杉谷』を選ばず、『松が丘』を選ぶなんて、そんなこと常識では考えられない。





「どういうことよ、理久」

「どういうことって、どういうことだよ」

「ふざけないでよ、真剣に聞いているんだから」

「真剣に人に話を聞こうと思うなら、部屋に入る時くらい、ノックしろよ!」

「はは~ん、また『エロ雑誌』でも隠してるんでしょ」


私は久しぶりに理久の部屋を訪れた。

打ち込んだ部活も引退し、3年生はここから一気に受験モードに突入する。

文化部である吹奏楽をしていた私は、来月最後のコンサートが控えたままだけれど。


「うるせぇなぁ……ブス!」

「うわぁ……気に入らないことがあると、そういう暴言を使うか。このガキ!」


久しぶりに会って話をしようと思っても、どこかふざけてしまって、

しっかりと向き合えない。

中学生の思春期と言う壁が、妙な会話を成り立たせてしまう。


「どうして嫌味なことをするのよ」

「嫌味? 何がだよ」


理久は机の椅子に座りながら、床に転がっているバスケットボールの上に足を乗せ、

ゴロゴロと転がし始めた。少し濃くなったすね毛が、

なんだか空気を悪くしている気がする。


「どうして『杉谷高校』に行かないのかって聞いているの。
学年で5番に入っているくせに、最高の学校にチャレンジしないなんて、
それって失礼じゃないの」

「失礼? 誰にだよ」

「勉強を教えてくれた先生によ。
あぁ、島本はきっと、期待に応えて『杉谷』に行くだろうな……うんって
思っている先生に対して」

「どこに行こうが俺の勝手。ご心配なく」


心配なんてしているわけじゃない。私はずっと『杉谷高校』に憧れていたんだから。

兄の後を追って、あの伝統あるセーラー服に袖を通すものだと、そう思っていた。

目の前に制服がちらついているのに、

それを無視して通りすぎようとする理久が許せなくなり、

バスケットボールを取り上げ、投げてやる。


「いってぇなぁ……」

「行きたくてもいけない人の気持ちを、考えろ!」


そう……母や父の前では、『松が丘』がいいんだと言い切ってみたけれど、

兄の制服を見る度に、どこか悔しさが抜けなかった。

私は自分に甘いところがある。だから、追い込むことが出来なかったのかも知れない。


「受けたければ受ければいいじゃないか」

「受けない! もう、決めたの」

「俺だって決めたんだ。本当は……『明海大付属』へ行きたかった。
でも、うちは無理だ。父さんの稼ぎと、母さんの治療費を考えたら無理は言えない。
でも『杉谷高校』は違う」

「違う? 何がよ」


理久のお母さんは、未だに年に何回かの検査入院を繰り返している。

様態は落ち着いているようだけれど、気候が急に変化したりすると、

それで体調を崩すことがよくあった。

中学生になった理久は、学校に病院へ届ける洗濯物を持ってくることもあったりして、

それなりに大変なのだと、わかっていたはずだけど。


「『松が丘』へ行って、俺、ハンドボールをやろうと思ってる」

「ハンド? バスケは?」

「バスケはもう辞める。『松が丘』も『杉谷』も強くない。
でも、『松が丘』のハンド部は関東大会にも出場しているし、
ハンド自体、中学に部活が少なかったから、今からでも食い込める気がするんだ」


入学すると受験だけを意識して突っ走る『杉谷』よりも、

部活動に力を入れ、文武両道を目指す『松が丘』の方が

自分にとって魅力があるという理久の言い分に、私はそれ以上の文句が出なかった。





11月の第一日曜日。

『南中学校』恒例、卒業生コンサートの日を迎える。

中学に入ってから、必死に打ち込んできた吹奏楽部と、今日でお別れになる。

私立の女子校に進路を決めた亜佐美と、同じ楽譜を追いかけることもなくなるのだ。


「いいか、みんな。後悔のないように、しっかりと演奏し切れよ」

「はい!」


体育館の裏に集まり、円陣を組んだ。

運動部ではないけれど、こうして一つになれるのは文化部でも変わりない。

顧問の厳しい教えに悪口を重ねた日々も、先輩から雑用ばかりを言いつけられ、

階段を文句いいながら歩いた日々も、全てが輝きを増して思い出された。


「やるぞ!」


それぞれの楽器を掲げ、力強い返事がこだました。





演奏する曲は、クラシックであったり、流行のポップスであったり、

観客として椅子に座ってくれている学生やその親たちも、

時には手でリズムを取ってくれたり、笑顔を見せている。

しかし、毎年一番盛りあがるのが、部活を応援する時の、『応援曲』だった。


1ヶ月前、私は初めて理久の試合を見ることになった。

野球やサッカーの試合と違って、バスケの応援は会場が体育館になるため、

吹奏楽部が中に入って応援するスペースがない。

しかし、毎年3年生の引退試合だけは、試合開始前に応援することが決まっていた。

楽器を横に置き、理久の試合を見た日。

隣に座っていた亜佐美は何度も目で顔を覆ったり、喜んで見たり忙しかったが、

私はただ両目を右と左に動かし、キュッキュッと切り替えされるシューズの音を

聞き続ける。



80対76



最後の試合は負けだった。

理久はコートの真ん中で倒れ込み、『ナイトイエロー』のまま、

荒い呼吸に腹部を何度も上下させていた。

いちおう、ああいうのが燃え尽きるってことなんだろうと、

私はどこか遠い目で、理久を見た。





「あ、島本君」

「おぉ!」


気分良く最後の演奏を終えて体育館から出てみると、立っていたのは理久だった。

隣には理久と仲がいいバスケ部の田中君が立っていて、

口には大きな飴が入っているのか、膨らみが口の中を右に左に急がしく動く。


「招待、ありがとな、近藤」

「いえいえ招待だなんて。聞いてくれてありがとう。こっちも嬉しいです」

「すごいよかったよ。俺、吹奏楽部の演奏、きちんと聴いたことなかったけど、
本物の音は、CDとは違うんだなってそう思った」


亜佐美はいつの間にか理久に招待券を渡していた。

憧れだなんて言っておいて、なによ、結構アピールしているじゃない。

初々しい二人の会話を邪魔したくないので、とっととこの場を去りたかったが、

大きな楽器ケースを持った亜佐美の体と、

飴をなめたままウロウロする田中君が邪魔になり、前へ進めない。


「いずみ!」

「何?」

「お前の真剣な表情、久しぶりに見た気がする。出来るんだな、マジな顔」


そう言うと、理久は何が楽しいのか笑い出し、

隣に立っていた田中君までお付き合いで笑い出す。





全く……何がおかしいのよ、もう!





「真面目な顔がわかるなら、今の顔もわかるでしょ!」

「ん?」

「非常に腹立たしいのよ! その態度!」


私は持っていた楽器のケースで、思い切り理久のスネを叩いてやった。

痛がる理久と、それにかけより心配する亜佐美を置き去りに、体育館から遠ざかる。




あぁ……スッキリした。




芸術の秋はあっという間に通りすぎ、試練の冬を乗り越え、

私達は揃って高校生になった。







第3話


みなさんのおかげで 『ももんたの発芽室』 も3年を迎えます
これからも、ご贔屓に……(笑)
ポチリ……していただけたら、嬉しいです (@゚ー゚@)ノヨロシクネ♪


コメント

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楽しみ♪

ももちゃんとリンクするいずみ。
元気だけど嫌な子だな~とチラリと思った。

でも徐々に変化する女心。
理久君の方が自分の気持ちに早く気づいていたのかな?
尤もらしい理由を言うけどね~・・・

高校生になった理久はもっと女性にモテそうだわ♪

おっと……

yonyonさん、こんばんは

>ももちゃんとリンクするいずみ。
 元気だけど嫌な子だな~とチラリと思った。

キャー! 私、嫌な子?
いやいや、私じゃないって、いずみだって?(笑)
あぁ、でもそうかもね。
上に兄がいる、下の女の子だから、要領の良さもあるだろうし。
理久は一人っ子ですから、そこらへんもあるかも。

>でも徐々に変化する女心。

あはは……そうそう、変わるんだよね。
女心も、男心も……
全21話ですから、最後までみてやってね。